てがみ

今日という日

朝5時くらいに目が覚めて、お布団の中でゆりねとイチャイチャ。 6時前に起き出して、お湯を沸かし、お茶を飲む。 今飲んでいるのは、三年番茶。 仏様に手を合わせ、ゆりねに手作りごはんをあげ、ヨガ(太陽礼拝)をする。 天気予報を見たら今日も気温が高くなりそうだったので、朝のうちにゆりねのお散歩に行ってしまおうとハーネスをつける。 今日のコースは、街歩き。(他に、公園に行く森歩きコースも。) 集合住宅の前の児童公園で、ユリゴンが炸裂する。 仕方がないので、リードを離して暴れさせる。 家に戻ってから、新聞を読む。 朝8時から仕事スタート。 新しい小説を書いている。 午前11時、仕事終了。 朝昼ごはんを食べる。 今日は、チャーハン。 食後は、コーヒーと焼き菓子をいただく。 バタンと昼寝。 午後は、石鹸作り。 今日で、4本目だ。 秋は、石鹸作りにも味噌作りにもいい季節。 この秋作っているのは、蜂蜜石鹸。 いい香りがする。 その後、讀賣新聞の夕刊に連載中のエッセイを、5本まとめて担当編集者へ。 もう一つ、別の雑誌から依頼のあった贈り物リストもメールする。 夕方4時くらいから、夕飯のおかずを用意。 近所の畑でとれたゴーヤがあったので、ゴーヤのひじき炒めを作る。 洗濯物を取り入れて、たたみ、午後4時45分にお風呂へゴー。 今日も温泉に入れて最高だわぁ、としみじみありがたく思いながら、お湯に浸かる。 それにしても、日が暮れるのが早くなった。 今日は、夕方5時半に露天風呂に行ったら、もう外が薄暗くなっている。 6時に自転車で帰路につく頃には、真っ暗だった。 まだうっすらと、金木犀の香りがするけど、そろそろおしまいかもしれない。 家に帰って、ビールを飲む。 最近気に入っているのは、東京の福生市にある石川酒造で作っているTOKYO BLUES。 これはもう、ドイツのビールとなんら変わらない。 おかずは、お風呂に行く前に作っておいたゴーヤのひじき炒めと、鰤の西京漬け、山形から届いた原木なめこの冷たいお蕎麦。 あー、幸せ。 ゆりねも、大好物のお蕎麦をもらってご満悦だった。 最近、目まぐるしく毎日が過ぎていき、気がつくとあっという間に時間が過ぎていてびっくりする。

地鎮祭

大安の日が良いとのことで、今日、地鎮祭を行った。 軽い気持ちで八ヶ岳にある中古の集合住宅を見に行ったのが去年の晩秋、それが一転、土地を買うこととなり、車の免許をとりに教習所へ通い、その間設計士さんとどんな建物を建てるのかを打ち合わせし、何度も見積もりを出してもらい、そして今日という日を迎えたのだった。 まさか、自分が「施主」になるとは思っていなかったけど。 人生、何が起こるか本当にわからない。 一年前の今頃だって、一年後、こういう展開になっているとは、全く予想していなかった。 全て、風に背中をそーっと押され、気がついたらこうなっていた、って感じ。 久しぶりに自分の土地を見たけれど、やっぱり、なんかいい気が流れている気がする。 とにかく巨大な石がゴロンゴロン転がっていて、それゆえにお値段が安かった。 他の人にとっては邪魔者扱いの石でも、わたしには宝石のように見えたのだ。 パワースポットとは自分にとって気持ちのいい場所のことだ、とある人が言っていたけれど、それだったら八ヶ岳のその土地は、まさにわたしにとってのパワースポットだ。 パワースポットは、自分で探すもの。 山小屋を建てる過程については、『すてきにハンドメイド』という雑誌に連載中の「寄り道だらけの山小屋日記」に詳しく書いているのであんまりここでは詳しく書かないつもりでいたけど、この山小屋は基本的にわたしの仕事部屋である。 周りには大きくて立派な別荘が建っているけれど、わたしの山小屋は、すごく小さい。 自分ひとりのための空間で、わたしがわたしと居心地よく過ごすためにどうしたらいいか、というのを念頭に設計をお願いした。 イメージとしては、着慣れたカシミアのセーターに身を包まれているような、そんな空間にしたい。 標高が1600メートルの土地だから、特に寒さ対策に重点を置いた。 マンションの場合、構造的な部分までは踏み込めないけれど、一から建物を建てる場合、基礎をどうするか、そこからのスタートだ。 リフォームとかリノベーションとは、わけが違う。 日本の家は、平均すると30年の寿命だという。 これは、ヨーロッパなんかに較べて、かなり短い。 だから、これから建てるわたしの山小屋は、使い捨てのように簡単に建てて簡単に壊すのではなく、頑丈で、長く使える建物にしたいと思っている。 断熱材にしろ、床板にしろ、キッチンのタイルにしろ、薪ストーブにしろ、全てが選択の連続だった。 もちろん、予算という大きな壁もある。 そういう制約の中で、自分にとってベストな物を選ぶというのは、とても難しいと痛感した。 こちらもよっぽどちゃんと勉強をし、理解しないと話についていけない。 そして、どんなにすてきな設計図ができても、それを具現化するのは大工さんだ。 たとえ同じ設計図に基づいて作っても、どんな大工さんが手がけるかで、雲泥の差が生まれる。 幸いなことに、長野には腕のいい大工さんがたくさんいるのだという。 今日は、神棚に供物を捧げ、神主さんにお祓いをしてもらって、祝詞をあげてもらい、工事がつつがなく進行することを祈った。 この世界に在るものは全てが、人間の意識を物質化したものだ、と言うけれど、建築の過程を見ていて、そのことを強く実感した。 何もない場所に、建物が建つって、本当に本当にすごいことだ。 ちなみにわたしは、「持ち家」派だ。 周りの人にも、家を買うのを勧めている。 単純に家賃という形でお金が流れていくのはもったいないし、持ち家だったら、家賃を貯金するイメージで、それを貯めて、自分の財産にすることができる。 何より、家を持っていることの安心感は、大きいような気がする。 そして、寝具にせよ住まいにしせよ、どうせいつか買うのだったら、早い方がいいというのが持論だ。 20代で買っても、30代で買っても、40代で買っても、人生の終わりは一緒なのだから、それだったら早いうちに手にした方が、そのものと長く付き合え、気持ちよく暮らしたり生きたりする時間を長く持つことができる。 特に家は、住宅ローンが安いのだから、人生の早いうちに自分の気にいる住処を作って、なるべく長くそこに住む方がお得な気がする。 あくまでも、わたしの持論だけれど。

秋刀魚と銭湯

朝、ヨガに行こうと自転車に乗っていたら、どこからか甘い匂いがする。 香りの出どころは、金木犀だ。 金木犀が、ふわふわと秋を運んでくる。 コロナ下の生活スタイルになって、もしかするともっとも頻繁に会っている外の人は、ヨガの先生かもしれない。 雨さえザーザーでなければ可能な限り行っているので、去年の夏くらいから、結構な頻度でお会いしている。 先週は多くて生徒が3人だったけど、今週はわたし一人だった。 先生とは、かれこれ十五年、いや下手すると二十年近くのおつきあいになるが、その間、毎週末、同じポーズを同じ言葉で説明してくれて、それって本当に偉大なことだなぁ、と思う。 ベルリンにいた時とか、数年間、足が遠のいた時期もあったけど、ヨガには、かなり助けられている。 ヨガの帰りに商店街のお店をハシゴして買い物を済ませるのだが、昨日は魚屋さんに秋刀魚があった。 去年は秋刀魚が高くて高くて、しかもすごく小さかった。 それに較べると、大きさもそこそこあって、一尾350円は、まぁ安い。 冷蔵庫に大根が少し残っていたしなぁ、なんて思いながら、ウキウキした気分で秋刀魚を連れて帰った。 平日は銭湯へ行き、週末はヨガ。 このふたつで、なんとかわたしの健康は保たれている。 最近、銭湯でポツポツと言葉を交わすようになった女性がいる。 いつも同じ時間帯に通っているので以前から顔と体は存じ上げていたのだけど、人見知りゆえ、言葉を交わしたことはなく、いつも、彼女が誰かと話しているのを、ふんふん、と一方的に背中で聞くだけの関係だった。 彼女は70代前半で、以前どんなお仕事をされていたかも、どんな考え方の人かもなんとなく知っているし、博識で読書家でもあることも承知している。 そのままの関係を続けてもよかったのだけど、こんなに毎日顔を合わせているのだし、と露天風呂でふたりきりになった時、わたしの方から声をかけたのだった。 「急に秋になりましたねぇ」とか、なんとか。 彼女は、23歳の時に盲腸の手術をして以来、50年間、一度も保険証を使ったことがないという。 その日はたまたまよく来る常連さん4人が、ちょうど外のお風呂に揃っていた。 一応、ソーシャルディスタンスを意識して、長方形の湯船の四角に、それぞれひとりずつお風呂に入っていた。 「健康の秘訣はなんですか?」 と別の常連さんが尋ねると、 「まずは、早寝早起き。それと、旬の野菜をたくさん食べること。 あと、人の悪口は絶対に言わない」 なるほどねぇ、とわたしを含む他の常連3人が、うんうんと頷く。 おそらく鍵は最後の、人の悪口は絶対に言わない、なんだろうな、と思った。 前のふたつは、まぁまぁ実行できることだから。 わたしも、滅多に病院に行くことはないけれど、流石に年に一回くらいは、保険証を使っている。 人生の大先輩の言葉だけに、ずっしりとした重みがあった。 そうそう、お風呂で気になっていることと言えば、、、 最近、若い子が、結構な確率で、下の毛をツルツルにしている。 ドイツでは、男性も女性がそれが当たり前になっていたけど、なんか、この夏で急にツルツルを目にすることが多くなった。 こういうことも、家のお風呂に入っているだけじゃ、わからなかったことだ。 いつかこの話題を小説に取り入れたいと、虎視眈々と狙っているのだが、まだその機運はやって来ない。 銭湯に行くと、いろんな発見があって面白い。 あと10日ほどで、中秋の明月だ。 北海道から大きなかぼちゃがゴロンと一個届いたので、かぼちゃのプリンを作ったら、満月みたいになった。 見本誌として届いた最新号の『七緒』に載っていた、野村友里さんのレシピで作った。 料理上手なお母様から受け継いだ作り方だという。…

思い、言葉、行動

今日で8月もおしまい。 近所の鶏さんも夏バテしているのか、卵を買ったら小さいのが結構目立つ。 今年も暑かったからなぁ。 でも、小さい卵は小さいなりに殻が頑丈で、ずっしりとした重みがある。 今読んでいる本に、思いと言葉と行動を一致させることがとても大事だとあって、ハッとした。 確かに、そうだ。 その三つの流れが滞ることで、ストレスが生まれる。 こう思っているけど、実際にはそれと反する行動を取ってみたり。 あんなことを言っておきながら、実際にはそうじゃない行動をしていたり。 人間だから、なかなかその三つをスーッと一直線に繋げることは難しいのかもしれないけれど、その三つは極力まっすぐでありたいな、と思う。 そういう生き方が、「素直」ってことなんだろう、と。 今日は、夏の間がんばってくれた台所の床を重曹で水拭きし、お疲れを労った。 気持ちちょっと早いけれど、8月のカレンダーも9月に貼り替え、秋をお出迎え。 先日の強い雨で窓ガラスが悲惨なことになり、窓拭きをしたいところだけど、またまとまった雨が降りそうなので、窓拭きはお預けにした。 秋、冬、春、夏。 わたしはこの順番で季節が肌に合うので、秋は大歓迎だ。 早く涼しい風が吹きますように!

原生林へ

もう何日も前の出来事なのに、いまだにあの美しさが忘れられない。 有明山の表参道登山口に広がる、原生林へ行った時のこと。 巨大な石には苔がむして、触るとまるで獣の毛を撫でているみたいにフカフカする。 あったかくて、しっとりと湿っていて、なんだか、鼓動まで感じそうな生命力だった。 朽ちた木、そこから芽を出すひこばえ、すでに朽ちかけているのに、根元が空洞になりながらも踏ん張っている達者な木。 一切の抵抗をせず、とにかく、なすがままの状態の森が、最高に輝いて見える。 共存共栄の、完璧な世界だと感じた。 自分だけたくさん水を吸おうなんて欲張りな木はないし、必要な分だけを吸収している。 大きな岩は、まるでそこが地球の縮図のように数多くの植物を育む土壌になって、新しい命が芽吹くベッドだった。 そして、水。 岩や土の表面から水が沸き、川となって流れてくる。 こういう場所に身を置くと、山が水瓶だというのが、本当に肌で実感する。 とにかく、最近のわたしは、きれいな水のそばにいるだけで、こころが満たされ、生きている喜びを感じられるようになった。 都会にいると人はどうしても傲慢になってしまうけれど、こういう自然の中に身を置くと、それがいかに間違った態度かがよくわかる。 人はもっともっと、謙虚にならなくちゃいけないなぁ。 魂が水でできているっていうのは、あながち間違っていないのかもしれない。 わたしの外の水と中の水が共鳴し、ひとつになるのを感じた。 美しいというのは、こういう世界をいうのだと思う。

Less is More

ただ今、安曇野の山にこもっている。 めちゃくちゃ山の中というわけではないけれど、視野の半分以上は常に緑が目に入って、それだけでとても気持ちが良くなる。 木が多いから、蝉もたくさん鳴いている。 食事は一日二回で、玄米菜食だ。 これがまた、すこぶるおいしい。 時間も、朝の10時半と夕方の5時半で、普段の食事スタイルとそうそう変わらないから、わたしにはとてもありがたい。 パッと見ると、量が少ないように感じるのだけど、実際に食べてみると、この量で十分だということがよくわかる。 玄米なので、とにかく、よく噛む。 同じ玄米でも、日によって、ナッツが入れてあったり、梅干しや海苔が炊き込んであったりと、表情が七変化する。 おかずも、おからのトマト和えとか、かぼちゃとゴボウをカレー風味にしたのとか、自分だったら絶対に発想しないような斬新なものばかり。 手をかえ品をかえ出してくれるので、全然飽きない。 毎日、献立を考えるリーダー的な人が当番制で変わるので、それも飽きない理由のような気がする。 スタッフは、みんな若い子たちだ。 先日閉幕したオリンピックでも、十代の子たちのみずみずしい活躍がまぶしかった。 あの子たちは、全く新しい世代という気がする。 国家だの故郷だの、そういう余計なものを背負ったりせず、ただただそのスポーツをしていて楽しいからやっている。 ここで料理を作っている若い子たちも、楽しんで作っている様子が伝わってくる。 そういう新しい価値観の子たちがどんどん前に出てきて、世の中を爽やかに変えていってほしい。 全体的には、そういう方向に動き出しているのを感じる。 先日、Less is More という表現に出会った。 少ない方が、より豊かである、みたいなニュアンスだろうか。 足るを知る、とも近いかと。 わたし達は今、本当に分岐点にいると思う。 地球温暖化の問題もそうだし、食料の問題もそう。 豊かな国で食べ物が有り余って大量に破棄している一方で、今日食べるものにも困っている人たちがたくさんいる。 そして空腹が、争いをもたらす。 本当に、今すぐその問題を一人一人が自覚して、すぐに行動を起こさないと、悲惨なことになる。 おいしいものを食べるのは幸せなことだけれど、食べ過ぎはよくないな、と自分自身の食生活を振り返って、そう思った。 先進国の人々が口にする肉の量を減らすだけで、それらの動物が食べていた飼料となる穀物を、人が食べる分に回すことができる。 いきなり肉の量をゼロにするのは難しくても、少しずつ減らしていくのは、可能なはず。 わたしも、もともとそんなにお肉やお魚を食べる方ではないけれど、それでも、その割合をもっと減らしていこうと思っている。 目標は、腹七分目。 よく噛んで、野菜たちと対話し、感謝していただく。 それだけで、満たされ方が随分と違ってくる。 丁寧に支度をしてくれている姿を見ているから、余計、味わって頂こうという気持ちになる。 それが、よき循環を生んで、世の中に広がっていけばいい。 わたしが今危惧しているのは、コロナのことだ。…

川の水で桃を冷やす

出羽三山の旅、最終日。 宿の朝ご飯の半分を曲げわっぱに詰め込んで、月山山麓に広がるブナの原生林へ。 ブナの森って、そこにいるだけで気持ちが軽くなる。 葉っぱの色が明るいから? 週末なのに、森にはほとんど人がいなくて(唯一お会いしたのは川原で手を繋いでいたゲイのカップルさんだけ)、ものすごく気持ちよかった。 月山の湧き水を探し、まずはそこでコーヒータイム。 紙コップにコーヒーフィルターを設置し、そこへ、水筒に入れて宿から持ってきたお湯を注ぐ。 アウトドア用の特別な道具なんかなくても、工夫すればなんちゃってだけど淹れたてのコーヒーが楽しめることに気づいたのだ。 コーヒーは、最初のホテルのショップにあった、山形の珈琲ひぐらしさんのもの。 外で飲む淹れたてコーヒーの味は格別だった。 一緒に、宿でもらったお団子も頬張る。 こういうのが、一番の贅沢だなぁとしみじみ。 ブナの森を散策した後は、リフトを使って月山の9合目へ。 ここで美しい山を眺めながら、お昼をいただく。 曲げわっぱって、本当に便利だ。 最近、旅に出る時は必ずと言っていいくらい、曲げわっぱをお供に連れてきている。 壊れやすいお菓子を入れたり、果物を入れたり、色々と使えるけれど、もっとも活躍するのは朝ご飯の時。 わたしは普段、お昼近くまで食事をとらないので、どうしても、朝からもりもりは食べられない。 それで、汁物とかお弁当に詰められないものだけその場で食べて、残りは曲げわっぱにご飯やおかずを詰めて、お昼にいただくようにしているのだ。 これが大正解で、そうすることで食べ物を無駄にしなくて済むし、お昼に好きな場所でおいしいお弁当を広げることができる。 これがプラスチック製の容器やサランラップだとどうしても興醒めしてしまう。 曲げわっぱだからこそ、適度な水分も抜けるし、気分もいい。 曲げわっぱ普及委員会の会長を自称したくなるほど、もっともっと曲げわっぱが世界に広がればいいと思っている。 ひとりにひとつ、曲げわっぱがあるだけで、旅も、ふだんの暮らしもグンと楽しくなる。 家では、炊いて余ったご飯を入れて、おひつ代わりとしても使っている。 再びリフトで下山し、宿のご主人に教えてもらった水のきれいな場所へ移動。 ここは、地元の人が行く所だそうで、教えてもらわなかったら絶対に通り過ぎてしまっていた。 道路脇に広がる、緑色に輝く別世界。 苔むした石の間を、水が流れ落ちてきて、小さな滝のようになっている。 いつか食べようと持ち歩いていた桃を冷やして、デザートにした。 それにしても、水の冷たいこと! 10秒も足をつけていたら、ジンジンと体が痺れてくる。 そして、もっと驚いたのは、そのお味。 わたしは、こんなにおいしい水を飲んだ記憶がない。 まさしく月山の自然水で、嫌な感じが全くなく、スーッと心地の良い風のように体に広がっていく。 身体中の細胞が目覚め、命がよみがえるような水だった。 桃は、皮のまま、がぶりと丸かじりした。 こちらもまた、素晴らしくおいしい。 ちょうど良い冷え具合で、熟れ具合も最高で、この上ないほどの極上の味だった。 川の水で桃を冷やす。…

特急いなほ

初めて、日本海の方から山形へ入った。 上越新幹線で新潟へ、新潟からは在来線の特急いなほで鶴岡を目指す。 途中で台風を追い抜いたのが分かった。 予定を一日早めて正解だった。 新潟を過ぎると、列車は日本海すれすれの海岸線を走る。 それが楽しみで、陸路にしたのだ。 同じ山形県に入るのでも、わたしはいつも、内陸を走る新幹線「つばさ」を使っている。 でも今回は日本海側の旅なので、いつもとは逆側から入った。 県境を超え、山形に入った途端、なんだかホッとする。 日本海が、最高だった。 ここはコートダジュールかな? っていうくらい、風光明媚な景色が続く。 昔は、日本海は暗くて寒くておどろおどろしいイメージしかなかったけれど、ようやくこの歳になって、日本海がいいなぁと思えるようになった。 予約していたホテルは、田んぼの真ん中に建っている。 なんだかとてもいい感じ。 お部屋に机もあるし、ベッドは硬いし、掛け布団のシーツをマットレスの下に入れ込んでいないのも嬉しいし、わたしにとっては理想的なホテルだ。 しかも、露天風呂のお風呂に素敵なサウナがある。 昨日は、夕方5時半から入って、気がついたら夜の10時半まで、露天風呂で過ごした。 ベルリンのサウナ以来の、心地いいサウナを満喫した。 湯船のすぐ向こうが、広い塀に囲まれた(稲はない状態の)水田になっていて、不思議な開放感を楽しめる。 水面をアメンボがスーイスーイと泳ぎ、鳥や、トンボなどの生き物たちが、すぐそこまで遊びに来る。 サウナ上がりに夕日が沈むのを見て、誰もいない湯船でぼーっとしていたら、今度は遠くの空に花火が上がってラッキーだった。 どうやら、本来8月に大々的にあげる花火を、今年もコロナ禍でできないため、毎晩、数発ずつあげるようにしているのだという。 それから星がたくさん現れ、また誰もいなくなると、こっそり湯船で泳いだり、ヨガをしたり、瞑想をしたり。 カエルの声をあんなに近くで耳にするのも、久しぶりだった。 たった一匹の小さなカエルのはずなのに、その声量は凄まじく、バリトンのオペラ歌手のよう。 完全にサウナスイッチが入ってしまい、サウナ→水風呂→風干し→温泉→またサウナ、の循環から抜けられなくなってしまった。 ある一線を越えると、わたしは永遠にお風呂に居たくなってしまう。 朝は、出羽三山を見ながら、またサウナ。 台風が接近中らしく、霞の中に山の姿がぼんやりと浮かんでいる。 神々しい山がそびえ、その山の麓に人々の暮らしがあり、田んぼが広がる。 水田って、本当に美しい。 雨も上がって青空がのぞいているので、サクッとレンタサイクルをして、ラーメンでも食べに行ってこようかな。 本がたくさんある宿なので、こもっていても少しも飽きることがないのがいい。

暑さ対策 2021

本当は、今頃南仏にいるはずだったのだ。 ぴーちゃんがベルリンから南仏に引っ越したので、彼女とこの夏を一緒に過ごそうと予定を立てていた。 全て荷物をまとめ、保険にも入り、PCR検査の予約もし、あとは行くだけ、という段階で、行くのを断念した。 結局、それで正解だったのかもしれない。 フランスは、ワクチン接種済みのパスポートがないとレストランやカフェに入れなくなるというし、規制を外したイギリスの影響が、どうフランスに及ぶかもわからない。 いろいろ考えると不安要素ばかりが膨らみ、ぴーちゃんに会えないのは本当に本当に残念だけど、去年に引き続き、この夏も日本で過ごしている。 本格的な暑さがやってきたので、わたしはせっせと暑さ対策に取り組んでいる。 まずは、食べ物。 普段食べない冷たいものを、夏だけは大いに食べる。 ゆるゆるのコーヒーゼリーは冷蔵庫に欠かせないアイテムだし、冷やし中華なんて、毎日でもいいくらい。 そうめん、冷麦、お蕎麦、うどん、基本はどれも冷たい出汁をかけてぶっかけで。 カッペリーニを使った冷たいトマトのパスタもいい。 あと、焼き茄子。 焦げるまで焼いて皮をむき、それを冷やして食べる。 お茶も、中国茶を水につけて、そのまま水出しにする。 出汁も、昆布と煮干しを適当に入れて、水出しに。 なるべく火を使わないで済むよう、工夫する。 ハッカスプレーも、暑いとき、シュッと首筋や手足に吹きかけると、スースーして気持ちいい。 日本ハッカのエッセンシャルオイルを、水でうんと薄めて使っている。 虫除けにもなるから、外に出る前も、シュッとひと吹き。 あと、おすすめなのは、和装用のステテコ。 夏着物の中に着る肌襦袢として買ったのだけど、これが薄くて、ふわっとしていて、快適なのだ。 ウエストもゴムで楽ちんだし、汗をかいてもすぐに乾く。 透け感のあるスカートやワンピースの中に履くのも都合がいいし、わたしは盛夏用のパジャマとしても愛用している。 お値段もお手頃で、何枚か揃えておくと、本当に便利だ。 もちろん、ビールは最高の暑さ対策になる。

ジャガー

最近は、朝早く散歩に行くようにしている。 起きたらすぐ、ゆりねにハーネスをつけて、外へ。 朝の散歩は気持ちいい。 まだ暑くなくて、時々ひんやりした風が吹くから、ゆりねの足取りも軽く、ぴょんぴょん跳ねるように歩く。 夏の朝は特に開放的で、雨戸を開ける音、テレビ(たいていはNHK)のアナウンサーの声、コーヒーの香り、家族の会話など、いろんな音や匂いがする。 先日、ゆりねのリードに引かれながら川沿いから一本中に入った路地を歩いていたら、おや、と足が止まった。 かっこいい車がとまっている。 車の免許をとって以来、人様の乗っている車が妙に気になるようになった。 素敵な車が通り過ぎると、つい後ろ姿を目で追いかけて車種をチェックしてしまう。 その車は、エレガントな形で、色はわたしの一番好きな、青みがかったライトグレーだった。 そして、車の前のところににょろっと、オコジョみたいなのが伸びている。 おぉぉぉぉ、これがJAGUARか。 なんとまぁ、気品があって、美しいのだろう。しばし惚れ惚れとした。 自分が乗ろうなんて夢にも思わないけど、見ている分には目の保養になる。 もうひとつ、車として好きなのはベントレーだ。 こちらも、わたしが運転したら車に失礼だけど、素敵だなぁ、と思う。 車には全く詳しくないけど、きゃー、素敵、と思うとベントレーだったりすることが多い。 まぁ、いくら宝くじが当たったとて、ジャガーもベントレーも選択肢には入らないけど。 わたしが車に求めるのは、安全であること。 そして、自動の駐車機能が付いていること。 となると、必然的に、国産の、ごくごく普通の車になる。 普通が一番、というのは、自転車に乗っていてしみじみ感じる。 当初、わたしはせっかく乗るならカーゴバイクがいいなぁ、なんて夢見ていた。 前や後ろに、大きなカゴというか箱がくっついている自転車だ。 ベルリンにいたとき、結構な頻度で見かけた。 子どもを3人くらい乗せて楽しそうに乗っている姿を見て、いつか自分も、なんて妄想していたのだ。 でも、日本では交通事情が異なるし、あれを置こうとすると、それこそ車一台分の駐車場が必要になってしまう。 ならば、とめちゃくちゃ普通の自転車にした。 車輪の大きさも小さめで、これなら信号などで止まる時もきちんと地面に足がつく。 こだわったのは前にも後ろにもカゴをつけることで、これがものすごく便利で助かる。 ライトも暗いところに行くと自動でつくし、普通の自転車にして大正解だった。 先日、『天然生活』の特集で、わたしの自転車の写真が大きく載った。 こんなめちゃくちゃ普通の自転車が大きく出ちゃってどうしよう、と恐縮していたら、なんと、多数の問い合わせが来ているというのだから、びっくり。 しかも、皆さん大きなカゴに関心があるようなのだ。 世の中、わからないものだ。 かっこいい自転車も、おしゃれな自転車も、巷に溢れている。 でもわたし、もうそういうものに興味がないのだ。 いくらかっこよくても、おしゃれでも、乗りづらかったら、その時点で却下する。 本当に優れているものというのは、見た目も無駄がなく洗練され、しかも使いやすい。 美しさと実用性、両方を兼ね備えているものが、暮らしには大切なんじゃないかと思っている。…

