人生福袋
亡き父の戸籍謄本を取り寄せた。
母と父それぞれの、正確な命日を確認するためである。
そこには、父の人生が記載されていた。
台湾で生まれ、仙台へ引き上げ、母と出会い、母の両親の養子となり、母と結婚し、母と死別し、自らも死を迎える。
知らないことも多く、改めて父の人生を辿ることができたのは、とても有意義だった。
驚いたのは、母の死からも父の死からも、もう10年が経つことだ。
7、8年くらいかと思っていた。
両親の死が私にもたらしたものは、計り知れない。
ふたりがこの世を去ったことで、私の人生もまた、大きく舵を切り、新天地を目指した。
人生って、福袋みたいだ。
中を開けてみるまで、中身がどんなかわからない。
開けたところで、自分の望むものばかりが入っているなんてことは稀で、大抵は、嬉しい「福」と抱き合わせで、うわぁ、これどうしよう、的な嬉しくないものも入っている。
母の人生なんて、まさにそうだ。
本人も、「まさか」の人生だったに違いない。
それでも、私が病院にお見舞いに行った時、「お母さんの人生は、幸せだったの?」と尋ねたら、母はしっかりと首を縦に動かし、肯定した。
もう、私が誰かもちゃんとわかってはいない状態で。
それでも、自らの人生を肯定した母を、私は単純にすごいと思った。
もし、私の人生にも同じことが起きたとして、私はそんなふうには決して思えないだろう。
だから、周りからはどんなに不幸に見える人生でも、本人が幸せだと思っているなら、それでいいのだと思う。
母は、自分の人生をそうやって自らが選んで生きたのだし。
生きている間は本当に色々あって私は消耗しっぱなしだったけど、亡くなってしまってからは、よくぞ頑張ってくれた、と思うようになった。
それもこれも、母の死が私にもたらしたもの。
もしもまだ母が生きていたら、いまだに私は七転八倒していたかと想像すると、恐ろしくなる。
不老不死を望む気持ちとか、私にはさっぱりわからない。
死があるからこそ、生が輝き、そこにひとつの大きな区切りができるんじゃないのかな。
もし、永遠に生きなさい、と言われたら、私は途方に暮れてしまうだろう。
昨日は、庭仕事はじめ。
気温が高く、風もなかったので、焚き火をしながら土に触れた。
この庭仕事も、私が全く予想もしていなかった福袋の中身のひとつだ。
海と空の糞を、せっせと植物たちの根元にまいて、土に混ぜる。
動物も植物も、本当に健気だ。
言葉を話さない彼らこそが、信頼に値するのではないかと、最近、しみじみとそう感じるようになった。
お昼を食べた後は、地元の図書館でカードを作り、近くのケーキ屋さんへ。
母の好きだった苺のショートケーキを買ってノラコヤへ戻り、コーヒーを淹れて、母のことを思いながらケーキを食べる。
私と母の関係は、これからも続いていくし、変わってもいくのだろう。
そして今年は、父の命日も、盛大にお祝いしてあげよう。
あっちの世界への、バースデーなので。
年を越したら、球根たちの芽が急に伸びてきた。
