酸ヶ湯デビュー

ちょっと前になるけれど、青森へ取材に行った帰り、念願の酸ヶ湯温泉に行ってきた。
山奥にひっそりと佇む秘境かと思いきや、駐車場には大型の観光バスが何台も連なっている。
夕方まではお客さんもひっきりなしで、大いに賑わっていた。

この温泉が、いまだに混浴なのだ。
男女別のお風呂もあるけれど、やっぱり目玉は大きな大きな混浴のお風呂。
せっかくはるばるやって来たのだから、千人風呂に入りたいではないか。
おっかなびっくり様子を見に行ったら、男女別の境界も設けてあるし、衝立もあるし、それほど怯える状況でもない。
ベルリンの男女混合裸族サウナの方が、よっぽど破廉恥だ。
破廉恥なんて言葉、久しぶりに使ったけど。
というわけで、日帰り客が少なくなる時間帯を狙い、いざ千人風呂へ。

一応、男性も女性も、黒い水着みたいな湯浴み用の服の用意があり、借りることもできるのだが、私はどうもあれ、苦手だ。
水着で入る温泉は、サウナにあるテレビ同様、居心地の悪さを感じてしまう。
プールじゃないんだし、温泉は生まれたままの姿で入りたい。
逆に言うと、服を着てまで温泉に入りたくない。

お湯は白濁しているし、大きなお風呂は薄暗くて、別にそんなに気にすることは何もなかった。
それに、肩まで浸かっていて熱くなったら、女性の更衣室につながる衝立のこっち側にいれば、向こうからは見えない。
やっぱり、広々としたお風呂は、最高だ。
特に、お客さんが少なくなった夕暮れ時は、静寂に包まれて、非現実的な夢のような時間を過ごす。
お湯が、最高だった。
こういう硫黄の匂いのするお湯、好きだなぁ。

夜の女性専用タイムにも行ってみたのだが、逆に女性だけになると、途端に姦しくなる。
要するに、はしゃいだりしてキャーキャーうるさいのだ。
女性専用だから、混浴の時には行けない打たせ湯などにも安心して行けるという利点はあるものの、私としては静かな混浴の方に一票を投じたい。
それに、こう言っちゃなんだが、ある程度の年齢を過ぎれば、男も女も、遠くから見たらそんなに違いはない。

あー、すっかり酸ヶ湯ファンになってしまった。
また行きたいな。

酸ヶ湯に向かう道中、岩木山神社にお参りした。
初めて行ったけど、ものすごく神聖な気配に満ちた、とても気持ちのいい場所だった。
岩木山は、お天気があんまりでなかなか全貌を見せてくれなかったけど、本当に美しい姿をしている。
裾野には、延々とりんご畑が。
あまりにおいしそうなので、岩木山神社の近くの無人の販売所で、りんごを買ってその場で齧った。
そのみずみずしいおいしさが、今でも忘れられない。
あんなにおいしいのなら、もっと買えばよかった。

長野県民になって、私はりんごが大好きになった。
それまでもりんごは食べていたし、それなりにおいしいりんごを食べていたはずだけど、それでも、味が全然違うのだ。
最近思うのだが、果物全般、甘すぎる。
糖度ばかりが高くなり、なんだかお砂糖を舐めているみたい。

でも、岩木山神社の無人販売所にあったりんごは、ただただ甘いだけじゃなくて、香りもよく、歯応えもパリッとして新鮮そのものだった。
食感は、梨とりんごの中間のようで、色は黄色。
段ボールに、マジックで「きおう」と書かれていた。

最近、それと似たようなりんごを、私がよく行く日帰り湯の売店で見つけた。
もしや、という淡い期待を胸に連れて帰ったら、やっぱりあの味がする。
瑞々しくて、香りが良くて、ちょっとだけ梨みたいな。
名前は「きおう」ではなく、「王林」だったが。
ただ、青森で出会った「きおう」の方が、小さくて、食べやすかった。
私は、一回でひとつを食べ切りたいので、小さいりんごの方がありがたい。

長野県民も青森県民も、りんごの味には一家言あり、とても厳しい。
長野の人は、おいしくないりんごを「ボケる」と表現するが、青森の人は、「老ける」と言うそうだ。
とにかく、ちょっとでも味がぼんやりしていると、もうダメ。
確かに、日常的においしいりんごを食べてしまうと、舌がこえて辛口になるのも仕方がない。

きおう、王林と並んで私がもうひとつ好きなのは、「群馬名月」だ。
こちらも、見た目は赤ではなくて黄色。なんだけど、ほんのり、薄いピンクが滲む。
幻の品種らしく、なかなかお目にかかれない。
りんごと言えば「フジ」が主流になり、もちろんフジはフジでおいしいのだが、きおうや王林や群馬名月も、残ってほしい。
どれも、ちょっと一歩引いた感じの奥ゆかしい味がたまらない。
おそらく私は、黄色いりんごが好きなのだろう。

1日1個りんごを食べると、病気にならないと言われている。
もちろん、長野県民の私は、1日1個、食べている。
手元にりんごがなくなると、どうも不安で落ち着かない。

アルプス乙女という品種の、小さい姫りんごも好きだ。
こちらは、食用というより、存在そのものが可愛くて、ついそばに置いておきたくなる。
今年は、山小屋とノラコヤに、一本ずつ、姫りんごの木を植えた。
山小屋の方は、シーに食べられてすっかり丸坊主にされてしまったけど。
来年はもっとしっかりガードして、いつか小さな赤い実がつくことを願っている。