大、丈、夫!
オハナを迎えて、今日でちょうど一月が経つ。
毎日まいにちミラクルが起きるので、目が離せない。
本当に、あっという間の一ヶ月だった。
オハナは、もう1歳半になるが、中身は赤ちゃんだ。
ゆりねはもう生後半年くらいで、大人になった印象があるから、その点はずいぶん違う。
どうやら、大型犬はゆっくり成長するらしく、その中でも特にオハナは特殊な環境にいたから、今、赤ちゃんとして生まれ変わっているのかもしれない。
最初は、本当に歩けなかった。
動く車を見るのも初めてで、車が通るたびに大袈裟に驚いては、大きく飛び跳ねていた。
ドッグトレーナーさんに来てもらった初日、車に慣れるため道路側まで移動するのに、無理やり引っ張られ、オハナは完全に尻尾を後ろ脚の間に入れ、背中も丸くなり、まるで捕獲された熊のようだった。
あの時は、正直、この先この子とどう接したものかと、お先真っ暗な気分になっていた。
でも、オハナは本当に日々、ノラコヤの雑草みたいに成長して、変化を遂げた。
今では森を、我が物顔でスキップするように歩いている。
大したものだ。
夕方の散歩はゆりねとオハナを一緒に連れ出す。
最初こそ、興奮したオハナがゆりねを踏んづけそうになったり蹴ったりと散々だったけど、そのうちゆりねの方が学んで、オハナの激しい動きから身をかわす術を見つけた。
オハナも私も、それなりに頑張ったけど、やっぱりこの一ヶ月間の最大の功労者は、ゆりねだと思う。
ゆりねがこれほどまでに寛大な心を持ち合わせていなかったら、今頃私とオハナは途方に暮れていただろう。
ゆりねもオハナも、基本的な性格は一緒で、明るく朗らかで、気立てが良い大らかな犬だ。
でも、二匹を相対的に比較すると、それぞれの個性が浮き彫りになってくる。
この一月でわかったのは、とにかくゆりねは聡明で賢く、器が大きいということ。
対してオハナは、限界を知らないほどのマイペースで、お調子者。本当に、ユニークな犬だ。
オハナを人に紹介すると、よく、○○に似ている、と言われる。
先日遊びに来た彫刻家の友は、幼馴染の同級生に似ていると言った。
それを言うなら、ベルリンに暮らす私の画家の友人にそっくりだし、昨日は、私自身に似ているとも言われた。
笑ったのは、オハナが私のところに来てまだ間もない頃、「オハナちゃんって、ハシビロコウに似てません?」と指摘された時。
私は最初、ハシビロコウを知らなくて、ん? という感じだったけど、写真を見せてもらったら、確かに似ている。
ハシビロコウは、動かない鳥である。
オハナがおすわりの格好でじーっとどこか一点を見つめていると、なるほど、似ているのである。
初めてオハナを見た時は、お猿さんに似ているな、と思った。
それに加えて、怪獣にも似ている。
でも、やっぱり一番似ていると感じるのは、宇宙人だ。
なんていうか、静かに音を立てずに移動する感じとか、何を考えているのかわからない感じとか、宇宙的なのだ。
もしも、この星に一匹だけ、宇宙からやって来た犬が混じっているとしたら、それは間違いなくオハナだと思う。
オハナは、私の中では宇宙犬だ。
とにかく、何もかもが規格外で、今まで犬とはこういうもの、と思っていた常識が、真っ向から覆されている。
無意識の時は簡単に降りられている段差が、いざ降りようとすると怖くて降りられなかったり、できないことはいろいろいろいろあるけど、できるようになったこともまた、山ほどある。
言葉に関しては、「大丈夫」というニュアンスは覚えたっぽい。
オハナが苦手なものがあったり、見たことのないものがあって脚が止まっても、私がポケットの当たりを手で叩きながら、大きな声で、「大、丈、夫!」と言って励ますと、たいてい大丈夫になる。
オハナにとっては、魔法の響きかもしれない。
当初、いくつか名前の候補があり、オハナ以外には、「のはら」が最有力候補だった。
でも、やっぱりオハナで正解だったと思う。
もう、オハナにはオハナ以外の名前など、ありえない。
私は、オハナと片仮名で書くけど、たまに友人が「おはな」と書いてくれて、それもまたかわいいなぁと思う。
私が呼ぶ時は、「オハちゃん」もしくは「はなちゃん」で、「おはぴー」もたまに使う。
どれも、本人はなんとなく自分が呼ばれたことを理解している様子だ。
ゆりねがいて、オハナがいて、贅沢すぎるなぁ、と思う。
この一月は、本当に夢を見ているかのような、ふわふわの時間だった。
この幸せが、日々続いていくことを願わずにはいられない。
今日は、オハナとしての、生後一月の記念日を盛大にお祝いしよう。