朝起きて障子を開けたら、一面真っ白。 夜の間に、雪が降ったらしい。 この一月ほど全く雨が降らず、連日快晴だったので、さすがに土が乾燥しきっていた。 だから、雪が降り、少しホッとする。 植物たちも、喜んでいるかもしれない。 雪は、寒さを和らげてくれるお布団になるので。 このところ、寒い日が続いている。 晴れだから寒くても気が滅入ることはないけど、それでも強い風が吹くと、悲鳴をあげたくなるほどの寒さというか、痛さというか冷たさというか。 まだ、一月も終わっていないのに、早く春が来ないかと、そんなことばかり望んでしまう。 でも、家の中には一足早く、春が来た。 ヒヤシンスに続き、マジックアマリリスも花が咲いた。 なんと大胆な咲きっぷりだろう。 この子は、水につける必要もないので、本当に、ただ置いておくだけで咲いてくれる。 これなら、どんなに緑の指から遠い人でも、咲かせることができる。 球根って、本当に信頼のおける植物だ。 緑の世界に入る入り口として、まず球根から始めてみるのは、いいかもしれない。 だって、確実に芽を出し、花を咲かせてくれるのだ。 外に植えた球根が芽を出すのはもう少し先だけど、また彼らと再会できると思うと、本当に楽しみでならない。 先日、お風呂に行った時のこと。 脱衣所で着替えようとしたら、近くの長椅子に座っていたおばあさんに声をかけられた。 小柄なおばあさんは、少し腰が曲がり、片方の靴下だけ履いている。 「お願いがあるの」 おばあさんは小さな声で言った。 「靴下、履かせてもらってもいい?」 もちろんですとも。そんなのお安いご用です。 私は、喜んでおばあさんの足先に靴下を履かせてあげた。 「いつもは、なんとか自分で履けてたんだけど、今日はどうしても片っぽ、手が届かなくて。 ごめんなさいね」 こんなに薄い毛糸の靴下で寒くないのかと心配になるほどの、薄手の靴下だった。 でも、もしかすると履きやすさを優先して、あえてその靴下を選んでいるのかもしれない。 私は、自分に頼んでくれたことが、嬉しかった。 もし私が、眉間に皺を寄せたり、話しかけないでのオーラを出していたら、おばあさんは頼むのを躊躇していただろう。 でも、私を見るとすぐに声をかけてくれた。 歳をとると、若い頃はなんでもなくできていたちょっとした動作ができなくなるのだ。 でも、こんなふうに、ささやかに助け合って、できることをしてあげて、できないことはやってもらって、それでいいのだと思う。 なんでも自力でやる必要はない。 社会って、そういうものじゃないかしら? 誰もがほんの少しの心の余裕と優しさを持ち合わせていたら、ずっとずっとみんなにとって生きやすい社会になるだろうに。 私の周りにいる友人たちも、こんなふうに、ちょっと困りごとがある時、偶然隣り合った誰かに手を貸してもらえる世の中であってほしい。 また、選挙があるというが、どうか政治家を志すみなさんには、今だけの世の中ではなく、十年後、百年後のこの国が、誰しもにとっても居心地のよい社会となることを目指していただきたい。…