えみ子さん
ひとり露天風呂に入っていたら、ふわりと穏やかな空気を引き連れて、高齢の婦人がやって来た。
もしかして、と思いつつ、気持ちよかったので、しばらく黙ってお湯に身を沈めていた。
すると、「今日は滝の音が大きいですね」と彼女が話しかけてくる。
あ、やっぱりえみ子さんだ。
えみ子さんは、私が勝手に心の中でつけた名前で、実際のお名前は存じ上げない。
「雨が結構、降りましたからね」
えみ子さんと再会できた喜びをほんのり隠しながら、私は静かに言った。
確かに、いつもよりもごうごうと威勢よく滝の水が流れている。
私の記憶が確かなら、この露天風呂でえみ子さんと一緒になるのは、これで3度目だ。
えみ子さんは84歳で、ご主人を乗せ、ここから車で一時間ほどの場所から自ら運転してやって来る。
えみ子さんは、とっても朗らかで、おしゃべりが大好きだ。
前回は、えみ子さんの戦争体験談を聞いた。
今回も、えみ子さんのご家族のお話を伺う。
前回までの断片的な情報がじょじょに繋がり、えみ子さんの84年の人生が少しずつ立体となって浮かび上がってくる。
えみ子さんが生まれたのは平壌とのこと。
えみ子さんは四人姉妹の長女で、一番下の妹さんとは15歳離れているそうだ。
お父様のことを話しながら、えみ子さんは目に涙を浮かべていた。
そして私も、えみ子さんの口から語られるお父様のエピソードを聞きながら、目に涙がにじんだ。
きっと、とても立派な人格者で、お優しいお父様だったのだろう。
こんなふうに母親の話にじっと耳を傾けたことはなかったなぁ、なんて思いながら、繰り返される話を聞いていた。
母にしてあげられなかったこと。
母だけでなく、縁があった人たちにも、できなかったこと。
それを、自分は今、えみ子さんにしているのかもしれないと思いながら。
もしかすると、えみ子さんもまた、身内には話せなかったことを、こうしてたまたま出会った裸の相手には、話せているのかもしれない。
おしゃべりなばーさんでごめんなさいね、とえみ子さんは何度も微笑みながら謝ったけど、私はこうしてえみ子さんのお話を聞くのが好きなのだ。
なんていうか、えみ子さんは本当に大らかでおっとりとした性格の方で、こんなふうに歳を重ねることができたらいいな、と毎回、同じように思わせてくれるのである。
えみ子さんの笑顔は、本当に本当に素敵なのだ。
えみ子さんとおしゃべりをしたいばかりに、今回もついつい長湯になった。
えみ子さんがいらっしゃるまでは、オハナの食事をどうしたものか、とか、頭の中は悩み事で溢れかえっていたのだが、えみ子さんと同じ湯船に浸かっている間は、そんなことも一切忘れていた。
おかげで、温泉からの帰り道は、まぁ、どうにかなるでしょう、という明るい気持ちになっていた。
オハナはおそらく、自分の好きなものだけを、好きな時に、好きな量だけ食べたいのだろう。
それは、私自身もそうなので、とてもよく理解できる。
その上、オハナがおいしいと感じられる食べ物は、極端に少ない。
この点に関しては、超のつく健啖家のゆりねとは真反対で、見ていると、オハナは食わず嫌いの面も否めない。
だから、鉱脈を探るように、時間をかけて、オハナの好物を探していくしか道はない気がする。
よく考えると、全く食欲がないわけでもないのだ。
ササミも食べなくなったら緊急事態だが、まぁ、ササミなら残さずに食べるわけだし。
確かに、カリカリの方が栄養的には優れているけど、人間だって、いくら体にいいとわかっていても、毎食毎食、栄養補助食品だけになったら飽きてしまう。
3ヶ月ちょっと前は、外を歩くこともままならず、グレージングも超えられず、小さな段差すら上がれない犬だったのだから、ものすごい速さで進化したのは間違いない。
ここらで、ちょっと小休止したくなったとしても無理のない話だし、オハナは、私に甘えているのかもしれない。
ササミしか食べたくないのなら、当分、ササミをひたすらあげ続けて、そうすればまたいずれ飽きて、カリカリも食べるようになるかもしれないし。
躍起になって何か対策を講じるより、気長に待つ方が賢明だと思えるようになった。
えみ子さんのおかげである。
ノラコヤの庭には、今、とてもきれいな花が咲いている。
まるで、花紙で作ったような姿だ。
この花を見た時、きっと母はこの花が好きだろうなぁ、と思った。
私が脳裏にイメージする母の色そのものである。

なかなか梅雨の晴れ間がないので、業を煮やし、いささか強引に梅干しを外に出している。
雨が降ってきたらすぐにダッシュして、屋根のあるところへ取り込まなくてはいけない。
ノラコヤの梅で漬けた、初梅干しだ。
