Letter

暑気払い

まるで台風一過のような空。 今日は久しぶりに青空が広がっている。 ベルリンで夏を過ごす時、恋しくなるのは冷やし中華だった。 一応、それらしきものも売られているのだが、どうも躊躇いの方が大きくなって、手が伸びずにいた。 温かいスープで出すおいしいラーメン屋さんは数あれど、麺を冷たくした冷やし中華には、お目にかかったことがない。 それで日本にいる今年は、ここぞとばかりに冷やし中華を作っている。 そもそものきっかけは、自分でタレが作れるようになったこと。 それまでは、麺とセットで売られている市販のタレを使っていた。 でも、色々と試行錯誤してみたら、案外簡単に自宅でもタレを作れることがわかったのだ。 材料は、昆布かつお出汁と、甘酢、柚子酢、はちみつ、塩、そして胡麻油である。 分量をまとめればもっと簡単に作れるようになるとわかってはいるのだけど、どうもそういうのが苦手で、いつも適当に作ってしまう。 適当に作るから、毎回微妙に味が違う。 違うけれど、毎回ちゃんとおいしくなる。 こんなに頻繁に家で冷やし中華を作れるようになった理由は、もうひとつある。 おいしい細麺が手に入るようになったのだ。 しかも、行きつけのラーメン屋さんの自家製麺である。 突破口を開いたのは、社交家のペンギンだった。 ダメもとで麺だけ分けてもらえないかと直訴したところ、店主が快く麺を分けてくれるようになったのである。 しかも、ものすごく安い値段で。 麺を買いに行くたびに、申し訳ない気持ちになる。 麺は太麺と細麺があり、太麺は焼きそばに、細麺は冷やし中華に適している。 極端な話、具は胡瓜だけでもいいくらいなのだ。 いろんな具材があればあったでおいしいけれど、冷やし中華好きとしては、細切りにした胡瓜だけでも満足できる。 今日は、少し贅沢に、胡瓜、トマト、ミョウガ、錦糸卵、それに蒸し鶏とハムをのせてみた。これから暑くなるから、冷やし中華は、毎日でも食べたい。 冷やし中華に並び、暑さ対策として始めたのが、銭湯通いだ。 以前も通っていたのだが、ここ数年はお休みしていたのだった。 暑い時に、もっと暑いところに行って汗を流すと暑気払いになることを教えてくれたのは、ベルリンで行くようになったサウナだった。 サウナもお風呂も、寒い季節のお楽しみと思ったら大間違いで、わたしは夏のサウナも大好きだ。 今日は気温が30度をこえて暑くなりそうだ、という日は、どうせ家にいたって何もできないのだから、さっさとサウナに行ってしまう。 サウナの中の温度から較べれば、たとえ外の気温が30度あろうが、涼しく感じる。 温度の感覚がわからなくなり、気持ちよく汗を流せるのである。 日本には、サウナの代わりとなる温泉がある。 夕方、自転車のカゴにお風呂道具を詰め、さくっと出かけ、汗を流す。 どんなに暑い日でも、外の露天風呂で風に当たると、涼しく感じる。 最近はあまり長居をせず、だいたい一時間くらいで帰ってくる。 今日もこれから、銭湯へ。 昨日、一昨日と雨で行けなかったので、久しぶりの温泉が嬉しい。

6歳

ようやく雨が上がり、朝、ゆりねを連れてお散歩へ。 今日で、ゆりねは6歳になった。 人間の年齢の感覚でいうと、わたしと同年代くらいか。 まだまだ子犬みたいな気持ちでいるけれど、これからはどんどん、わたしの先を行ってしまう。 犬の成長は早いというけれど、犬といる時間は本当にあっという間だ。 嫌がるけれど頑張って歯磨きも続けているのに、ゆりねは先日、歯が抜けた。 ちょうど動物病院に行く用事があったので先生に診てもらったら、下にもグラグラして抜けそうになっている歯があるという。 この年齢にしては早いですね、と言われてしょんぼり。 ゆりねは食いしん坊だから、おばぁちゃんになっても自分の歯で美味しくゴハンが食べられるように、と思い、実際そう声をかけながら歯磨きをしてきたのに。 何がいけなかったのだろう。 犬の歯に入れ歯とかインプラントなんてないだろうから、もしも全部歯が抜けちゃったら、、、 などと怖い想像を巡らせては、ブルーになっている今日この頃。 子育てとかって、きっとこういうことの連続なのだろうな。 それにしても、紫陽花がきれいだった。 特に雨上がりの紫陽花は、宝石みたいにキラキラしている。 今日は、アパートの中庭で咲くブーゲンビリアも見事だった。 夏だなぁ。 よく考えると、この時期を日本で過ごすのが本当に久しぶりなのだ。 だから、田植えを終えた田んぼとか、お茶畑とか見ると、いちいち外国人みたいに、ワォウと感嘆の声を上げたくなる。 先週末は、水のきれいな場所に行ってきた。 6歳になったゆりねとの、朝の散歩はことのほか気持ち良かった。 それなのに、それなのに。 もうすぐ家に着く、というタイミングで、いきなり後ろから怒鳴られる。 「通るぞ!」 びっくりして振り返ると、競輪選手のような格好をしたサングラス姿の男性が、ものすごいスピードで自転車を飛ばして走り去った。 ふざけんなよ! と思ったわたし。 まず、通るぞ! と怒鳴るのではなく、通ります、と声をかけるとか、自転車の速度を落として控えめにベルを鳴らすのがルールだろ!! しかも、ここは子どもやお年寄りも歩く道幅の狭い生活道路だ。 こういう時、結構わたしは喧嘩っ早いのです。 それで、横にいるペンギンが、よく冷や冷やしている。 小石にでもつまづいで転んでしまえ、と心の中で毒づく自分がいました。 なんだかなぁ。 あんな自転車にゆりねがひかれでもしたらと思うと、腹立たしくて仕方がない。

