目覚め
朝起きて、すぐにオハナにハーネスをつけて庭を歩くのが日課になってきた。
ゆりねとふたりだけの時は、ついつい一緒の布団にいるのが心地よくて、朝、なかなか起きられなかった。
でもオハナが来てからは、夜明け前に目が覚めてしまう。
外はまだ暗いので、一階から物音がしてオハナが起きた気配を感じたら、すぐに私も着替えて外へ連れ出す。
オハナのおかげで、庭の植物をじっくり見ることができるようになった。
あれよあれよという間に、芽吹きが始まっている。
昨日まで咲いていなかった水仙が咲き、その横でチューリップがあくびをしている。
まだ小さな幼木だが、啓翁桜も花を咲かせた。
冬を越して再び芽を出すことで、ようやく根付いたと言えるから、私はそれぞれの木の生存確認をするような気持ちで、真剣に芽吹きの有無を観察する。
一本だけ心配な子がいるものの、みんな、ちゃんと生き伸びていた。
庭を5周したところで、オハナを道路の方へ誘導してみた。
昨日までは、それをするとすぐにオハナの脚が止まり、行きたくないという意思表示をしていた。
でも、なぜか今朝はすんなり歩いてくれる。
そのまま、田んぼの方へ。
昨日までのイヤイヤが嘘のように、オハナは上手に歩いている。
オハナは、山小屋のある遠くの山並を感慨深げにじーっと見つめ、山から降りてくる用水路の水の音に耳を澄ます。
これまでにわかったのは、オハナは制限されることを極端に嫌うということ。
だから、無理強いされると、ますます頑なに心を閉ざす。
それがわかってきたので、私は全て、基本的にはオハナのしたいようにさせる。
歩きたくないなら、無理に歩かせようとせず、立ち止まって、オハナが再び歩き始めるまで辛抱強くその場で待つ。
もうそれ以上歩きたくないのであれば、すぐにそこから引き返す。
オハナと田んぼの畦道を歩いていると、向こうの山からお日様が顔を出した。
なんという神々しい光だろう。
その場所は、最近になってゆりねと散歩して知った道で、こんなに美しいとは知らずにいた。
もうすぐ咲くだろう2本の桜の巨木の向こうに、雪をまとった南アルプスが見える。
普段、ゆりねとのお散歩は夕方にしているので、外で朝陽を見ることは滅多にないのだ。
オハナは、生まれて初めて歩くその畦道の匂いを、真剣に嗅いでは、自分の中で納得をしている様子だった。
すごい、すごい、すごいぞ、オハナ。
来た時は全く外を歩けなかったのに、まるで別犬じゃないの。
美しい朝陽を存分に浴びながら、オハナに賞賛の声をかけまくる。
おそらく、オハナの中で、犬としての何かが目覚めたのだろう。
全身をすっぽりと覆っていた古いウェットスーツのようなものを、オハナは自分で脱ぎ捨てて、生まれ変わったのかもしれない。
オハナは賢いので、全ての物事を、ちゃんと自分の中で消化し、納得しないと気が済まない。
無条件に私を信頼したりせず、自らの頭で考えている。
車が来たら、じーっと車の行方を目で追って、向こうまで行って見えなくなるのを確認してから、歩き始める。
このあたりの賢さは、やっぱり小型犬とはレベルが違う気がする。
夕方、試しにもう一度同じように道路の方へ向かったら、やっぱりオハナはちゃんと歩けた。
何度かストップすることはあったけど、リードを引っ張ることもせず、とても上手な歩き方だった。
目の前で奇跡を見せられたようで、私はしばし放心した。
うん、オハナが相手だったら、この先、どうにか一緒にやっていけるかもしれない。
何かオハナの好物を探ろうと、ほろほろ鳥の砂肝と肝臓、ハツをあげてみたところ、喜んで食べてくれた。
オハナがおいしく食べてくれるのなら、こんなのお安い御用だ。
オハナには、もっともっと、食べる喜びを感じてほしい。
ゆりねがそうであるように。
午後、ふと見ると、ゆりねがオハナ用に買った大きなベッドで気持ちよさそうに寝ている。
そこから少し距離を置いて、オハナも眠っている。
更に野原では、海も空も草の上に体を投げ出してウトウトしている。
みんな、幸せそう。
なんて平和な時間だろうか。
私の心にも、美しい春がやって来た。



