床屋さん
森暮らしを始めるに当たり、困ったなぁ、と思ったことのひとつが、髪の毛だった。
私は短くしているので、できれば一月に一回、最低でも一月半には一回、髪をカットしたい。
長ければそんなに頻繁に行かなくていいのだろうけど、短いと、どうしてもだんだん気分が鬱陶しくなる。
友達に尋ねたりしてようやく見つかった美容室があったのだけど、去年、私がうかがって程なく、彼女は産休に入られた。
それで再び、髪の毛問題が浮上した。
いっそのこと伸ばしてしまうか、とも思ったのだが、もう四半世紀ショートできているので、長くなるまで待つだけの根気がない。
一晩でロングになるならそれもありだが、途中経過に耐えられない。
一軒、今年になって、撮影でお世話になったカメラマンさんから新しい情報を得た。
どうやら、皆さん、髪の毛問題に困っているご様子。
二拠点生活で移ってくる人は増えているけれど、その割に美容室が少ないのだ。
聞くと皆さん、結構遠くまで髪の毛を切りに行っている。
そこは、駅からすぐの商店街にある床屋さんだった。
看板も何も出ていないので、初めて行った時は、場所がわからなくて店の前を行ったり来たり。
もうダメだ、と思って泣きそうになりながら開けた扉が、そこだった。
先日、2回目の床屋さん詣をした。
山小屋からだと、車で1時間半くらいかかる。
途中高速にも乗って、ちょっとした旅行気分だ。
でも、それが楽しい。
店主は、私より少し下の世代の男性だ。
もともとその場所は古くから続くお菓子屋さんだったそうで、建物は大正時代に建てられたとか。
空間自体がとってもおしゃれで、待っている場所は、現代美術のギャラリーのよう。
しかも、店主の腕がものすごくいい。
床屋さんなので、シャンプーとかはないけれど、椅子に座った瞬間バババババ、っと切ってくれて、それがとっても上手なのだ。
予約は基本、店に置いてあるノートに名前と連絡先を書くシステムで、一週間先まで可能。
ただし、私のように遠方から来る客には、電話での予約も受け付けてくれる。
お値段は、初回だけ女性2500円(男性は2000円)、2回目以降は女性2000円(男性1500円)。
私がカットしてもらっている間も、ガラガラガラと扉が開いて、おばあちゃんが顔を出す。
「あのさ、髪の毛切ってもらいたいんだけど」
「今日はもう予約でいっぱいなんです」と店主が言うと、
「明日は8時半から病院で検査が3つもあってさ」
「明日の午後なら空いてますよ。13時はどうですか?」
と店主。
「終わるかね?」
「そしたら、もう少し遅くして、午後3時にしますか?」
「そうだね。じゃあ、明日」
そう言って、帰っていく。
店主は、もうおばあちゃんの名前も連絡先もわかっているのだろう。
しばらくすると、今度はおじいちゃんが、同じように店にやってきて、翌日の予約を入れて帰って行った。
看板も何も出していないのに、どうやって店のことを知るのかと思ったら、おじいちゃん、おばあちゃん同士の口コミで広がるのだという。
町に一軒、こんな床屋さんがあったら、助かる人が大勢にいるだろうに、と思った。
店主は他に、栄養士としてのお仕事もされているという。
もともとは、老人ホームとか障害者施設に出向いて髪の毛を切ってあげる美容師になりたかったそうで、お年寄りの髪の毛を切ってあげて喜んでもらえることが嬉しいそうだ。
これこそ、お互いに幸せになれる、ハッピーハッピーの関係だと思った。
店主も嬉しいし、おじいちゃんおばあちゃんも嬉しい。
なんだか、髪の毛を切ってもらっている時間そのものが愛おしくなるような、そんな床屋さんなのだ。
今日は、夏至。
一年でもっとも、昼の時間が長くなる。
お庭の花たちも、夏至を喜んでいるみたい。
お花たちが、可愛くて可愛くて、本当に本当に可愛くて。
もう、こういう姿を見ているだけで、うっとりしてしまう。