商店街

ちょこちょこと買い物をするたびにもらえる、商店街のスタンプ。 そういえば、ポイントカードとかスタンプとかって、ドイツにはなかった文化だなぁ。 だから、商店街でスタンプをもらうたび、あー、日本にいるんだなぁ、としみじみ感じる。 ベルリンにいた時は、週に何回か広場に立つマルクトが楽しみだったけど、それに代わるものが商店街だ。 Aという商店街とBという商店街、それにたまーに行くCという商店街があって、そのどこでもスタンプがもらえるから、スタンプはまとめて缶にとってある。 それを定期的に整理して、スタンプ台に貼って使っていたのだが、ここ三年ほど、その作業を怠っていた。それでスタンプが、たまりまくっていた。 ようやく重い腰をあげてスタンプ整理に乗り出すも、悔しいことに、すでに有効期限が切れているものも結構ある。なんてこった。 中には、2020年3月末が有効期限のものもあって、悔しくて悔しくて仕方がない。 もう少し早くこの作業をやっていたら、無駄にせずに済んだのに。 シール式のは台紙に貼るのが楽なのだけど、そうでないと、自分で糊で貼らなきゃいけない。 でも、このちまちました作業も、次第に楽しくなってくる。 今回はかなりたまっているので、いろいろ使えるぞ。 いっぱいになった台紙は、500円分のお買い物ができる他、天然温泉一回分と交換できたり、映画のチケットとして使えたりする。 最近、自転車に乗るようになってから、商店街に行く回数がぐーんと増えた。 今まで、素通りしていたお店も随分ある。 沢庵屋さんもそのひとつで、本来は、というか基本的には魚屋さんなのだけど、そこでなぜか沢庵が売られていて、それが驚くほどおいしい。 一本900円もするから、決してお安くはないのだけど、沢庵らしい沢庵というか、まがい物が何も入っていない純粋無垢な沢庵というか、とにかく切ったそばからどんどんなくなっていく。 どんなくなるから、またすぐに買いに行く。 ちなみに、そこの沢庵(魚)屋さんでは、植木なんかも売っている。 週末は、商店街にある開店前のカフェで、ヨガのレッスンを受けた。 以前も通っていたのだけど、ここ数年は行ってなかった。 カフェの窓を全開にして、心地いい風を感じながら、じっくりと体を伸ばしたり、縮めたり。 あー、やっぱりヨガは気持ちいい。 緊急事態宣言が出されていた間も教室はやっていたそうなので、だったらわたしも気分転換に参加すればよかった。 そろそろ梅酢が上がってきたので、昨日は赤紫蘇を買ってきて、塩もみしたものを追加する。 ぎゅっ、ぎゅっ、と力いっぱい塩で揉んでいると、赤紫蘇からはびっくりするくらい紫色の汁が出てくる。こんなにも鮮やかな色が、自然の色だなんて、ちょっと信じがたいけれど。 同じことは、ビーツの派手なピンク色にも感じる。 それにしても、梅酢の上がった梅からは、甘くていい香りがする。 どこまでが梅で、どこからが梅干しになるのか定かではないけれど、見事に黄色くなった梅からは、もはや青梅時代の初々しさは感じない。 塩だけで、こんなに変化するんだから、すごいなぁ。 残った梅酢でらっきょうを漬け、無駄なく使いきる計画だ。

ららら梅仕事

朝起きてリビングに行き、日ごとに梅の香りが膨らんでいると嬉しくなる。 ぽわんとした、少しの毒気も含まない、100%天然の純粋無垢な香り。 自分に子どもがいたら、「梅」ちゃんなんていう名前でも、かわいかっただろうなぁと思う。 青梅の状態で届き、家で追熟させていたのだけど、なかなか黄色くならないので、昨日はお布団(布)をかけて休ませてみた。 そしたら、追熟の速度が少し加速し、黄色味を増していた。 香りも確実に強くなって、実自体が透き通るような質感になっている。 梅の実は、そこにあるだけでわたしを幸福にしてくれる。 この季節日本にいないことが続いたので、久しぶりの梅仕事だ。 海外にいると、保存食作りがあまりできないので淋しかった。 ベルリンで梅の実が手に入ったらどんなに狂喜乱舞したかと想像するけど、梅に関してはついぞ見なかったなぁ。 桜の木は結構あるのに、梅の木はないなんて不思議だけど。 以前は、大量の梅の実を、一気に漬けていた。 でもそれだと、大きな容器が必要だったり、作業するにも時間がかかった。 大量に漬け込むと、カビが出た場合に無駄にしてしまう量も多くなる。 それで今年からは、味噌同様に、小分けにして漬けてみることにした。 第一、 追熟するにしても、ひとつひとつ梅の実だって、熟す速さが違う。 だから、早く熟した子たちをひとつのグループにし、何回かに分けて漬けた方が理にかなっている。 その方が、一日の空いた時間にパパッと作れるし。 ドイツで暮らしてから、とにかく効率というものを、最優先するようになった。 分けて漬けた方が、なにかと効率がいいのである。 早く追熟のできた第一グループを1キロ分選別し、おへそのゴマ(なり口の小さいヘタ)を取り、水で軽く洗って、半日ほど外で自然乾燥させる。 それを、塩と合わせ、ジッパー付きの保存袋に入れ、梅酢が上がるのを待つ。 カビが出ないように、ペンギンが飲まなくなった焼酎(キンミヤ)をスプレーのボトルに入れ、それを全体におまじないのようにシュッシュッしながら作業する。 1キロ分だけなので、作業は呆気なくものの数分で終了。 ちょっと物足りないくらいだった。 それにしても、今日は暑い。夏日かな? 作業を終えてから、台所の一角に長らく置いてあった梅の浸かった保存瓶を開けてみる。 氷で割って飲んでみると、梅酒だった。 梅酒にしろ、梅ジュースにしろ、わたしは作ることで満足してしまい、なかなか消費が進まない。 だから、琥珀色の液体を入れた保存瓶だけが溜まっていく。 わが家には、レミーマルタンで漬けた二十年物の梅酒とかが、ゴロゴロしている。 これを、なんとかしなくてはいけないのだけど、なかなか前に進まない。 梅酒のアルコール度数が結構強くて、ほろ酔いになった。 まだ夕方の4時前なのに、頭がふわふわになっている。