センザンコウ

一昨日だったかな、新聞に、フランス政府から日本政府に、オリンピックを2024年の共同開催にしてはどうかという打診があったらしい、ということが書かれていた。 つまり、東京での開催を更に3年延長して、パリと東京2都市でのオリンピックにするということ。 それが事実だとしたら、どうしてもっとそのことを国民レベルで議論せず、さっさと闇に葬ってしまったのだろう。 3年後だったら、コロナの終息が見えている可能性が高いし、第一、パリと東京で一つのオリンピックをするというのは、新しい試みとして、これからのオリンピックの姿を模索するきっかけになるかもしれない。 実現する、しないは別にして、そういう打診があるということを、公にしてほしかったと残念になる。 いまだに、本当にこの状況でオリンピックをやるのだろうかと首を傾げてしまうけれど、開幕まであと8日らしい。 まじっすか、って感じ。 今読んでいる本に、立て続けに「センザンコウ」のことが出てきた。 センザンコウ、わたしも本を読むまで知らなかったけれど、この生き物は世界でもっとも違法取引をされているという。 センザンコウは、センザンコウ目(有鱗目、鱗甲目)センザンコウ科(1目1科)の哺乳類で、東南アジアに4種、アフリカにも4種が生息している。 特にアジアの4種は、人間が生薬や媚薬、食料として乱獲したため、個体数が激減しているそうだ。 中でもミミセンザンコウとマレーセンザンコウは、絶滅の危機にある。 アジアのセンザンコウが個体数を減らしたため、アフリカのセンザンコウもまた、個体数を著しく減らしている。 一体、人間の欲望はどこまで続くのだろう。 日本でも、センザンコウの製品が売られているという。 すぐにインターネットで調べたら、センザンコウは本当に美しい動物だった。 体が立派な鱗で覆われている。 人間の手では決して作れない、神様からの贈り物なのに。 そういえば、この間、鎌倉でアイヌの布の展示会に行ったら、とても素晴らしいアイヌの言葉と出会った。 「天の国から役目なしに降ろされたものはひとつもない」 本当にそうだと思う。 だからこそ、命をいただくことに対して感謝の気持ちを忘れてはいけないと思うし、人間の快楽やお金儲けのため、いたずらに他の生き物の命を奪うことは、あってはならないことだと思うのだ。 そして、人間がセンザンコウを捕まえるため自然の奥地まで侵入することで、未知のウイルスが人間に感染し、蔓延する。 コロナにしろ気候変動にしろ、自分たちの欲望が、結局は自分たちを苦しめている。 2010年のバンクーバー冬季オリンピックで、期間中100頭のハスキー犬が観光用の犬ぞりを引くために集められたが、その犬たちは、オリンピックが終わると、全頭が不要になったとして殺されてしまったそうだ。 さて、ほぼ一週間後に迫った東京でのオリンピック開催。 ほぼ無観客でということは、新しい競技場に作った観客席、無駄になってしまうんですね。 オリンピックを誘致する、しない、の舵取りも、元をたどれば、私たちが選挙で選んだ政治家が決めたこと。ということで、一票の重みを、大事なしないと! 外国から来る方々への「お・も・て・な・し」もほぼできないし、日本勢が活躍して金メダルラッシュになっても、なんだかそれって本当に公平な試合なのだろうか、と疑問に感じてしまうだろうし、そんな様子を世界はどういう目で見るか。 昨日くらいから、蝉の声を聞くようになった。 夕方の銭湯時間が、わたしにとっては唯一の楽しみ。 この夏も、せっせと自転車を漕いで、銭湯に通おう。

なんちゃってホットサンド

雨、雨、雨、雨で、晴雨兼用の紳士傘が大活躍しているけれど、あと一回となった梅干しの土用干しができずにいる。 あと一週間のうちに晴れ間が出てくれないとスケジュール的にちょっと困るのだが、天気予報は尚も傘マークが続いている。 朝昼ごはんにパン食はあんまりしないのだけど、最近ちょっと増えているのだ。 というのも、新聞に小さく載っていたなんちゃってホットサンドが手軽にできて美味しいから。 本当に簡単。 まずはフライパンでスクランブルエッグを作る。 それを、食パンの間に挟んで、一緒にハムも挟んで、それをまたフライパンに戻して両面を焼けば出来上がり。 ポイントとしては、焼くときに、片面ずつ、バターを一欠片パンの下に滑り込ませること。 そうすることで、こんがりと、きれいな狐色に仕上がる。 パンを焼く時の火は、弱火で。 結構すぐに焦げるので、それだけ注意すればいい。 ホットサンドなんて、専用のプレートが必要とばかり思っていたけど、なーんだ、こんなに簡単にできるのだ。 新聞のレシピでは、卵とハムの他に、アスパラガスを挟んでいて、それも一度やってみて美味しかったけど、別になくても大丈夫。 なんなら、卵だけでもシンプルでいいと思う。 午後は、録画しておいた『ライオンのおやつ』の第2話を見た。 土村芳さんの演技が、素敵だなぁ。 鈴木京香さんのマドンナ役も雰囲気があるし、かの姉妹もいい味を出している。 わたしとしては、ロッカ役のワンコちゃんが気になるところ。 あのアフロヘアーこそ典型的なビションフリーゼで、口の周りが汚いところとか、動きがチャカチャカしているところとか、うんうん、そうそう、と思えることがたくさんある。 ところであのワンコちゃんは、どうやって八丈島まで行ったのかな? ちゃんとご褒美のおやつをもらえているといいなぁ。 瀬戸内の景色も穏やかでいいけれど、なんだか八丈島にもまた行きたくなってきた。 ドラマを見終わってから、ゆりねのトリミングをした。 コロナ以来、ずーっとお家カットで済ませている。 できない肛門腺絞りだけは、病院のお世話になって、あとはちょこちょこ、伸びたらカット。 カットする時にいつもイメージしているのは、ムーミンだ。 頭の毛と尻尾だけ残して、あとは基本的にバリカンで丸坊主にしてしまう。 だってゆりねに、 「もう少しヘアースタイルが可愛くてオシャレになるのと、美味しいご飯が食べられるのと、どっちがいい?」 と尋ねたら、答えは断然、後者なのだ。 つまり、トリミングをプロのトリマーさんにお願いしない分のお金で、いい餌を買いましょう、という提案。 確かにわたしがトリミングをすると素人丸出しで歪ではあるけど、まぁ、ゆりねの精神的負担も、わたしの経済的負担も、両方減らすことができるから、当分、この感じで行こうと思っている。 トリミングをしながら、ずっと民謡クルセイダーズを聴いていた。 なんだか最近こればっかりだ。 すっかりハマってしまった。 ライブはさぞかし盛り上がるだろうなぁ。行きたいなぁ。 早く、そんな時間を楽しめるようになるといいんだけどなぁ。

ひめゆり

梅雨の晴れ間、家中にある笊を総動員して、梅干しをベランダへ。 今日で二日目。 かわいい小梅ちゃんたちが、すくすくと梅干し目指して育っている。 週末、『ひめゆり』を見に行ってきた。 沖縄地上戦に駆り出されたひめゆり学徒隊の中で、生き残った方達22人のインタビューをまとめたドキュメンタリー映画だ。 15歳から19歳の少女222人が戦場に送られ、陸軍病院などで看護活動にあたった。 半数以上の136名が戦場で命を落としたという。 作品は2006年の製作だが、毎年、沖縄地上戦の組織的な戦闘が終結したとされる6月23日の「慰霊の日」に合わせて、今でも映画館で上映されているとのこと。 わたしが行った初日も、たくさんの若い人が見に訪れていた。 第一部、第二部、第三部という構成になっていて、第一部だけでも過酷な内容なのに、第二部、第三部と、あの戦争の実態が見えてくる気がした。 敵に包囲されている状況で、解散と言われ、露頭に迷う少女たち。 生き残った方達も、まだ10代という若さで、悲惨な人間の最期の姿を目の当たりにし、親しい友人との無残な別れを経験した。 なんていう愚かなことをしたのだろう、と改めて静かな憤りを感じずにはいられなかった。 上演後の、柴田昌平監督のお話がとても良かった。 確かに、証言をされた方達の姿が美しい。 それほど辛いことを経験したのに、恨みがましさがないのが、印象的だった。 彼女たちは、ただただ、平和を祈っている。 若くして亡くなった友人たちの使命を背負って、生きているのだと思った。 その覚悟のようなものが、画面を通して伝わってきた。 今日は、夏至。 一年のうち、昼の時間がもっとも長くなる。 でも裏を返せば、明日からまたちょっとずつ冬に近づいていくのだ。 ぼちぼち、一年の半分が過ぎてしまう。 明後日は、ゆりねの誕生日だ。 もう7歳かぁ。 この春、石垣島で見たゆりの花が綺麗だった。

石鹸工房

きっかけは、夕方通っていた銭湯が、緊急事態宣言でクローズしてしまったことだった。 思いのほか時間ができたので、石鹸でも作ってみよう、と思い立ったのだ。 ラッキーなことに、近所で手作り石鹸教室をしている方がいて、一通り石鹸の作り方を教えていただいた。 石鹸作りは、お菓子作りにとてもよく似ている。 材料をきっちりと測らないといけない点、材料の温度が重要な鍵を握る点、使う道具も、ボウルや泡立て器など共通する点が多い。 難関だった苛性ソーダの入手に関しては、石鹸教室の先生に教えていただき、無事、近所の薬局で手に入れることができた。 大変なのは、苛性ソーダと水と油を合わせてから、ひたすら混ぜることで、文字が書けるくらいの「トレース」と状態を目指すのだが、初めて自力で作った時、一時間経っても、まだ全然トレース状態にならず、流石に根をあげ、手動の泡立て器から、家にあったブレンダーに持ち替えた。 機械に頼って大正解だった。 手動の泡立て器でやってた時は、あんなに変化がなかったのに、電動のブレンダーを使ったら、ものの数十秒でトレース状態に達した。 一台、ブレンダーが余っていたから、ちょうどよかった。 夏用の石鹸には、爽やかになるようミントやティートゥリーの精油で香りづけしたりと、自分好みの石鹸が作れるのが嬉しい。 最近は、石鹸だけでなく、化粧水やリップクリームなんかも、手作りしている。 これがまた、なーんだ、と拍子抜けしてしまうほど簡単で、今まで高いお金を出してオーガニックのそういうものを買っていたのはなんだったんだ、と愕然とした。 キャンドルを灯して余ったミツロウも使えるし、飲み忘れたハーブティーとか、冷蔵庫で固くなっていたココナツオイルとか、結構、手作りコスメに応用できたりする。 ずっと使う機会がなかったローズのオイルも、塩と混ぜてスクラブにした。 工夫次第で、あれこれ作れるものじゃのぅ。 これでますます、お風呂時間が楽しくなった。 今日もこれから、石鹸を作る予定だ。 今日は、デトックス効果の高いひまし油を使って、シナモン味の石鹸を作ろうと思っている。 でもその前に、大豆田とわ子さんのドラマを見るのですよ! 最終回のひとつ前で初めて見たら面白すぎて、今、第一話から通して見ているところ。 最終回まで見てしまうのがもったいな気もするけど、早く見たくてウズウズしている自分もいる。 もしかして、わたしに監視カメラがついてるんじゃないの? ってくらい、思い当たる「あるある」がいっぱいで、完全に参った。 たまに、ズボっとハマってしまうドラマがある。 次は『コントが始まる』を見る予定。

小梅ちゃん

連日連夜、というほど切羽詰まっていたわけではないけれど、ここ数日、梅仕事に追われていた。 今年は満を持して、小粒サイズの梅を5キロ頼んでいた。 季節の巡りが早いのか、思っていたより早く届いて、五月のうちに梅仕事がスタートする。 小梅ちゃんたち、小さくて可愛い。 わたしのやり方は1キロずつ小分けにして漬けるので、香りが立ち、ほんのり黄色くなっている実を選別しては、洗って、干して、なり口の軸をのぞいていく。 が、この作業が、なかなか大変なのだ。 同じ1キロといっても、大きいサイズの1キロ分と、小さいサイズの1キロ分とでは、個数が格段に違ってくるからだ。 小梅ちゃんだと、当然、数が増える。 通称、おへそのゴマ取り作業。 一つ一つ小梅ちゃんを手に取っては、楊枝などでおへそのゴマを取り除いていく。 まさに、ちまちま。 小梅ちゃんたちは、色、形、大きさもそれぞれ違って、本当に愛くるしいのだ。 みんなに挨拶するような気持ちで、ゴマを取る。 本当に、おへそのゴマにそっくりだ。 でも、これって本当に梅のおへそのゴマなのかも!?! ちなみに1キロで何個あるか数えたら、265個だった。 つまり、5キロだとその5倍だから、単純計算で1325個。 わたしは、1300個もの小梅ちゃんのおへそのゴマを取ることになる。 でも、1000個以上あれば、安心だ。 これで一日一個梅干しを食べても、まだお釣りがくる。 ゴマ取り作業が終わったら、塩と合わせて、ジッパー付きの保存袋へ。 一日経つと、もう梅酢が上がっている。 順調、順調。 この作業を5セット繰り返して、めでたく、今年の梅仕事の前半戦が終了した。 あとは、大きい梅でよそゆきの梅干しでも作ろうかな。 梅仕事を終えてから、久しぶりに銭湯へ。 やっぱりお風呂は、こうじゃなきゃ! 久々にお会いした風呂友さんと、再開してよかったですねぇ、と言い合った。 今までの分を取り戻すつもりでもなかったのだが、気がついたら長風呂に。 空を見上げながら入れるお風呂は、最高!

思い込み

久しぶりに、お茶のお稽古に通いたくなった。 二十代、三十代の頃は、茶道教室に通っていたけれど、書く仕事が本格化してからは、なかなかタイミングが合わなくなったこともあり、お稽古から足が遠のいていた。 日本に戻ったら真っ先にやりたいことの一つだったけれど、あいにくコロナの影響で、なかなかそれも実現できずにいた。 自分に合ったいい教室や先生を探すのも課題だった。 わたしは、のんびりお茶を習いたい。 お茶名とかには興味はなく、お茶室でお茶をいただき、緩やかな時間の流れそのものを味わうのが目的なので、それほどお茶にお金をかけたいとも思わない。 要するに、ただただリラックスしてお茶を飲んだり点てたりしたいのだ。 そういう態度でも受け入れてくれる先生のところで、お茶のお稽古がしたかった。 先日、ひょんなことから、ここならいいかも、と思う教室を見つけた。 場所は東京の反対側だけれど、まぁ月に一回、のんびりと小旅行気分で出かけるのも悪くない。 何より、古いお道具を使ってお稽古をする、という点に惹かれた。 早速先生に連絡を取り、お稽古の見学をさせていただくことにした。 久しぶりの着物である。 まだ五月だけど、もう六月が目前だし、単の着物に袖を通した。 帯は、ずいぶん前に買った古いアンティークの帯をしめる。 結構、サクサクと着付けができて自分でも驚いた。 道具を準備している途中で、白い足袋がないことに気づいて慌てふためく。 デパートはお休みだし、と思って個人商店の着物屋さんに電話をし、白足袋の在庫を確認する。 雨が心配だったけど、歩きやすい畳表の草履を履いて、いざ出発。 もちろん、手には晴雨兼用の日傘を持つ。 バス、電車、電車、と乗り継いでまずは途中で白足袋をゲットし、更に電車、電車、電車と乗り継ぐ。 もう少し楽に行けるルートもあるのだけど、渋谷や新宿は極力通りたくないので、地下鉄だけで行った。 日曜日にしては、やっぱり空いているかもしれない。 汗をかきかき、ようやくお稽古が行われているギャラリーの前にたどり着く。 が、開いているはずのお店が、閉まっていた。 ん? 日にちを間違えたかしら? でも、確かに合っている。 ということは、緊急事態宣言の延長を受けて、急遽、お稽古がお休みになったのだろうか? しばらく建物の前に立って様子を伺うも、誰も来ないし、誰も出てこない。 呼び鈴を押しても返事がないし。 結局、また元のルートを引き返した。 せっかく着物で出かけたのだしなぁ、と思って、途中、ずっと気になっていた印伝のお店に立ち寄る。 何も買わずに店を出て、冷たい豆かんでも食べて帰ろうかと思ったけれど、少し我慢してそのまま帰宅した。 速攻で帯をほどき、着物をほどき、ささっと普段着に着替えて、冷蔵庫からビールを取り出す。 あー、おいしい。 最高だ。 汗をたくさんかいて、着物の束縛から解放された後のビールは格別である。 おつまみに、お煎餅をポリポリ。 数時間後、先生からメールが来ていた。 件名に、「ごめんなさい。」とある。…

ちまちま

昨夜は残念ながら皆既月食、後半のちょこっとしか見られなかった。 でも、ちょうど時間に合わせて外に出たら、皆さん外に繰り出して空を見上げていて、それはなんだか花火大会の始まりを待つようで、懐かしい雰囲気だった。 今年は花火大会、できるのかな? 花火大会はダメで、でもオリンピックとパラリンピックは何がなんでもするのかな? もちろん、選手の方たちのことを思うと開催してあげたいけれど。 でも、ここは俯瞰で物事を判断する方が賢明のような気がする。 今日は一日雨だった。 緊急事態宣言で行きつけのスーパー銭湯がクローズとなり、それじゃなくても手持ち無沙汰だというのに、その上、ゆりねのお散歩にも行けない。 仕方がないので、昨日の夜、皆既月食を見がてら野菜の無人販売ロッカーで買ってきた山椒の実を醤油漬けにする。 そう、もう山椒の実の季節なのだ。 記憶が定かではないけれど、去年はもう少し遅かったはず。 しかもショックだったのは、ロッカーに梅の実も並んでいたこと。 五月で、もう梅かぁ。 今年は桜が早く咲いて驚いたけど、やっぱり季節の巡りが狂っているとしか思えない。 大好きなハナレグミの音楽を聴きながら、ちまちまと山椒の実のお世話をする。 晩ごはんの後、少し雨足が弱まったので、今しかない! と思いゆりねを連れてお散歩へ出た。 いけないことなんだろうけど、わたしはいつも、ゆりねの好きに歩かせている。 こっちに行きたいと言えばこっち、こっちは嫌だと言えばあっちへ。 ゆりねは、自分の歩きたくない道は、頑なに動こうとしないのだ。 ちなみに、多くの飼い主さんが禁じている、地面に体をこすりつけてスリスリするのも、好きにさせている。だって、犬だから。 でも、雨の日とか暗くなってからは、ゆりねの好きにさせるわけにはいかず、にらめっこする結果となる。 今日も、多くの曲がり角で、あっちに行きたいゆりねと、こっちに導きたいわたしが、衝突した。 また雨が降ってきたし、暗くなってきたし、わたしはなるべく近道して家に帰りたかった。 卵を買いたかったので無人販売ロッカーに寄ったら、また山椒の実が売られている。 一袋300円のを、3袋買った。 これは、明日の宿題。 また、ちまちま仕事に精を出そう。 わたしは、こういうちまちまとした仕事が、決して嫌いではないのだ。 でも、眼鏡をかけないとできなくなってしまったけど。 来週は、らっきょうを漬けようと思っている。

友情

とても好きな女性がいた。 彼女は食べ物屋さんのマダムだった。 お店のこと、料理のこと、いつもいつも真剣に向き合い、考えていた。 彼女の生きる姿勢がとても好きで、ユーモアと真面目さのバランスが羨ましくて、なんとなく少しだけ距離を置いて、彼女に好意を抱いていた。 こんなふうに生きたいな、と思う理想的な素敵な女性だった。 何度か、手紙のやりとりをしたことがある。 彼女が書いてくれた手紙がベルリンの郵便受けに入っているのを見つけた時、私はものすごく嬉しかった。 すぐに返事を書くことができなくて、気持ちが膨らむのを待ってからお返事を書いた。 私は、少しずつ距離を縮め、ゆっくりと友情を育むつもりでいた。 きっと、ものすごくいい関係が築けるだろう、という確信があった。 向こうも、そう思っていたと思う。 でも、もう彼女の体はこの世界にない。 そのことを、先日、人づてに聞いた。 私より、まだ若い人だった。 お店は、もうすぐクローズするという。 彼女のいた面影みたいなものに触れたくて、先日、お店を訪ねた。 一見、何も変わっていないように見えたけど、彼女が立っていないその店は、やっぱりどこか芯がないというか、おぼつかないというか、以前のお店とは違う気がした。 いつか、親友になれると思っていたのに。 自分の考えの甘さに、彼女からピシャリとほっぺたを叩かれた気分だ。 ゆっくり友情を育もうなんてカッコつけないで、すぐに気持ちを伝えておけばよかった。 先日、彼女がいたのと同じ町で、大学の同級生と再会した。 学生時代はそんなに親しくしていた感じではなかったけど、でも顔と名前はちゃんと覚えていた。 数年前、サイン会をした時にわざわざ会いに来てくれたのだ。 紅茶を飲みながら、いろんな話をした。 その後、傘をさしながら少し近所を散歩した。 背中を押してくれたのは、もうこの世界にいない彼女だった。 もたもたしていたら、せっかくの縁も水の泡になってしまうでしょ、と。 食べ物屋さんのマダムと大学の同級生は全然関係がないけれど、私の中ではとても深く結びついている。 私が家を留守にしている間に、いただいた薔薇の花が見事なまでに散っていた。 この姿を見て、また彼女のことを思った。 人生って、自分たちが思っているより、もっともっとあっという間なのかもしれない。 彼女といろんなことを話して、笑ったり、泣いたり、怒ったり、したかったという後悔は、この先もきっと消えないだろう。 だからこれからは、好きな人がいたら、自分から積極的に会いに行こうと思う。 今夜は、皆既月食とのこと。 あと一時間くらいで、それが始まる。 見えるかな? 見たいな!!! どうか雲がなくなってまんまるお月様に会えますように。

日傘の季節

ついこの間春が来たと喜んでいたと思ったら、もう今日は梅雨空だ。 さっき自転車で薬局まで行ったけど、空気がじとっとしている。 風が強くて、帽子が飛ばないよう必死に手で押さえながら運転した。 関東では、この先しばらく雨マークが続いている。 梅の実もぷっくりと膨らみ始め、枝から落ちた小梅ちゃんが地面に落ちて潰れていた。 それを見て、そうか、そろそろ梅仕事の季節なんだな、と思い出した。 早速家に帰ってから、梅の実を注文した。 去年は出遅れたせいで、小粒の梅を手に入れることができなかった。 今年こそは、小梅ちゃんを梅干しにしたい。 新しい日傘を買った。 日光アレルギーだから、日傘は必需品である。 帽子でもある程度日光を遮ることはできるけれど、やっぱり日傘の方が安心だ。 わたしの場合、夏だけでなく冬も、日傘が手放せない。 振り返ると、これまでにいろんな日傘と付き合ってきた。 何本かの日傘を経て、最終的にわたしが辿り着いたのは、男性用の日傘だ。 しかも、晴雨兼用。 結論としては、これがベストである。 まず、女性用の日傘は小さい。 一本、女性用の晴雨兼用日傘を持っているけれど、太陽光はまずまず防げるにしても、雨の場合、守ってくれる面積が小さすぎる。 これだと、雨でずぶ濡れになる恐れがある。 そして、日傘を買うなら、断然、晴雨兼用がおすすめだ。 この季節は特に、急に雨が降ってきたり、かと思うと急に雨が上がって青空になったり、空模様が七変化する。 そんな時、雨用と晴れ用、両方持って歩くなんて無理だし、だったら最初から両方に使える傘を選んだ方が賢い。 しかも、そうすれば収納にも場所を取らない。 最近は、男性用の日傘もいい感じのが増えている。 男の人だって、炎天下を歩くときは日傘を差した方が身のためだと思うし、この際、日傘は女の人のもの、なんていう固定観念は取っ払って、どんどん使って欲しい。 日傘を差すのと差さないのとでは、感じる暑さもだいぶ違ってくる。 スーツに日傘を差して爽やかに歩いている男性の姿は、とても素敵だと思う。 わたしが今回選んだのは、鮮やかなブルーの日傘。 表には麻の生地が、裏側には防水の生地が張られていて、これならどんなに強い雨が降っても漏れる心配はない。 早速昨日使って、大満足。 これから日傘を買おうという方は、男性用の晴雨兼用もぜひ、チェックしてみてくださいね。

手作り週間

今週末は、二日連続でヨガへ行った。 だって、他に行くところがないのだもの。 お風呂も、緊急事態宣言を受けてクローズになってしまったし。 家にいる時間が長いので、あれやこれやと手作りの分野を広げている。 なんでも手作りすればいいとは全然思っていなくて、餅は餅屋に任せようというのだが基本姿勢ではあるのだけど、こと味噌に限っては、自分で作った手前味噌が一番だという結論に達した。 最近は、京都の舞鶴にある大阪屋こうじ店の生麹のお世話になっている。 こちらの生麹は、香りが良くて、とてもいいお味噌になる。 今回は、もろみセットも取り寄せてみた。 もろみ麹は、豆麹と麦麹と米麹をよく混ぜ、そこに醤油と味醂を入れて常温で寝かせると完成する。 半年ほど前、山形で作られているものすごく美味しいもろみ味噌に出会い、自分でもやってみたくなった。 麹に触れていると、なんでこんなに幸せな気持ちになるのか自分でもわからないけれど、でも毎回、とてもこころが穏やかになる。 特にこの季節は、窓を開け放って、気持ちのいい風を感じながら作業できるのがいい。 味噌の方は、先日訪れた石垣島の、米原の海塩を使って仕込んだ。 こうやっていろんな塩を使って作ることができるのも、手作り味噌の良さだ。 そして今、新たに挑戦しようと思っているのが、石鹸だ。 日本で無添加のいい石鹸を買おうとすると、結構なお値段がする。 お気に入りの石鹸をいちいちドイツから送るというのも、なんだかなぁ、と思うので、味噌の次は石鹸に手を広げてみようと。 けれどこれが、なかなかハードルが高くて、困っている。 水と油を混ぜるためには、アルカリ性の物質で両者をくっつける必要があるのだが、大体の手作り石鹸のレシピを見ると、その役割を担うものとして「苛性ソーダ」が使われている。 けれど、この苛性ソーダは劇薬で、簡単には手に入らない。 わたしも昨日から薬局を回っているのだけど、どこも置いていないのだ。 購入の際も、身分証と印鑑が必要というから、よほど扱いに注意しないといけない。 石鹸を作るのに、そんな劇薬が使われているなんて、知らなかった。 自分で扱うのも怖いし、苛性ソーダを使う以外の作り方を模索しているけれど、どうなることやら。 今日は、あんまりいいお天気で、日曜日にヨガをしたらすっかり開放的な気分になって、お昼からビールを飲んじゃった。 ビールの季節、到来だ。 わたしが最近気に入っているのは、月山ビール。 ピルスナーとミュンヒナー二種類あって、どっちもいい味。 これから、わざわざドイツのビールを飲む必要なし! と、ここまで書いて思い出した。 わたし、バナナアイスも作ってたんだっけ。 早くかき混ぜなくちゃ!

