Letter

「気合」

日に日に状況が深刻になってきて、一週間前のベルリンの輝きが幻のようになってしまいました。 雰囲気が一気に変わったのは、メルケルさんのテレビ演説があってから。 人々に深刻さが伝わったようで、本当に今まで経験したことがないような事態が起きているのを実感します。 今日あたりから、ほとんどのお店が閉まり、外を歩く人もまばらになりました。 徹底ぶりは、日本とは比較にならないほど。やる時やはやる、というドイツ人の気質を大いに見せつけられました。 この光景は、一見クリスマスに近いけれど、似て非なるもの。 人々の心から醸し出される平和な雰囲気とは真逆の、重苦しい空気が張り詰めています。しかもそれが、いつまで続くのかわからないという漠然とした不安は、はかりしれません。 何よりも恐ろしく感じるのは地下鉄で、人が乗っていないし、治安が悪くなっているのを肌で感じます。 警察官も、至るところでパトロールしていますし。 そんな中でペンギンとゆりねに会えたのは、不幸中の幸いだったかもしれません。 ペンギンの体調のことを考えても、予定を早めて正解でした。少しは、役に立ったんじゃないかと思います。 今日は、ペンギンを見送りにテーゲル空港に行ってきました。 いつも通り、オニギラーズを作ってあげました。 こんな状況下で離れ離れになるのはものすごく不安ですが、こんな時だからこそ、気を引きしめて、気合で乗り切らなきゃと思っています。 今日からは、わたしがゆりねを守らなくてはいけません。 それにしても、メルケルさんの演説、日本語訳を読みましたが、冷静さの中にも人々への愛があふれていて、素晴らしいリーダーだなぁ、と改めて思いました。 3月11日の東日本大震災の時もそうでしたが、日常というのは、失ってみて初めて、ありがたみが身にしみますね。

「パワースポット」

新型コロナウィルスの影響で、万が一ドイツに入れなくなるとゆりねに会えなくなってしまうので、フライトの予定をくりあげ、先週末、日本を出ました。 もしも入国を拒否なんかされてしまったらどうしようと、不安で不安で仕方がなかったのですが、ベルリンのテーゲル空港でも足止めされることなく、無事、ベルリンの空の下に戻ることができました。 タクシーを降り、アパートのベルを鳴らした数秒後、「おかえり!」というペンギンの声に迎えられ、階段を駆け上がり、四ヶ月ぶりくらいに、ゆりねと再会。しっぽを振って出迎えてくれた姿に、涙が出ました。 ペンギンも、とにかく生きててくれていて、よかった。 大袈裟な表現かもしれませんが、でも本当にそう思いました。命が宿っていて、お互いが生きているということは、本当に素晴らしいことなんだと思います。 その日の夜は、久しぶりに、家族そろって川の字で寝ることができました。 ゆりねは、わたしにとってのパワースポット。そして、ペンギンは空気。 そのことに、痛いくらい、というか、怖いくらい気づいてしまったこの冬でした。 ベルリンも、この冬はいつになく暖冬だったそうです。 そしてもう、春を迎えています。公園に咲いている黄色い花が、まぶしいくらいです。 新型コロナウィルスの影響で、ベルリンも今日から学校など、一斉休校が始まりました。 商店も、お休みしているところがあります。 けれど、圧倒的に日本と違うのは、なんだかみなさん、ウキウキしているというか、元気でパワフルなのです。 子ども達は、楽しそうに公園で走り回っているし、大人たちも、表情が明るい。 今日は平日のはずなのですが、公園には人がたくさん集まっていて、中にはお相撲さんの着ぐるみを着てふざけている若い女の子の姿もありました。 すでに外のテラス席に座って、日光浴をしている人たちもいます。 きっと、春が来たというタイミングもあるのでしょうね。 町には、うんと開放的な空気が流れていて、改めて、ベルリンの人たちのたくましさを実感しました。 コロナウィルスなんか、負けないぞー、という気迫というか。 今朝は、時差のせいで午前三時半に目がさめました。 お茶を飲みながら、ぼんやりと前の公園を見ていたら、四本足の生き物が向こうの方へ移動するのが見えました。 犬でもないし、猫でもない。 おそらく、狐だと思います。こんな町の真ん中に、狐がいるなんて驚きでした。 しばらくすると、始発のトラムが走ってきて、中に何人乗っているのか数えたりしました。 今日は暖かいので、窓を開けてこのてがみを書いています。 冬から、春へ。 ぐんぐんと視界に緑が増えていく、躍動感あふれるこの季節を、なぜか再びベルリンで迎えることができていることに、感謝です。 神さま、どうもありがとう!!!