濃厚接触

最初ニュースで耳にした時は、なんのことじゃらほい、という感じだったけど、この数ヶ月ですっかり日常会話に溶け込んでいる、濃厚接触。 最初は、キスとかセックスとか、そういうセクシャルなことを指しているのかと想像したけど、注意深く聞いていると、どうもそういうことでもないらしいことがわかってきた。 でも、わたしはいまだに、はっきりとは「濃厚接触」がわかっていないかも。 今朝、ベランダからランドセルを背負った小学生が見えた。 当たり前の光景のはずなのに、とても久しぶり。 キャバクラのお客さんがフェイスシールドをしてお酒を飲む姿や、学校の子どもたちが皆フェイスシールドをして授業を受けている姿、飲食店でビニールの幕ごしに食事をしている若い男女やらを見て、笑っちゃいけないんだろうけど、なんだかなぁ。いたたまれない気持ちになってしまう。 「新しい生活様式」なるものまで発表されて、そうか、食事をする時は対面ではなくて横並びなのかぁ、とか、なるべくおしゃべりをせずに黙々と食べるのかぁ、といちいち驚くことばかり。 もちろん、ウィルスを広げないためにはそれが大事なのはわかるけれど、それじゃあ、感染はしないけれど、人として大事なことが失われて、別の面で疲弊するのではないか、と思ってしまう。 そもそも、人と人とのつながりとして大事なのは、濃厚接触なわけだし。 この先は、お茶会の濃茶とかも、なくなるのかな? オンラインのお茶会なんて、全然楽しくなさそうだけど。 ひとつのお茶碗をみんなで回し飲みする濃茶席なんて、今の世の中じゃ、NG中のNGになってしまう。 だけど、ものすごーく長い歴史のある茶道が、そう簡単に方向転換できるのだろうか? 様々な場面をオンラインに切り替えていくってことは、長い目で見たら、人間の、生き物としての五感が鈍くなって、本能が退化していきそうな気がする。 わたしたち大人はまだいいにしても、多感な子どもたちは、ついこの間まで手をつなぎましょうとか言われていたのに、今は人と人との距離をとりなさい、人に近づいてはいけません、と教えられる。 人との距離を狭めることに臆病になって、誰かに近づいたり触れたりすることに抵抗を感じるようになったりしないのだろうか? この先、恋愛の形すら変容していきそうで、ちょっと怖い。 日常を取り戻しつつあるけれど、その日常は、もはや以前の日常とは質が違うのだな、と思うと切なくなる。 わたしの場合は、もともとがステイホームで、基本的には家にいる暮らしだけど、それでも、やっぱり何かが違うのだ。 自粛期間中は、なんだかすごく息苦しかった。 今日、スーパーに行ったら新生姜があったので、ガリを作った。 梅干しにする梅も届いて、今は追熟させている。 6月は、保存食作り月間。 せっかく日本にいるのだから、今しかできないことを、思いっきり楽しまなくちゃ!

白と緑の饗宴

最近にわかに「料理脳」が活発化している。 火をつけたのは、山椒鍋だ。 とにかく、本当に本当においしかったのだ。 初めて作ったから手探りではあったものの、味はイメージ通りというか、想像をはるかに超えて美味だった。まさに、美しい味。 味だけでなく、目で「愛でる」喜びが大きいのも、山椒鍋の特徴で、材料は、白と緑のものにそろえるというのも洒落ている。 豆腐の白と山椒の緑、うどの白とよもぎ麩の緑、といった具合に、鍋の中で常に白と緑が同居して、それはそれはハッとする美しさだった。 わたしの場合、鍋といっても一気にぐつぐつ煮ることはなく、たいていは2、3種類の具だけを選んで火を通し、少しずつ順番にゆっくり食べる。 最初は昆布出汁と鶏団子からのシンプルな旨味を味わい、そこからじょじょに様々な味が重なって、だんだんと甘みも出て味がまろやかになり、最後は驚くほど芳醇なスープになった。 友人は、ポン酢で食べるようにと教えてくれたけれど、スープだけでちょっとずつ味わう方が、素材の旨味をそのまま堪能できる気がした。 そして、筍とかうどとか、香りの強いものと山椒を合わせることが、この山椒鍋の醍醐味だと思った。 なんだか、食べた後にすっかり体が浄化された。 山椒には、デトックスの効果があるらしいので、冬の間に体にたまった毒素を外に出し、体を中から清めるという意味でも、この季節に食べるのは理にかなっているのかもしれない。 日曜日の朝は、そら豆ご飯を炊いた。 ペンギンが、学校給食用に栽培されたというそら豆を大量に買ってきたので。 そら豆を投入するタイミングは、ご飯を炊いていて、火を強火から弱火に変える時。 一瞬だけパッとふたをあけて、そら豆を入れ、火を通す。 最初から入れてしまうと、そら豆に火が入りすぎてそら豆がぐにゅっとなってしまう。 そら豆ご飯は、この季節によくベルリンで作っていたっけ。 そして昨日は、北海道から届いたアスパラガスを料理する。 アスパラガス、大好きなのだ。 ヨーロッパでは、ホワイトアスパラガスが春の到来を告げる。 むっちむちの、太ももみたいなホワイトアスパラガスを柔らかく茹でて、そこに薄切りのハムをのせて食べるのが、わたしにとってのいちばんのご馳走だった。 去年の今頃も、そんなふうにしてホワイトアスパラガスをもりもり食べていた。 でも今年は、日本にいる。 そして、日本ではグリーンアスパラガスの方が主流だ。 アスパラガスは卵と相性がいいので、昨日は、ポーチドエッグを添えて食べることにした。 フライパンでアスパラガスを少し焦げ目がつくくらいによく焼いで、その上にポーチドエッグを乗せる。 味付けは、塩とコショウで十分だけど、足りなかったら、そこにお醤油を少々。 これがまた、すばらしくおいしかったぁ。 久しぶりに、でもないけど、ワインを飲んでしまう。 山椒鍋、そら豆ご飯、グリーンアスパラガスのポーチドエッグのせ。 どれも、白と緑の組み合わせが美しすぎる!