植物の力

おばさんが、山形から山菜を送ってくれた。 コシアブラ、タラの芽、こごみ、うど、あいこ、笹巻きもある。 でも、いちばん嬉しかったのは、写真だった。 封筒の中に入れられていた写真には、桜の木が写っている。 わたしにはもう、実家がない。 生まれ、育った家は、跡形もなくなって駐車場になっている。 わたしの実家は、おばにとっての実家でもある。 おばの方が、より多くの思い出を持っているかもしれない。 実家に、毎年春になると咲く、桜の木があった。 その木の下で、よくおままごとをして遊んだ。 金魚や小鳥が死ぬと、その木の根元にお墓を作って弔った。 わたしが親元を離れてからは、母が、まだ寒い時期に桜の枝を切って、新聞紙に包んで送ってくれた。 温かい場所に活けておくと、硬い蕾が少しずつ膨らんで、一足早く花を咲かせた。 実家の建物がなくなることは仕方ないとしても、その桜の木が切られてしまうことが、心苦しかった。 だから、旅行者として山形を訪れると、実家のあった場所の前を通る時は、いつも、さーっとなるべく見ないようにしていたのだ。 おばも、同じだったらしい。 「悲しくなるから、行かないようにしていた」と言っていた。 だから、桜の木が残っていることを、わたしもおばも知らなかった。 写真は実家にあった桜の木で、わたしと同い年の従兄弟がこの春撮ったものだという。 植物ってすごいなぁ。 実家の建物がなくなってせいせいしました、とばかりに、思いっきり空に向かって枝葉を広げている。 記憶にあるより、数段大きい。 石垣の向こうまで、自由気ままに伸び伸びと花を咲かせている。 「もう一本、木が見えるの、わかる?」と電話口でおばが言った。 言われてみれば、桜の木の奥の方に、斜めの幹が伸びている。 「それはね、枇杷なんだって。その辺に、よく生ゴミとか捨ててたでしょ。そこに捨てられた枇杷の種から芽がでて、根付いたみたいなの」 そうそう、確かに実家には枇杷の木と柿の木もあった。 でも、枇杷と柿に関しては、建物の取り壊しといっしょに切り倒されてしまっていた。 だけど、親の枇杷はなくなっても、こうして命が繋がれていたのだ。 おばと電話で話しながら、わたしは涙が止まらなくなった。 いつか、おばといっしょに満開の桜を見られる日が来るといいと思った。 おそらく、おばはこの一年、一歩も外に出ていないのだろう。 もともと病気で倒れて家にこもりがちになっていたのが、コロナで、ますます家から出られなくなった。 その影響が、おばの声に如実に現れていて、切なくなる。 母は亡くなってしまったけれど、そのことでおばとは再び交流できるようになったし、実家の建物は取り壊されたけど、桜の木は今年も盛大に花を咲かせている。 それでいいんだな、と思う。 永遠なんて、ないんだし。 3枚の桜の木の写真を見ながら、すとんと納得した。 ところで、オリンピック、まだやるつもりでいるのだろうか? コロナで人々がこれだけ悲鳴をあげている状況で、日常生活もままならないというのに、オリンピックを開催するというのが、わたしにはどうしても賢い判断に思えないのだけど。…

大久保真紀さん

毎朝読む新聞に、大久保真紀さんの名前を探すようになってから、ずいぶん長い月日が経つ。 どんなに小さな記事でも、大久保さんの書かれた記事は、探し出す自信がある。 大久保さんは朝日新聞の新聞記者だ。 大久保さんの書かれる記事は、何かが違う。 温もりがあるというか、魂があるというか。 書き手として、本当に素晴らしいと尊敬する。 わたしなんか、大久保さんの足元にも及ばない。 ずっとずっと、大久保さんの書かれる記事を追いかけてきた。 児童虐待や、冤罪、子どもへの性暴力。 大久保さんは、常に地面と同じ位置から問題を捉え、弱き者の立場に立って声なき声をすくい上げる。 本当に、本当に素晴らしい新聞記者だ。 大久保さんの書かれた署名記事に心を打たれるたび、一読者としてお手紙を書こうと思うのだけど、恥ずかしくて、なかなか書けないままでいた。 けれど、一昨年の秋、朝日新聞社で『ライオンのおやつ』のトークイベントをする際、思い切って、お手紙を書かせていただいた。 わたしも、読者の方からいただくお手紙が励みになるから。 ただただ、自分の思いを届けたいと思った。 その大久保真紀さんが、今回、日本記者クラブ賞を受賞された。 これは本当に素晴らしいこと。 過去には、筑紫哲也さんや鳥越俊太郎さんも受賞されている。 わたしはもう、自分のことみたいに嬉しくて嬉しくて仕方がない。 本日の朝日新聞に、大久保さんの特集記事が組まれている。 その中に、わたしも寄稿文を書かせていただいた。 本当に恐れ多いのだけど。 機会がありましたら、ぜひ読んでください。 デジタルでも、お読みいただけます。 https://digital.asahi.com/articles/ASP4W7FBCP4NUTIL018.html 中学生の頃、新聞記者になりたいと思った時期があった。 でも大久保さんみたいな偉大な新聞記者のお仕事を知ると、自分には無理だったと断言できる。 大久保さんは、しなやかに戦う人だ。 これからも戦い続けてほしい。

山菜ノート

出羽屋さんから、山の宅配便が届いた。 段ボールの中に、山菜がぎっしり詰まっている。 春だなぁ。 ひとつひとつ新聞紙に包んであって、なんだか実家から送られてきたみたいで嬉しくなる。 青コゴミは、ゆがいて、ごま和えに。 赤コゴミは、ゆがいてから細かく切って、胡桃と共に白和にする。 味付けは、オリーブオイル、醤油、ゆず酢。 コゴミの正式名は、「クサソテツ」。 そういえば、以前西表島に行ったとき、ジャングルに、巨大なコゴミみたいな植物がニョキニョキ生えていたっけ。 ソテツと聞いて納得する。 ゆがくと滑りが出て、ちょっと土っぽい味がするのが特徴だ。 βカロテンとビタミンEが豊富で、免疫力を高めてくれるというから、コロナ対策にもきっといいはず。 山うどは、一本を三通りの食べ方でいただく。 まず、チクチクとした毛が生えた皮は、細く切ってきんぴらに。 芽の部分は、天ぷら。 中のところは、透明になるまでよーくゆがいて胡桃味噌で和える。 ツキノワグマやカモシカの好物だそうだ。 どほいなは、今回初めて知った山菜。 鮮度が命とのこと。 葉っぱは天ぷらにするといいらしいので、千切りにして、石垣島のもずくと合わせてかき揚げにしよう。 茎の部分は、中が空洞になっていて、香りが強いから、お浸しに。 昨日の夜から出汁につけてある。 花ワサビは、一分くらい茹でてから、刻んで醤油と味醂につけていただく。 タラの芽とコシアブラは、もちろん天ぷらで! ウコギは、軽くゆがいてからキュッと絞って、ご飯に混ぜ、ウコギご飯に。 今夜は、おにぎりにしておこう。 しどけは、正式名称、モミジガサ。 葉っぱがモミジの形をしているのだけど、毒草のトリカブトと少し似ているから要注意だ。 ほろ苦い味わいが特徴だというけど、おひたしがいいのか、それとも卵と炒めるのがいいのか、悩ましいところ。 その場の雰囲気で決めよう。 他に、カタクリの花も入っていた。 おひたしにするといいらしけど、下剤になるほどの強い山菜なので、今回は鑑賞用として花瓶に活ける。 俯く姿が、可愛らしい。 行者にんにくは、オリーブオイルで炒めてから、ボロネーゼのソースに混ぜてパスタにしたら最高に美味しかった。 今夜のお客様は、オカズ夫妻+黒豆(犬)。 わたしの料理を、いちばん多く食べてくれているゲストだ。 この一年、外食の回数が減った分、こんなふうにお客様を呼んで家で食べる機会が増えた。 家だったら、お酒も飲めるしね。 素敵な夜になりそうな予感がする。 黒豆は相変わらず、ゆりねのお尻を追いかけ回していた。

ご近所さん

二度あることは、三度ある。 ただ今、三度目の緊急事態宣言中だ。 再び、ステイホームの日々。ステイだのゴーだのって、犬になった気分だワン。 ひろえちゃんと、オンラインで飲み会をした。 もう彼女はベルリンを離れ、今はフランスのマルセイユにいる。 ベルリンで使っていたわたしの家具の多くが、マルセイユへ引っ越した。 リビングに敷いていた薄紫色の絨毯を見て、懐かしくなる。 ご近所さんだったのにな。 ベルリンにいた頃は、じゃあ30分後にそっちに行くね、なんてことが、平気で言えた。 みゆきちゃんもご近所で、うちの前の公園に集まって、夕暮れを見ながらビール飲んだりしてたっけ。 そんなの当たり前だと思っていたけど、もう誰もベルリンにはいなくなった。 ひとりは、地上すら離れて、遠い遠いところに行ってしまったし。 あの頃、三人がベルリンにいて他愛もない話題で盛り上がっていたことが、奇跡に思える。 向こうはランチ、こっちはディナーの時間に合わせて乾杯をした。 ひろえちゃんは赤ワインを、わたしは丹波ワイナリーのプシュプシュを飲む。 それぞれ前におつまみを用意して、あーだこうだと言いながら、飲んで、食べて、ゲラゲラ笑う。 楽しかった。 こういう時間って、必要だと痛感する。 不要不急の外出を控えるようにとのことなので、行動範囲はもっぱらご近所だ。 だから、一日に一回、ゆりねを連れて散歩をすることが、いい気休めになる。 この一年で、気さくに話せる犬友もできた。 いろんな犬がいるなぁ。 去年、コロナの真っ最中に生まれたチワワは、大事な幼少期に犬と接する機会が少なかったため、散歩で他の犬と会っても、怯えてしまうのだとか。 そういう影響は、人間だけでなく、犬にも現れている。 この間は、もう足腰が弱って自力では歩けない老犬のダックスフントに会った。 ゆりねが素晴らしいと思うのは、どんな犬にも尻尾を振ってフレンドリーに近づいていくところだ。 ものすごく社交的で、相手にいくら無視されようが、決してめげない。 ものすごく大らかな性格には、本当に感心するし、尊敬もする。 滅多に怒らないのだが、相手が本当に失礼な態度(例えば、いきなり吠え立ててこちらを威嚇してきた時など)、どこの犬かと思うくらいの低い声で、「いくらなんでもその態度は失礼だろ!」というようなことを訴える。 その声は、ゆりねの風貌と全く似つかわしくなく、そのたびに飼い主が度肝を抜いているのだ。 まぁ、そういう声を聞くのは、一年に一回くらいだけど。 ゆりねだって、怒る時は本気で怒る。 振り返ればこの一年、週末のヨガにもずいぶんお世話になった。 定期的に一番よく会っていたのは、ヨガの先生かもしれない。 ヨガのおかげで、生活にメリハリができていた。 今回の緊急事態宣言で、わたしが毎日のように通っている銭湯がどうなるのかまだわからない。 ここも閉じてしまったら、結構、こたえる。 銭湯は、わがオアシスなのに。 今、秋田から芹が届いた。 さすが、産地直送だ。スーパーで売られているなよっとした芹とは気合が違う。…

黒島観光

朝一番の船に乗って黒島へ。 船の席の隣には、トモコと、トモコが5年前にうんだ娘のはーたんがいる。 トモコはお菓子を作る人で、わたしは彼女の作るお菓子の大ファンだ。 勝手に、妹みたいな存在だと思っている。 そのトモコが石垣島へ娘と遊びに行くと知ったのは、ほんの少し前のこと。 トモコと前回会ったのは、彼女が結婚して出産をする前だし、ねーさんにも随分会っていない。 当然、トモコの娘にもまだ会ったことがないわけで、もしかしてわたしが石垣島へ行けば、会いたい人たちにまとめて会える! とひらめいた夜の次の朝には、石垣行きのチケットを手配していた。 そして、びゅん、と石垣島へ飛んだ。 コガラと呼んでいるスーツケースの小さいのには、お土産のドイツパンをぎっしり詰めて。 トモコ&はーたん母娘は、石垣島が初めてだ。 わたしは、4回目か5回目か、ちょっと記憶が定かではない。 とにかく、石垣島でまたねーさんやトモコ、はーたんに会えるのは、最高に幸せなこと。 大好きな辺銀食堂がやっていないのは、ショックだけれど。 コロナのせいなので、仕方がない。 黒島に着いたら、まずは電動自転車をゲットし、ビーチへ。 地元の人が行くというビーチを自転車屋のお兄さんに教えてもらい、早速ペダルを漕ぐ。 トモコ&はーたんコンビは、自転車のふたり乗りが初めて。 一回危うく自転車が倒れそうになったけど、はーたんが踏ん張ったおかげで、なんとか大惨事に至らずに済んだ。 岩と岩の割れ目を、まさに「おぎゃぁ〜」という感じでなんとかくぐり抜けると、そこには美しい海が! 朝の海って、めちゃくちゃ気持ちいい。 トモコとはーたんは、そのまま海へ。 わたしは、まずはホテルでもらった朝ごはんを食べる。 海岸で戯れるふたりの母娘の姿は、何をしていても美しく、サンドウィッチをかじりながら写真を撮ってばかりいた。 こんなにきれいな、優しい海の色には、滅多にお目にかかれない。 朝食を終え、わたしもズボンの裾をまくって、海へ。 はーたんと手を繋ぎ、波打ち際をひたひた歩く。 黒島は、上から見るとハートの形をしている。 人よりも牛の数の方がずっと多くて、のどかな、南の島。 そういえば、『つるかめ助産院』を出した時によく、舞台となっている南の島のモデルは黒島ですか? と聞かれたものだ。 はーたんと遊びながら、ふと、そのことを思い出した。 そっか、黒島のことだったんだ、と。 もうこのままずっと一日中そのビーチで過ごしたっていいくらい気持ちよかったし、もしひとりで来ていたら絶対にそうしていたと思うのだけど、せっかく電動自転車を一日借りたので、島をサイクリングする。 あっちにも、こっちにも、牛、牛、牛。 方向音痴のトモコは、全然戦力にならん! と思っていたら、途中から雲行きが怪しくなり、地図係をトモコに任せる。 小学校を見に行ったり、海岸で石拾いをしたり、野苺を見つけたり、寄り道をしながら気持ちよく島を自転車で走る。 気温はもうかなり高くて、暑いのだけど、ふと木々が生茂るジャングルの脇を通ると、途端に空気がひんやりする。 ふわぁっと甘い香りがするのは、月桃の花。 海亀研究所へ着いたのは、お昼ちょっと前だった。 黒島は海亀が産卵する島として知られており、春先の今がちょうど産卵の時期に当たる。 人生で一度立ち会ってみたいことのひとつが、海亀の産卵だ。…

命のしまい方

飛行機の離陸の瞬間が好きだ。 ふわっと機体が持ち上がって、みるみる地面が遠ざかっていく。 眼下の海には柔らかい襞のように波がうねり、その上に船の白い航路が伸びている。 さざなみに反射する光はキラキラ輝いて、地上の現実世界が、どんどん、おもちゃのような、作り物のような、模型のような、そういう物に見えてくる。 機体はすぐに雲を通って、やがて雲を下にして飛ぶようになる。 一昨日は、窓から見えた富士山の姿に感動した。 空から見ると、富士山すら小さく見える。 富士山を見るたびに感じるのは、あの山の頂上に自力で登ったことがあるもんね〜、という小さな誇り。 やっぱり、頑張って登ってよかったと思う。 それでも、空から見れば、日本一高い富士山だって、地球の虫刺されの跡くらいにしか見えない。 機内でずっと「死」について考えていたのは、佐々凉子さんの『エンド・オブ・ライフ』を読んでいたから。 終末期をめぐるノンフィクションで、内容が本当に素晴らしい。 それぞれの人の、それぞれの命のしまい方。 引き出しをそっと元に戻すように命を閉じる人もいれば、出していた引き出しをもっと引いて最後はその引き出しごと床に落とすようにして命を終える人もいる。 自分が引き出しを引いていたこそすら忘れて、開けっ放しのまま旅立ってしまう人だって多い。 いくら自分ではこうしようと思っていても、そうはできないことがほとんどで、命のしまい方というのは、本当に難しい。 でも、イメージトレーニングはできるはずで、こういう本を読んだりしながら、自分だったらどういう命のしまい方をしたいかを常日頃から考え、思い描いておくことは、何かしら効果があるような気がする。 わたしは、この本の中に出てくる佐々さんのおじいさまの命のしまい方が素敵だし、理想的だと感じた。 おじいさまは、さいご、ご自分の大切な人にひとりずつ会いに行き、それからほどなく亡くなったという。 きっと、ご自分の死期がおわかりになっていたのだろう。 人間に本来備わっているはずの動物的な直感を失わずに生きていると、そういうことも可能なのかもしれない。 わたしもそうありたいな、と思う美しいしまい方だった。 もしこの本を先に読んでいたら、『ライオンのおやつ』は書けなかったというか、書かなかったかもしれない。 ちょうど着陸の間際に本を読み終えたのだけど、窓からふと下を見た時の、島の姿と陽の光があまりにきれいで、参ってしまった。 わたしの想像する死というのは、飛行機の離陸みたいなもの。 あれを、ものすごく早くした出来事が起きるんじゃないだろうかと、期待している。 そして、気づかないうちに、また地上に戻ってくるんじゃないか、と。

林檎と蜜柑

今は開放期なので、こころを外に向け、なるべくいっぱい外の空気を吸おうと行動している。 (コロナには、十分気をつけつつ。) 「かいほう」には、「開放」も「解放」もあって、いつも、どっちの漢字を当てたらいいのか、少し悩む。 「開放」は、窓や戸を開け放ったり、制限などを設けず、自由に出入りできるようにすること。 「解放」は、束縛を取り除いて、自由な行動ができるようにすること。 と、辞書にはある。 かなり接近しているけれど、でも微妙にちょっとニュアンスが違う。 じっくり考えて、やっぱり「解放」の方がふさわしいと思った。 今、わたしはこころの窓を目一杯あけて、新鮮な風をこころの奥深くまで入れて風に晒している。 先週は、箱根と鎌倉に行ってきた。 ようやく復旧した箱根登山鉄道に乗り、宿を目指す。 すごい、すごい。 山の木々が、ぐわーんと両手をあげて伸びをしているみたいに、新緑が芽ぶいていた。 山が、地球が生きているのを実感する。 宿は、外のお風呂が気持ち良かったので、名物の本そっちのけで、時間の許す限り、湯船で手足を揺らしていた。 朝も、早く目が覚めたので、周辺の梢から聞こえてくる鳥たちの声を聞きながら、湯浴みをする。 自分のこころと体が、外へ向けて開かれていくのを実感した。 気心の知れた女友達との旅は、楽しい。 鎌倉で迎えた二日目の朝は、久しぶりにパラダイスアレーのニコニコパンをいただく。 箱根も鎌倉も、どっちも大好きだなぁ。 すっごくいい気が流れている気がする。 最近の行動を振り返ると、どうも蜜柑に縁がある。 箱根でも、たくさん蜜柑の木を見たし、その前に行った瀬戸内は、まさに蜜柑王国だった。 力強く黄色を放つ柑橘類は、見ているだけで元気になる。 そっか、太平洋側は、蜜柑なんだな、と改めて気づいた。 それに対して、日本海側は、林檎のイメージ。 日照時間とかの関係なのだろうけど、そう、きっぱり別れている。 わたしは日本海側で育ったから、蜜柑のまぶしさは、ハレの印象だ。 反対に、林檎はケの果物。 どっちも好きだけれど、蜜柑に手を伸ばす時、ちょっとよその食べ物に触れるような新鮮さがあるのは、原風景にその眩しさがなかったせいだろう。 箱根に行く前、瀬戸内の柑橘類で蜜柑のゼリーを作った。 一回目はゼラチンの量が多すぎて硬めの仕上がりになり失敗したが、二回目はゼリーの硬さがゆるゆるの理想的なゼリーができた。 蜜柑のゼリーは、大量に柑橘類が手に入った時など、年に一回くらい作る。 甘いのからちょっと酸っぱいのからほろ苦いのまで、いろんな種類の蜜柑が口の中に広がり、口の中にパーっと太陽の光が広がるようだった。 そしてわたしは、明日から石垣島へ。 本当に久しぶりだ。 石垣島は、蜜柑でもなく、林檎でもなく。 あえていうなら、パイナップル? 久しぶりに、ねーさんと、そして妹にも会える。妹のムスメにも会える! ゆりねは今、サングラスをかける練習をしている。…

卒業検定

昨日は、卒業検定だった。 あまり大きな声では言いたくないけど、2回目である。 1回目は、方向変換でポールにぶつかり、一発アウト。 これまで、一度だってポールに触れたことなどなかったのに。 一時間の補習を受けて、もう一度チャレンジした。 車の免許を取ろうと思ったのは、去年、八ヶ岳に土地を見つけたから。 そんなつもりはなかったのだが、なんだか流れに乗っているうちに、そうなっていた。 そこに、小さな小さな山小屋を建てようと思っている。 歳を重ねるにつれて、水と空気のきれいな場所に身を置きたい、という気持ちが強くなった。 窓の向こうに、美しい景色を見ながら物語を紡ぎたい。 土の上を、歩きたい。 ベルリンから送った家具もある。 ベルリンと、気候的にも、文化的にも近い場所を国内で探した結果、八ヶ岳山麓に行き着いた。 気候的には、ベルリンよりもっと厳しくなるけれど。 わたしは、寒い冬が決して嫌いではない。 そのためには、どうしても車の免許が必要だったのだ。 来年からは、東京と八ヶ岳を行ったり来たりすることになる。 途中まで電車で行くにしても、八ヶ岳周辺では、車がないと何かと不便だ。 土地の条件は、歩いて行ける場所に、素敵なカフェと湖があること。 ベルリンで、すっかり湖が好きになった。 自分が使わない時は、お世話になっている編集者さんたちの保養所みたいな感じで、気軽に開放できたらいい。 ゆくゆくは、同じ敷地に、アーティストが制作に没頭するための、夏だけの簡素なサウナ小屋も建てたい。 でもまずは、母家の方を建てるのが先だ。 今、建築家と相談しながら、計画を進めている。 わたしは自分の人生にすごく満足しているし、もし明日命が終わるとしても悔いはない自信があるけど、人生がいつ終わるかはわからないし、もしかすると、この先、もっともっと長く続くのかもしれない。 そう思った時、まだやったことのないことをやってみたい、と考えたのだ。 そして、そうだ、山に住んだことがないな、だったら山に住んでみよう、とひらめいた。 山に住むとなれば、体力も気力も十分な時じゃないと、難しい。 だったら今だ。 今始めないと、間に合わない。 でもまさか、この歳で教習所に通うことになるとは、思ってもみなかったけど。 人生、本当に何が起こるかわからない。 昨日の卒業検定は、ギリギリだけど、合格しました。 よかったぁ。 まずは、ひと安心。 あとは学科の試験をクリアしなくちゃ、だ。 これがまた、難しい課題ではあるのだが。 自由になるというのは、選択肢が増えることなんだな、と改めて思う。 車の運転ができるようになったら、わたしの移動の選択肢が一つ増えて、自由度が増す。 自由と義務は、背中合わせだ。…

みんなのワイナリー

初めて大三島を訪ねたのは、2017年の3月。 建築家の伊東豊雄さんが島起こしの一環として、レモンの耕作放棄地に葡萄の苗木を植えて、その葡萄で瀬戸内産のワイン造りに取り組んでいると知り、興味を持ったのがきっかけだった。 伊東さん曰く、大三島は日本で一番美しい島。 ちょうど『ライオンのおやつ』の構想を考えているときで、そのイメージと大三島が重なり、さっそく取材に行ったのだ。 その時、みんなのワイナリーのKさんに島を案内していただき、お話を伺ったり、きれいな景色を見せていただいたりした。 『ライオンのおやつ』には、その時に目にした光や口にした食べ物が、いろんな所に散りばめられている。 だから、瀬戸内を訪れるのは、ちょうど4年ぶりだった。 今回は、「雫」の心情をなぞるような気持ちで、もう一度島の景色を見ることができた。 一日目は、広島の三原港から船に乗って、生口島へ。 生口島から自転車を借りて、多々良大橋を渡り、大三島の大山祇神社を目指した。 前回は車での移動だったし、初めての土地だったのでわからないことだらけだったけれど、自転車で、しかも前半はひとりだったので、好きな時に好きな場所で立ち止まることができる。 自転車を止めては、写真を撮ったり、深呼吸したり、おやつを食べたり。 丸一年コロナで家にこもっていたこともあり、行く先々でものすごい開放感を味わった。 海沿いの道をサイクリングしていると、景色がどんどん変わっていく。 海の中に、ぽこぽこと島が浮かぶ光景は瀬戸内ならではで、本当にどこを切り取っても美しくて、ため息が出る。 久しぶりに嗅いだ海の匂いは、命を凝縮させたスープそのものだった。 風も気持ちよく、所々に桜が満開で、さざなみがキラキラ輝いて、最高の時間を満喫する。 特に、橋の上から眺める海と島の景色は最高だった。 その日は出来たばかりの銭湯のあるお宿に泊まり、夜は近所の商店街にあるお店に行って、たこ天卵とじ丼を堪能した。 二日目は、また自転車を借りて、今度は生口島の瀬戸田から因島の土生港までサイクリングし、そこからは船に乗って今治へ移動した。 船って、好きだなぁ。 船の中で船員さんが切符を集める時、制服姿の高校生には「おかえり〜」と声をかけているのも、なんだか微笑ましかった。 三日目は、今治市民会館で伊東豊雄さんとの対談があり、その後は松山に移動して、みんなのワイナリーでできたワインの試飲会に参加した。 久しぶりに、Kさんにもお会いする。 Kさんとの出会いなかったら、「田陽地くん」は登場しなかった。 それにしても、みんなのワイナリーで作られたワインが、めっちゃくちゃおいしくて感動した。 香りがよくて、味わい深く、正直、こんなにおいしいワインが日本でもできるんだ! とびっくりした。 普段からなるべく日本のワインを飲むようにしているし、おいしい国産ワインは増えているけれど、わたしは今まで飲んだ国産ワインでは一番好きな味だった。 道後温泉にある旅館、うめ乃やさんで出される地のものを使ったお料理もしみじみと五臓六腑に染み渡り、至福のひととき。 みんなのワイナリーでは、苗木のオーナーを募り、そのお礼としてワインが送られてくるシステムだ。 わたしもその場で早速オーナーになる申し込みをした。 まだワイン作りをはじめて五年足らずで、こんなにレベルの高いワインを作っているのだから、将来がすごく楽しみだ。 瀬戸内ワインを世界に、というのも決して夢ではない気がする。 そして、建築という視点から、島全体を考え、地面を整えることがはじめて、ワインを生産するという壮大な物語を、実際に実行できる伊東豊雄さんという人は、本当に素晴らしいと思った。 わたしは心から、伊東豊雄さんを尊敬する。 そんなわけで、3泊4日、思う存分瀬戸内を堪能し、たくさんのエネルギーをいただいて東京に戻った。 おまけ) 瀬戸内でおいしかったもの。 生口島で食べた蛸天卵とじ丼、生ワカメのお味噌汁、今治で食べたジャコカツ、生搾りのポンカンジュース、白楽天の焼豚玉子飯、松山・道後温泉の旅館「うめ乃や」さんのお食事、鯛のしゃぶしゃぶ 要するに、全ておいしかったのです。…