「生きる力」

今日は一日雨でした。 でも、夕方、歯医者さんに行くため外に出たら、むんむんするくらい、春の匂いが膨らんでいました。ちょっと、ふりまきすぎなんじゃないか、ってくらい。 花たちが、わーい、わーい、と喜んで咲いているように感じました。   わたしにとって、これさえあれば、の代表選手が味噌です。 味噌は味噌でも、自分で作る手前味噌です。 マーキングみたいなものかもしれません。 自分の居場所に、自分で仕込んだ味噌を置いておくと、それが、いつか帰る場所の目安になる気がするのです。 だから、東京の家にも、元気に帰ってこれますように、の願いを込めて、味噌を作って寝かせてあります。   味噌の材料は、大豆と、麹と、塩。 この3つがあれば、できます。 わたしは、仕上がった味噌の香りがいいので、生の麹を使っています。 麹に関していえば、今のところ、ベルリンで手に入る麹が、わたしにとってはベストなのですが。   大豆を水につけて、一晩か二晩かけてじっくりと戻し、それを弱火にかけて、こちらもじっくり火を通して、柔らかくなるまで煮ます。 煮上がったら、火を止めてそのまま冷まし、その間に塩と麹をよく混ぜておきます。   塩と麹を混ぜている時間が、とても好きです。 ぽわん、といい香りがして、癒されるというか、無心になれるというか、ちょっと瞑想をしているような気持ちになります。 ずーっとこのまま混ぜ続けていたいような、そんなリラックスした状態です。 ここに、ペースト状にした大豆を混ぜれば、味噌の原型が出来上がります。   いつもは、ブレンダーでガーッと一気に機械の力を借りて攪拌するのですが、今回は、ブレンダーの部品が見つからず、一瞬、どうしよう、と焦ってしまいました。 でも、ふと横を見たら、すりこ木があったのです。 以前のわたしだったら、部品がない時点で諦めていたかもしれませんが、今は、ブレンダーがないならすりこ木を使ってみよう、と思えるようになりました。 物は試しですから。 やってみてダメだったら、またその時点で他の手段を考えればいいだけで、やる前に放り投げるのは、それこそもったいない気がします。   五百グラム分の大豆を茹でると結構な量になるのですが、とにかく、すりこ木でつぶすことにしました。 確かに、ブレンダーで一気にやるより、時間も手間もかかります。 でも、不可能ではありませんし、やってみると、想像したほど大変でないこともわかりました。   ペチャペチャ、ペチャペチャ。 無心になって、ひたすらつぶしました。 そうしていたら、なんだか自分が、大昔の人になったような、不思議な気分を味わいました。 きっと、古代の人たちも、こうして身近な道具を使って、足元にある木の実なんかをつぶし、命を養っていたんだなぁ、と思ったのです。 そういう、根本的な営みは、全然変わっていないんだなぁ、と。   すりこ木でペースト状にした大豆と、塩と麹を混ぜ合わせ、ハンバーグみたいに丸めて、ジッパー付きの小さめの袋に入れたら、あとはわが家でぐっすりと休んでいただき、味噌になります。…