山椒を求めて

日本に戻ったら、どうしても作りたいと思っていたのが、山椒鍋だ。 この時期にしか味わえない、山椒の芽をたっぷり入れて作る鍋。 ここ数日、肌寒い日が続いているので、明日の晩のお客様に、山椒鍋をお出ししようとひらめいた。 問題は、肝心の山椒の芽が手に入るかだ。 少し前から、近所の無人販売機には実山椒が売られている。 ということは山椒の木があることは間違いない。 それで今朝、お弁当を買いに行ったペンギンに、もし無人販売機に山椒の芽があったら買ってきてほしいとお願いしたら、そこの農家のお母さんがわざわざ庭の山椒の木から芽をつんでくれたという。 でも、鍋にするなら、まだ量が足りない。 それで今度は午後、わたしがもう少し分けてください、とお願いしに行ってみる。 そこは、江戸時代から続く植木屋さんで、広大な敷地には鶏がたくさん放し飼いにされている。 畑もあって、野菜も育てている。 以前は、豚も育てていた。 だいたいうちで使っているのはここの有精卵で、すごくおいしい。 近所にこういう場所があると、とても助かるのだ。 さて、昼過ぎに行ってみると、家で留守番をしていたのはお嬢さんだった。 山椒の新芽をいただいた経緯を説明すると、じゃあ、見に行ってみましょう、ということに。 庭の木の方はさっきお母さんが大方つんでしまったらしく、もうほとんどない。 しかも、山椒の新芽は無人販売機に置いておいてもあまり買う人がいないから、最近はどんどんニワトリの餌にしていたらしい。 ニワトリたち、山椒の芽を喜んで食べるという。 長靴に履き替えたお嬢さんに案内され、敷地の奥の奥へと入っていく。 もう、木がいっぱいでジャングルみたいだ。 姿の美しいニワトリたちが、自由に歩いている。 そこに一本、立派な山椒の木があった。 お嬢さんは、「もうだいぶ葉っぱが硬くなっちゃってるなぁ」と言いつつも、出たばかりの新芽だけを選んで、袋に詰めてくれる。 わたしも一緒になって、柔らかくておいしそうな葉っぱだけを選んで、つみ取った。 「何に使うんですか?」と聞かれたので、山椒鍋の説明をしたら、へぇ、舌がしびれそう、と一言。 お母さん同様、お嬢さんも、百円で山椒の新芽を分けてくれた。 とりあえずは、要の山椒の芽が手に入ったことに、ホッと胸をなでおろす。 それから、自転車をこぎこぎ、お買い物へ。 蓮根、筍、うど、鶏ひき肉、鶏もも肉、ゆば、豆腐、生麩が山椒鍋の材料となる。 まずは、産地直送の八百屋さんに行って、それからお肉屋さんに寄り、最後に買えなかったものだけスーパーで買う計画だ。 そういえば、今年はまだ筍を食べていなかった。 もう旬を過ぎてしまって手に入らないかなぁと半分諦めていたのだけど、八百屋さんで無事に埼玉産を買うことができ、嬉しくなる。 蕨や蕗もあったので、反射的にカゴの中へ。 蓮根以外の野菜は、その他のものも含めて、一軒目の八百屋さんで揃った。 それからお肉屋さんに行って、ここでもつい他のものも買いつつ、順調に買い物が進む。 最後は、湯葉と生麩などを買うため、スーパーへ。 ところが、お金を払おうとしてお財布を開けたら、お金がない。 ん? 確かに家を出る時、お財布に一万円札を一枚、補充したはずだったのに。…

小さな奇跡

待ちに待って、ようやく髪の毛を切りに行ってきた。 わたしの場合、ショートカットなので、理想を言えば、一月に一回は、切りたいところ。 でも今回は、コロナのせいで切りに行くタイミングを逸してしまい、伸び放題になっていた。 それだけで、気分が憂鬱になってしまう。 バスも電車もうまく乗り継ぎ、スイスイと目的地へ。 電車、いつもこのくらいガラガラだったらいいのになぁ、なんてことを思う。 早く着いてしまい、お店の予約まで、30分ほど時間があった。 いつもだったら年上の友人の家に顔を出してお茶でも飲んでから行くのだけど、それも自粛した。 好きなお店もほとんど閉まっているし、ブラブラするにも、行き場がない。 どうしようかなぁ、と思って路地を歩いていたら、小さな古本屋さんが開いていた。 入り口にあるカフェにはよく入るのだけど、その奥に本屋さんがあることは知らなかった。 外の通路に本を並べて売る、青空本屋さんだ。 女性店主が、机に座って店番をしている。 店には、音楽が流れていた。 そうそうそうそう、今聴きたいのは、まさにこの声ですよね! と、わたしは、そのバンドの曲を選んだ女性店主と、がっちり握手を交わしたいような気持ちになる。 その声を聞いて、一発で誰ってわかるというのは、やっぱりすごいことなんだなぁ。 流れていたのはスピッツで、声の主人は草野マサムネさんだ。 あー、なんでもっと早くそのことに気づかなかったかな。 ものすっごく喉が乾いている時にごくごくと冷たい水を飲むみたいに、心がその声を欲していた。 本を眺めるふりをして、スピッツの曲を聞いた。 スピッツは一曲だけで、あとは違う人の声に変わったら嫌だな、と思っていたけど、次も、その次も、聞こえてくるのは草野マサムネさんの声だった。 なんて幸せなんだろう。 駅に早く着いて、正解だった。 そして、何曲目かで、あの曲が流れた。 この曲、知っているぞ。 そしてサビのところで、ちょっとした奇跡が起きた。 君と出会った奇跡が この胸にあふれてる きっと今は 自由に 空を飛べるはず って、何人かのお客さんが、一列になって歌いながら店に入ってきたのだ。 みんなマスク越しに、小さく歌っていた。 もちろん女性店主もわたしも思わず口ずさんでしまい、そこに居合わせた全員が、「だよねぇ」って気持ちで声を合わせた。 歌わずにはいられなくて、そんなささやかなことに喜びを見出せた自分が、愛おしくなる。 声ってすごいなー。音楽ってすごいなー。 魔法みたいに、一瞬で人のこころを束ねてしまうのだもの。 その後、わたしは久しぶりに髪の毛を短くしてもらい、気分爽快。 いっそのこと、人生二度目の坊主にしてしまおうかとも思ったけど、あれはあれで結構たいへんだったりもするので、いつも通りの短めどんぐりカットでお願いした。…

叱咤激励?

