お庭中毒

辛夷の花の、最初の一輪が咲いた。
去年の秋から枝の先にぽつんと小さな蕾を膨らませ、そのまま冬を越して、ようやく今、長い長い眠りから目を覚ました。
私の森の、春一番に咲く花だ。

花が咲くというのを、これほど待ちわびたのは、人生で初めてかもしれない。
里に下りて行くと本当に花ざかりで、まるで桃源郷に迷い込んでしまったような気持ちになる。
標高1600メートルの森では、あんなに色とりどりの花が咲き乱れることはまずない。
地面と向き合っていると、ほんの小さなスミレの蕾にだって感動する。
花が咲くことは決して当たり前ではないのだということを、この春、肌身で知った。

もうひとつ、最近の大発見といえば、リスだ。
リスは以前から森の木々を駆け抜けていたけれど、どうやら一匹のリスが、私が木から吊るして鳥たちにあげている向日葵の種の存在に気づいたらしい。
私の大発見は、ここから。
なんとそのリス、向日葵を見つけた瞬間、尻尾を振ったのだ。
そっか、嬉しくて尻尾を振るのは、犬だけじゃなくて、リスも一緒なんだ!
と、その時私はものすごい発見をしたような気持ちになった。
フリフリフリフリ、向日葵の種を見つけて興奮したリスが、大きなふっくらとした尻尾を右に左にと動かした。

けれどリス、向日葵の種まで、なかなか届かない。
鳥たちは翼を持っているので、遠くからでも見事な華麗さで餌箱に着地するけれど、リスは、どんなに体を伸ばしても、あと一歩のところで辿り着けないのだ。
しばらくあの手この手で試行錯誤し、結局リスは、枝から吊るしてある餌箱にヒョイと体ごと乗って、向日葵の種を貪った。
小さな枝に引っ掛けているので、リスの体重で餌箱が落ちてしまうのではないかとハラハラしたけれど、今のところなんとか大丈夫だ。

ただ、鳥たちと違って、リスは一回に食べる量が多い。
餌箱をいっぱいにすると何日間か持つ向日葵の種が、その日は一日で空っぽになっていた。
リス用と鳥用を別々にするとか、何か対策を考えないといけないかもだ。
リスはクルミがお好きそうだから、私のクルミを一日一個だけ、分けてあげようかな、なんても考えている。
味をしめたそのリスは、しょっちゅう私の森に遊びに来るようになった。

晴れた日は午後から森に出て庭仕事をし、雨の日は山小屋で室内作業、もしくは読書。
昨日車を運転していてふと気がついたのだけど、私、森で暮らすようになってからほとんどお昼寝をしていない。
とにかく、やることがいっぱいで忙しいのだ。
私ですらこうなのだから、お百姓さんなんかは、本当に寝る暇もないくらいお忙しいはず。
晴耕雨読とはよく言うけれど、実際はそんなに優雅なものではない気がする。

一日一回でも森で土いじりができると気持ちがスッキリするけれど、雨でできない時はなんだか気分が晴れない。
とにかく、午前中の仕事を終えて、食事をすると、森に出たくて出たくてたまらないのだ。
これは多分、サーフィンの魅力にハマってしまったサーファーが、どうしても海に入りたくなる心境と一緒かもしれない。

草むしりを始めてしまうと、2時間とか3時間とか、あっという間に経ってしまう。
あともう少し、あともう少しと、どうしても時間が伸びてしまうので、最近は目覚まし時計をかけることにした。
そうしないと、いつまででもやってしまう。
そのくらい、土いじりが楽しくて仕方がないのだ。

素手であんまり草取りをするものだから、私の人差し指には、ペンダコみたいに割れた傷ができてしまった。
私、鉛筆を持つ手は右だけど、しゃもじとかは左手で、結構、右も左も両方使える。
だから、左が割れたら右、右が割れたら左、その間にまた傷が回復したら左、と交互に手を使えるから便利だ。
爪の間にも土が入り込んでいるし。
軍手をすれば少しは指を傷をつけずに済むのだが、やっぱり草取りは素手でした方がやりやすいし、大地に触れるのは、やっぱり素手の方が断然気持ちいい。

今はとにかく、「まーぜーて」の気分。
子どもの頃、公園で、先に友だちが遊んでいると、そう言って自分も仲間入りさせてもらった。
私は、森の木々たちに、仲間として認めてもらいたいのだ。
自分も、そっち側の人間であることをなんとかして伝えたい。
それでせっせっと、草むしりに励んでいる。

今朝起きたら、森にうっすら、雪が積もっていた。
まさに、雪化粧。
苔にも、咲いたばかりの辛夷の花にも、先日外に出したばかりの机にも、等しく雪が積もっている。
お日様が出て、すぐに溶けてしまったけど。
雪景色は、やっぱり綺麗で感動する。