湯治納豆

旧暦のお正月に合わせて、新潟の山奥へ湯治に来た。
さすが、日本有数の豪雪地帯だ。右を見ても左を見ても、雪景色。
分厚く積み重なる雪の層を前にして、この雪がお米を美味しくしてくれるんだなぁ、と思った。
お風呂に入って雪見風呂を楽しみ、お風呂上がりは雪見ビール、ご飯の時は雪見酒と、雪見放題だ。

最近の傾向として、私はメシよりフロだ。
ご飯かお風呂(温泉)、どっちか選ばなくちゃいけない究極の選択を迫られたら、温泉を選ぶ。
以前は、何よりもメシを優先していた。
でも、毎日温泉に入っていたら、何はさておきフロの人間になった。
今年に入ってから、まだ自宅のお風呂に1回も入っていない。

昨日から、温泉三昧だ。
まず、チェックインしてから連続4時間湯船に浸かり、夕飯の後も2時間半。
今日も、午前中3時間、夕方2時間。
多分、夕飯を食べてから、また3時間近く入るだろう。

子宮の中の羊水に浮かぶ胎児のごとく、ただただゆらゆらとお湯の中に体を解き放っている。
ほどけて、しまいには溶けてしまいそうなほど気持ちがいい。
ぬる湯なので、何時間でも入っていられる。

感心するのは、浴槽に一本も髪の毛が入っていないこと。
本当に、一本も、だ。
どんなに気をつけていても、髪の毛が入ってしまうもの。
それに遭遇すると、私はギャッとなってしまう。
仕方のないことなのだろうけど。
でも、それが皆無なのだ。
ここを利用する皆が、お湯に対して最大限の敬意を払っているというか、お湯をきれいに使おうという気持ちが根底にあって、とても清潔に保たれている気がする。
箱根にも一軒、ものすごく好きな日帰り湯があるけど、そこと匹敵するくらい、今回の温泉もお湯自体が神々しい。
温泉が、神様の化身みたいに感じる。

旧知の担当編集者に教えてもらって初めて泊まった宿だけど、ものすごくいい。
常連さんはまるで、実家に帰ってきたような気軽さでふらりとやって来る。
それを出迎える若女将と大女将のホスピタリティーも最高だ。
高級旅館のようなサービスはないけれど、随所に気が効いていて、必要十分を大いに満たしてくれる。
いい意味で放っておいてもらえるのが、ありがたい。

今夜は、夕食前のビールを我慢して、食事の時の日本酒からスタートしようと思っていたけれど、誘惑に負けた。
図書室の一角に冷蔵庫があって、そこにずらりとお酒やビールが並んでいる。
客はそこから好きな飲み物をとってよく、自分で伝票に書いてチェックアウトの時に精算してもらうシステムだ。
売店で買ったおかきをつまみに、飲み始めている。
幸せだ。

あくまで湯治なので、料理が目当てではないけれど、料理もものすごく美味しい。
そうなんです、そうなんです、私が食べたいのはまさにこれなんです!
と大声で叫びたくなるくらい、湯治にドンピシャの料理だ。
おかずも、基本は肉、魚、天ぷら、お刺身とつくが、たくさん食べられない場合は2品まで間引くことができ、その分料金もお安くなる。
私も、2品省いてもらったが、それでも十分な量だった。
昨夜の豆乳しゃぶしゃぶ、素晴らしかった。

そして、今朝の朝食に出された納豆。
普通の納豆ではなく、松前漬けみたいに、細切りにした人参や昆布が入っている。
あんまり美味しくて、おかわりした。
後で若女将に聞いたところ、自家製の納豆とのこと。
麹、納豆、大豆、人参、刻み昆布、胡麻が入っていて、日が経って馴染めば馴染むほど、味がよくなるという。
味付けは、醤油と酒のみだとか。
明日も食べられますか、と尋ねたら、毎日メニューを替えているので、明日は出ないと思います、とのことだった。
あー、残念。
夕飯も朝食も、全部同じメニューでいいのに。

昼間、お風呂上がりに最後の年賀状を書いた。
海外に暮らす、主にベルリンに住む友人たちへ。
この界隈に郵便ポストなんてあるのだろうか、と思っていたら、意外な場所に発見した。
お風呂へ向かう、その道すがらにあった。
集荷は1日1回とのこと。
こんな秘境のポストに出して、果たして無事に海外まで届くのだろうか。
ちゃんと届いたらラッキーだ。

さてと、もうそろそろ夕飯の時間だ。
今夜のおかずは何だろう?
最初の一杯を何にしようか?

もう、次にまたいつここに来ようかと考えている私。
毎年、旧正月に合わせて湯治に来るのもいいかもしれない。
こういう時間を楽しめるようになるなんて、自分も随分と大人になったもんだなぁと、自分で自分の成長を褒めている。