昨日は母の日だった。 もう直接プレゼントを渡す相手はいないけれど、近所の無人販売所から芍薬を買ってきて、それを母のために部屋に飾った。 母のかわりというと変だけど、去年の暮れ、母の妹であるおばに二十数年ぶりに再会し、そこからまたぼちぼち交流が始まっている。 おばは料理が上手で、よく実家にご飯のおかずやおやつを届けてくれた。 今から思うと、わたしに料理を作る楽しさや食べる喜びを教えてくれたのは、このおばさんだったように思う。 おばにはわたしと同い歳の一人息子がいて、春休みや冬休みになると、わたしはそのいとこの家に割と長いホームステイをさせてもらった。 そこでわたしは、ふつうの家の家族の風景や愛情を見たり感じたりした。 おば一家が存在しなかったら、わたしの心はもっと違うふうになっていたと思う。 先日おばの家に苺を送ったら、何か山形から送ってほしいものはないかと聞かれ、正直に山菜と答えたら、先週、どっさり山菜が届いた。 おばは去年倒れて、体の自由がきかなくなり、その上新型コロナの影響で一歩も外に出られない生活だという。 それで気晴らしになればと思って、今度は『旅ごはん』を送ったら、今日、おばから電話があった。 おばの体のリハビリに来てくれている方の奥さんがわたしの本を読んでくださっているそうで、おばはその偶然が本当に本当にうれしかったらしく、その方との出会いも含めていろんなエピソードを交え、興奮ぎみに話してくれた。 「へー」とか、「そうなんだー」とか、「良かったねー」とか「ご縁だねぇ」なんて時々適当に相槌を打ちながら、わたしは涙が流れて止まらなくなった。 なんで母には、こんなふうに優しい気持ちで話を聞いてあげられなかったんだろう、という後悔がぐんぐん湧き上がってしまったのだ。 わたしがもっと寛大な心で母を受け入れていれば、お互い、あんなに苦しむことはなかっただろうなぁ、と思った。 おばの話はこんなに優しく聞いてあげられるのに、いざ自分の親となると、それがなかなかできなかった。 ということは、人間関係においても、心地よい距離というか間(ま)が大事なんだなぁ、と痛感する。 本当は、実の親子でも、上手に距離を保てれば理想的なのだろうけど。 わたしには、それがなかなかできなかった。 だけど、おばとわたしが親しくすることを一番に喜んでいるのは、母かもしれない。 今日は、郵便受けを開けたら、お習字の先生から分厚い封筒が届いていた。 てっきり、新聞の切り抜きでも入っているのかと思って封を開けたら、便箋の束だった。 先生にも、おばと同じタイミングで『旅ごはん』を送ったのだが、手紙は、その感想だった。 便箋の7枚目の終わりに、「今日はここまで、また続きは明日書く。」と書いてあって、14枚目の手紙の最後は、 「切手代が足りるか心配」で結ばれている。 大丈夫、封筒には84円切手が3枚も貼られているから、切手代は十分すぎるくらい足りていますよ。 それにしても、さすがだなぁ。確か去年、八十歳になられたのだっけ? そのまんま、便箋から先生のお声が聞こえてくるようなお手紙だった。 暇で毎日昼からお酒を飲んでいるそうだから、近々、おつまみセットでもお送りしよう。 そういえば昨日の夜、横断歩道を渡ろうとして、わたしは思いっきり転んだ。 どうして転んだのか、自分でも全くわからない。 わたしは、ただふつうに歩いていただけなのだ。 「痛い!」という自分の声が聞こえた時は、すでに大の字に手足を広げで地面にはりついていた。 そばを歩いていた人が、吹き飛んだ傘を拾ってくれた。 わたしはすぐに立ち上がって、そのまま青信号を渡ったけど、自分に起きたことが信じられなくて、笑いそうになった。 あんな派手な転び方をしたのに、ケガらしいケガは、どこにもなかった。 自分でどうして転んだのかがわからないのだ。 まるで、透明な足にさっとひっかけられて転ばされたような。 柔道の技をかけられて、吹き飛ばされたような。 でも、今日になってふと思った。…

火星に行く

新聞に載っていた辻仁成さんの寄稿がずしんと胸に響いた。 辻さんは、シングルファーザーとして息子さんを育てながら、パリに暮らしている。 思えば、パリは災難続きだ。 テロがあって、ノートル・ダム大聖堂の火災があって、黄色いベスト運動がフランス全土で起き、そして昨年末からは公共交通機関の大規模ストライキ。その間、パリっ子たちは、徒歩で学校や職場へ通うのを余儀なくされた。 もう疲れてヘトヘトだっただろうに、更に新型コロナウィルスの脅威が追い討ちをかける。 ハグやキスで親密な愛情を表現したり、カフェで週末の長い朝食を楽しんだり、家族や友人とレストランで食事を共にしたりという、誰もが当たり前と信じていた日常の営みがことごとく手のひらから奪われた。 それでも、辻さん父子の関係には、崩壊ではなく、真逆の効果が生まれているという。 さすがだな、と感じたのは、辻さんが息子さんに語ったというこの言葉。 「この宇宙船は大きなミッションを持って火星に向かっているのだ。」 つまり、人類が大きな価値観の変化を求められているということ。 住んでいるアパートは「宇宙船」となり、毎日のジョギングは「宇宙遊泳」、買い物は「船外活動」だという。 こうして父と息子は、宇宙船の中で様々な共同作業を行い、関係性をより深めることに成功した。 それって、本当にすばらしいことだ。 辻さんは、書いている。 いちばん守らなければいけないのは、「生活を失わない」ことだと。 本当にその通りだとわたしも思う。 わたしは今、ペンギンとゆりねと、ひとつ屋根の下、三つの命を並べて暮らしている。 この前代未聞の非常事態に、流れからいったら、三つの命がすべて散り散りになって、それぞれが孤立し、孤独に打ち震えるという可能性だって十分ありえた。 というか、そうなることの方が自然だった。 でも、どういう因果かわからないけれど、そうはならず、いっしょに助け合って生きている。 そしてわたしは、そうなって、本当によかったと思っている。 わたしひとりだったら、この難局を自力で乗り越えることなんて絶対に無理だった。 結局、お互いの足りないところを補い合って生きていくしかないんだなぁ、と、そのことを、この新型コロナウィルスが教えてくれた。 自分にとって必要なものと、そうでないもの。 この数ヶ月間、わたしは有形無形の所有物を自分の中の「ざる」に流し込んで、取捨選択しているのかもしれない。 なるべく物を少なくして生きていこうと思って実践してきたけれど、それでも、人生半世紀近くも生きていると、知らず知らず、荷物が増えていくのもまた事実だ。 必要だ、と信じ切っていたものが実はいらないものだったり、逆にもう必要ないだろうと判断したものに、大切な宝物が隠されていたりする。 今、マンションのゴミ置場には、連日、大量のモノが捨てられている。 少しでも住環境を整えるべく、要るものと要らないものを選別しているのかもしれない。 大袈裟かもしれないけれど、地球に暮らす全人類総出の、断捨離時代到来だ。 火星へ行くってことは、身の回りの装備一式から改めて見直し、そういう状況でも生きていけるように環境を整えるということなんだろう。 辻さんの寄稿を読みながら、そう思った。 そしてわたし自身は、火星に行く準備を全くしていなかったと反省している。