選択的夫婦別性

なんでなんですかねぇ。私には、どうしてもよくわからないのですが。 だって、選択的、なんですよ。 何も、全員が全員、別姓にしなくはいけません、という法律ではないのです。 同姓にしたい夫婦は今まで通り同じ姓を名乗ればいいし、別姓にしたい夫婦は別姓も選べますよ、という、選択肢の幅を広げましょう、という提案。 これに反対するってことは、つまり、見ず知らずの隣の家の夫婦に対して、「あなた達も、夫婦で同じ姓を名乗らなくてはいけません」と強要することなのだ。 それは、めちゃくちゃ強引な押し付けだと思うんだけどなぁ。うーん、よくわかりません。 それを言うなら、ですよ。 姓の選択の幅に較べて、下の名前の自由度と言ったら、半端じゃない気がするのだ。 例えば、「月」と書いて、「るな」と読ませる、とか。 「紅葉」と書いて、「めいぷる」とか。 「一心」で「ぴゅあ」。「翔馬」で「ペがさす」。「七音」で「りずむ」。 調べたら、出てくる、出てくる。 もう、〇〇とかけて、△△ととく、みたいな。ほとんど謎かけというか、言葉遊びというか。クイズだ。 それはそれは、想像の翼全開で、自由以外の何でもない。 そのことに対して、私に特別な意見があるわけではなく、それは、それが許されているのだから、親の責任のもと、その子に最大限ふさわしい名前をつけてしかるべき、と思っているのだけど、その、苗字の不自由さと下の名前の自由さのアンバランスが、まるでめちゃくちゃだなぁと感じるのだ。 下の名前の自由さから察するに、大事なのは、漢字の表記ではなく、それをどう読ませるか、だ。 ということはですよ、例えば、「鈴木」と書いて、読みは「サトウ」にする、なんてこともありなんじゃないか、と思えてくる。 そうすれば、結婚して不本意ながらも「鈴木」さんになった人が、いえいえ、これは鈴木と書いて「✖️✖️」(旧姓)と読むんです、と申し出れば、旧姓を引き継げたりしないのだろうか? いや、多分無理なんだろうけど、下の名前で行われていることは、そういうことだ。 選択的夫婦別姓に反対している方達の意見を見ると、家族の絆や一体感を危うくしてしまう恐れがある、とのこと。 けれど、同じ姓を名乗ることで家族の絆が強まるのなら、そんなに簡単なことはない。 先日、岡山県議会が出した、親子別姓が子どもの心に取り返しのつかない傷を与える、という意見書も、はて? という感じで、よく理解できませんでした。 取り返しのつかない傷、って?? 同姓だけといつも夫婦喧嘩している親と一緒に暮らすのと、別姓だけと仲むすまじい親と一緒に暮らすのと、さて、子どもにとってはどっちが幸せなんでしょうか? 日本に健全な個人主義が根付かないのも、きっとこういうところにも原因があるんだろうなぁ、と思ってしまう。 私も去年、姓が変わることでどんなに不便を被るかを思い知った。 名前というのは、その人そのもの、アイデンティティーだから、結婚する、というただそれだけの理由で否応なく夫婦のどちらかが姓を変えなくてはいけない、というのは、かなり強引な気がしてしまう。 姓に限らず、いろんな生き方があって、いいと思うのだ。 私にとっては、夫と別居することも、元夫と同居することも、どこにディスタンスの重点を置くかの違いだけで、中身としては同じようなものだと思っている。 夫婦で別の姓を名乗ったっていいと思うし、同性同士が結婚し、家族になるのだってありだと思う。 たとえ血が繋がっているからといって、あまりに理不尽な要求を突きつけてくる親や兄弟姉妹がいる場合は、それしか解決策がないのであれば、縁を絶つことだっていたしかたない。 要は、個人個人が心と体の健康を保ち、いかに幸せを感じながら自分の人生を全うできるかが全てであって、それを横から他人が、自分の生き方や考え方と違うからという理由で、いちいち口出しするのはどうなんでしょうね? 国がすべきことは、法律で規制することではなく、法律でいろんな人の生き方の自由を保障すること、だと思うんですけどねぇ。

ご機嫌

久しぶりに外のお店で食事をすることになった。 もう長いこと、自分で作った料理を家で食べている。 コロナが広がる前はもっと頻繁に外で食事をしていたけれど。 今では外食自体が、非日常の扱いだ。 ちょっと美味しいものを食べたいな、というときに、真っ先に思い浮かぶ店がある。 旬のお野菜を丁寧に料理して、美しい器でもてなしてくれる女性店主の店だ。 店内には、彼女のいける楚々とした花が飾ってあって、美しい。 私は彼女の作る料理がとても好きだし、誰かと美味しい時間を共有したい時は、まずこの店に電話をする。 人気店なので、なかなか予約は取れないのだけれど。 先日は、ラッキーなことに席を確保することができた。 通常、夕方5時からのオープンなので、ちょっと早めに着いても大丈夫だろう、と勝手に判断したのは私だけど、20分前くらいに着いたら、店にはまだ鍵がかかっていた。 これは後から気づいたのだが、どうやら、今はコロナの影響で、客数を絞り、予約は私たち2人だけだったのだ。 だから店主は、予約時間の6時に合わせて店を開けようとしていたらしい。 「席に座っていただくことはできますが、本当に何も、飲み物もお手拭きもお出しすることができませんが、それでもいいですか?」 仕込み真っ最中の店主が、早口で告げる。 全然構わないので、それで中に入れてもらったのだが、その声のトゲトゲしいことといったら、もう。 6時近くになり、ようやく食事がスタートしたものの、どうも店主のご機嫌がよろしくない。 言葉尻は丁寧なのだが、明らかに目が三角に釣り上がっている。 通常営業の時は、ホールを担当するスタッフもいたので、今は時短営業に合わせて、ご自身だけで中も外も切り盛りされているようなのだ。 けれど、こちらとしては、店主の機嫌を損ねるのではないかと、飲み物の注文をするのでも、いちいち気を遣ってしまう。 実は、こういう場面に遭遇するのは初めてではなく、結構な確率で、店主はいつもトゲトゲしている。 いや、本人にその意識はないのだろう。 すごく真面目に、ご自分の理想とする料理を、理想とするタイミングで出したい、それだけなのだと思う。 ただ、完璧を目指すあまり、そうならない状況になったとき、パニックになってしまうのだ。 気持ちはわかるけどさぁ。 でも、そこにほんの一握りの余裕があるだけで、客側の居心地としては、だいぶ違ってくると思うのだ。 途中、予約の電話がかかってきた。 なんとなく耳に入ってくる会話を聞いていると、どうやら電話をかけてきた人は、6時半から食事をしたいらしい。 けれど、食事を8時に終わらせるには、かなりのテンポで料理を食べなくてはいけなくなる。 店主は、そのことを気にしている様子だったのだが、 「長年連れ添ったご夫婦ですと、その時間でも終わるんですけどね。会話が弾みませんから」 めちゃくちゃ面白いことを、さらりとおっしゃった。 私はおかしくておかしくて、吹き出しそうになるのを必死で我慢。 店主はきっとこの時も、自分が面白いことを言っているなんて、微塵も思っていないのだろうなぁ。 8時になる10分前くらいで、このままでは8時までにデザートまでいけません、とやんわり忠告される。 そっか、8時で店を閉めるというのは、やっぱり大変なことなんだなぁ、と実感した。 ラーメン屋さんとかだかったら、客もささっと食べて終わるけれど、コースで出すような店は、食事時間を2時間とっても、かなり厳しい。 5時から食事を始めればゆっくり楽しめるけれど、みんながみんな、5時に店に入れるわけではない。 確かに、ちょっと背中を押されながら食べているような感覚は否めなかった。 やっぱり、せっかくのおいしいお食事は、ゆっくりと味わいながらいただきたい。…

修学旅行

一昨日、都立高校の合格発表があって、無事、ららちゃん合格のお知らせが届く。 よかった、よかった。 ものすごく成績が優秀で、希望すれば推薦枠でかなりのレベルの高校に行けたというのに、本人の強い意志で、あえて困難な道を選んだという。 そういうところが、本当に偉いのだ。 心から、尊敬してしまう。 わたしだったら、受験勉強をするのが嫌だから、さっさと推薦で決めてしまうと思うんだけど。 小さい頃から、この子はなんか違うなぁと感じていたけど、結局そのまま15歳になっても、本質的な賢い部分は変わっていない。 コロナがあったり受験があったりで随分会っていないけど、電話口で話す口ぶりはもうすっかり大人だった。 そのららちゃんが、楽しみにしていた修学旅行。 本当は去年行くはずだったのに、コロナの影響で行けなくなり、ようやく、卒業間際の来週、行けるようになったと大喜びしていた。 去年誕生日にプレゼントした京都のガイドブックを見ながら、行きたいお寺や神社を決めたらしい。 祇園の旅館に泊まることも決まっていて、グループに分かれてタクシーで移動するのだと声を弾ませていた。 大人はまぁいいとしても、一番外に出たり人と会ったりしたい時に我慢しなくてはいけない子どもたちは、本当に可哀想だな、と思っていた。 部活だって満足にできなかっただろうし。 なんとなく不完全燃焼の感じは否めないと思う。 だから、最後の最後、受験を終えて、卒業記念旅行みたいな感じで修学旅行に行けるのは、最高の思い出になるはず。 わたしも、おいしい洋食屋さんやうどん屋さんを教えてあげたりして、修学旅行、行けるようになって本当によかったねぇ、と話していたのだが。 どうやら昨日、中止が決まったらしい。 きっと先生方も、なんとか子どもたちに修学旅行をさせてあげたいと知恵を絞り、奔走したのだろう。 そして、このタイミングでならギリギリ行けると判断されたに違いない。 けれど、首都圏の非常事態宣言が延期されたことで、泣く泣く、そういう結論に至ったのだと思う。 楽しみにしていた子どもたち、本当に本当に気の毒だ。 もちろん、コロナウィルスを広げないための最大限の努力は必要だと思うけれど、今までずっと我慢を強いられてきたのだから、行かせてあげたかった気がする。 こうなってくると、悔やまれるのは、やっぱりGo Toキャンペーンだ。 あのとき無闇に人の動きを煽ったりしなければ、今の状況も違っただろうにと思われて仕方がない。 結局、そういう皺寄せは、いつだって弱い立場や、若い人たちのところにいってしまう。 台湾のIT相、オードリー・タンさんみたいな優秀な人が、日本の政治でも中枢で活躍してほしいけど。 現状を見る限り、日本でああいう経歴の人が政治家として受け入れられるようになるのは、いつになることやら、だ。 今朝の新聞で、篠田桃紅さんが亡くなられたことを知った。 作品もエッセイも、好きだったなぁ。 107歳。 生き様が、惚れ惚れするくらい格好よかった。 ご冥福を、お祈りします。

どうなることやら

テレビのニュースを見ると悲しくなるというか、虚しくなってしまうのであんまり見ないようにしているのだけど、今日は夕方お風呂に行ったら、ちょうどロビーのテレビに菅さんが映っていた。 権力を掌握して、人事権を牛耳って、自分の都合のいいようにやった結果、自分をサポートしてくれる優秀な人がいなくなって、まさに、結果的に自分で自分の首をしめている図だった。 誰よりも自分の方が精通しているなんて思い上がるのは自惚れもいいところで、専門家の意見に耳を傾けたり、優秀な人たちの力を総動員して、もっともよき方向へと舵を切っていくのが指導者の役目だと思うのだけど、どうやら日本ではそんな当たり前が当たり前でなくなってしまった。 自分の意見にハイとしか言わないイエスマンだけで周りを固めたら、それこそ裸の王様で笑い者になるのになぁ。 忖度がはびこって、せっかく優秀な人たちがたくさんいるはずなのに、それを活かせないというのは本当に国としての損失だと思う。 この間は、女性蔑視発言とかでオリンピック組織委員会のトップだった方が辞められたけど、ああいう方がそういう地位についていたってことがそもそもおかしくないかと。 今までだって、さんざんひどい発言を繰り返している。 老害って言葉を最近よく耳にするようになったけど、老害っていつになったら無くなるのだろう。 若い世代が歳を重ねて、権力を持つようになったら、やっぱり新たな「老害」が生まれるのか、それとも老害はもう無くなるのか、どっちなんだろう。 それはさておき、わたしは粛々と教習所に通っている。 今日は、教習所内で縦列駐車と車庫入れの練習をした。 いつもの優しい女の先生に、奇跡的に入っていますと、褒められる。 でも、この優しい女の先生が、もうすぐ辞めてしまうのだ。 残念! 彼女のおかげで、ここまでがんばれたというのに。 どうなることやら。 もう三月だぁ。 今夜も、お月さまがとってもきれい!

初詣へ

昨日の夜、ムラムラとどこかへ行きたい気持ちが膨らんで、抑えられなくなった。 そういえば、まだきちんと初詣に行っていなかったことを思い出した。 元日に近所の氏神様へ行ったものの、長蛇の列に並ばなくてはいけなかったので、遠くから、こころの中だけで手を合わせてお参りを済ませていたのだ。 今は、旧暦のお正月。 ならば神社に初詣に行こうと思い立ち、今朝、家を出た。 昨夜の東北での地震の被害が気になりつつ、駅を目指す。 思い起こせば、こういうふらりとした外出、めっきり減っている。 不要不急かどうか線引きが難しいところだけれど、日曜日の朝なら人もそんなにいないだろうし、電車に乗っている時間も十分くらいだから、良しとしよう。 初めて行く神社だ。 特急でたった二駅だったけど、なんとなく遠足の気分を味わう。 見事に咲いた枝垂れ梅では、ヒヨドリたちが夢中で朝食タイム中だった。 爽やかな空気を体いっぱいに吸い込んで、朝の気配を満喫した。 道端に咲く水仙が、とても可愛い。 駅から続く参道には立派な欅の木がそびえ、歩いているだけで気分が良くなる。 本殿にてお参りを済ませた後は、人の形の紙に自分の名前を書いて息を吹きかけ、川に流す。 それだけでも、身についていた悪い気が流されていったようで、スッキリする。 家から近いし、気持ちのいい場所だし、これから、毎月一日、お参りに来るのもいいかもしれない。 帰りは、近所の無人販売所で元気な鶏さんの生みたて卵を買って帰ってきた。

手作りアイス

昨日は、豆をまかなかった。 今年は2月2日が節分とのことで数日前までは張り切っていたのだけど、結局は何もせず。 代わりにさっき、炒り大豆を一粒だけ口にした。 これは、ゆりねのおやつ用。ちょっと、しけっちゃってたけど。 そして、今日は立春。 夕方、暗くなる時間もだいぶ後ろに伸びてきた。 なんでも手作りするのがいいと思っているわけではなく、餅は餅屋に任せるのが一番だとは思うのだけど、最近、立て続けにアイスクリームを作っている。 お正月用に買ったきな粉を、なんとか無駄にしない方法はないかと考え、アイスクリームにしてみようと閃いたのだ。 アイスなんて、面倒だし、と思ったが、調べてみたらめちゃくちゃ簡単で、特別な材料もいらない。 卵と生クリームと砂糖さえあればできるというので、軽い気持ちで作ってみた。 そしたら、びっくりするくらい美味しかった。 しかも、きな粉がいい感じを出している。 きな粉アイスなんて、体にも良さそうだし、何よりも、自分で作っているから材料がわかって、安心だ。 それで今度は、チョコアイスに挑戦してみた。 こちらも、ペンギンが買ってきたチョコレートが思いのほか甘く、そのまま食べるにはちょっと、ということで、なんとか無駄にしたくないという思いから作ってみた。 きな粉アイスには卵を使ったけど、今回は卵を無しにし、生クリームと牛乳だけで作ってみる。 これも、びっくりするくらい美味しくできた。 生クリームを泡立てて、チョコを溶かした牛乳と混ぜ、冷やすだけ。 冷やす途中で、何度か、かき混ぜて空気を含ませるというその一手間はかかるけれど、それさえ面倒に思わないのであれば、アイスは断然、家で作った方が美味しいし、安上がりだ。 しかも、ラムレーズンをのせちゃったりなんかして。 ベルリンでは手軽に美味しいアイスが食べられたのだけど、それと同じレベルのアイスを日本で食べようとすると、かなりお高くなってしまう。 しかも、わたしは、そんなにいっぱいは食べたくない。 食後に、ちょこっとだけ口に含むのが理想なのだ。 家で手作りすれば、100ccくらいの小さめの紙コップに小分けにして、一回分ずつ入れておける。 次に作ろうと思っているのは、イチゴアイスだ。 去年食べて感動したイチゴを今年も取り寄せたいと思っているのだけど、結構な量が届く。 だから、果物がたくさんあって食べきれないときは、アイスにしちゃって冷凍庫に保存しておくのも、ひとつの手かもしれない。 今日は、大阪から生の麹が届いたので、これから手前味噌を仕込む。 ここの麹は、香りがいい。 今回は2回分なので、結構な量だ。 やっぱり日本だと、冬の間に多めに仕込んで熟成させる方がいい気がする。 そんなわけで、先月に続き今月も、せっせと味噌作りに励んでいる。 今回使う豆は、山形の青大豆、秘伝豆。 秘伝豆だと、煮る時間がちょっとで済む。

ひのはらセット

空は春、地上は冬。 でも公園の花壇には、ぼちぼち水仙の花が咲いている。 川沿いの桜の木も、ぷくっと蕾を膨らませて春の訪れを待っている。 ひのはらセットが届いた。 東京都檜原村。 そこに移り住んだ知り合いが送ってくれる、通称ひのはらセット。 いつものパンと舞茸に加えて、今回はひのはら紅茶となつはぜのジャムも入れてくれた。 なつはぜ。 そんな名前の植物、知らなかった。 調べたところ、日本に古来からある和製ベリーだという。 山の黒真珠とも言われているのだとか。 なつはぜのジャムは、シュニッツェルに添えて食べてみた。 シュニッツェルは、ドイツ版トンカツみたいな肉料理。 そろそろ、シュニッツェルが恋しくなってきた。 豚肉(もしくは、仔牛肉)を薄く薄く叩いて、それに衣をつけて油で揚げ焼きにする。 表面積が大きいので、初めて見るとたじろぐけれど、その分薄いので(昔は日本で紙カツと呼ばれていた)、結構ぺろりと食べられる。 で、ドイツでシュニッツェルを頼むと、かなりの確率でレモンと甘いジャムが添えられて出されるのだ。 お肉に甘いジャム?!? と眉を顰めそうになるけど、結構これがそれほど違和感がなかったりする。 舞茸は、半分はきりたんぽ鍋に入れ、半分はペーストにした。 ペースト、他の種類のキノコを入れてもいいのだけど、わたしはいつも、舞茸だけで作ってしまう。 基本的には、ニンニクと鷹の爪と舞茸をオリーブオイルでソテーして、それをブレンダーで撹拌するだけなのだけど、これがまた味わい深くて美味しい。 たくさん量があって食べられない時なんか、こうしておけば長持ちする。 パスタソースにしたり、野菜炒めの隠し味にしたり、いろんな使い方ができるけれど、一番のお気に入りは、パンにつける食べ方だ。 しかも、一緒に送られてくる檜原村のパンとの相性が、すこぶるいい。 行列ができるような人気のパン屋さんのパンとか、これまで美味しいと言われているパンをたくさんいただいてきたけれど、ある程度の大きさのパンは、必ず途中で残ってしまい、慌てて冷凍庫にしまうのが常だった。 でもこの、ひのはらパンに限っては、すぐに消費してしまう。 なんていうか、気負っていない感じがいいのだ。 これを軽くオーブンで温めて、舞茸ペーストをつけて食べれば、これだけでご馳走になる。 そして、今回びっくりしたのは、ひのはら紅茶。 東京から移り住んだひとりの女性が、耕作放棄されていた茶畑を甦らせ、長い年月をかけて地元産の紅茶を作り上げたらしい。 変な癖が少しもなくて、おかしな言い方だけど、清らかな水を飲んでいるような澄み切った味だった。 村っていう、響きが好きだ。 だから、檜原村もずっと気になっていた。でも、行ったことがなかった。 調べたら、気持ちよさそうな滝がいくつもある。 温泉もあるし。 車の免許が取れたら、まずは檜原村に行ってみようかしら。

おじいさんと犬

ゆりねを連れて、近所を散歩していた時のこと。 人懐っこい芝犬が、近づいてきた。 ペンギンが手を差し出して挨拶していると、飼い主のおじいさんがいきなり言ったそうだ。 「パパになってよ」 そして、自分の持っているリードを渡そうとした。 聞けばおじいさん、心臓の手術をしたのだという。 もともとの持病があったところに、最近、がんも見つかった。 さすがにもう自分の力ではこの子を飼えないと判断し、こうやって散歩しながら、新しい飼い主を探しているのだとか。 芝犬は6歳で、とても愛想がいいらしい。 身につまされる話だった。 連絡先は聞いたの? オス? メス? 名前は? 矢継ぎ早に質問するも、ペンギンはわからないと首を傾げる。 一瞬、うちで引き取ってあげたら、という考えが頭をよぎった。 それが無理でも、おじいさんが困っている時、一時的に預かるとか、何か力になれることがあるかもしれない。 おじいさんも不安だろうけど、芝犬だって何かを察して、不安に感じているかもしれない。 せめて連絡先でもわかればと、わたしも、近所を歩くたびキョロキョロ見回しているけれど、それらしきおじいさんと犬の姿にはまだ出会えない。 いい里親が見つかって、早くおじいさんも芝犬も、安心して暮らせるようになればいいのだけど。 おじいさんと犬といえば、先日、近所に買い物に出かけたときのこと。 横断歩道を、白い犬がリードをぐいぐいと引っ張って、前へ前へと歩いている。 飼い主の男性は、完全に飼い犬に操られている格好だった。 ずいぶん躾のなっていない犬だなぁ、と遠くから呆れて見ていたら、なんのことはない、うちの犬だった。 さて、今わが家のブームは、『バビロン・ベルリン』だ。 これは、ドイツで製作されたテレビドラマシリーズで、莫大な製作費をかけ、壮大なスケールで作られたもの。 舞台となるのは、今からちょうど100年前に存在したワイマール共和国で、第一次大戦に敗れた後の1919年からナチスが台頭する1933年まで、14年間ドイツに存在した時代のお話だ。 当時もっとも進んでいたといわれるワイマール憲法のもとで、人々は自由を謳歌し、映画や演劇、ラジオなど、多くの文化が花開いた。バウハウスの誕生したのもこの時代。 ベルリンにはたくさんのカフェやキャバレーが誕生し、夜な夜な煌びやかなショーが開催され、ベルリンの黄金時代と言われている。 ストーリー展開も映像も破格というか掟破りで、度肝を抜く展開に、毎回ハラハラさせられる。 これがテレビで放送されたなんて、驚きもいいところだ。 間延びしていると感じさせる場面がどこにもなく、それでいて、その時代を包み込んでいた退廃的なムードが随所に表現され、キャバレーでのダンスのシーンも見応えがあり、映像も美しく、この外出自粛期間中家にこもって見るのにはうってつけだ。 舞台がベルリンなので、見覚えのある風景や建物、通りが出てくるのもたまらなく、この数日、やめられなくなってエピソード1と2を合わせて、合計16本を一気に見てしまった。 なんならもう一回最初から見てもいいくらい。 そして早く、エピソード3も見たい! ナチスが台頭する前の時代にドイツで何が起きていたのか知るにはとてもいい作品で、ドラマとはいえ、社会的な背景などは、かなり史実に基づいて作られている気がする。 まだの方は、ぜひこの機会に。 おすすめです。

同世代

丑年生まれのわたしは、今年が年女だ。 そして、今7歳のゆりねは、人間の年齢に当てはめると、年齢かける7なので、わたしとほぼ同世代になる。ということに、最近気づいてハッとした。 お互いに中年で、すでに人生の折り返し地点を過ぎているではないか。 近頃のゆりねは、めっぽう甘え上手になった。 すぐに、抱っこ〜、とせがんでくる。 子犬の頃は、こちらが抱っこしたくても、すぐに逃げてしまっていたのに。 今では、わたしのこと、居心地のいい座布団だと思っているみたい。 7歳になったくらいから、意思疎通ができていると感じる場面がやけに増えた。 コロナのステイホームで、今まで以上にいっしょにいる時間が長くなったというのもあるかもしれないけど、それよりはゆりねが歳を重ねたことで、お互いに相手を理解する能力が高くなってきているように感じている。 家に来たばかりの頃は、それこそ、ゆりねが何を求めているのかも全然わからなかった。 でも今は、表情や仕草、行動パターンで、いくつかのメッセージを確実に受け取れるようになった。 お腹すいた! ご飯ちょうだい、眠いから今はちょっかい出さないでね、トイレに行きたいんですけど、遊ぼう!そろそろお散歩に行きませんか? 抱っこして〜 大好きだよ! 痒いから背中かいてくれる? そういうことを、体全部を使って伝えてくる。 言葉そのものは、「おやつ」「おいしい」「ワンちゃん」「おとうさん」以外ほとんど通じないけれど、ゆりねはゆりねでこちらの言うことを一生懸命理解しようとしているし、わたしも、ゆりねが今何を求めているのか、だいぶ察しがつくようになった。 そうなってくると、ますます愛情が深まってくる。 くぷぅ、くぷぅ、と以前はかかなかったいびきをかきながら無防備な姿で寝ているのを見ていると、愛おしくて愛おしくてもう本当にたまらない気分になるのだ。 少しでも長生きしてね、と、毎回、祈るような気持ちになる。 先日、わたしよりちょうどひとまわり上の友人と電話で話していたときのこと。 「わたしなんてさぁ、ついこの間小学校卒業したばっかり、って感じだよ!」 彼女が言った。 確かに自分の人生を振り返っても、成人式どころか、小学校の入学式ですら、「ついこの間」みたいな感覚になる。 そのことを踏まえると、この先ゆりねといっしょに過ごせる時間も限られているのだなぁ。 一日一日が、ゆりねからの貴重な贈り物だということを、噛みしめながら生きていきたい。 ゆりねは人生の前半たくさんわたしに付き合ってくれたから、後半はわたしがゆりねの人生に寄り添いたい。 そう思う今日この頃だ。 甘えん坊のゆりねは、今もわたしの太ももの上でまどろんでいる。 態度がだんだん「おばさん」ぽくなってきて、それがまたかわいい。 寒い日は、特にゆりねの温もりがありがたくなる。