「海と、菜の花」

箱根でのんのんと一泊だけの湯治をした帰り、小田原にある江之浦測候所に寄ることにしました。 海から山の方へ向かうくねくねとした道を走っていると、一軒のパン屋さんを発見。日本家屋がそのままパン屋さんになっていて、何人かのお客さんが縁側でパンをかじっている姿が見えました。 せっかくなので、寄り道をすることに。 おずおずとガラスの引き戸を開けると、そこには焼き立てのパンがずらりと並んでいました。どうやら、人気店のようで、お客さんがひっきりなしに訪れます。 レーズンパン、オレンジとチョコのパン、ベーコンエピ、チーズパン。 お土産もかねて少し多めに買い、最後に追加でクリームパンを。クリームパンは木曜日だけのパンで、ちょうどあったのです。 お会計をしてもらい、やっぱり我慢できずに、ちょこっと味見。 こんなに素朴で、まっとうなクリームパンを子どもの頃から食べていたら、人生も違っただろうなぁ、と思いました。とにかく、クリームがおいしいのです。余計なものが、なーんにも入っていない感じがしました。 のんのんと分け合いながら、クリームパンをむしゃむしゃ食べて、ほんのりと幸せな気持ちになりました。 店の入り口には、柑橘類が無造作に置かれています。 片瀬レモン、はるか、ネーブル、湘南ゴールド。どれも、近くの畑で農薬を使わずに栽培されたとのこと。 湘南ゴールドの試食があったので、ひとつ、いただきました。幼い子どもが黄色いクレヨンで力いっぱいぬったような、ものすごく元気な色をした湘南ゴールド。実は小さいのですが、皮をむいて房ごと口に入れると、ただ甘いだけでもなく、かと言ってただ酸っぱいだけもない、なんともいえない自然の味が広がります。 これも、お土産にいただくことにしました。 缶にお金を入れていると、割烹着を来たおばあさんがやってきて、小さいけど、甘くておいしいでしょ、と声をかけてくれました。目の前のミカンを作って育てたお母さんです。 みかんのお母さんは、ポケットに入っていた試食用の湘南ゴールドを、更にわたしの袋に入れてくれました。 こういう、ちょっとしたやりとりで、人は救われたり、気持ちが明るくなったりするんだなぁ、と実感しました。 そして、江之浦測候所。 構想に杉本博司さんが深く関わっていることなど、わたしはなんの予備知識もないまま行ったのですが、もうその場所のあまりの美しさに、仰天してしまいました。 日本に古くから伝わる建築様式を、それぞれの時代の特徴をふまえながら再現されているのですが、その中に杉本博司さんの現代アートがさりげなく寄り添っていたり、とにかく、人が作ったものと、自然が産み出したものとの融合が見事で、どこから見える景色もただただ美しく、ため息ばかりがこぼれました。 しかも、折しもちょうど菜の花が満開で、海の青と、菜の花の黄色と、柑橘類のオレンジと、山の緑は、この時期にしか味わえない季節の醍醐味。 あー、ここに来て良かったぁ、と心の底から思いました。 実は、ぜんぜん元気ではなかったのです。先月は、本当に苦しくて苦しくて、このまま自分がどうにかなってしまうのでは、と思うほどでした。 環境が変わったこと、目に見える風景、聞こえる音、空気の質感、すべての変化に心も体もついていけなくなり、ただただ喪失感と孤独感にさいなまれて、右を見ても左を見ても、前を向いても後ろを振り返っても、上も下も不安だらけで、不安はやがて、得体のしれない恐怖へと膨張して、わたしはその場所から一歩も動くことができなくなっていました。 あんなに怖い時間を過ごしたのは、人生で初めてだったかもしれません。 これはまるで、大人のお化け屋敷だな、と思いました。自分の中に、これでもか、というくらい負の感情があったことに、自分でも驚きました。 ゆりねとこんなに長く離れることもなかったので、それも大きく作用したのだと思います。 そして、多くの、本当に多くのことに気づかされました。 わたしの器が小さいばかりにそれまで気づいていなかった愛情、優しさ、自分自身の至らなさ。 家族の有り難み。 わたしにとって、やっぱりペンギンもゆりねも、大事な大事な家族なのだということに、気づきました。 家族としてのつながりは、そう簡単に絶てれるものでもなく、この先もゆるゆると続いていくのだと思います。 多くの人の目にはものすごく奇異に映るかもしれませんが、わたしはこれからも、自分にとっても相手にとっても心地よいと思える、新たな家族の形を模索していきたいな、と思っています。 わたしは、柑橘畑を取り囲むみかん道や、竹林、榊の森をゆっくりと地面と会話するように歩きました。 そして最後、杉の木に抱きつきました。 なんとなく、おいで、と言われたような気がしたので。 太くて立派な幹でもなく、特別に神聖な感じがする木でもなく、本当にふつうの杉の木でしたが、両手を巻きつけて抱きしめた瞬間、じゅわっ、と両目に涙があふれてこぼれました。 ずっとずっと苦しかったけれど、こんなふうに涙が出るのは初めてで、自分でも驚きました。 ありがとう、と声に出してお礼を言い、体をそーっと離しました。 自分の人生がどこに向かおうとしているのかさっぱりわからないのですが、行きつ、戻りつを繰り返しながら、進むべき方向へ、時には自分だけの力ではなく、むしろ、風とか光とか雨とか、自然の営みにおんぶされたり抱っこされたりしながら、日々ちょっとずつ進んでいくのかもしれません。 今回、コロナウィルスの影響で、14、15と瀬戸内に行く予定がなくなってしまったのですが、江之浦測候所で見た景色は、まさに雫がレモン島で人生の最後の時間に見たものだと感じました。…