春菊の恨み

このところ、ずっと雨が続いている。
降ったり止んだりではなく、ひっきりなしに降り続くので、わんこたちはお散歩もままならない。

先日12歳になったゆりねはもうそんなに長い距離は歩かないし、そもそもさほどお散歩が好きではない。
トイレも、外でできないなら中のトイレシートでしてくれる。
でもオハナは、あまり家の中で排泄することに慣れていないから、できれば外に出してあげたいのだ。
かろうじて外を歩けても、雨が激しく降っているせいで、トイレが済んだらすぐ家に戻るパターンが続き、だんだん元気がなくなり、食欲も落ちてきた。

こう雨ばかり続くと、さすがに気持ちも滅入ってくる。
一日一回でも青空がのぞいてくれれば、気分も晴れるのに。
犬たちも何だかどんよりとし、それに引っ張られて私も何だかどよーんとなっていた。

気持ちがスッキリしないのは、おそらく庭仕事ができないからだ。
雨による影響には違いないけど、多分私の体が、土に触れることを欲している。

一週間くらい前からだろうか、オハナが食事を残すようになった。
カリカリの下に敷いてあるササミだけ食べて、ドッグフードには口をつけない。
少し前まで、ご飯の準備を始めると、キュンキュンと甘えた鼻声を出し、ジャンプして喜びを表していたのに。
それが、全く喜びのダンスをしなくなった。

私は、その原因を雨のせいだと決めつけていた。
だから、雨が止んで通常通りお散歩に行けるようになったら、オハナの食欲も回復するだろう、と思い込んでいた。

でも、実際はなんとか朝と夕方のお散歩に行けても、オハナは半分くらい、食事を残してしまう。
それで、過去を振り返って、あ、と思い当たる出来事に行き着いた。
そう、ちょうど一週間ほど前のこと。
たまにはオハナのカリカリのトッピングに、ササミ以外のものを与えてみようと思い、ゆりね用に作っている手作りご飯をあげたのだ。
その時のゆりね用の手作り食には、鶏肉とパンと春菊が入っていた。
ゆりねには基本好き嫌いがないし、パンは大好物で、その時の手作りご飯も喜んで食べていた。

でも、オハナはそれを食べなかった。
私が無理に食べさせようとしたら、オハナは顔を背けて嫌がった。
思えば、その直後から、オハナは食事を前にしても喜ばなくなったのだ。

よほど春菊とパンが、特に春菊が嫌だったのだろう。
以来、どんなにオハナの好物をあげても、食事自体に興味を示さなくなってしまった。
オハナが、特別にケアの必要な犬だということを、私は少し忘れていた。
食べる喜びをオハナから奪ってしまった自分を、本当に情けなく思う。
オハナの食べ残しは、ゆりねが毎回喜んで食べる。

犬もそれぞれ、人もそれぞれ。
なのに私はつい、ゆりねを基準に考え、行動してしまうのだ。
ゆりねは何でも喜んで食べてくれるから、犬とはそういうものという固定観念が抜けない。
オハナと出会うまで、ご飯を残す犬がいるとか、外を歩けない犬がいるとか、全く想定していなかった。
3ヶ月かけてやっと築いたオハナとの信頼関係を、自分自身の浅はかさによって台無しにしてしまった。
学ばない自分に嫌気がさす。

とは言え、なんとかオハナに食べさせる工夫をしなくちゃと、昨日は鶏肉屋さんに行ってぼんじりと砂肝を買ってきた。
ぼんじりはゴム製のホースみたいなもので、袋には、ぼんじりだけが100本くらいぎゅうぎゅうに入っている。
ゆがいてから、それを細かく切っていく。
砂肝も、同様に。
ゆがいたスープは、ゆりねもオハナも大好物だ。
以前、オハナが喜んで食べていたのを思い出し、人参のすりおろしもかける。

今日こそはオハナが完食してくれますように! と祈るような気持ちで出したけど、結局オハナは、やっぱり肉しか食べなかった。
このまま一生、肉だけしか食べない犬になってしまうのか、暗澹たる気持ちになる。

一方のゆりねは、人参を買いに行った産直で見つけた生の杏に大興奮。
これまで、生の杏をゆりねにあげた記憶はないから、初めて口にしたにもかかわらず、もっとちょうだい、もっとちょうだいが止まらない。
試しにオハナにもあげてみたけど、オハナは軽く匂いを嗅いだだけで、一切口にしなかった。

生の杏は、この時期、ほんの一瞬だけ出回る。
欲しいと思っている時はなかなか出会えないのに、何とも思っていないと、バッタリ遭遇する。
ジャムにした他、オーブンでセミドライにしたものを、メープルシロップに漬けてみた。
苺のシーズンが終わり、ぼちぼち旬の果物のバトンは桃へ渡されつつある。
今はちょうど、その過渡期だ。
来月になれば、桃だけでなく、ブルーベリーにも葡萄にも会える。

朝、新聞を開いて、美輪明宏さんが亡くなったことを知った。
三輪さん、大好きだった。
オハナに関する私の悩みを打ち明けたら、きっと三輪さんは、こんなふうにおっしゃるかもしれない。

あら、あなたが一生、彼女にお肉を与え続ければいいだけのことでしょ。
頑張って働いて、犬にお肉を食べさせてあげることくらい、あなたならできるはずよ。

とかなんとか。
天国から、朗らかな笑い声が聞こえてきそうだ。
春菊の恨みは、想像をはるかに超えて大きかった。