立春

少ししけってしまった炒り豆を、もう一度フライパンで空炒りした。
パリッと、香ばしくなる。
昨日は節分だったので。
日本酒によく合う。ポリポリが、止まらなくなった。

山小屋にいると世間の動向に無頓着になりがちだけど、里にいると、こういう季節の行事を楽しみたいという気持ちになる。
南南東に向いて、恵方巻きも食べた。
ふだん食べないような海鮮が、ぎっしりと詰まっている。

今日から、立春。
その言葉を目にするだけで、頬が緩む。
昨日までの大寒とは、受ける印象が大違いだ。
今週末、またすごい寒波が来そうだけど、今日から数日は少し寒さが優しくなって、今日は土も柔らかくなっていた。
愛用の旧暦カレンダーも、新しいものへ。
今日は、春の兆しを感じる。

海と空は、何も問題がなければ、いることを忘れそうになるほど、静かだ。
だけど、ひとたび何か不都合が発生すると、とたんにメーメー騒がしくなる。特に、海ちゃん。
お母さんに反抗する思春期の娘みたいに、おっかない。
そういう時は、たいてい、餌がなくなっているか、餌箱がひっくり返っている。

だいたい、あの子たち、食べ散らかしすぎるのだ。
干し草を、バンバン下に落とす。
そして、落ちた草は、二度と食べない。
これはヤギの習性で、ばい菌を体に入れないようにするための本能と言われている。
でも、綺麗だから大丈夫なの!
下に落としたのでも食べてくれたらいいのに、そういう草は、永遠にそこに残されている。
ゆりねなんて、自分が落とした食べ物はもちろん、誰かが落としたものでも拾って食べてしまうのに。
人間にだって、三秒ルールがあるのに。
ヤギ、どれだけ潔癖なのか。
半分は大袈裟でも、2、3割の干し草は、無駄になってしまうのだ。
あぁ、本当にもったいない!!!

ヤギは、新しいものが大好きだ。
新しい干し草を運んでいくと、目を輝かせて飛びついてくる。
そして、干し草の中に頭を突っ込み、奥の方、奥の方の草を目指して食べようとする。
それで、草が箱の外にボロボロこぼれてしまう。
これを、なんとかしたいのだが。
今のところ、画期的な解決策は見つかっていない。

とは言え、私が食べられない野菜クズや、果物の皮を喜んで消費してくれるので、総じて、もったいない度は減っている。
ノラコヤにいると、生ゴミはほぼゼロだ。
先日は、サツマイモの両端と皮を、死闘を繰り広げながら食べていた。
どうやら、お好みの味らしい。
米のとぎ汁も彼らの大好物なので、それも捨てずに済んでいる。

里に暮らしているので、久しぶりに選挙カーを目にする。
さすがに、山小屋の方まではやってこないので。

今回の選挙、本当に必要なのだろうか。
選挙には、莫大な費用がかかる。もちろん、税金だ。
そのお金で、被災した能登の方たちの家を再建したり、公立学校のトイレを改修したり、学校にクーラーを導入したり、ふだんお腹いっぱい食べられない子どもたちやその親に恵方巻きを配ったり、色々できたと思うのだが。
しかも、雪国の方たちは、選挙に行きたくても行けないかもしれないのだ。
この国、本当にどうなってしまうのか。
これこそ、もったいないと思う。

去年の暮れに剪定した木蓮の枝を家の中にいけていたら、ようやく蕾が膨らんできた。
白だと思っていたら、紫の木蓮。
外の木蓮の花が咲くのはまだ先だけど、ひと足先にこうして春を連れてきてくれて、本当にありがとう。