春の海

森暮らしをするようになって、セーターに袖を通すのが楽しみになった。
都会の暮らしでは、真冬でもフリースで十分だったけど、ここでは、フリースだと物足りなく感じる。
だから、セーターが大活躍する。
中でも、ウールのセーターが一番あったかい。
秋口から春の終わりまで、一年の半分以上をセーターを着て過ごすことができる。

大体ひと月ごとに、セーターを変える。
ちょっと寂しいような気持ちになる晩秋は、ベルリンで出会った真っ赤なセーターを。
12月は、気持ちを楽しく盛り上げる、ちょっと可愛い柄のセーターを。
真冬は、ラトビアで見つけたタートルネックのセーターを。
こんな感じで、その季節季節に合ったセーターを着る。

そして今着ているのは、ブルーのセーターだ。
毛糸の色の名前は、「春の海」。
気仙沼ニッティングの、さちこさんが編んでくれた特別なセーターである。
去年オーダーし、数ヶ月をかけて、編み手のおひとり、さちこさんが編んでくださった。
オーダーメイドで、セーターの右下のところに名前のイニシャルが入っている。
311を忘れないでいるために、特別に注文したセーターだ。

昨日で、あの日から、13年が経った。
これから先も、3月は「春の海」を着ると決めている。

昨日の新聞に出ていた、飯館村で被災した女性の言葉が胸に響く。

岸田(文雄)首相に言いたい。
裏金があるんだったら下さい。
大きい会社ばかりを支援しているように見える。
うちら個人は食べていくので精いっぱい。
せめて自分が食べる分はと、キュウリ、ナス、大根といった野菜は作っている。
1月に友達が亡くなった。
「春になったら会おうな」と電話で話したばかりだった。
親戚や友だちがどんどん亡くなる。
自分だけが取り残されていく気がする。

こういう方達の声に耳を傾けずして、何が政治家だというのだ。
誰のため、何のために政治家になったのか。
こっちは、一円単位まできっちり申告して、税金を払っているというのに。
どうか、世の中に希望をもたらすため、より多くの人が幸せを実感できるようになるために、国民から集めた税金を使っていただきたい。
どうか、どうかお願いします。

先週末、薪棚の下の方にある薪を取ろうとして、腰に違和感が走った。
しっかりしゃがめばいいものを、横着をして、ちょっと変な態勢で持ち上げてしまったのだ。
あ、やってしまった。
くるぞくるぞ、これはぎっくり腰がやって来るぞ。
体が警告を鳴らす。
時間が経つにつれて腰の痛みは広がり、お腹の筋肉も痙攣を起こした。

やっとの思いで階段を上がり、なるべく楽な姿勢になるようソファベッドに横たわる。
少し休んでから、再度やっとの思いで起き上がり、チェリーピローを温め、腰に当てる。
その後、猛烈な睡魔に襲われ、15分くらい寝た。
おそらく、痛みを逃すため、強制的に体が眠りの態勢に入ったのだろう。

でも、そのおかげでかなり痛みが軽減した。
10時半になったので、予定通り外出する。
外でお昼を食べ、帰りに温泉へ。
山小屋へ戻る頃には、ほぼ、腰の違和感が消えていた。
おそらく、すぐに腰を温めたのと、ちょっと寝たのと、温泉が効いたのだろう。
大事に至らず、本当に助かった。

都会で暮らしていた頃は、体の不調は誰かにケアをしてもらう、というのが当たり前だった。
でも、ここでは自分で自分のケアをすることが重要になってくる。
森暮らしを始めた当初、私が自分の肩こりをどうするかが悩みの種だった。
東京にいた時は、必ず半月に1度、カイロの先生のところに通っていた。

でも、不思議なことに、森で暮らすようになってから、肩が凝らなくなった。
まさか、あれほど慢性の肩こりに悩まされた自分の肩から、コリがなくなるとは!
肩こりのない人生が自分にやってくるなんてありえないと思っていたので、これには本当に自分でもびっくりだ。
そして、肩の凝らない人生がこれほどまでに楽ちんだとは!
肩が凝らないだけで、人生は見事に明るくなる。

そうなれた原因はいくつかあるのだろうけど、とにかく、ここでは自分で自分の面倒を見なくちゃいけない。
他力本願から、自力本願へ、考え方と行動を変えた。
その結果が、今回のぎっくり腰回避に繋がったのかもしれない。

深刻なぎっくり腰になるかならないかは、紙一重だったと思う。
ならなくて、本当に良かった。

春の海を着て、今日も温泉へ。
いつか、気仙沼で暮らすさちこさんにお会いして、お礼が言いたい。
また、雪が降ってきた。