ゆりねのビスケット

朝目を覚ますと、まだ外は真っ暗だ。
空には、シャンデリアみたいにキラキラ星が輝いている。
しばらくすると、東の空が明るくなって、太陽が顔を出す。
ちょっと前までの満天の星が幻みたいになって、1日が始まる。
冬の森は、なんて美しいのだろうと、毎朝、ため息が出る。
曇っていて期待していたほどの朝焼けにならなくても、雪が舞っていても、それぞれに唯一無二の美しさがある。

山小屋の窓の向こうに広がるのは雪景色だけど、ちょっと降りていくと、もう雪はない。
日に日に、雪が占める白の面積が減っていく。
里に行けば、気温が10度もあって、山小屋の格好でそのまま行くと汗ばむくらいだ。
確実に、春が近くなっている。

最近は、昼間、山小屋でも暖房要らず。
晴れの日が続いているので、お日様さえ顔を出せば、床暖房をつけなくても普通に過ごせる。
今日は、日中の室内の気温が20度で、ちょうどいい感じ。
屋根に取り付けた太陽光パネルがガンガン発電してくれるし、本当に、お日様バンザイだ。

ゆりねはまだ、かろうじて雪道を歩いてくれている。
でもこれが、だんだん雪が解けてぐしょぐしょになると、歩かなくなる。
今は、ツルツルの氷のところが多い。
ゆりねも、滑りながら歩いている。

ゆりねの散歩に絶対に欠かせないのが、ゆりねのビスケットだ。
私が焼いている。
材料は、粉と油とすりおろしたリンゴかにんじんで、なかなかおいしい。
前回、そこに薪ストーブで焼いた焼き芋を入れたら、あまりのおいしさに私が大半を食べてしまった。
カリカリカリカリ、ゆりねはいつも、ものすごくおいしそうな音を立てて咀嚼する。

もしも、散歩に行くのにゆりねのビスケットを忘れてしまったら、大変なことになる。
ゆりねにとって、お散歩はほぼおやつの時間に等しい。
私だって、遠足の楽しみはおやつだったから、批判できる立場ではないけれど。
とにかくゆりねは、ビスケットを食べるために散歩に行く。

最近は、ますます手が込んできて、とにかくごねるのである。
おやつが欲しいと、足を止めて、ストライキ体制となる。
あげればまたご機嫌で歩き始めるのだが、あげないと、ずっとそこに座ったまま動かない。
この子はヤクザの端くれかと思うほど、ゴネ上手になってきた。
しかも、あげないで無視していると、道を引き返そうとする。
結局こっちが根負けしてビスケットをあげると、今までの態度を180度ひっくり返して、ルンルンでまた歩き始める。
その技が、年々巧みになってきた。

しかも、帰り道では、決して元来た道を戻ろうとしないのだから、確信犯だ。
かわいい顔をして、結構、やることがずる賢い。
人の足元を、ちゃんと見ている。

今日は一日、ゆりねの散歩以外にどこへも行かず、森で過ごした。
庭づくりの本を熟読する。
そして夕方5時過ぎ、ふと見ると、空がうっすらピンク色になっていた。
やっぱり、私は冬が一番好きかもしれない。

雪のお布団の下で、球根たちはどんな夢を見ているのか。
森は一見全てが死んだように見えるけど、地面の下では、ちゃんと鼓動している。
あぁ、春が待ち遠しい。
今年は、どんな景色を見せてくれるのだろう。