「苺のおいしい食し方」

新聞に、北インドからヒマラヤが見えたという記事が載っていました。 都市封鎖によって大気汚染が改善され、数十年ぶりに遠く離れたヒマラヤが見えるようになったというのです。 昨日、ゆりねと散歩をしていたら、富士山がばっちり見えました。 もう、そこまで見せちゃっていいの? ってくらい惜しげもなく披露していて、この時期にそんな姿を見られたことは記憶になかったので、びっくりしました。 やっぱり、人間の経済活動が下火になったことで、ふだんより空気がきれいになって、富士山が見えたのだと思います。 いつもだったら、年の暮れとお正月にしか味わえないような感動でした。 富士山って、見る人を、有無をいわさず荘厳な気持ちにさせてくれるような圧倒的な力があるような気がします。 昨日、あんなにきれいに富士山が見えたのは、一昨日、雨がたくさん降ったせいもあるのかもしれません。 胸がずーっと圧迫されているような感覚を払拭したくて、今、暮らしの中に気功を取り入れています。 多分、わたしにはとても合っているアプローチ方法だと感じています。 本当は今日からでも教室に通いたいのに、あいにく、気功教室も今はオンライン講座のみ。 もしやこの新型コロナウィルスは、世界に5Gを広めるための戦略なんじゃないかと疑いたくなってしまうほど、みなさんが、インターネットの恩恵を受けているんじゃないかしら? 仕方がないので、教室が再開するまでは、気功の本を読んで勉強中です。 その過程で、『からだは星からできている』という本に出会いました。 宇宙創生理論、「ゆらぎ」研究の第一人者、佐治晴夫さんが書かれた本です。 結局、自分という存在は、宇宙全体のひとかけらで、そこにはすべての知恵も含まれており、今は人の形をしているけれど、命が尽きれば、また宇宙全体に吸収される、だから、わたしたちの体も、宇宙の星と同じ要素で成り立っている、というようなことなんじゃないかと理解しました。 要所要所に、金子みすゞさんの詩が出てきたりするのも、置いてけぼりにされなくて、とても読みやすかったです。 宇宙には、芸術も宗教も科学も、すべてが含まれているんですね。 そうそう、ずっと書こうと思って書きそびれていたのが、苺のこと。 自宅待機の要請期間だったこともあり、九州から苺を取り寄せたのですが、その苺が、本当に本当においしくて、感動しました。 そんなに大粒ではなく、でも大事に育てられたんだね、というのが一粒一粒から伝わってきて、香りもすばらしく、まさに春の味。 ずーっと寄り添って香りを吸い込んでいたくなるほどの幸福感を味わうことができました。 苺を、わたしは生クリームといっしょにいただきます。 カロリーが、とか、そういうことは一切気にせず、その時はいかに苺をおいしく成仏させるか、だけを優先させます。 生クリームを泡立てて、苺にたっぷりとのせ、上から蜂蜜を垂らして食べる、これがわたしにとっては最高に幸せな苺の食し方です。 生クリームの白と、苺の赤の組み合わせも、見ているだけで元気になりますよ。 気持ちがふさぎがちになる毎日なので、今は、食べることに重きを置いて暮らしています。 それと、この春はコゴミのおいしい食し方も見つけました。 コゴミは、わたし的にはなんとなく宇宙人を思わせるような山菜なのですが、(先っぽがくるくる回っていて、不思議な姿形をしているのです)今まではお浸しにするくらしか思いつかないでいました。 それはそれでおいしいのですが、この春初めて、軽く茹でたコゴミを昆布じめにしてみたのです。 そうしたら、昆布の塩気がちょうどよくコゴミに移って、ちょっと気になっていたコゴミ特有の土臭さみたいなものがなくなりました。 今度は、他の山菜でも試してみようと思っています。 焦るとろくなことが起きないので、とにかく今日という一日を、無事に、笑顔で過ごせることを目標にすることを心がけています。 宇宙が、平和でありますように!!! 今は、このことを祈るばかりです。

「つまらない日常」

先々週、急きょ、ゆりねも連れて帰国しました。 ペンギンをベルリンから送り出したのも束の間、予定通りこのままベルリンにとどまると今度は自分が日本に帰国できなくなる可能性が濃厚になると判断しました。 なんとかゆりねもいっしょに帰れるように、有能な友人たちの力をかりて、時間的にはぎりぎりのタイミングで、帰国の途につくことができました。 助けてくれた友人たちには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。 当初の予定では2ヶ月くらいベルリンにいるつもりでしたが、結局、滞在したのはほんの2週間足らず。きっとわたしは、ペンギンとゆりねをベルリンから救出すべく、ベルリンに派遣されたような気がしてなりません。 なんとか、任務を果たすことができました。 帰国早々、ペンギンがAmazonで注文したぶら下がり健康器具を、半ベソをかきながら組み立てました。 多分、というか間違いなく、わたしがそれをしなかったら、ずーっと、半永久的に組み立てられないまま、箱にしまわれていたと思うので。 わたしだってこんなことやるの苦手なのになぁ、と幾度も文句を吐きながら、でもちゃんと説明書通りに組み立てられた時は、ちょっとした達成感を味わうことができました。 それで、少しでも体の不調が改善されるなら、お安いご用です。 ペンギンの仕事部屋に通いながら、わたしも時々、ぶら下がっています。 いつか、洗濯物干しにならないことを祈るばかりですが。 殻付きのクルミを箱買いしたら、あまりに殻が硬くてびくともせず悔しい思いをしたり、ゆりねを連れてお散歩に出かけたら、途中から全く歩かなくなって結局わたしが帰りは抱っこで連れて帰るはめになったり、なんだかなぁ、と思うことの連続だけど、そもそも日常って、つまらないものだったな、ということを最近、改めて思いだしました。 そして、非常事態宣言が出されたりして、ここまで日常生活に影響が出ると、そのつまらない日常が、いかに愛おしくてかけがえいのないものであるかを、痛感します。 日常なんて、つまらないくらいがちょうどいいんだな、と思います。 今日、本屋大賞の結果が発表になりました。 『ライオンのおやつ』は、2位でした。 票を入れてくださった書店員の皆さまに、心からの感謝を申し上げます。 『ライオンのおやつ』も、つまらない日常を積み重ねて、積み重ねて、積み重ねて、積み重ねて、その中からようやく誕生した物語です。 どうか、つまらない日常が、いちにちも早くわたしたちの手に戻りますように!

