ゆきちゃん

朝、外に出たら鹿の群れが颯爽と走り去った。
ずっと見ていなかったので、もしやいなくなったかと期待していたのだけど。
秋冬モードの鹿たちは、皆、枯れ葉色の体毛に覆われている。
向こうは向こうで、食べ物がなくて大変なのはわかるけどさぁ。

森暮らしを再開するに当たって、本気で考えたのが、ゆりねの妹か弟を迎えることだった。
森には鹿ばかりで、犬に出会うことはほとんどない。
ゆりねは鹿を見ると血相を変えて威嚇する。
近くに鹿がいるんじゃないかと常にアンテナを張ってパトロールしているので、休まらない。

もし、もう一匹ここに仲間の犬がいたら、気が紛れるのでは、と思ったのだ。
ゆりねは温和な性格だし、キャパが広い。
きっと他の犬も寛大に受け入れるだろうし、もしかしたら母性が開花して、自分の子どもみたいに可愛がるかもしれない。

でも、色々考えて、結局やめた。
ゆりねは私との、一対一の関係を望んでいるように感じたので。
私がゆりねを大好きなように、ゆりねも私を大好きでいてくれる。
その関係性のバランスが崩れることは、お互いに望んでいないはずだ。

それで、おともだちを迎えることにした。
そういえば、子どもの頃、犬の形をした動くおもちゃがあったなぁ、と思って。
でも、ゆりねのおともだちは、犬ではなくて、ウサギにした。

小さな段ボール箱に入って届いたウサギの名前は、ゆきちゃん。
単三の電池2本で動く。
ゆきちゃんがゆりねの遊びに相手になってくれたら、願ったり叶ったりだ。
ゆきちゃんの肌触りはもふもふで、まるで本物のウサギみたい。
私は子どもの頃、ウサギを飼っていた。
だから、ウサギ大好き。

今日は、朝からピカピカの青空で、心までホカホカになる。

朝昼ごはんに味噌ラーメンを食べ、食後のコーヒーを淹れながら、もしかして今日なら外で飲めるかもしれない、とふと思い、外で飲んでみた。
今年初の、青空コーヒー。
ひまわりの種を啄みにくる鳥たちを観察しながら、コーヒーを飲む。
気持ちいい。

森では、雪が溶けた下から、苔が顔を出している。
一冬、寒い中よくぞ耐えた。
色艶は決して良くないけれど、ちゃんと生存している。
雑草(牧場から飛んでくるイネ科の飼料)が気になったので、少しばかり、今年初の庭仕事に精を出す。
雪が溶けたら、ヨーイドンで、鹿の嫌がる植物を植えなければと意気込んでいる私。

今日は、ゆきちゃんと共に宅配便で届いたプリンターもセッティングした。
いよいよ、この山小屋が仕事場として本格始動する。

夕方、初めての温泉へ行った。
あまりの暑さに、窓を開けて運転した。
ナビを頼りに着いた日帰り湯の建物は昭和レトロとしか言いようがないし、来ているのも地元のおじいちゃんおばあちゃんがほとんどでイマドキ感はゼロだけど、ちゃんとしたミストサウナがあって、温泉のお湯もとてもよかった。

サウナの後、これも今年初となる水風呂に入る。
あぁ、気持ちいい。
私は、しばらく水風呂に浸かった時に喉がスーッと通るようになる、あの感覚がとても好きだ。
喉のスーッを、久しぶりに味わえて嬉しくなる。

山小屋に戻って、買ってきた豚ひき肉でゆりねのご飯を作りながら、ビールを飲む。
おつまみは、わかさぎの唐揚げ。
これが、すごくおいしくて病みつきになる。

明日から、三月。
ゆりねはすやすやと寝てしまったので、ゆきちゃんと対面するのは、明日の朝だ。
どうなることやら。楽しみだなぁ。

ゆきちゃんは今、私の国語辞書の上でじーっと待機している。