鍋焼きうどん

お正月の3日が過ぎたら、速やかに道具類を片付け、通常モードへ。 今年は、たっぷりと日本のお正月を満喫した。 おせちは、いつもの三種類(黒豆、伊達巻、五目なます)の他、数の子、酢蛸、ニシン、コハダなどをちょこちょこと準備。 わりと早めに取り掛かったので、特に髪を振り乱すこともなく、味も、今まででもっとも安定していたかもしれない。 それに今年は、初めてよそのおせちも頼んでみた。 ちょうど二人分というのがあり、プロのおせちがどんなものか、興味があったので。 これがまた、すばらしかった。 山形のおせちらしく、山菜やら、鯉のことこと煮やらが入っていて、誰かが作ってくれるおせちは美味しいものだなぁ、と実感。 いつもはお客様がいらっしゃるのだけど、今年はコロナでお客様もお見えにならないし、おもてなしのことを考えなくていい分、気持ち的にはずいぶん楽だった。 時間に余裕がある分、韓国映画を見て楽しんだ。 お雑煮も、関東風の他、白味噌を使った京風のも堪能し、おもちの量もちょうどよかった。 思ったけど、おせちって、もっと食べたいな、というくらいで終わるのが理想かもしれない。 その点でいうと、今年はまさにそんな感じで、まだおせちあるの〜、という雰囲気にならなかったのがよかった。 多分、おせちを一気にたくさん作ろうとするから、飽きるのだ。 そのことに気づいて、今年は、なんとなく旧暦のお正月までをざっくり「お正月」扱いにし、週末ごとに、まだ作っていないおせちを作ってみようと目論んでいる。 そうすれば、無駄にすることもないし、飽きてしまうこともない。 それでも残ったおせちは、鍋焼きうどんにしてしまう。 土鍋に、うどんの他、蒲鉾とかなるととか鶏肉とか、場合によっては昆布巻きとか、とにかく冷蔵庫に余っているおせちを入れて、グツグツと火にかけるだけ。 これをすると、お正月も終わって、普段の暮らしに戻ったことを実感する。 体もあったまるし。 寒い夜の鍋焼きうどんほど幸せなものはない。 そうそう、山形のおせちを食べて思い出したけれど、数の子といえば、必ず枝豆と一緒に出汁につけたのが定番だった。 数の子と枝豆って、とても相性がいい。 子どもの頃はそれが当たり前だと思っていたけど、大人になったら、数の子だけを出汁に浸して食べる方が主流になり、いつしか、数の子と枝豆のコンビを忘れていた。 でも、山形のおせちにそれが入っているのを見て、そうだったそうだったと思い出し、もっとむしゃむしゃ食べたくなって、さっそくスーパーで秘伝豆を見つけ、残っていた数の子と抱き合わせた。 これは、日本酒のいいアテになる。 一年に一度、お正月にだけ使うハレの器で、ハレの料理をいただくと、心が改まっていいものだなぁ。 一年のうちたった三日ほどしか使わない器なんて勿体無い気もするけれど。 また来年会えることを楽しみにしている。

混浴の魔法

朝、珍しく雨が降っていた。 アンペルマンの傘をさして、近所の卵屋さんまで卵を買いに行く。 合計20個。 予約をしておいたら、大きいのを取っておいてくれた。 おでんの残りを食べてから、気合を入れて、久しぶり伊達巻を作る。 一本に、卵5個。 数年ぶりなので、勘が鈍っていないか不安だったけど、なかなかいい感じに焼けた。 卵が新鮮だからかもしれない。 目立った失敗もなく、予定の3本を焼き上げる。 30日のうちに伊達巻までできていれば、明日はお重に詰めるだけだから、かなり順調だ。 それにしても、昨夜のおでんがすごぶるおいしかった。 おでんって、つくづく、出汁を味わうものだと思う。 昨日のお出汁は、利尻昆布、真昆布、煮干し、焼きあご、それに宗田節の5種類のミックスだ。 なんて偉そうに書いちゃったけど、出汁を準備してくれたのはペンギンなので、わたしは何も触っていない。 宗田節は、鰹節の階級でいえば、もっとも下の5番で、雑味があるため、お蕎麦屋さんでよく使われたりする。 お上品さはないけれど、その分、ガツンとした旨味があるのが壮田節。 ちなみに「あご」というのは、飛び魚のこと。 ほんのりと甘い、風味豊かな出汁が取れる。 おでんにも、色々あるけれど、わたしのは一切煮立たせない。 具材を入れて、それをお出汁に時間差で、漬けておくだけ。 大根や茹で卵、こんにゃく、がんもどきなんかは、割と早めに漬けておき、練り物に関しては、直前に入れてもいいくらい。 大事なのは、がんもどきや練り物を出汁に入れる前に、必ず熱湯にくぐらせて油抜きをすること。 この一手間だけで、お出汁に変な油分が入らず、出汁本来の澄んだ味が楽しめる。 大きなお鍋で具をみんな一緒にお風呂に入れるみたいなもので、具材からも色んな出汁が出て、出汁が、更なる進化を遂げるのだ。 出汁が一種類でも、具材が一種類でもこうはならない。 みんなが混浴状態になるから、複雑に味が交差して、魔法をかけたような味わいになる。 うちでは、だいたい一品か二品ずつお椀に入れて、少しずついただく。 お酒が、すすむ、すすむ。 よく考えたら、数年ぶりに食べるおでんだった。 熱々のおでんと日本酒なんて、日本にいるからこそ味わえる。 昨日ももちろん美味しかったけど、一晩お出汁に浸かった後のがんもどきは、格別の味だった。 冷凍庫に長らく眠っていたお餅を焼いて、出汁に浸して食べる。 朝から幸せで鼻が膨らむ。 伊達巻も無事に焼けたし、(教習所の)学科の方も合格点をクリアし、仮免が通った。 めでたしめでたし。 なんだか、いい年越しができそうな気がする。 繰り返しになりますが、よいお年を!

まさか

あれよあれよという間に、今年も年の瀬を迎えている。 世の中的にも個人的にも、予想だにしなかったようなびっくりすることが起きた年だった。 こんなにのんびりと日本で暮れを過ごすのは数年ぶりだ。 自分で作った「おせちカレンダー」をチェックしながら、ぼちぼち、お正月の用意を始めている。 干し椎茸は戻したし、数の子も塩抜きを始めている。 黒豆にも、熱々の煮汁をかけた。 今年はコロナが心配で、わが家の買い出し担当が築地に行けないので、かまぼこなどは注文して送ってもらうよう手筈を整えている。 お正月飾りは、毎年暮れにだけ近所の街角に建つ、小さな小さな売店で買ってきた。 欧米はクリスマスのリースが素敵だけれど、日本のお正月飾りも、本当に本当に美しいと思う。 家の玄関にはシンプルな輪飾りを、台所には荒神さまを飾った。 これで、気分が一気にめでたくなる。 昨日は、仮免の検定だった。 自分の口から、「かりめん」なんて単語が飛び出すこと自体、驚きだ。 そして、わたしも含め、大方(ほぼ全員)の予想を見事に裏切り、実技、一回で合格になった。というか、なってしまった。 わたしは、5、6回仮免を受けて、完璧になってから第二段階に進むつもりだったけど。 昨日の仮免ではS字カーブで縁石に乗り上げちゃったけど、バックしてやり直し、なんとか、合格点ギリギリで滑り込みセーフ。 その後、筆記の試験を受けて、結果は今日の夕方わかる。 筆記もパスしていたら、来年はいよいよ路上デビューだ。 信じられないなぁ。 自分がハンドルを握って路上を車で走るなんて、わたしの人生にとってみたら、宇宙旅行に飛び出すような大激震だ。 途中から、女の先生に指導を変えてもらったのが良かったのだと思う。 教える先生との相性というのも、多分にあるはず。 途中から教えてくれている女の先生は、いくらわたしがハンドル操作をミスしてとんでもないことをやらかしても、キャハハハハハ、と笑い飛ばしてくれるので、安心なのだ。 そして、何が悪かったのかを、きちんと冷静に教えてくれる。 腹を立てずに冷静に相手に伝えるというのは、とても大事なことだ。 車を運転していて、よく言われること。 一点に目線を集中せず、全体を俯瞰で見るように。 今走っている所ではなく、次にどういう道を走るのかを、常に常に把握する。 車は、自分の見ている所に進んで行く。 だから、壁を見てしまえば、壁にぶつかる。 つまり、「今」ではなく、この先の「未来」を把握し、見えない場合は予測し、想像し、自分が行きたい方向に目を向ける。 そうすれば、車は勝手についてくる。 教習所で車の運転を習いながら、まさに人生と同じだなぁ、と痛感する場面が多々あった。 人生には、「上り坂」と「下り坂」と「まさか」の三つがあるなんて、言い得て妙だけど、「まさか」は急なカーブみたいなものだろうか。 わたしも、一体この先どこに連れて行かれるのだろう、と自分の人生をまるで他人事のように感じる時がある。 でも、本当に、何が起こるか分からないのが人生だ。 まさか、またペンギンとゆりねと家族そろってお正月を迎えるとは! 自分の人生に起きていることがあまりに面白いというか奇想天外すぎて、こんなストーリー、どこの作家も絶対に書かないと思う。 事実は小説より奇なり、ということを、わたし自身が身をもって経験させてもらった一年だった。 来年は、どんな年になることやら。…

晩秋の宴

昨夜はお客様だった。 何を作ろうか迷って、以下の献立に落ち着いた。 柿の白和、茶碗蒸し、ポテトサラダ、お揚げと生揚げの姉妹煮、牡蠣の唐揚げ、里芋のショートパスタ わたしの料理を食べていただくのが初めてのお二人だったので、まずは定番中の定番メニューを。   柿と牡蠣。 わたしはいまだに、正しいアクセントで発音することができない。 東京育ちの人にとっては、簡単みたいだけど、わたしはいつもお茶を濁す。 果物の柿です、とか、海の幸の牡蠣です、とか。 こうやって少し言葉を足すと、正しいアクセントになったりする。 どっちも秋の味覚だけど、長らくご無沙汰だったのは牡蠣の方。 果物の柿は、ベルリンのスーパーでも結構売っていて、しかもおいしかった。 名前もズバリ「KAKI」だった。 日本だと秋の果物という印象が強いけれど、スーパーでは年中見かけたような気がする。 海の幸の牡蠣の方は、あるにはあったが、高級品だった。 基本は生食用で、皆さん、幸せそうにシャンパンを飲みつつ、生牡蠣を堪能していた。 ドイツでは、基本、肉よりも魚の方が贅沢品で、特に生牡蠣は贅沢中の贅沢だった。 だから、わたしは一回も食べなかった。 そんなわけで、久しぶりの牡蠣である。 最初は定番のフライにしようと思っていたのだけど、牡蠣と一緒に届いた「牡蠣の美味しい食べ方」という案内に牡蠣の唐揚げが紹介されていて、それがとても美味しそうだったので、唐揚げにすることに。 フライだと、卵、小麦粉、パン粉、と三段階で衣をつけていかなくてはいけないけど、唐揚げだと小麦粉だけで済む。 それも、作る側としてはありがたいポイントだ。 小麦粉をまぶして揚げた牡蠣の唐揚げに、タレは、大根おろしと浅葱とポン酢とゆず酢を合わせたもの。 これがすこぶる評判が良かった。 さっぱりしていて、胃にずしんとこないから、スイスイ口に入ってしまう。 大根おろしが、消化を促してくれているような。 このメニューは、これから頻繁に登場しそうな予感だ。 今朝は、残った牡蠣で、牡蠣丼を作った。 こちらも冬になると食べたくなるうちの定番お丼。 親子丼の鶏肉を牡蠣に変えたもの。 牡蠣と卵は、相性がいい。 わぁ、もう年の瀬が目の前に迫っている。 来年の今頃、世界はどうなっているのだろう。

ハンドルを握る

実は今、自動車の教習所に通っている。 これには、自分でもびっくりだ。 環境のことを考えれば否定的な立場だったし、住む場所も、「車がなくても生活できる」というのを基準に選んできた。 自分で自分のライフスタイルが選べるようになってからはずっと、車とは縁のない生活を送っている。   けれど、ふと思ったのだ。 もしも車を運転することができたら、住む場所も含めて、もっと選択肢が増えるのかな、と。 それに、車に乗って自力でどこへでも行けるようになったら、取材も今より格段にしやすくなる。 ゆりねとのデートも、幅が広がる。   それに、最近は環境に優しい車の開発が進んでいるし、自動運転の技術も進化している。 だったら、そろそろ車を解禁にしてもいいのではないか。 日本に戻ってから、そんなことを考えるようになった。 そして、今月から、教習所に通い始めた。   自慢にもならないけれど、わたしは車に関する知識がほとんどない。 つい最近まで、「セダン」って何? というレベルだったし、4WDと2DWの違いというか、そもそも通常は前輪しか動いていない、という事実も知らなかった。 そんな状況で、いきなり実技から入ってハンドルを握ったのである。 あわわわわわ。 時速10キロでも、おっかない。 真っ直ぐ進むのも難しい。 遊園地のゴーカートだって、ほとんど乗った記憶がないのに、教習所の中とはいえ、いきなり運転させるなんてかなり無謀なんじゃないかと焦った。 実技の第一回目は本当に泣きそうになって、逃げるように帰ってきた。   こんな調子なので、先は長く、ゴールは全く見えない。 もしかすると、本当に怖くて、やっぱり途中で断念、という結果だって十分に考えられる。 自分で、これは無理! と判断したら、いつでもやめようと決めている。 このあたりは、かなり慎重だ。   それでも、ちょっとずつ世界が広がるようで、なんだかワクワクしているのも事実だ。 道行く車を眺めては、あんな車がいいなぁ、なんて思って、家に帰ってからネットで車種を調べたりしている。   これまで、わたしの小説に出てくる人たちは、ほとんど車の運転をしてこなかった。 パッと思い浮かぶのは、『にじいろガーデン』の泉さんくらいだ。 なんとなく、わたし自身が運転のイロハを知らないので、書くことに二の足を踏んでいたというか、確信を持って描写することができなかった。 でもこれからは、作品の中で、ハンドルを握る主人公や登場人物が増えるだろう。 それだけでも、教習所に通った甲斐があるような気がする。 世界が広がるのは、いいことだ。   早く自動運転の技術が進んで、目的地の住所を入れたらもう車が勝手に動いて連れて行って駐車までしてくれるようになればいいのにな。…

かりんちゃん

いつも沢庵を買いに行くお魚屋さんに行ったら、店先にかりんが山盛り置かれていた。 見ると、「ご自由にどうぞ」とある。 そこの棚にはよく、(お魚屋さんなんだけど)野菜なんかが並んでいる。 本当に持って帰っていいのか不安だったのでお店のおばさんに確認すると、毎年、近所のお屋敷の木になるかりんをいただくから、本当に好きなだけ持ってって、とのこと。 早い者勝ちだから、と言われ、それならと、遠慮なくいただいた。   かりんは、硬い。 以前、かりんを買ってきたはいいものの、硬くで包丁の刃が入らなかった。 それで今回は、一週間家で熟成させる。 本当に、いい香りだなぁ。 庭にかりんの木があるなんて、羨ましい。   そろそろ限界かな、と思い、試しに一つ包丁を当ててみたら、割とすんなり切れた。 かりんには、優れた薬効がある。 特に種子が大事とのことなので、種も一緒に蜂蜜に漬ける。 蜂蜜がもったいないので少なめにしたのだけど、すぐにかりんから水分が出て、次の日にはもうしっかりとシロップ状になっていた。   かりんは特に、喉に効く。 インフルエンザの予防にもなるというので、さっそくお湯で割って飲み始めた。   この季節はなるべく冷たいものを取らないようにしているけれど、炭酸で割ったのを飲んでみたら、これがまたとてもいい味。 夏は、梅。 冬は、かりん。 どっちも、ヨーロッパでは出会えなかった。   かりんは、色も綺麗だし、香りも素敵。 そばにいるだけで、なんだか穏やかな気持ちになる。    

昨日のパスタ

この季節になるとよく作るパスタがある。 里芋を使った、ショートパスタだ。 主な材料は、里芋とベーコンと舞茸。 それを和風だしでコトコト煮て、最後にショートパスタを加える。 スープをたっぷり目にして、具沢山のパスタだ。 エキストラヴァージンのオリーブオイルを、たっぷりとかけて食べる。   ちょうど、檜原村から舞茸が届いたのだった。 健康的なプリップリの舞茸で、それで最初はきりたんぽ鍋を作った。 それでも余った分を、今度はパスタにしていただく。   出来立てももちろん美味しいのだけど、醍醐味は次の日だ。 昨日のパスタなんて食べられたものじゃない、と思われそうだけど、これがどっこい、いい味を出すのである。 きっと、ショートパスタだからだろう。 さすがにわたしも、前日に作ったロングパスタは、食べる気がしない。   ふちがひらひらになっている独特のショートパスタは、一日寝かせたことで、美味しいスープを惜しげもなくその体に吸い取り、味わい深くなっている。 もし自分がイタリア人だったら、風邪をひいて体が弱っている時、これが食べたくなりそうだ。   昨日のカレーは美味しさの定番だけど、昨日のパスタも、わたしにはそれに匹敵するくらい、捨てがたい味。 だから、翌日まで残るよう、ショートパスタを茹でる時は、硬いショートパスタを鷲掴みし、たっぷりと多めに鍋に入れる。    

旅のお供

二泊三日で、山形へ行ってきた。 一年に一回は、お墓参りに行こうと思っている。 そのついでに、温泉に入ったりなんかして。   最近、頼もしい旅のお供を見つけた。 曲げわっぱである。 これが、一つあると何かと重宝するのだ。   たいてい、旅に出る時は家を出発するのが午前中になるのだが、そうすると朝昼ごはんの時間と重なってしまう。 駅でお弁当を調達し、食べながら移動を楽しむ、というのももちろんいいのだけど、わたしの場合、最近は特に自分が食べられるお弁当を見つけるのが、なかなか困難なのだ。 売店に並んでいるお弁当には、かなりの添加物が入っている。 食べられないわけではないけれど、食べると、具合が悪くなったり、眠れなくなったりする。 それで、曲げわっぱの登場である。   お弁当といっても、本当に簡単なものでいい。 たとえば、ご飯の上に、何か昨日のおかずののせたものだとか。 それを、ちょこちょこっと曲げわっぱに詰めて、電車の中で食べる。 曲げわっぱ、というのが、ちょっとした魔法なのかもしれない。 なぜかそこに入れるだけで、美味しさが増す。   今回、行きは曲げわっぱの中に皮をむいた柿とおやつを入れた。 冷蔵庫に残っていた栗蒸し羊羹を、ちょうどいい大きさに切ってラップで包んで入れておく。 チョコレートも、旅先でコーヒーを飲みながら甘いものが欲しい時など、あれば助かる。   ただ、もっとも能力を発揮するのは、旅館に泊まった時の朝ごはんだ。 旅館の朝ごはんは、早い。しかも、量がたくさん出てくる。 ふだん朝の時間帯に食事をとらないわたしは、どうしても食べきれない。 それで、朝ごはんの中からおかずを選んで、お弁当に詰めるのである。 そうすれば、せっかくの朝ごはんを残さずにすむし、お昼のお弁当も調達できる。 たいていの場合、朝食のお櫃にはご飯がたくさん入っているし。 おかずがたくさんの時は、おかずだけ曲げわっぱに詰めて、ご飯はお塩をもらって塩結びにするのもいい。 これが、行楽気分を盛り上げ、なかなか楽しいのである。   生まれ育った実家、文翔館の近くにあった雰囲気のいいカフェ、大沼デパート。 山形に行くたびに、一つずつ、思い出の場所がなくなっていく。 特に大沼デパートは、何かちょっとした良い物を買いたい時、必ず行く場所だった。 お小遣いを握りしめ、初めてひとりで大沼デパートに行ったのは、小学2年生の時。 母の日のプレゼントを買いに行ったのだ。 そして、薄いグリーンの石でできたブレスレットを買った。 今から思えばおもちゃみたいな代物だったけど、それがわたしにとっては、初めてのお買い物だった。…

お雑煮解禁

そろそろ寒くなってきたので、お雑煮を解禁することにした。 お雑煮をお正月だけ食べるなんて、もったいない。 せっかく日本にいて、お餅もそこまで貴重品ではないのだし。 実家のお雑煮は、鶏肉とゴボウと芹と白滝と椎茸と人参なんかが入っていた。 材料から察すると、秋田のきりたんぽに近いのかもしれない。 お醤油味で、都会的な洗練された感じではないけれど、なんだか体が芯からポカポカするような、具沢山のお雑煮だった。 気がつけば東京で暮らしている時間の方が人生の半分以上を占めるようになり、お雑煮といえば関東風が主流になった。 関東風の味を教えてくれたのはペンギンだ。 結婚した当初、昆布と鰹節で正式に出汁をとるのは、お正月だけだった。 そしてそれは、お雑煮のためだった。 関東風のお雑煮の主役は、出汁なんじゃないかと思う。 鶏肉からも、小松菜からも、なるとからもちょっとずつ味が滲み出て、柚子の香りと合わさり、なんとも言えない背筋の伸びた気高い感じの味になる。 関東風はわたしの中でキングオブお雑煮なので、それはさすがにお正月だけにとっておく。 そんなわけで、ふだん使いのお雑煮としてメキメキと頭角を現しているのが、京風の白味噌雑煮だ。 なんて書くと、京都の方から、うちのお雑煮だってハレの日の雑煮どすえ〜、なんて厳しいご指摘を受けそうだけど。 ふわっふわの丸餅に、まったりとした白味噌の甘さが、癖になる。 最近知ったのだけど、丸餅は、茹でるよりも電子レンジでチンした方が、断然うまくいく。 調理に電子レンジはあんまり使いたくないけど、ここは仕方がない。 丸餅を茹でると、どうしてもお餅がお湯に溶けてドロドロになってしまう。 けれど、電子レンジを使うやり方だと、まるでつき立てのお餅のようにふんわりできる。 やり方は簡単で、器に丸餅をのせ、そこに熱湯を(お餅の半分が浸かるくらい)注いで、電子レンジで40秒ほど温めるというもの。 病み上がりだったこともあり、今朝は、ことのほか白味噌雑煮が食べたかった。 横着して出汁パックで出汁をとり、そこに白味噌を溶いてグツグツ。 お味噌は煮立てちゃいけない、と思っていたけど、白味噌に関しては煮立てないとまったりしないなんてことも、知らなかった。 電子レンジでチンしたお餅をお碗に移し、とろとろのお汁をかければ、白味噌雑煮ができる。 ものすごくシンプルだけど、ものすごく奥深い味だ。 本式のは、これにもう少し具が加わるのかもしれないけど、わたしはこれで十分満足だ。 白味噌は体を温めてくれるというから、これからの季節は、お味噌汁にも、少し、白味噌を混ぜようと思っている。 午後は、読者の方から届いたお手紙を読ませていただいた。 よく、本当に著者まで手紙が届くのだろうか、という不安を書かれている方がいらっしゃるけれど、心配しなくて大丈夫です! 読者カードもお手紙も、出版社に送ってくださったお便りは全て、編集者さん経由でわたしのところに届けられますので。 そして、必ず読みますので。 ただ、まとまって届いたお便りをいつでも読めるかというと、そんなことはないのが正直なところだったりする。 手紙を書くのに時間や勇気が必要なように、手紙を読むのにもまた、時間と勇気が必要だ。 簡単に言うと、心が健康な時じゃないと、向き合えない。 だから、場合によっては、読者の方が書いてくださってから、時間が空いてしまう場合もある。 読者の方が書いてくださる手紙は、一通一通が、わたしにとっては本当に宝物であり、大袈裟なようだけれど、魂のご飯というか、次の作品への原動力というか、とにかくそれくらいありがたく、貴重で、何物にも代えがたいご褒美だ。 今日も、一通読んでは、慌ててティッシュを抜き取ったり、クスッと笑ったり、深々と頭を下げて感謝したくなった。 感謝の気持ちを伝えたいのはわたしの方であり、たくさんのたくさんの勇気をいただいて、胸がいっぱいになる。 今日読ませていただいた手紙には、「お母さん」について触れている内容が目立った。…

冬支度 2

タイミングが合うと、夕方お風呂に行く途中、猫の散歩とすれ違う。 そう、犬じゃなくて猫なのだ。 猫が、ちゃんとハーネスをつけて飼い主の女性と散歩している。 完全に、自分を犬だと思っているのだろうか。 じろじろ見ると、何かおかしい? って感じでキーッと睨む。 今日も、猫の散歩に遭遇した。   先週、今週と、立て続けに味噌を仕込んでいる。 一年中味噌は仕込んで平気だけど、これから寒くなるこの時期に仕込むのは、確かに理にかなっているのかもしれない。 夏の始め頃に仕込もうとして麹を探したら、なかなか見つからなくて困った。 寒仕込みというくらいで、この時期に仕込めば、麹も手に入りやすい。   大豆を煮る時は、水に浸して戻すのではなく、軽く洗った豆をドボンと熱湯に沈めてしまう。 そして、自然に冷まして時間を置く。 豆もふっくらするし、加熱する時間も短くて済む。 もう何回やったかわからないくらい味噌を仕込んでいるので、分量も頭に入っている。 こんな簡単なのになぁ。 わたしにはもはや、味噌を買うという発想自体がなくなってしまった。   一度、ものすごく悲しい気持ちで味噌を仕込んだことがある。 その味噌からは、見事にカビが生えてびっくりした。 やっぱり、わたしの体から何かマイナスの波動のようなものが出て、それが大豆と麹に伝わったとしか思えない。 だから絶対に、味噌は心が晴れている時に仕込まなくてはいけないのだと、学んだのだった。   空が晴れてカラッとしている日は、絶好の味噌仕込み日和だ。 心も体も、健やかで朗らかな時に、味噌を作るのがいい。 きっと、この秋に仕込んだ味噌は美味しくできるだろう。 そういうのは、味見をしなくても、だいたい直感でわかってしまうものだ。 完成が楽しみ。