「気合」

日に日に状況が深刻になってきて、一週間前のベルリンの輝きが幻のようになってしまいました。 雰囲気が一気に変わったのは、メルケルさんのテレビ演説があってから。 人々に深刻さが伝わったようで、本当に今まで経験したことがないような事態が起きているのを実感します。 今日あたりから、ほとんどのお店が閉まり、外を歩く人もまばらになりました。 徹底ぶりは、日本とは比較にならないほど。やる時やはやる、というドイツ人の気質を大いに見せつけられました。 この光景は、一見クリスマスに近いけれど、似て非なるもの。 人々の心から醸し出される平和な雰囲気とは真逆の、重苦しい空気が張り詰めています。しかもそれが、いつまで続くのかわからないという漠然とした不安は、はかりしれません。 何よりも恐ろしく感じるのは地下鉄で、人が乗っていないし、治安が悪くなっているのを肌で感じます。 警察官も、至るところでパトロールしていますし。 そんな中でペンギンとゆりねに会えたのは、不幸中の幸いだったかもしれません。 ペンギンの体調のことを考えても、予定を早めて正解でした。少しは、役に立ったんじゃないかと思います。 今日は、ペンギンを見送りにテーゲル空港に行ってきました。 いつも通り、オニギラーズを作ってあげました。 こんな状況下で離れ離れになるのはものすごく不安ですが、こんな時だからこそ、気を引きしめて、気合で乗り切らなきゃと思っています。 今日からは、わたしがゆりねを守らなくてはいけません。 それにしても、メルケルさんの演説、日本語訳を読みましたが、冷静さの中にも人々への愛があふれていて、素晴らしいリーダーだなぁ、と改めて思いました。 3月11日の東日本大震災の時もそうでしたが、日常というのは、失ってみて初めて、ありがたみが身にしみますね。

「パワースポット」

新型コロナウィルスの影響で、万が一ドイツに入れなくなるとゆりねに会えなくなってしまうので、フライトの予定をくりあげ、先週末、日本を出ました。 もしも入国を拒否なんかされてしまったらどうしようと、不安で不安で仕方がなかったのですが、ベルリンのテーゲル空港でも足止めされることなく、無事、ベルリンの空の下に戻ることができました。 タクシーを降り、アパートのベルを鳴らした数秒後、「おかえり!」というペンギンの声に迎えられ、階段を駆け上がり、四ヶ月ぶりくらいに、ゆりねと再会。しっぽを振って出迎えてくれた姿に、涙が出ました。 ペンギンも、とにかく生きててくれていて、よかった。 大袈裟な表現かもしれませんが、でも本当にそう思いました。命が宿っていて、お互いが生きているということは、本当に素晴らしいことなんだと思います。 その日の夜は、久しぶりに、家族そろって川の字で寝ることができました。 ゆりねは、わたしにとってのパワースポット。そして、ペンギンは空気。 そのことに、痛いくらい、というか、怖いくらい気づいてしまったこの冬でした。 ベルリンも、この冬はいつになく暖冬だったそうです。 そしてもう、春を迎えています。公園に咲いている黄色い花が、まぶしいくらいです。 新型コロナウィルスの影響で、ベルリンも今日から学校など、一斉休校が始まりました。 商店も、お休みしているところがあります。 けれど、圧倒的に日本と違うのは、なんだかみなさん、ウキウキしているというか、元気でパワフルなのです。 子ども達は、楽しそうに公園で走り回っているし、大人たちも、表情が明るい。 今日は平日のはずなのですが、公園には人がたくさん集まっていて、中にはお相撲さんの着ぐるみを着てふざけている若い女の子の姿もありました。 すでに外のテラス席に座って、日光浴をしている人たちもいます。 きっと、春が来たというタイミングもあるのでしょうね。 町には、うんと開放的な空気が流れていて、改めて、ベルリンの人たちのたくましさを実感しました。 コロナウィルスなんか、負けないぞー、という気迫というか。 今朝は、時差のせいで午前三時半に目がさめました。 お茶を飲みながら、ぼんやりと前の公園を見ていたら、四本足の生き物が向こうの方へ移動するのが見えました。 犬でもないし、猫でもない。 おそらく、狐だと思います。こんな町の真ん中に、狐がいるなんて驚きでした。 しばらくすると、始発のトラムが走ってきて、中に何人乗っているのか数えたりしました。 今日は暖かいので、窓を開けてこのてがみを書いています。 冬から、春へ。 ぐんぐんと視界に緑が増えていく、躍動感あふれるこの季節を、なぜか再びベルリンで迎えることができていることに、感謝です。 神さま、どうもありがとう!!!

「生きる力」

今日は一日雨でした。 でも、夕方、歯医者さんに行くため外に出たら、むんむんするくらい、春の匂いが膨らんでいました。ちょっと、ふりまきすぎなんじゃないか、ってくらい。 花たちが、わーい、わーい、と喜んで咲いているように感じました。   わたしにとって、これさえあれば、の代表選手が味噌です。 味噌は味噌でも、自分で作る手前味噌です。 マーキングみたいなものかもしれません。 自分の居場所に、自分で仕込んだ味噌を置いておくと、それが、いつか帰る場所の目安になる気がするのです。 だから、東京の家にも、元気に帰ってこれますように、の願いを込めて、味噌を作って寝かせてあります。   味噌の材料は、大豆と、麹と、塩。 この3つがあれば、できます。 わたしは、仕上がった味噌の香りがいいので、生の麹を使っています。 麹に関していえば、今のところ、ベルリンで手に入る麹が、わたしにとってはベストなのですが。   大豆を水につけて、一晩か二晩かけてじっくりと戻し、それを弱火にかけて、こちらもじっくり火を通して、柔らかくなるまで煮ます。 煮上がったら、火を止めてそのまま冷まし、その間に塩と麹をよく混ぜておきます。   塩と麹を混ぜている時間が、とても好きです。 ぽわん、といい香りがして、癒されるというか、無心になれるというか、ちょっと瞑想をしているような気持ちになります。 ずーっとこのまま混ぜ続けていたいような、そんなリラックスした状態です。 ここに、ペースト状にした大豆を混ぜれば、味噌の原型が出来上がります。   いつもは、ブレンダーでガーッと一気に機械の力を借りて攪拌するのですが、今回は、ブレンダーの部品が見つからず、一瞬、どうしよう、と焦ってしまいました。 でも、ふと横を見たら、すりこ木があったのです。 以前のわたしだったら、部品がない時点で諦めていたかもしれませんが、今は、ブレンダーがないならすりこ木を使ってみよう、と思えるようになりました。 物は試しですから。 やってみてダメだったら、またその時点で他の手段を考えればいいだけで、やる前に放り投げるのは、それこそもったいない気がします。   五百グラム分の大豆を茹でると結構な量になるのですが、とにかく、すりこ木でつぶすことにしました。 確かに、ブレンダーで一気にやるより、時間も手間もかかります。 でも、不可能ではありませんし、やってみると、想像したほど大変でないこともわかりました。   ペチャペチャ、ペチャペチャ。 無心になって、ひたすらつぶしました。 そうしていたら、なんだか自分が、大昔の人になったような、不思議な気分を味わいました。 きっと、古代の人たちも、こうして身近な道具を使って、足元にある木の実なんかをつぶし、命を養っていたんだなぁ、と思ったのです。 そういう、根本的な営みは、全然変わっていないんだなぁ、と。   すりこ木でペースト状にした大豆と、塩と麹を混ぜ合わせ、ハンバーグみたいに丸めて、ジッパー付きの小さめの袋に入れたら、あとはわが家でぐっすりと休んでいただき、味噌になります。…