冬支度 1

つい、手が伸びてしまったのだった。 パン屋さんのカフェでお茶とケーキをいただき、お会計を済ませ、帰ろうと出口に向かった時。 店の一角に設けられた野菜コーナーの笊の中に、それはひっそりと置かれていた。 一袋手にして、反射的にもう一袋手にとって、夢遊病者みたいに再びレジへ。 脳の奥の奥の奥の方で、待て待て、と自分を制するかすかな声が聞こえてはいたけれど、体が本能的に家に連れて帰りたがっていた。 栗のことです。   毎年、買っては後悔する。 後悔するのは、剥くのが大変だから。そして大変な割に、作ってもあまり喜ばれない。 わたし自身は栗が大好きだけど、自分で剥いて自分で食べる栗ご飯は、徒労感の方が圧倒的に大きかったりする。   子どもの頃、栗ご飯は、母が炊いてくれるものと相場が決まっていた。 運動会は必ず栗ご飯で、それが何よりの楽しみだった。 母が亡くなり、初めて自分で栗というものを剥いていたら、泣けてきた。 母が、こんなに大変な思いをして栗を剥き、ご飯にしてくれているとは全く思い至らなかった。 ありがとう、という言葉を伝えるには、もう手遅れだった。   さて、買ったはいいが、どうしたものか。 栗は、二袋で一キロ近くある。 一回は栗ご飯を炊くにしても、まだ有り余る量だ。 とりあえず、鬼皮を剥きやすくするため、熱湯に一晩漬けて考えた。   甘露煮か、渋皮煮か。 わたしは渋皮煮の方が簡単なのかと思っていたのだけど、調べると、どうやら甘露煮の方が楽にできそうである。 鬼皮と渋皮の両方を剥くより、鬼皮だけ剥く方が簡単そうだけどなぁ、と思いつつ、どっちにしろ鬼皮は剥かなくちゃいけないのだからと、鬼皮を剥く作業を始めた。 やってみて、なるほど、とすぐに納得。 確かに、鬼皮だけを剥いて、渋皮だけをきれいに残すのは難しい。 どうしても、「まだら」になってしまう。   栗ご飯にする分を残しておき、ざっと鬼皮を剥いた栗を鍋に入れ、重曹を入れたお湯でコトコト。 アクで、煮汁が真っ黒になる。 水を取り替えようと栗に触れたら、その状態だと渋皮が剥がれやすくなっていることに気づいた。 それで、甘露煮へと舵を切ることに。 機嫌のいい栗は、ぺろっと一気に渋皮が剥ける。 そんなことをちまちまやって栗を無防備な状態にし、もう一度、今度は砂糖を加えて火を入れる。   栗は、ほとほと世話の焼ける相手だ。 まず、強力なイガに入って身を守っている。 イガから取り出すのだって一苦労なのに、更に、鬼皮、渋皮と、頑丈な鎧を纏っている。 しかも、すぐに身が崩れる。…

養生

四日間、穂高の山の中で時間を過ごした。 ベルリンから慌てて帰国したのが三月の終わり、二週間の自宅待機が終わった矢先に外出自粛が始まって、そのまま夏を迎えた。 本当は真夏に行ければよかったのだけど、色々と家にいなくてはいけない事情もあり、ようやく秋を迎える頃、穂高に行くことができた。 目的は、ずばり「養生」で、とにかく心と体を休めたかった。 もうそろそろ、みなさん、疲れが出ている頃だと思う。 いきなり、非日常の世界に突き落とされ、なんとかかんとか、時に自分を騙しながら非日常に順応する努力を積み重ねてきた。 日常生活や価値観など、様々なことが反転したのに、大丈夫、まだ頑張れる、と平気なフリを貫いて、自分よりも周りに気を使って生活をしてきた人も多いと思う。 夏も、暑かったし。 乗り切らなくちゃいけないことが、次から次へとわんこそばみたいに目の前に出された印象だ。 でもそろそろこの辺で休んでおかないと、心も体も参ってしまう。 そうなる前に、穂高に行こうと思ったのだ。 リトリートが目的の宿は、朝に、散歩かヨガのプログラムがあり、食事は午前10時半と午後5時半の一日二回。 わが家の食事スタイルとほぼ一緒だ。 出されるのは玄米菜食で、これが素晴らしく美味しい。 厨房には、4、5人の若い女の子たちが働いていて、その子たちが交代で一日ずつ献立を決めて料理を出してくれる。 毎回食事のたびに、その日のリーダー(?)が料理の説明をしてくれるのだが、本当に丁寧に、季節の食材を無駄にすることなく調理していることが伝わってきた。 食事のお盆だけ見ると、なんだか物足りないように見えるけれど、玄米自体にパワーがあるので、お肉もお魚も食べなくても、野菜だけで十分お腹が満たされる。 毎回、ご飯の量をどうしますか? と質問され、宿泊客はそれぞれ、普通、とか、半々、とか、大盛り、とかその時の自分の体の声を聞いて玄米をよそってもらう。 食事中に自己紹介を、みたいなお節介が無いことも、居心地が良かった。 みんなさんそれぞれ、静かに自分と向き合うためにこの場所を選んで来ている。 その、ほったらかし加減が、いい。 チェックアウトの際にシーツ類を自分で剥がしたり、食べた後の食器は各自が自分で洗ったり、そういうのも、時には大事だなぁ、と痛感した。 ここ最近は特に、きれいな水を欲している。 とにかく、清らかな水のそばに行きたくて行きたくて仕方がない。 そういう水辺にいるだけで、心の中がスーッとして、心身が癒される。 宿のそばにも、とてもいいプライベートビーチ(河原)があった。 北アルプスから流れてくる水は本当にきれいで、水そのものが宝石みたいに輝いている。 この場所で、思う存分、時間を過ごした。 冷たい水で、魂の丸洗いをしている気分だった。 最終日、有明山神社の近くの山をテクテク歩いた。 安曇野にくるたびに感じるけれど、本当にいい気が流れている。 水と空気は、わたし達が生きていく上で、必要不可欠なもの。 なんとなく、当たり前すぎて後回しになっていたけれど、ふと、おいしいものを食べたり素敵な服を着たりすることより、水と空気にこだわることの方が、もっともっと大事なんじゃないかと思った。 道祖神の並ぶ山道の奥に、とりわけ気持ちのいい場所を見つけ、シートを広げて瞑想をしてみた。 これから先の人生を、自分はどう生きたいのか。 磁場が安定しない場所に行くと、方位磁石の針が定まらずにぐるぐると回ってしまうけど、わたしはしばらく、その状態が続いていた。 昨日考えていたことと今日こうしようと思うことが、全然違ったり。 そして、明日どうなるのかも、自分で予測がつけられなかった。 今もまだ、くるくるしている。 だけど、その場所で瞑想していたら、だんだん心の中に大きな重石が降りてくるような感覚があった。…

読書の秋

冷やし中華とコーヒーゼリーの季節は去り、温かいものが恋しい季節になった。 散歩道の途中にある市民農園では栗がたわわに実り、柿の実も少しずつ色づいてきている。   昨夜は、今シーズン初の芋煮汁を作った。 料理というのは、あんまり考えすぎると肩に力の入ったぎこちない味になってしまうから、わたしはいつも「適当」というのを大事にしているけれど、芋煮汁は、適当料理の代表選手のようなものだ。 もともと、河原で作るようなアウトドア料理だし。 こんなものかな、程度の脱力加減で作ると結果がついてくる。   冷やし中華とコーヒーゼリー同様、この夏は、銭湯とヨガに随分とお世話になった。 この四つで夏の暑さを乗り切ったと言っても、過言ではない。 平日の夕方は自転車でぷらっと銭湯に行って汗を流し、週末の朝は、開店前の近所のカフェでやるヨガ教室に参加した。 毎回、生徒はわたしだけか、もしくはもう一人常連の方がいるだけで、気心の知れた相手だった。 多少の雨でも、自転車を飛ばしてヨガに行った。   だから、オンラインでのヨガレッスンというのは、どうなんだろうと半信半疑だった。 でも昨日、初めてインターネットを使ったヨガに参加した。 それが、なかなかよくて拍子抜け。 これなら、たとえ雨の日でも自宅にいたままヨガができる。 何よりもいいのは、こうなってくると、どこに住んでいようが関係なくなることだ。 その人のレッスンを受けてみたいけど、これまでは遠方なので諦めていた、というようなことがなくなる。   事実昨日も、元は山形からのレッスンだった(と思う。) ちゃんと先生がポーズもチェックして悪いところを指摘してくれるし、想像していたほどの違和感はなかった。 それでもやっぱり、自分は開店前のカフェでやるヨガの方に通うのだろうけど。   家で黒豆を預かっている間、犬たちから目が離せないので本ばかり読んでいた。 どの本も、おすすめです!       さてさて、わたしは明日から穂高へ。 夏の疲れを癒しに行ってきますね。  

ワルイヌ選手権

この一週間、わが家はプロレスのリングと化していた。 ありとあらゆる悪さを仕掛けてくる黒豆に、一日中振り回されていた。 とにかく、ゆりねが思いもつかないような悪戯を、かたっぱしから実行するのだ。 味見のために木のスプーンを差し出したら、スプーンごと食べようとするし。 水飲み用のお碗は、カーリングみたいに遊びの道具にしてしまうし。 トイレットペーパーは、本来の目的から遠く離れて、破壊の対象になってしまうし。 軽く追い払おうとして足で払うと、逆に靴下を脱がされてしまうし。 届かない所に置いておいたはずの雑巾も、ジャンプして簡単に持っていかれてしまうし。 ドアの隙間を見つけようものなら、瞬時に滑り込んで空き缶とかをくわえて持ってくるし。 もちろん、自分の排泄物は、有効な武器として効果的に使ってくる。 何がすごいって、運動能力が抜群で、おそらく、ゆりねの運動神経を1とすると、黒豆は10くらいある。 ジャンプ力も驚異的で、足も速い。 口の中には熊さながらの鋭い歯が並び、本人は甘噛みのつもりでも、かなり痛い。 散歩はどうかというと、これがまたすごくて、車やバイク、歩行者が来ると、いきなり向かっていく。 車なんか、危なくて仕方がない。 だから常に緊張感を強いられる。 これが、もし犬ではなくて、自分の子どもだったらと想像すると、血の気が引く思いだった。 暴力がいけない、とか、犬も子どもも褒めて伸ばす、とかわかっちゃいるけど、黒豆が悪さをすればどうしたって本気で怒ってしまう自分がいるし、自分の心の狭さをまざまざと思い知らされた。 相手が自分の子どもだったら、虐待してしまうんじゃないかと恐ろしくなった。 ゆりねが温和な性格で助かったけれど、それは単に運が良かっただけで、黒豆みたいな犬が来ることだってあり得るのだ。 それを、辛抱強く教育して、よい関係を築いていくのは、並大抵ではない。 黒豆は、人間の目で見れば確かにワルイヌ中のワルイヌだ。 コロもなかなかのヤンチャだったけど、それとはスケールが違う。 黒豆がワルイヌ選手権に出たら、優勝できるくらいだ。 でも、犬として見た場合は、根性があるし、身体能力も優れているし、頭もいいし、とても優秀なんじゃないかと思った。 だから、すごくいいドッグトレーナーさんに入門して訓練したら、もしかすると、大化けするかもしれない逸材だ。 わからないけど、空港とかで働けるような可能性を秘めているのかもしれない。 がんばれ、黒豆! 案外、歴史に名を残すのは、黒豆みたいな桁外れの犬なのかも。 黒豆が将来、紳士的な犬になることを期待している。 今回は散々暴君ぶりを発揮した黒豆だったけど、当然ながら可愛いいところもあって、朝起きると、全身で戯れてきたりする。 それでまんまと、母性本能をくすぐられてしまった。 手はかかるけど、本当に可愛くて、憎めない犬なのだ。 だけど、言うことをきかないからという理由で、簡単に手放し、保健所に連れていく飼い主がいるのも事実だ。 殺処分寸前のところを救って、教育をし直し、また新たな飼い主を見つけるボランティアをしている方達は、日々、こういう涙ぐましい努力をされていると思うと、改めて、尊敬と感謝の気持ちがわいた。 黒豆、たくさんの気づきをありがとう。 およそ一週間、わが家にホームステイしていた黒豆だったけど、犬にありがちなホームシック的なものは、一切見られなかった。 元気いっぱいで助かった。 そして、一週間ぶりにお父さんとお母さんが迎えに来たというのに、普通ならバーっと飛びつくものを、黒豆はゆりねを抱えて腰を振るのに夢中で、感動的な再会の場面も、残念ながら見られなかった。 高校生男子さながら、性欲100%の黒豆は、アッパレとしか言いようがない。 ゆりねの存在が気になりだすと、ゴハンも食べなくなってしまうのだから。…

おトイレ事情

昨日から、黒豆を預かっている。 今までに二回わが家に来たことはあっても、黒豆だけが単独で長くいるのは初めてのこと。 黒豆にとっては、犬生初のホームステイだ。 まだ生まれて数ヶ月の黒豆(オス)と、6歳を過ぎたゆりね(メス)の同居。 しかも黒豆は去勢をしていないので、少年真っ盛り。 わかっていたことではあるけれど、本当にエネルギーの全てが性欲に向かっている様子で、文字通りゆりねのお尻を追いかけ回している。 前回まではまだ、ゆりねの方が体が大きかったからいいけど、もう黒豆の方が体格がよく、しかも身体が強いので、さすがに好きにさせておくわけにもいかない。 同じ空間にいるとずっとこうなので、二匹は基本、別々の部屋に置いている。 性格も正反対で、本当に同じ犬なのだろうか、と疑いたくなるほど。 黒豆は、とにかくじっとしていない。 活動的で、しかもビビリもビビリの小心者だ。 散歩に行くと、人、自転車、車、みんなに向かって行こうとするから、怖くて仕方がない。 体力が有り余っているから、黒豆だけ1日2回お散歩に連れ出す。 黒豆を見ていたら、いかにゆりねが温和な性格かがよーくわかった。 このボーッとした性格に、随分わたしは助けられている。 そうそう、面白い発見をした。 黒豆はオスだけど、しゃがんでおしっこをする。 その方がありがたい。 片足を上げる癖がつくと、家でもいろんなところにマーキングをしかねない。 一方のゆりねは、メスなのだけど、散歩中は、なぜか片足を上げておしっこをする。 マーキング、なのかな? 人間の男の人も、最近は立ってではなく、座っておしっこをする人が増えているという。 わたしもそれに、大賛成だ。 男の人と同じトイレを使うと、汚れがすごく気になってしまう。 ドイツにいて感心したのは、トイレがとても清潔だということ。 汚したら自分できれいにする、という習慣が、子どもの頃から徹底されているのだと思う。 それから較べると、日本の男性は、トイレは誰かが綺麗にしてくれるもの、と勝手に思い込んでいるんじゃないだろうか。 子どもの頃は母親が、結婚してからは奥さんが、トイレ掃除をするものだと、それが当たり前になっているのではないかしら? これには、本当にいい加減にしてほしい。 子どものうちから、トイレ掃除の習慣を身につけておくことは、生きてく上で、とっても大事だと思うんですけど。 ゆりねも黒豆も、トイレシートでする方が慣れているらしく、お散歩の時はあんまりしない。 それにしても黒豆は、クマに似ている。 歯もめちゃくちゃ鋭くて、ちょっと怖い。

もも、もも、もも

山形から、三種類の桃が届いた。 一つは黄桃、一つは柔らかくならず硬いまま食べるハードタイプ、一つは熟すと柔らかくなるタイプ。 桃尻とは、よく言ったものだなぁ。 桃って、見ているだけで癒される。 かわいくて、しかも、おいしい。   何度も香りをかいで完熟具合を確かめながら、今日食べるべきひとつを選ぶのが日課になった。 スーッと、指で皮がむけるのがベストだ。 そうやって皮をむいていると、なんだか下着を脱がしているような色っぽい気分になる。 桃は、本当にセクシーだ。 そのまま食べるのもいいのだけど、わたしは年に一度の楽しみとして、桃のクリームサンドを作る。 今日がその日。 ヨガの帰り、バス停前のパン屋さんからぶどうパンを買ってきた。 フルーツサンドには、普通の食パンより、どうしてもぶどうパンを使いたくなる。   ぶどうパンの表面には、一晩水切りをしておいたヨーグルトを塗った。 最近お気に入りの、蒜山のヨーグルト。 初めは、こう書いて「ひるぜん」と読むことも知らなかった。 この蒜山のヨーグルトが、濃厚で、すごくおいしい。 それを、バターのように表面に薄く塗っておく。 そうすれば、桃の果汁がパンに染み込むのを防いでくれる。   その上に硬く泡だてた生クリームを塗り、桃をのせてパンで挟んだら、桃のクリームサンドができる。 それを、しばし冷蔵庫で寝かせれば、完成だ。 残った生クリームは、卵の黄身と砂糖と合わせて、アイスクリームに。 これにも、桃を入れてみた。 今、冷凍庫で休んでいる。   今日のおやつは桃のクリームサンド、明日のおやつは桃のアイスクリーム。

オスというもの

友人のオカズ夫妻から新しい家族を迎えることにしたので、お披露目しに行きます、と連絡が来たのが先月の始めだった。 去年の暮れ、愛犬のそら豆が天国に旅立ってしまった。 そら豆は、家族同然というか、家族そのものだったから、ふたりの悲しみが如何程だったか、容易に想像がつく。   一緒に暮らしていた犬や猫を亡くすと、こんなに悲しい思いはもう二度としたくないという理由で、その後、一切飼わなくなる人もいる。 ふたりはどうするんだろう、と静かに見守っていたら、新しい犬を迎えたとの知らせ。 会うまで、犬種も色も何も聞かないでおこうと思ったのだけど、わが家に連れてくる日の朝、ふと「もしかして名前は黒豆かな?」とメールしたら、一発で当ってしまった。 「豆」繋がりで来るだろう、という読みが的中した。 そして、先代の犬とあんまり似たような子は選ばないだろうという予感がしたのだ。   ちなみに、下に豆がつく名前だって、とペンギンに話したら、最初に挙げたのが「枝豆」、ブブーと言って、お正月に食べる物だとヒントを加えたら、次に挙げたのが「ごまめ」だった。 どっちも、犬の名前としてはユニークすぎる。   生後三ヶ月ちょっとの黒豆は、落ち着くということを全く知らない様子で、常に走り回っていた。 そら豆もゆりねもメスで、おっとりしたマイペースな性格だから、それから比べると、オスはシンプルというか、単純明快というか。 まだその若さなのに、ゆりねに乗って腰を振ろうと何度も何度もチャレンジしていた。   その時から比べると、だいぶ身体が大きくなっていた。 今、ゆりねとちょうど同じくらい。 完全に白黒コンビで、オセロみたいだ。 しかも黒豆とゆりね、どっちもお正月に食べる縁起物でおめでたい。   ゆりねは基本的に社交的で、犬も人も大好きなのだけど、昨日はさすがに黒豆からしつこくつきまとわれて、うーっと怒っていた。 滅多に吠えることのないゆりねが、犬生で何度目かにピシャリと吠えたから、よっぽど腹を立てたのだろう。 黒豆の性欲は、前回から更にパワーアップし、とにかくゆりねに乗ろうとする。 どんなに注意されてもすぐに腰を振ろうとするので、半分は、ケージに入れられていた。   それでも、ケージの扉が開かれた瞬間、ゆりねに突進してくる。 オスってすごいなぁ、とただただ感心した。 性欲、しか無い。   黒豆にちなんで、昨日は黒豆と胡瓜のサラダを作った。   あとは、揚げ春巻きと、ペンギンのニンニク炒飯、私の冷やし中華。 デザートは、わが家のコーヒーゼリーと、オカズさんのチーズケーキ。 お昼の宴も、なんだか良いなぁ。 ペンギンは、ニンニク炒飯の出来が今ひとつだったらしく、いまだにメソメソしているけど。   今日は、読者の方から頂いたお手紙に目を通した。 一通一通が、胸に染みる。…

正義感

久しぶりに映画館に行って、映画を見てきた。 小さな映画館なのに、更にコロナの影響で席を半分に減らしたせいで、数えるほどしか客がいない。 見たのは、『ジョーンの秘密』。 イギリスでの実話に基づいて作られた作品だ。 ジュディ・デンチが演じるジョーンは、イギリスの片田舎のどこにでもいそうな善良そうなおばあちゃん。彼女は夫亡き後、郊外の一軒家でひとり、静かに暮らしていた。 そんな彼女が、2000年5月、いきなりスパイ容疑で逮捕される。 ソ連のKGBに核開発の機密情報を漏らしたとして告発されたのだ。 ジョーンは、ケンブリッジ大学で物理学を学んだ。 成績が優秀だった彼女は、その後、秘密裏に核兵器の開発をする機関の事務員として採用される。 そして、その情報を、学生時代に共産主義の会で知り合ったロシア系ユダヤ人の恋人に渡していたというのだ。 映画を見に行ったのは、ちょうど8月15日で、広島と長崎に落とされた原爆が、ジョーンの気持ちに大きな影響を与え、結果としてソ連に原爆の情報を渡す行為へと促したのがわかる。 映画の最後、彼女は自宅前で自分を責める記者たちに対してスピーチをするのだが、その内容がとても印象的だった。 彼女は、平和を実現するために、原爆の情報をソ連に渡したと主張したのだ。 西側と東側が同じ情報を持ち、知識のレベルが同等になることで、原爆による犠牲者をなくすことができる、と。 彼女をスパイ行為に駆り立てたのは、純粋な正義感だった。 ジョーンは、核兵器開発の陣頭指揮をとっていたマックス・デイヴィス教授と結婚したが、このふたりが世界に与えた影響を想像すると、計り知れない。 夫は原爆を開発し、妻はその情報をソ連に流し、東西の冷戦時代を迎えるに至ったのだから。 恋愛の初々しさ、戦争の不条理など、様々な文が幾重に折り重なって、少しも間延びしたところがなく、スクリーンから一瞬も目を離すことができない緊張感のある映画だった。 主人公のモデルとなったメリタ・ノーウッドは、生前、こんなふうに語っていたという。 「私はお金が欲しかったのではない。私はソ連が西側と対等な足場に立つことを望んでいたのだ」 それにしても、現実に目を転じれば、コロナ禍が日々の暮らしの至るところに忍び寄っている。 感染者数の増加やら経済の悪化やら、心を痛める要素はたくさんあるけれど、わたしが今一番気になるのは、自粛警察とかマスク警察、はたまた帰省警察などという、そういう部類の行為だなぁ。 もちろん、用心するに越したことはないし、明らかに度を越した不注意で感染を広めるというのは良くないと思うけれど、どんなに気をつけていたってかかってしまう時はかかってしまうし、誰もが、自分は絶対にかからない、とは言い切れない。 それなのに、東京から帰省した人に対して嫌がらせをしたり、かかってしまった人に対して誹謗中傷したりするのは、はっきり言って稚拙すぎる。 そして、そういう行動をしている人たちを駆り立てているのが正義感だというのが、本当に困ったものだと思う。 けれど、あまりに真面目すぎると、他人が許せなくなり、自分と同じ行動をとらない相手を非難したり攻撃したりという行動に、出やすくなってしまう。 ホロコーストだって、そういう正義感みたいなものが積み重なって生まれたのかもしれない。 ドイツ人にしろ日本人にしろ、きっと、平均的な他の人種から比べると、規範を重んじる性格で、真面目なんだろう。 自分たちが、あるひとつの方向に流れやすい性格だということは、自覚していて損することはないと思う。 ドイツは戦後、そういうことを徹底的に反省して、今の環境を作り上げた。 だから、自分の自由と相手の自由を同じように尊重する。 でも、日本はそこのところをうやむやにしてきて、今に至る。 わたしは、今、世の中にはびこっているなんとか警察というのが、本当に恐ろしいと感じている。 ある意味、コロナよりも怖いなぁ、と。 正義感も、一歩間違えると、凶暴な武器になるということ。 そのことを、自分自身が、肝に銘じていようと思った。 今朝も、朝の5時半にゆりねとお散歩。 道々に、セミの亡骸が転がっている。

土用干し

梅雨明けを待ちわびていたのは、梅干しの続きをしたいからだった。 ようやく今週から、ベランダに梅を広げて、土用干しを始めている。 そんなわけで、わたしは今日も梅干しの番人。 もしも急な夕立でもあろうものなら、素早く中に取り入れなくてはいけない。 風が吹くたびに、ベランダから酸っぱい香りが運ばれてくる。 爽やかな、いい香りだなぁ。 実家にも一本、梅の木があって、夏になると祖母が毎年梅干しを漬けていた。 だから梅干しの香りを吸い込むと、懐かしい気持ちになる。   久しぶりの梅干し作りなので少々不安ではあったものの、今のことろカビも出ず、順調な仕上がりだ。 このまま土用干しが無事に終われば、状態は更に安定する。 何年も、場合によっては何十年も経った梅干しは、更にパワーが増して、最強になると聞いたことがある。 海外に行く時、梅干しを二、三粒スーツケースに入れて持っていけば、何かあった時のお守りにもなるし。 日本人にとっては、本当にありがたい存在だ。   一日に二回ほど、実を優しくもみもみしながら、上下をひっくり返して、まんべんなくお日様の光を当てる。 梅の実は、ふっくらとしてふくよかな子もいれば、ほどよく水分が抜けて、これぞ梅干し! と言える子まで様々で、どの子も本当に愛おしくてたまらない。 今回は、いろんな梅を買ったり、取り寄せたりして漬けたのだけど、それぞれにそれぞれの良さがある。   以前は、大粒の南高梅にこだわっていた。 でも、歳を重ねるにつれ、粒の小さい梅干しの方が、何かと重宝するな、と思うようになったのだ。 大粒のは見た目は立派でいいのだけど、実際に使うとなると、小さい方が気軽に使える。 本当は今年、小粒の梅で漬けたかったのだけど、いざ漬けようとしたら小粒はどこも売り切れになっていた。 なので今年は、一気に5キロとかを漬けるのは大変なので、スーパーで1キロ、近所の無人販売機でまた1キロ、取り寄せで1キロ、という具合に、時間差で漬けたのだった。 まだ味見はしていない。 どんな味に仕上がっているか、怖いような、ちょっと楽しみなような、複雑な心境だ。   梅の実を買った無人販売機の隣では、今、こんな手作りの看板が出ています!

おなべさま

昨夜は、久しぶりに月を見た気がする。 関東もようやく梅雨が明けた。 青空の下に洗濯物が干せる幸せを、今、存分に噛みしめている。 さっき、修理に出していた鍋が戻ってきた。 持ち手のネジが緩んでしまい、ガタガタになっていた。 こういう時、作り手のわかるお店で買うと、作った本人に修理をお願いできるから頼もしい。 数年来、わたしが愛用している銅の片手鍋だ。 大きさは、大、中、小とあり、わたしは勝手におなべ三姉妹と呼んでいる。 しかも、今、わたしの台所には、訳あって、その三姉妹が二組揃っている。 買った時期が違うので、新顔の三姉妹は若々しく、長くいる三姉妹はかなり年季が入っている。 今回、修理をお願いしたのは、古株三姉妹の、真ん中。 大きさもちょうどよく、特によく手にするので、過酷な労働に耐えられなくなったのかもしれない。 おなべを買ったお店に相談したら、すぐに作り手の方に連絡してくださり、あれよあれよという早さで帰ってきた。 戻ってきた箱を開けて、びーっくり! だって、ほとんど新品と言っていいほどの若返りぶりなのだ。 ガタついていた持ち手がしっかり固定されているのはもちろんのこと、鍋の内側には錫がかけられ、色がくすんでいた外側も、ピッカピカに磨かれている。 職人さんの心意気を感じずにはいられない。 元は確かに、ある程度のお値段がしたけれど、こうしてしっかりアフターケアをしてくれることを思うと、決してお高いとは思わない。 こんなふうにおなべがよみがえるなら、本当に一生使うことができる。 ちなみにこの木の持ち手は、間伐材を再利用したもので、すごく握りやすい。 あー、修理をお願いして、本当に良かった! なべ、なんて呼び捨てにするのが申し訳ないくらい、すごい存在感を放っている。 だから、おなべさまと呼ばせていただく。 決して洗うのを怠っていたわけではないのだけど、いかに綺麗に磨いてくださったかが、よーくわかる。 最近、わたしはお湯を沸かすのにも、銅のヤカンを使っている。 以前は、鉄瓶を使っていた。 でも、銅の方が、断然、熱伝導が早いことに気づいた。 もちろん、鉄瓶には鉄瓶の良さがあるのだけれど、こと「効率」という目で見ると、わたしは銅のヤカンに一票を投じたい。 とにかく、本当にすぐにお湯が沸くのでありがたい。 ヤカンの方も、いつかピカピカに磨いてもらおう。 ところで、オリンピック、どうするんでしょうね? 日本国内のコロナすら収束どころか、ますます広がっているのに、あと一年後、世界中でこの問題が解決するためには、よっぽど何か劇的なことが起きないと、という気がする。 観客を日本人だけに絞って、という案もあるようだけど、そうでなくても開催国が有利なのに、応援する観客が日本人だけになったら、ますます日本がメダルラッシュになり、わーい、日本人はすごい、最高だ、と内輪だけで大喜びして、果たして本当にそれでやる意味があるのだろうか。 虚しくは、ならないだろうか。 そういう姿を見て、世界の人たちは日本人をどう思うのだろう。 参加できない国だって、出てくるだろうし。 世界中がこういう状況に置かれると、その国の政治レベルや、リーダーの力量が、如実に反映されるされるような気がする。 一年後、果たして日本は、世界は、どうなっているんでしょうね??