「海と、菜の花」

箱根でのんのんと一泊だけの湯治をした帰り、小田原にある江之浦測候所に寄ることにしました。 海から山の方へ向かうくねくねとした道を走っていると、一軒のパン屋さんを発見。日本家屋がそのままパン屋さんになっていて、何人かのお客さんが縁側でパンをかじっている姿が見えました。 せっかくなので、寄り道をすることに。 おずおずとガラスの引き戸を開けると、そこには焼き立てのパンがずらりと並んでいました。どうやら、人気店のようで、お客さんがひっきりなしに訪れます。 レーズンパン、オレンジとチョコのパン、ベーコンエピ、チーズパン。 お土産もかねて少し多めに買い、最後に追加でクリームパンを。クリームパンは木曜日だけのパンで、ちょうどあったのです。 お会計をしてもらい、やっぱり我慢できずに、ちょこっと味見。 こんなに素朴で、まっとうなクリームパンを子どもの頃から食べていたら、人生も違っただろうなぁ、と思いました。とにかく、クリームがおいしいのです。余計なものが、なーんにも入っていない感じがしました。 のんのんと分け合いながら、クリームパンをむしゃむしゃ食べて、ほんのりと幸せな気持ちになりました。 店の入り口には、柑橘類が無造作に置かれています。 片瀬レモン、はるか、ネーブル、湘南ゴールド。どれも、近くの畑で農薬を使わずに栽培されたとのこと。 湘南ゴールドの試食があったので、ひとつ、いただきました。幼い子どもが黄色いクレヨンで力いっぱいぬったような、ものすごく元気な色をした湘南ゴールド。実は小さいのですが、皮をむいて房ごと口に入れると、ただ甘いだけでもなく、かと言ってただ酸っぱいだけもない、なんともいえない自然の味が広がります。 これも、お土産にいただくことにしました。 缶にお金を入れていると、割烹着を来たおばあさんがやってきて、小さいけど、甘くておいしいでしょ、と声をかけてくれました。目の前のミカンを作って育てたお母さんです。 みかんのお母さんは、ポケットに入っていた試食用の湘南ゴールドを、更にわたしの袋に入れてくれました。 こういう、ちょっとしたやりとりで、人は救われたり、気持ちが明るくなったりするんだなぁ、と実感しました。 そして、江之浦測候所。 構想に杉本博司さんが深く関わっていることなど、わたしはなんの予備知識もないまま行ったのですが、もうその場所のあまりの美しさに、仰天してしまいました。 日本に古くから伝わる建築様式を、それぞれの時代の特徴をふまえながら再現されているのですが、その中に杉本博司さんの現代アートがさりげなく寄り添っていたり、とにかく、人が作ったものと、自然が産み出したものとの融合が見事で、どこから見える景色もただただ美しく、ため息ばかりがこぼれました。 しかも、折しもちょうど菜の花が満開で、海の青と、菜の花の黄色と、柑橘類のオレンジと、山の緑は、この時期にしか味わえない季節の醍醐味。 あー、ここに来て良かったぁ、と心の底から思いました。 実は、ぜんぜん元気ではなかったのです。先月は、本当に苦しくて苦しくて、このまま自分がどうにかなってしまうのでは、と思うほどでした。 環境が変わったこと、目に見える風景、聞こえる音、空気の質感、すべての変化に心も体もついていけなくなり、ただただ喪失感と孤独感にさいなまれて、右を見ても左を見ても、前を向いても後ろを振り返っても、上も下も不安だらけで、不安はやがて、得体のしれない恐怖へと膨張して、わたしはその場所から一歩も動くことができなくなっていました。 あんなに怖い時間を過ごしたのは、人生で初めてだったかもしれません。 これはまるで、大人のお化け屋敷だな、と思いました。自分の中に、これでもか、というくらい負の感情があったことに、自分でも驚きました。 ゆりねとこんなに長く離れることもなかったので、それも大きく作用したのだと思います。 そして、多くの、本当に多くのことに気づかされました。 わたしの器が小さいばかりにそれまで気づいていなかった愛情、優しさ、自分自身の至らなさ。 家族の有り難み。 わたしにとって、やっぱりペンギンもゆりねも、大事な大事な家族なのだということに、気づきました。 家族としてのつながりは、そう簡単に絶てれるものでもなく、この先もゆるゆると続いていくのだと思います。 多くの人の目にはものすごく奇異に映るかもしれませんが、わたしはこれからも、自分にとっても相手にとっても心地よいと思える、新たな家族の形を模索していきたいな、と思っています。 わたしは、柑橘畑を取り囲むみかん道や、竹林、榊の森をゆっくりと地面と会話するように歩きました。 そして最後、杉の木に抱きつきました。 なんとなく、おいで、と言われたような気がしたので。 太くて立派な幹でもなく、特別に神聖な感じがする木でもなく、本当にふつうの杉の木でしたが、両手を巻きつけて抱きしめた瞬間、じゅわっ、と両目に涙があふれてこぼれました。 ずっとずっと苦しかったけれど、こんなふうに涙が出るのは初めてで、自分でも驚きました。 ありがとう、と声に出してお礼を言い、体をそーっと離しました。 自分の人生がどこに向かおうとしているのかさっぱりわからないのですが、行きつ、戻りつを繰り返しながら、進むべき方向へ、時には自分だけの力ではなく、むしろ、風とか光とか雨とか、自然の営みにおんぶされたり抱っこされたりしながら、日々ちょっとずつ進んでいくのかもしれません。 今回、コロナウィルスの影響で、14、15と瀬戸内に行く予定がなくなってしまったのですが、江之浦測候所で見た景色は、まさに雫がレモン島で人生の最後の時間に見たものだと感じました。…