暑気払い2

昨日のお昼過ぎから、いよいよ蝉が鳴き始めた。 数年ぶりに耳にする蝉の声だ。 今朝、ゆりねと散歩に行っても、夏の匂いがするのを感じた。 ヨーロッパの夏とは、明らかに違う匂い。 なんとなく空気が柔らかくて、ふかふかしている。 子どもの頃の夏を思い出した。 ふだんはなるべく冷たい飲み物や食べ物をとらないようにしているけれど、7月と8月の暑い盛りは例外にして、冷たい物を意識して飲んだり食べたりして、体を冷やすようにしている。 夏のデザートの定番は寒天で、寒天を固めて、それに、小豆と黒蜜ときな粉をかけて食べる。 ちなみに、小豆と黒蜜も手作りだ。 これを食べると、体がひんやりする。 コーヒーゼリーも、夏の定番としてよく作る。 いつも飲むコーヒーより気持ち濃いめにコーヒーを淹れ、そこに粉ゼラチンを溶かして、あとは冷蔵庫で冷やすだけ。 わたしは、ほぼ液体に近いくらいの、ごくごくゆるーいゼリーが好き。 食べるときは、これに牛乳と蜂蜜をかける。 これも、食べると体がひんやりする。 冷やし中華だけでなく、うどんも、蕎麦も、この時期は冷たいのをよく食べる。 よく作るのはぶっかけで、生姜とか茗荷とか紫蘇とか胡瓜とか、とにかく冷蔵庫にある薬味などをざっくりとのせ、出汁に少し塩や醤油で味をつけたものをかけて食べる。 冷たくしておいた豚しゃぶとか鶏のささみなんかをのせれば、立派な晩ご飯になる。 あとは、水出し中国茶。 水出し緑茶もいいけれど、わたしは夏だけ、冷たく冷やした中国茶を飲むようにしている。 暑いのがものすごーく苦手なわたしは、久しぶりに日本で夏を迎えるということで、戦々恐々としている。 だから夜のうちに下ごしらえをしたり、元気がある時にちょこちょこと用意をしておいて、なるべく暑い盛りに台所に立たなくてもいいように工夫している。 今日も、夕方になったら自転車でサクッとお風呂に行き、帰ったら冷たいビールを飲もう。

暑気払い

まるで台風一過のような空。 今日は久しぶりに青空が広がっている。 ベルリンで夏を過ごす時、恋しくなるのは冷やし中華だった。 一応、それらしきものも売られているのだが、どうも躊躇いの方が大きくなって、手が伸びずにいた。 温かいスープで出すおいしいラーメン屋さんは数あれど、麺を冷たくした冷やし中華には、お目にかかったことがない。 それで日本にいる今年は、ここぞとばかりに冷やし中華を作っている。 そもそものきっかけは、自分でタレが作れるようになったこと。 それまでは、麺とセットで売られている市販のタレを使っていた。 でも、色々と試行錯誤してみたら、案外簡単に自宅でもタレを作れることがわかったのだ。 材料は、昆布かつお出汁と、甘酢、柚子酢、はちみつ、塩、そして胡麻油である。 分量をまとめればもっと簡単に作れるようになるとわかってはいるのだけど、どうもそういうのが苦手で、いつも適当に作ってしまう。 適当に作るから、毎回微妙に味が違う。 違うけれど、毎回ちゃんとおいしくなる。 こんなに頻繁に家で冷やし中華を作れるようになった理由は、もうひとつある。 おいしい細麺が手に入るようになったのだ。 しかも、行きつけのラーメン屋さんの自家製麺である。 突破口を開いたのは、社交家のペンギンだった。 ダメもとで麺だけ分けてもらえないかと直訴したところ、店主が快く麺を分けてくれるようになったのである。 しかも、ものすごく安い値段で。 麺を買いに行くたびに、申し訳ない気持ちになる。 麺は太麺と細麺があり、太麺は焼きそばに、細麺は冷やし中華に適している。 極端な話、具は胡瓜だけでもいいくらいなのだ。 いろんな具材があればあったでおいしいけれど、冷やし中華好きとしては、細切りにした胡瓜だけでも満足できる。 今日は、少し贅沢に、胡瓜、トマト、ミョウガ、錦糸卵、それに蒸し鶏とハムをのせてみた。これから暑くなるから、冷やし中華は、毎日でも食べたい。 冷やし中華に並び、暑さ対策として始めたのが、銭湯通いだ。 以前も通っていたのだが、ここ数年はお休みしていたのだった。 暑い時に、もっと暑いところに行って汗を流すと暑気払いになることを教えてくれたのは、ベルリンで行くようになったサウナだった。 サウナもお風呂も、寒い季節のお楽しみと思ったら大間違いで、わたしは夏のサウナも大好きだ。 今日は気温が30度をこえて暑くなりそうだ、という日は、どうせ家にいたって何もできないのだから、さっさとサウナに行ってしまう。 サウナの中の温度から較べれば、たとえ外の気温が30度あろうが、涼しく感じる。 温度の感覚がわからなくなり、気持ちよく汗を流せるのである。 日本には、サウナの代わりとなる温泉がある。 夕方、自転車のカゴにお風呂道具を詰め、さくっと出かけ、汗を流す。 どんなに暑い日でも、外の露天風呂で風に当たると、涼しく感じる。 最近はあまり長居をせず、だいたい一時間くらいで帰ってくる。 今日もこれから、銭湯へ。 昨日、一昨日と雨で行けなかったので、久しぶりの温泉が嬉しい。

6歳

ようやく雨が上がり、朝、ゆりねを連れてお散歩へ。 今日で、ゆりねは6歳になった。 人間の年齢の感覚でいうと、わたしと同年代くらいか。 まだまだ子犬みたいな気持ちでいるけれど、これからはどんどん、わたしの先を行ってしまう。 犬の成長は早いというけれど、犬といる時間は本当にあっという間だ。 嫌がるけれど頑張って歯磨きも続けているのに、ゆりねは先日、歯が抜けた。 ちょうど動物病院に行く用事があったので先生に診てもらったら、下にもグラグラして抜けそうになっている歯があるという。 この年齢にしては早いですね、と言われてしょんぼり。 ゆりねは食いしん坊だから、おばぁちゃんになっても自分の歯で美味しくゴハンが食べられるように、と思い、実際そう声をかけながら歯磨きをしてきたのに。 何がいけなかったのだろう。 犬の歯に入れ歯とかインプラントなんてないだろうから、もしも全部歯が抜けちゃったら、、、 などと怖い想像を巡らせては、ブルーになっている今日この頃。 子育てとかって、きっとこういうことの連続なのだろうな。 それにしても、紫陽花がきれいだった。 特に雨上がりの紫陽花は、宝石みたいにキラキラしている。 今日は、アパートの中庭で咲くブーゲンビリアも見事だった。 夏だなぁ。 よく考えると、この時期を日本で過ごすのが本当に久しぶりなのだ。 だから、田植えを終えた田んぼとか、お茶畑とか見ると、いちいち外国人みたいに、ワォウと感嘆の声を上げたくなる。 先週末は、水のきれいな場所に行ってきた。 6歳になったゆりねとの、朝の散歩はことのほか気持ち良かった。 それなのに、それなのに。 もうすぐ家に着く、というタイミングで、いきなり後ろから怒鳴られる。 「通るぞ!」 びっくりして振り返ると、競輪選手のような格好をしたサングラス姿の男性が、ものすごいスピードで自転車を飛ばして走り去った。 ふざけんなよ! と思ったわたし。 まず、通るぞ! と怒鳴るのではなく、通ります、と声をかけるとか、自転車の速度を落として控えめにベルを鳴らすのがルールだろ!! しかも、ここは子どもやお年寄りも歩く道幅の狭い生活道路だ。 こういう時、結構わたしは喧嘩っ早いのです。 それで、横にいるペンギンが、よく冷や冷やしている。 小石にでもつまづいで転んでしまえ、と心の中で毒づく自分がいました。 なんだかなぁ。 あんな自転車にゆりねがひかれでもしたらと思うと、腹立たしくて仕方がない。

商店街

ちょこちょこと買い物をするたびにもらえる、商店街のスタンプ。 そういえば、ポイントカードとかスタンプとかって、ドイツにはなかった文化だなぁ。 だから、商店街でスタンプをもらうたび、あー、日本にいるんだなぁ、としみじみ感じる。 ベルリンにいた時は、週に何回か広場に立つマルクトが楽しみだったけど、それに代わるものが商店街だ。 Aという商店街とBという商店街、それにたまーに行くCという商店街があって、そのどこでもスタンプがもらえるから、スタンプはまとめて缶にとってある。 それを定期的に整理して、スタンプ台に貼って使っていたのだが、ここ三年ほど、その作業を怠っていた。それでスタンプが、たまりまくっていた。 ようやく重い腰をあげてスタンプ整理に乗り出すも、悔しいことに、すでに有効期限が切れているものも結構ある。なんてこった。 中には、2020年3月末が有効期限のものもあって、悔しくて悔しくて仕方がない。 もう少し早くこの作業をやっていたら、無駄にせずに済んだのに。 シール式のは台紙に貼るのが楽なのだけど、そうでないと、自分で糊で貼らなきゃいけない。 でも、このちまちました作業も、次第に楽しくなってくる。 今回はかなりたまっているので、いろいろ使えるぞ。 いっぱいになった台紙は、500円分のお買い物ができる他、天然温泉一回分と交換できたり、映画のチケットとして使えたりする。 最近、自転車に乗るようになってから、商店街に行く回数がぐーんと増えた。 今まで、素通りしていたお店も随分ある。 沢庵屋さんもそのひとつで、本来は、というか基本的には魚屋さんなのだけど、そこでなぜか沢庵が売られていて、それが驚くほどおいしい。 一本900円もするから、決してお安くはないのだけど、沢庵らしい沢庵というか、まがい物が何も入っていない純粋無垢な沢庵というか、とにかく切ったそばからどんどんなくなっていく。 どんなくなるから、またすぐに買いに行く。 ちなみに、そこの沢庵(魚)屋さんでは、植木なんかも売っている。 週末は、商店街にある開店前のカフェで、ヨガのレッスンを受けた。 以前も通っていたのだけど、ここ数年は行ってなかった。 カフェの窓を全開にして、心地いい風を感じながら、じっくりと体を伸ばしたり、縮めたり。 あー、やっぱりヨガは気持ちいい。 緊急事態宣言が出されていた間も教室はやっていたそうなので、だったらわたしも気分転換に参加すればよかった。 そろそろ梅酢が上がってきたので、昨日は赤紫蘇を買ってきて、塩もみしたものを追加する。 ぎゅっ、ぎゅっ、と力いっぱい塩で揉んでいると、赤紫蘇からはびっくりするくらい紫色の汁が出てくる。こんなにも鮮やかな色が、自然の色だなんて、ちょっと信じがたいけれど。 同じことは、ビーツの派手なピンク色にも感じる。 それにしても、梅酢の上がった梅からは、甘くていい香りがする。 どこまでが梅で、どこからが梅干しになるのか定かではないけれど、見事に黄色くなった梅からは、もはや青梅時代の初々しさは感じない。 塩だけで、こんなに変化するんだから、すごいなぁ。 残った梅酢でらっきょうを漬け、無駄なく使いきる計画だ。

ららら梅仕事

朝起きてリビングに行き、日ごとに梅の香りが膨らんでいると嬉しくなる。 ぽわんとした、少しの毒気も含まない、100%天然の純粋無垢な香り。 自分に子どもがいたら、「梅」ちゃんなんていう名前でも、かわいかっただろうなぁと思う。 青梅の状態で届き、家で追熟させていたのだけど、なかなか黄色くならないので、昨日はお布団(布)をかけて休ませてみた。 そしたら、追熟の速度が少し加速し、黄色味を増していた。 香りも確実に強くなって、実自体が透き通るような質感になっている。 梅の実は、そこにあるだけでわたしを幸福にしてくれる。 この季節日本にいないことが続いたので、久しぶりの梅仕事だ。 海外にいると、保存食作りがあまりできないので淋しかった。 ベルリンで梅の実が手に入ったらどんなに狂喜乱舞したかと想像するけど、梅に関してはついぞ見なかったなぁ。 桜の木は結構あるのに、梅の木はないなんて不思議だけど。 以前は、大量の梅の実を、一気に漬けていた。 でもそれだと、大きな容器が必要だったり、作業するにも時間がかかった。 大量に漬け込むと、カビが出た場合に無駄にしてしまう量も多くなる。 それで今年からは、味噌同様に、小分けにして漬けてみることにした。 第一、 追熟するにしても、ひとつひとつ梅の実だって、熟す速さが違う。 だから、早く熟した子たちをひとつのグループにし、何回かに分けて漬けた方が理にかなっている。 その方が、一日の空いた時間にパパッと作れるし。 ドイツで暮らしてから、とにかく効率というものを、最優先するようになった。 分けて漬けた方が、なにかと効率がいいのである。 早く追熟のできた第一グループを1キロ分選別し、おへそのゴマ(なり口の小さいヘタ)を取り、水で軽く洗って、半日ほど外で自然乾燥させる。 それを、塩と合わせ、ジッパー付きの保存袋に入れ、梅酢が上がるのを待つ。 カビが出ないように、ペンギンが飲まなくなった焼酎(キンミヤ)をスプレーのボトルに入れ、それを全体におまじないのようにシュッシュッしながら作業する。 1キロ分だけなので、作業は呆気なくものの数分で終了。 ちょっと物足りないくらいだった。 それにしても、今日は暑い。夏日かな? 作業を終えてから、台所の一角に長らく置いてあった梅の浸かった保存瓶を開けてみる。 氷で割って飲んでみると、梅酒だった。 梅酒にしろ、梅ジュースにしろ、わたしは作ることで満足してしまい、なかなか消費が進まない。 だから、琥珀色の液体を入れた保存瓶だけが溜まっていく。 わが家には、レミーマルタンで漬けた二十年物の梅酒とかが、ゴロゴロしている。 これを、なんとかしなくてはいけないのだけど、なかなか前に進まない。 梅酒のアルコール度数が結構強くて、ほろ酔いになった。 まだ夕方の4時前なのに、頭がふわふわになっている。

濃厚接触

最初ニュースで耳にした時は、なんのことじゃらほい、という感じだったけど、この数ヶ月ですっかり日常会話に溶け込んでいる、濃厚接触。 最初は、キスとかセックスとか、そういうセクシャルなことを指しているのかと想像したけど、注意深く聞いていると、どうもそういうことでもないらしいことがわかってきた。 でも、わたしはいまだに、はっきりとは「濃厚接触」がわかっていないかも。 今朝、ベランダからランドセルを背負った小学生が見えた。 当たり前の光景のはずなのに、とても久しぶり。 キャバクラのお客さんがフェイスシールドをしてお酒を飲む姿や、学校の子どもたちが皆フェイスシールドをして授業を受けている姿、飲食店でビニールの幕ごしに食事をしている若い男女やらを見て、笑っちゃいけないんだろうけど、なんだかなぁ。いたたまれない気持ちになってしまう。 「新しい生活様式」なるものまで発表されて、そうか、食事をする時は対面ではなくて横並びなのかぁ、とか、なるべくおしゃべりをせずに黙々と食べるのかぁ、といちいち驚くことばかり。 もちろん、ウィルスを広げないためにはそれが大事なのはわかるけれど、それじゃあ、感染はしないけれど、人として大事なことが失われて、別の面で疲弊するのではないか、と思ってしまう。 そもそも、人と人とのつながりとして大事なのは、濃厚接触なわけだし。 この先は、お茶会の濃茶とかも、なくなるのかな? オンラインのお茶会なんて、全然楽しくなさそうだけど。 ひとつのお茶碗をみんなで回し飲みする濃茶席なんて、今の世の中じゃ、NG中のNGになってしまう。 だけど、ものすごーく長い歴史のある茶道が、そう簡単に方向転換できるのだろうか? 様々な場面をオンラインに切り替えていくってことは、長い目で見たら、人間の、生き物としての五感が鈍くなって、本能が退化していきそうな気がする。 わたしたち大人はまだいいにしても、多感な子どもたちは、ついこの間まで手をつなぎましょうとか言われていたのに、今は人と人との距離をとりなさい、人に近づいてはいけません、と教えられる。 人との距離を狭めることに臆病になって、誰かに近づいたり触れたりすることに抵抗を感じるようになったりしないのだろうか? この先、恋愛の形すら変容していきそうで、ちょっと怖い。 日常を取り戻しつつあるけれど、その日常は、もはや以前の日常とは質が違うのだな、と思うと切なくなる。 わたしの場合は、もともとがステイホームで、基本的には家にいる暮らしだけど、それでも、やっぱり何かが違うのだ。 自粛期間中は、なんだかすごく息苦しかった。 今日、スーパーに行ったら新生姜があったので、ガリを作った。 梅干しにする梅も届いて、今は追熟させている。 6月は、保存食作り月間。 せっかく日本にいるのだから、今しかできないことを、思いっきり楽しまなくちゃ!

白と緑の饗宴

最近にわかに「料理脳」が活発化している。 火をつけたのは、山椒鍋だ。 とにかく、本当に本当においしかったのだ。 初めて作ったから手探りではあったものの、味はイメージ通りというか、想像をはるかに超えて美味だった。まさに、美しい味。 味だけでなく、目で「愛でる」喜びが大きいのも、山椒鍋の特徴で、材料は、白と緑のものにそろえるというのも洒落ている。 豆腐の白と山椒の緑、うどの白とよもぎ麩の緑、といった具合に、鍋の中で常に白と緑が同居して、それはそれはハッとする美しさだった。 わたしの場合、鍋といっても一気にぐつぐつ煮ることはなく、たいていは2、3種類の具だけを選んで火を通し、少しずつ順番にゆっくり食べる。 最初は昆布出汁と鶏団子からのシンプルな旨味を味わい、そこからじょじょに様々な味が重なって、だんだんと甘みも出て味がまろやかになり、最後は驚くほど芳醇なスープになった。 友人は、ポン酢で食べるようにと教えてくれたけれど、スープだけでちょっとずつ味わう方が、素材の旨味をそのまま堪能できる気がした。 そして、筍とかうどとか、香りの強いものと山椒を合わせることが、この山椒鍋の醍醐味だと思った。 なんだか、食べた後にすっかり体が浄化された。 山椒には、デトックスの効果があるらしいので、冬の間に体にたまった毒素を外に出し、体を中から清めるという意味でも、この季節に食べるのは理にかなっているのかもしれない。 日曜日の朝は、そら豆ご飯を炊いた。 ペンギンが、学校給食用に栽培されたというそら豆を大量に買ってきたので。 そら豆を投入するタイミングは、ご飯を炊いていて、火を強火から弱火に変える時。 一瞬だけパッとふたをあけて、そら豆を入れ、火を通す。 最初から入れてしまうと、そら豆に火が入りすぎてそら豆がぐにゅっとなってしまう。 そら豆ご飯は、この季節によくベルリンで作っていたっけ。 そして昨日は、北海道から届いたアスパラガスを料理する。 アスパラガス、大好きなのだ。 ヨーロッパでは、ホワイトアスパラガスが春の到来を告げる。 むっちむちの、太ももみたいなホワイトアスパラガスを柔らかく茹でて、そこに薄切りのハムをのせて食べるのが、わたしにとってのいちばんのご馳走だった。 去年の今頃も、そんなふうにしてホワイトアスパラガスをもりもり食べていた。 でも今年は、日本にいる。 そして、日本ではグリーンアスパラガスの方が主流だ。 アスパラガスは卵と相性がいいので、昨日は、ポーチドエッグを添えて食べることにした。 フライパンでアスパラガスを少し焦げ目がつくくらいによく焼いで、その上にポーチドエッグを乗せる。 味付けは、塩とコショウで十分だけど、足りなかったら、そこにお醤油を少々。 これがまた、すばらしくおいしかったぁ。 久しぶりに、でもないけど、ワインを飲んでしまう。 山椒鍋、そら豆ご飯、グリーンアスパラガスのポーチドエッグのせ。 どれも、白と緑の組み合わせが美しすぎる!

山椒を求めて

日本に戻ったら、どうしても作りたいと思っていたのが、山椒鍋だ。 この時期にしか味わえない、山椒の芽をたっぷり入れて作る鍋。 ここ数日、肌寒い日が続いているので、明日の晩のお客様に、山椒鍋をお出ししようとひらめいた。 問題は、肝心の山椒の芽が手に入るかだ。 少し前から、近所の無人販売機には実山椒が売られている。 ということは山椒の木があることは間違いない。 それで今朝、お弁当を買いに行ったペンギンに、もし無人販売機に山椒の芽があったら買ってきてほしいとお願いしたら、そこの農家のお母さんがわざわざ庭の山椒の木から芽をつんでくれたという。 でも、鍋にするなら、まだ量が足りない。 それで今度は午後、わたしがもう少し分けてください、とお願いしに行ってみる。 そこは、江戸時代から続く植木屋さんで、広大な敷地には鶏がたくさん放し飼いにされている。 畑もあって、野菜も育てている。 以前は、豚も育てていた。 だいたいうちで使っているのはここの有精卵で、すごくおいしい。 近所にこういう場所があると、とても助かるのだ。 さて、昼過ぎに行ってみると、家で留守番をしていたのはお嬢さんだった。 山椒の新芽をいただいた経緯を説明すると、じゃあ、見に行ってみましょう、ということに。 庭の木の方はさっきお母さんが大方つんでしまったらしく、もうほとんどない。 しかも、山椒の新芽は無人販売機に置いておいてもあまり買う人がいないから、最近はどんどんニワトリの餌にしていたらしい。 ニワトリたち、山椒の芽を喜んで食べるという。 長靴に履き替えたお嬢さんに案内され、敷地の奥の奥へと入っていく。 もう、木がいっぱいでジャングルみたいだ。 姿の美しいニワトリたちが、自由に歩いている。 そこに一本、立派な山椒の木があった。 お嬢さんは、「もうだいぶ葉っぱが硬くなっちゃってるなぁ」と言いつつも、出たばかりの新芽だけを選んで、袋に詰めてくれる。 わたしも一緒になって、柔らかくておいしそうな葉っぱだけを選んで、つみ取った。 「何に使うんですか?」と聞かれたので、山椒鍋の説明をしたら、へぇ、舌がしびれそう、と一言。 お母さん同様、お嬢さんも、百円で山椒の新芽を分けてくれた。 とりあえずは、要の山椒の芽が手に入ったことに、ホッと胸をなでおろす。 それから、自転車をこぎこぎ、お買い物へ。 蓮根、筍、うど、鶏ひき肉、鶏もも肉、ゆば、豆腐、生麩が山椒鍋の材料となる。 まずは、産地直送の八百屋さんに行って、それからお肉屋さんに寄り、最後に買えなかったものだけスーパーで買う計画だ。 そういえば、今年はまだ筍を食べていなかった。 もう旬を過ぎてしまって手に入らないかなぁと半分諦めていたのだけど、八百屋さんで無事に埼玉産を買うことができ、嬉しくなる。 蕨や蕗もあったので、反射的にカゴの中へ。 蓮根以外の野菜は、その他のものも含めて、一軒目の八百屋さんで揃った。 それからお肉屋さんに行って、ここでもつい他のものも買いつつ、順調に買い物が進む。 最後は、湯葉と生麩などを買うため、スーパーへ。 ところが、お金を払おうとしてお財布を開けたら、お金がない。 ん? 確かに家を出る時、お財布に一万円札を一枚、補充したはずだったのに。…

小さな奇跡

待ちに待って、ようやく髪の毛を切りに行ってきた。 わたしの場合、ショートカットなので、理想を言えば、一月に一回は、切りたいところ。 でも今回は、コロナのせいで切りに行くタイミングを逸してしまい、伸び放題になっていた。 それだけで、気分が憂鬱になってしまう。 バスも電車もうまく乗り継ぎ、スイスイと目的地へ。 電車、いつもこのくらいガラガラだったらいいのになぁ、なんてことを思う。 早く着いてしまい、お店の予約まで、30分ほど時間があった。 いつもだったら年上の友人の家に顔を出してお茶でも飲んでから行くのだけど、それも自粛した。 好きなお店もほとんど閉まっているし、ブラブラするにも、行き場がない。 どうしようかなぁ、と思って路地を歩いていたら、小さな古本屋さんが開いていた。 入り口にあるカフェにはよく入るのだけど、その奥に本屋さんがあることは知らなかった。 外の通路に本を並べて売る、青空本屋さんだ。 女性店主が、机に座って店番をしている。 店には、音楽が流れていた。 そうそうそうそう、今聴きたいのは、まさにこの声ですよね! と、わたしは、そのバンドの曲を選んだ女性店主と、がっちり握手を交わしたいような気持ちになる。 その声を聞いて、一発で誰ってわかるというのは、やっぱりすごいことなんだなぁ。 流れていたのはスピッツで、声の主人は草野マサムネさんだ。 あー、なんでもっと早くそのことに気づかなかったかな。 ものすっごく喉が乾いている時にごくごくと冷たい水を飲むみたいに、心がその声を欲していた。 本を眺めるふりをして、スピッツの曲を聞いた。 スピッツは一曲だけで、あとは違う人の声に変わったら嫌だな、と思っていたけど、次も、その次も、聞こえてくるのは草野マサムネさんの声だった。 なんて幸せなんだろう。 駅に早く着いて、正解だった。 そして、何曲目かで、あの曲が流れた。 この曲、知っているぞ。 そしてサビのところで、ちょっとした奇跡が起きた。 君と出会った奇跡が この胸にあふれてる きっと今は 自由に 空を飛べるはず って、何人かのお客さんが、一列になって歌いながら店に入ってきたのだ。 みんなマスク越しに、小さく歌っていた。 もちろん女性店主もわたしも思わず口ずさんでしまい、そこに居合わせた全員が、「だよねぇ」って気持ちで声を合わせた。 歌わずにはいられなくて、そんなささやかなことに喜びを見出せた自分が、愛おしくなる。 声ってすごいなー。音楽ってすごいなー。 魔法みたいに、一瞬で人のこころを束ねてしまうのだもの。 その後、わたしは久しぶりに髪の毛を短くしてもらい、気分爽快。 いっそのこと、人生二度目の坊主にしてしまおうかとも思ったけど、あれはあれで結構たいへんだったりもするので、いつも通りの短めどんぐりカットでお願いした。…

叱咤激励?

昨日は母の日だった。 もう直接プレゼントを渡す相手はいないけれど、近所の無人販売所から芍薬を買ってきて、それを母のために部屋に飾った。 母のかわりというと変だけど、去年の暮れ、母の妹であるおばに二十数年ぶりに再会し、そこからまたぼちぼち交流が始まっている。 おばは料理が上手で、よく実家にご飯のおかずやおやつを届けてくれた。 今から思うと、わたしに料理を作る楽しさや食べる喜びを教えてくれたのは、このおばさんだったように思う。 おばにはわたしと同い歳の一人息子がいて、春休みや冬休みになると、わたしはそのいとこの家に割と長いホームステイをさせてもらった。 そこでわたしは、ふつうの家の家族の風景や愛情を見たり感じたりした。 おば一家が存在しなかったら、わたしの心はもっと違うふうになっていたと思う。 先日おばの家に苺を送ったら、何か山形から送ってほしいものはないかと聞かれ、正直に山菜と答えたら、先週、どっさり山菜が届いた。 おばは去年倒れて、体の自由がきかなくなり、その上新型コロナの影響で一歩も外に出られない生活だという。 それで気晴らしになればと思って、今度は『旅ごはん』を送ったら、今日、おばから電話があった。 おばの体のリハビリに来てくれている方の奥さんがわたしの本を読んでくださっているそうで、おばはその偶然が本当に本当にうれしかったらしく、その方との出会いも含めていろんなエピソードを交え、興奮ぎみに話してくれた。 「へー」とか、「そうなんだー」とか、「良かったねー」とか「ご縁だねぇ」なんて時々適当に相槌を打ちながら、わたしは涙が流れて止まらなくなった。 なんで母には、こんなふうに優しい気持ちで話を聞いてあげられなかったんだろう、という後悔がぐんぐん湧き上がってしまったのだ。 わたしがもっと寛大な心で母を受け入れていれば、お互い、あんなに苦しむことはなかっただろうなぁ、と思った。 おばの話はこんなに優しく聞いてあげられるのに、いざ自分の親となると、それがなかなかできなかった。 ということは、人間関係においても、心地よい距離というか間(ま)が大事なんだなぁ、と痛感する。 本当は、実の親子でも、上手に距離を保てれば理想的なのだろうけど。 わたしには、それがなかなかできなかった。 だけど、おばとわたしが親しくすることを一番に喜んでいるのは、母かもしれない。 今日は、郵便受けを開けたら、お習字の先生から分厚い封筒が届いていた。 てっきり、新聞の切り抜きでも入っているのかと思って封を開けたら、便箋の束だった。 先生にも、おばと同じタイミングで『旅ごはん』を送ったのだが、手紙は、その感想だった。 便箋の7枚目の終わりに、「今日はここまで、また続きは明日書く。」と書いてあって、14枚目の手紙の最後は、 「切手代が足りるか心配」で結ばれている。 大丈夫、封筒には84円切手が3枚も貼られているから、切手代は十分すぎるくらい足りていますよ。 それにしても、さすがだなぁ。確か去年、八十歳になられたのだっけ? そのまんま、便箋から先生のお声が聞こえてくるようなお手紙だった。 暇で毎日昼からお酒を飲んでいるそうだから、近々、おつまみセットでもお送りしよう。 そういえば昨日の夜、横断歩道を渡ろうとして、わたしは思いっきり転んだ。 どうして転んだのか、自分でも全くわからない。 わたしは、ただふつうに歩いていただけなのだ。 「痛い!」という自分の声が聞こえた時は、すでに大の字に手足を広げで地面にはりついていた。 そばを歩いていた人が、吹き飛んだ傘を拾ってくれた。 わたしはすぐに立ち上がって、そのまま青信号を渡ったけど、自分に起きたことが信じられなくて、笑いそうになった。 あんな派手な転び方をしたのに、ケガらしいケガは、どこにもなかった。 自分でどうして転んだのかがわからないのだ。 まるで、透明な足にさっとひっかけられて転ばされたような。 柔道の技をかけられて、吹き飛ばされたような。 でも、今日になってふと思った。…

火星に行く

新聞に載っていた辻仁成さんの寄稿がずしんと胸に響いた。 辻さんは、シングルファーザーとして息子さんを育てながら、パリに暮らしている。 思えば、パリは災難続きだ。 テロがあって、ノートル・ダム大聖堂の火災があって、黄色いベスト運動がフランス全土で起き、そして昨年末からは公共交通機関の大規模ストライキ。その間、パリっ子たちは、徒歩で学校や職場へ通うのを余儀なくされた。 もう疲れてヘトヘトだっただろうに、更に新型コロナウィルスの脅威が追い討ちをかける。 ハグやキスで親密な愛情を表現したり、カフェで週末の長い朝食を楽しんだり、家族や友人とレストランで食事を共にしたりという、誰もが当たり前と信じていた日常の営みがことごとく手のひらから奪われた。 それでも、辻さん父子の関係には、崩壊ではなく、真逆の効果が生まれているという。 さすがだな、と感じたのは、辻さんが息子さんに語ったというこの言葉。 「この宇宙船は大きなミッションを持って火星に向かっているのだ。」 つまり、人類が大きな価値観の変化を求められているということ。 住んでいるアパートは「宇宙船」となり、毎日のジョギングは「宇宙遊泳」、買い物は「船外活動」だという。 こうして父と息子は、宇宙船の中で様々な共同作業を行い、関係性をより深めることに成功した。 それって、本当にすばらしいことだ。 辻さんは、書いている。 いちばん守らなければいけないのは、「生活を失わない」ことだと。 本当にその通りだとわたしも思う。 わたしは今、ペンギンとゆりねと、ひとつ屋根の下、三つの命を並べて暮らしている。 この前代未聞の非常事態に、流れからいったら、三つの命がすべて散り散りになって、それぞれが孤立し、孤独に打ち震えるという可能性だって十分ありえた。 というか、そうなることの方が自然だった。 でも、どういう因果かわからないけれど、そうはならず、いっしょに助け合って生きている。 そしてわたしは、そうなって、本当によかったと思っている。 わたしひとりだったら、この難局を自力で乗り越えることなんて絶対に無理だった。 結局、お互いの足りないところを補い合って生きていくしかないんだなぁ、と、そのことを、この新型コロナウィルスが教えてくれた。 自分にとって必要なものと、そうでないもの。 この数ヶ月間、わたしは有形無形の所有物を自分の中の「ざる」に流し込んで、取捨選択しているのかもしれない。 なるべく物を少なくして生きていこうと思って実践してきたけれど、それでも、人生半世紀近くも生きていると、知らず知らず、荷物が増えていくのもまた事実だ。 必要だ、と信じ切っていたものが実はいらないものだったり、逆にもう必要ないだろうと判断したものに、大切な宝物が隠されていたりする。 今、マンションのゴミ置場には、連日、大量のモノが捨てられている。 少しでも住環境を整えるべく、要るものと要らないものを選別しているのかもしれない。 大袈裟かもしれないけれど、地球に暮らす全人類総出の、断捨離時代到来だ。 火星へ行くってことは、身の回りの装備一式から改めて見直し、そういう状況でも生きていけるように環境を整えるということなんだろう。 辻さんの寄稿を読みながら、そう思った。 そしてわたし自身は、火星に行く準備を全くしていなかったと反省している。

「苺のおいしい食し方」

新聞に、北インドからヒマラヤが見えたという記事が載っていました。 都市封鎖によって大気汚染が改善され、数十年ぶりに遠く離れたヒマラヤが見えるようになったというのです。 昨日、ゆりねと散歩をしていたら、富士山がばっちり見えました。 もう、そこまで見せちゃっていいの? ってくらい惜しげもなく披露していて、この時期にそんな姿を見られたことは記憶になかったので、びっくりしました。 やっぱり、人間の経済活動が下火になったことで、ふだんより空気がきれいになって、富士山が見えたのだと思います。 いつもだったら、年の暮れとお正月にしか味わえないような感動でした。 富士山って、見る人を、有無をいわさず荘厳な気持ちにさせてくれるような圧倒的な力があるような気がします。 昨日、あんなにきれいに富士山が見えたのは、一昨日、雨がたくさん降ったせいもあるのかもしれません。 胸がずーっと圧迫されているような感覚を払拭したくて、今、暮らしの中に気功を取り入れています。 多分、わたしにはとても合っているアプローチ方法だと感じています。 本当は今日からでも教室に通いたいのに、あいにく、気功教室も今はオンライン講座のみ。 もしやこの新型コロナウィルスは、世界に5Gを広めるための戦略なんじゃないかと疑いたくなってしまうほど、みなさんが、インターネットの恩恵を受けているんじゃないかしら? 仕方がないので、教室が再開するまでは、気功の本を読んで勉強中です。 その過程で、『からだは星からできている』という本に出会いました。 宇宙創生理論、「ゆらぎ」研究の第一人者、佐治晴夫さんが書かれた本です。 結局、自分という存在は、宇宙全体のひとかけらで、そこにはすべての知恵も含まれており、今は人の形をしているけれど、命が尽きれば、また宇宙全体に吸収される、だから、わたしたちの体も、宇宙の星と同じ要素で成り立っている、というようなことなんじゃないかと理解しました。 要所要所に、金子みすゞさんの詩が出てきたりするのも、置いてけぼりにされなくて、とても読みやすかったです。 宇宙には、芸術も宗教も科学も、すべてが含まれているんですね。 そうそう、ずっと書こうと思って書きそびれていたのが、苺のこと。 自宅待機の要請期間だったこともあり、九州から苺を取り寄せたのですが、その苺が、本当に本当においしくて、感動しました。 そんなに大粒ではなく、でも大事に育てられたんだね、というのが一粒一粒から伝わってきて、香りもすばらしく、まさに春の味。 ずーっと寄り添って香りを吸い込んでいたくなるほどの幸福感を味わうことができました。 苺を、わたしは生クリームといっしょにいただきます。 カロリーが、とか、そういうことは一切気にせず、その時はいかに苺をおいしく成仏させるか、だけを優先させます。 生クリームを泡立てて、苺にたっぷりとのせ、上から蜂蜜を垂らして食べる、これがわたしにとっては最高に幸せな苺の食し方です。 生クリームの白と、苺の赤の組み合わせも、見ているだけで元気になりますよ。 気持ちがふさぎがちになる毎日なので、今は、食べることに重きを置いて暮らしています。 それと、この春はコゴミのおいしい食し方も見つけました。 コゴミは、わたし的にはなんとなく宇宙人を思わせるような山菜なのですが、(先っぽがくるくる回っていて、不思議な姿形をしているのです)今まではお浸しにするくらしか思いつかないでいました。 それはそれでおいしいのですが、この春初めて、軽く茹でたコゴミを昆布じめにしてみたのです。 そうしたら、昆布の塩気がちょうどよくコゴミに移って、ちょっと気になっていたコゴミ特有の土臭さみたいなものがなくなりました。 今度は、他の山菜でも試してみようと思っています。 焦るとろくなことが起きないので、とにかく今日という一日を、無事に、笑顔で過ごせることを目標にすることを心がけています。 宇宙が、平和でありますように!!! 今は、このことを祈るばかりです。

「つまらない日常」

先々週、急きょ、ゆりねも連れて帰国しました。 ペンギンをベルリンから送り出したのも束の間、予定通りこのままベルリンにとどまると今度は自分が日本に帰国できなくなる可能性が濃厚になると判断しました。 なんとかゆりねもいっしょに帰れるように、有能な友人たちの力をかりて、時間的にはぎりぎりのタイミングで、帰国の途につくことができました。 助けてくれた友人たちには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。 当初の予定では2ヶ月くらいベルリンにいるつもりでしたが、結局、滞在したのはほんの2週間足らず。きっとわたしは、ペンギンとゆりねをベルリンから救出すべく、ベルリンに派遣されたような気がしてなりません。 なんとか、任務を果たすことができました。 帰国早々、ペンギンがAmazonで注文したぶら下がり健康器具を、半ベソをかきながら組み立てました。 多分、というか間違いなく、わたしがそれをしなかったら、ずーっと、半永久的に組み立てられないまま、箱にしまわれていたと思うので。 わたしだってこんなことやるの苦手なのになぁ、と幾度も文句を吐きながら、でもちゃんと説明書通りに組み立てられた時は、ちょっとした達成感を味わうことができました。 それで、少しでも体の不調が改善されるなら、お安いご用です。 ペンギンの仕事部屋に通いながら、わたしも時々、ぶら下がっています。 いつか、洗濯物干しにならないことを祈るばかりですが。 殻付きのクルミを箱買いしたら、あまりに殻が硬くてびくともせず悔しい思いをしたり、ゆりねを連れてお散歩に出かけたら、途中から全く歩かなくなって結局わたしが帰りは抱っこで連れて帰るはめになったり、なんだかなぁ、と思うことの連続だけど、そもそも日常って、つまらないものだったな、ということを最近、改めて思いだしました。 そして、非常事態宣言が出されたりして、ここまで日常生活に影響が出ると、そのつまらない日常が、いかに愛おしくてかけがえいのないものであるかを、痛感します。 日常なんて、つまらないくらいがちょうどいいんだな、と思います。 今日、本屋大賞の結果が発表になりました。 『ライオンのおやつ』は、2位でした。 票を入れてくださった書店員の皆さまに、心からの感謝を申し上げます。 『ライオンのおやつ』も、つまらない日常を積み重ねて、積み重ねて、積み重ねて、積み重ねて、その中からようやく誕生した物語です。 どうか、つまらない日常が、いちにちも早くわたしたちの手に戻りますように!

「気合」

日に日に状況が深刻になってきて、一週間前のベルリンの輝きが幻のようになってしまいました。 雰囲気が一気に変わったのは、メルケルさんのテレビ演説があってから。 人々に深刻さが伝わったようで、本当に今まで経験したことがないような事態が起きているのを実感します。 今日あたりから、ほとんどのお店が閉まり、外を歩く人もまばらになりました。 徹底ぶりは、日本とは比較にならないほど。やる時やはやる、というドイツ人の気質を大いに見せつけられました。 この光景は、一見クリスマスに近いけれど、似て非なるもの。 人々の心から醸し出される平和な雰囲気とは真逆の、重苦しい空気が張り詰めています。しかもそれが、いつまで続くのかわからないという漠然とした不安は、はかりしれません。 何よりも恐ろしく感じるのは地下鉄で、人が乗っていないし、治安が悪くなっているのを肌で感じます。 警察官も、至るところでパトロールしていますし。 そんな中でペンギンとゆりねに会えたのは、不幸中の幸いだったかもしれません。 ペンギンの体調のことを考えても、予定を早めて正解でした。少しは、役に立ったんじゃないかと思います。 今日は、ペンギンを見送りにテーゲル空港に行ってきました。 いつも通り、オニギラーズを作ってあげました。 こんな状況下で離れ離れになるのはものすごく不安ですが、こんな時だからこそ、気を引きしめて、気合で乗り切らなきゃと思っています。 今日からは、わたしがゆりねを守らなくてはいけません。 それにしても、メルケルさんの演説、日本語訳を読みましたが、冷静さの中にも人々への愛があふれていて、素晴らしいリーダーだなぁ、と改めて思いました。 3月11日の東日本大震災の時もそうでしたが、日常というのは、失ってみて初めて、ありがたみが身にしみますね。

「パワースポット」

新型コロナウィルスの影響で、万が一ドイツに入れなくなるとゆりねに会えなくなってしまうので、フライトの予定をくりあげ、先週末、日本を出ました。 もしも入国を拒否なんかされてしまったらどうしようと、不安で不安で仕方がなかったのですが、ベルリンのテーゲル空港でも足止めされることなく、無事、ベルリンの空の下に戻ることができました。 タクシーを降り、アパートのベルを鳴らした数秒後、「おかえり!」というペンギンの声に迎えられ、階段を駆け上がり、四ヶ月ぶりくらいに、ゆりねと再会。しっぽを振って出迎えてくれた姿に、涙が出ました。 ペンギンも、とにかく生きててくれていて、よかった。 大袈裟な表現かもしれませんが、でも本当にそう思いました。命が宿っていて、お互いが生きているということは、本当に素晴らしいことなんだと思います。 その日の夜は、久しぶりに、家族そろって川の字で寝ることができました。 ゆりねは、わたしにとってのパワースポット。そして、ペンギンは空気。 そのことに、痛いくらい、というか、怖いくらい気づいてしまったこの冬でした。 ベルリンも、この冬はいつになく暖冬だったそうです。 そしてもう、春を迎えています。公園に咲いている黄色い花が、まぶしいくらいです。 新型コロナウィルスの影響で、ベルリンも今日から学校など、一斉休校が始まりました。 商店も、お休みしているところがあります。 けれど、圧倒的に日本と違うのは、なんだかみなさん、ウキウキしているというか、元気でパワフルなのです。 子ども達は、楽しそうに公園で走り回っているし、大人たちも、表情が明るい。 今日は平日のはずなのですが、公園には人がたくさん集まっていて、中にはお相撲さんの着ぐるみを着てふざけている若い女の子の姿もありました。 すでに外のテラス席に座って、日光浴をしている人たちもいます。 きっと、春が来たというタイミングもあるのでしょうね。 町には、うんと開放的な空気が流れていて、改めて、ベルリンの人たちのたくましさを実感しました。 コロナウィルスなんか、負けないぞー、という気迫というか。 今朝は、時差のせいで午前三時半に目がさめました。 お茶を飲みながら、ぼんやりと前の公園を見ていたら、四本足の生き物が向こうの方へ移動するのが見えました。 犬でもないし、猫でもない。 おそらく、狐だと思います。こんな町の真ん中に、狐がいるなんて驚きでした。 しばらくすると、始発のトラムが走ってきて、中に何人乗っているのか数えたりしました。 今日は暖かいので、窓を開けてこのてがみを書いています。 冬から、春へ。 ぐんぐんと視界に緑が増えていく、躍動感あふれるこの季節を、なぜか再びベルリンで迎えることができていることに、感謝です。 神さま、どうもありがとう!!!

「生きる力」

今日は一日雨でした。 でも、夕方、歯医者さんに行くため外に出たら、むんむんするくらい、春の匂いが膨らんでいました。ちょっと、ふりまきすぎなんじゃないか、ってくらい。 花たちが、わーい、わーい、と喜んで咲いているように感じました。   わたしにとって、これさえあれば、の代表選手が味噌です。 味噌は味噌でも、自分で作る手前味噌です。 マーキングみたいなものかもしれません。 自分の居場所に、自分で仕込んだ味噌を置いておくと、それが、いつか帰る場所の目安になる気がするのです。 だから、東京の家にも、元気に帰ってこれますように、の願いを込めて、味噌を作って寝かせてあります。   味噌の材料は、大豆と、麹と、塩。 この3つがあれば、できます。 わたしは、仕上がった味噌の香りがいいので、生の麹を使っています。 麹に関していえば、今のところ、ベルリンで手に入る麹が、わたしにとってはベストなのですが。   大豆を水につけて、一晩か二晩かけてじっくりと戻し、それを弱火にかけて、こちらもじっくり火を通して、柔らかくなるまで煮ます。 煮上がったら、火を止めてそのまま冷まし、その間に塩と麹をよく混ぜておきます。   塩と麹を混ぜている時間が、とても好きです。 ぽわん、といい香りがして、癒されるというか、無心になれるというか、ちょっと瞑想をしているような気持ちになります。 ずーっとこのまま混ぜ続けていたいような、そんなリラックスした状態です。 ここに、ペースト状にした大豆を混ぜれば、味噌の原型が出来上がります。   いつもは、ブレンダーでガーッと一気に機械の力を借りて攪拌するのですが、今回は、ブレンダーの部品が見つからず、一瞬、どうしよう、と焦ってしまいました。 でも、ふと横を見たら、すりこ木があったのです。 以前のわたしだったら、部品がない時点で諦めていたかもしれませんが、今は、ブレンダーがないならすりこ木を使ってみよう、と思えるようになりました。 物は試しですから。 やってみてダメだったら、またその時点で他の手段を考えればいいだけで、やる前に放り投げるのは、それこそもったいない気がします。   五百グラム分の大豆を茹でると結構な量になるのですが、とにかく、すりこ木でつぶすことにしました。 確かに、ブレンダーで一気にやるより、時間も手間もかかります。 でも、不可能ではありませんし、やってみると、想像したほど大変でないこともわかりました。   ペチャペチャ、ペチャペチャ。 無心になって、ひたすらつぶしました。 そうしていたら、なんだか自分が、大昔の人になったような、不思議な気分を味わいました。 きっと、古代の人たちも、こうして身近な道具を使って、足元にある木の実なんかをつぶし、命を養っていたんだなぁ、と思ったのです。 そういう、根本的な営みは、全然変わっていないんだなぁ、と。   すりこ木でペースト状にした大豆と、塩と麹を混ぜ合わせ、ハンバーグみたいに丸めて、ジッパー付きの小さめの袋に入れたら、あとはわが家でぐっすりと休んでいただき、味噌になります。…

「海と、菜の花」

箱根でのんのんと一泊だけの湯治をした帰り、小田原にある江之浦測候所に寄ることにしました。 海から山の方へ向かうくねくねとした道を走っていると、一軒のパン屋さんを発見。日本家屋がそのままパン屋さんになっていて、何人かのお客さんが縁側でパンをかじっている姿が見えました。 せっかくなので、寄り道をすることに。 おずおずとガラスの引き戸を開けると、そこには焼き立てのパンがずらりと並んでいました。どうやら、人気店のようで、お客さんがひっきりなしに訪れます。 レーズンパン、オレンジとチョコのパン、ベーコンエピ、チーズパン。 お土産もかねて少し多めに買い、最後に追加でクリームパンを。クリームパンは木曜日だけのパンで、ちょうどあったのです。 お会計をしてもらい、やっぱり我慢できずに、ちょこっと味見。 こんなに素朴で、まっとうなクリームパンを子どもの頃から食べていたら、人生も違っただろうなぁ、と思いました。とにかく、クリームがおいしいのです。余計なものが、なーんにも入っていない感じがしました。 のんのんと分け合いながら、クリームパンをむしゃむしゃ食べて、ほんのりと幸せな気持ちになりました。 店の入り口には、柑橘類が無造作に置かれています。 片瀬レモン、はるか、ネーブル、湘南ゴールド。どれも、近くの畑で農薬を使わずに栽培されたとのこと。 湘南ゴールドの試食があったので、ひとつ、いただきました。幼い子どもが黄色いクレヨンで力いっぱいぬったような、ものすごく元気な色をした湘南ゴールド。実は小さいのですが、皮をむいて房ごと口に入れると、ただ甘いだけでもなく、かと言ってただ酸っぱいだけもない、なんともいえない自然の味が広がります。 これも、お土産にいただくことにしました。 缶にお金を入れていると、割烹着を来たおばあさんがやってきて、小さいけど、甘くておいしいでしょ、と声をかけてくれました。目の前のミカンを作って育てたお母さんです。 みかんのお母さんは、ポケットに入っていた試食用の湘南ゴールドを、更にわたしの袋に入れてくれました。 こういう、ちょっとしたやりとりで、人は救われたり、気持ちが明るくなったりするんだなぁ、と実感しました。 そして、江之浦測候所。 構想に杉本博司さんが深く関わっていることなど、わたしはなんの予備知識もないまま行ったのですが、もうその場所のあまりの美しさに、仰天してしまいました。 日本に古くから伝わる建築様式を、それぞれの時代の特徴をふまえながら再現されているのですが、その中に杉本博司さんの現代アートがさりげなく寄り添っていたり、とにかく、人が作ったものと、自然が産み出したものとの融合が見事で、どこから見える景色もただただ美しく、ため息ばかりがこぼれました。 しかも、折しもちょうど菜の花が満開で、海の青と、菜の花の黄色と、柑橘類のオレンジと、山の緑は、この時期にしか味わえない季節の醍醐味。 あー、ここに来て良かったぁ、と心の底から思いました。 実は、ぜんぜん元気ではなかったのです。先月は、本当に苦しくて苦しくて、このまま自分がどうにかなってしまうのでは、と思うほどでした。 環境が変わったこと、目に見える風景、聞こえる音、空気の質感、すべての変化に心も体もついていけなくなり、ただただ喪失感と孤独感にさいなまれて、右を見ても左を見ても、前を向いても後ろを振り返っても、上も下も不安だらけで、不安はやがて、得体のしれない恐怖へと膨張して、わたしはその場所から一歩も動くことができなくなっていました。 あんなに怖い時間を過ごしたのは、人生で初めてだったかもしれません。 これはまるで、大人のお化け屋敷だな、と思いました。自分の中に、これでもか、というくらい負の感情があったことに、自分でも驚きました。 ゆりねとこんなに長く離れることもなかったので、それも大きく作用したのだと思います。 そして、多くの、本当に多くのことに気づかされました。 わたしの器が小さいばかりにそれまで気づいていなかった愛情、優しさ、自分自身の至らなさ。 家族の有り難み。 わたしにとって、やっぱりペンギンもゆりねも、大事な大事な家族なのだということに、気づきました。 家族としてのつながりは、そう簡単に絶てれるものでもなく、この先もゆるゆると続いていくのだと思います。 多くの人の目にはものすごく奇異に映るかもしれませんが、わたしはこれからも、自分にとっても相手にとっても心地よいと思える、新たな家族の形を模索していきたいな、と思っています。 わたしは、柑橘畑を取り囲むみかん道や、竹林、榊の森をゆっくりと地面と会話するように歩きました。 そして最後、杉の木に抱きつきました。 なんとなく、おいで、と言われたような気がしたので。 太くて立派な幹でもなく、特別に神聖な感じがする木でもなく、本当にふつうの杉の木でしたが、両手を巻きつけて抱きしめた瞬間、じゅわっ、と両目に涙があふれてこぼれました。 ずっとずっと苦しかったけれど、こんなふうに涙が出るのは初めてで、自分でも驚きました。 ありがとう、と声に出してお礼を言い、体をそーっと離しました。 自分の人生がどこに向かおうとしているのかさっぱりわからないのですが、行きつ、戻りつを繰り返しながら、進むべき方向へ、時には自分だけの力ではなく、むしろ、風とか光とか雨とか、自然の営みにおんぶされたり抱っこされたりしながら、日々ちょっとずつ進んでいくのかもしれません。 今回、コロナウィルスの影響で、14、15と瀬戸内に行く予定がなくなってしまったのですが、江之浦測候所で見た景色は、まさに雫がレモン島で人生の最後の時間に見たものだと感じました。…