今夜はジビエ

空を飛ぶ夢を見た。
椅子ごとフワーッと宙に浮いて、そのまま空中遊泳した。
椅子は、いつも山小屋のある森の外に置いてある黄色い椅子。
飛んでいるのは、どこかの都市の上空で、ビルなどの街並みを鳥の目で眺めている。

ものすごく気持ちよかったのだけど、途中から天候が荒れて、恐怖を感じるようになった。
それで、ガソリンスタンドの屋上に不時着した。
ガソリンスタンドで働く若い女性が、屋上まで私を迎えに来てくれた。
そこで気がついて、夢の中での空中遊泳は終了。

大体の夢は目覚めた瞬間忘れてしまうのに、なぜかこの夢だけは強く印象に残っている。
なんとも不思議な感覚の夢だった。
ちょっと前に起きた鹿の脚事件のことを森暮らしの先輩に報告したら、森で生きていくと決めた以上、そんなことでビビってはいけませんよ、と叱咤激励を頂戴した。
曰く、それは私への、森の動物たちからの最大限の歓迎のしるしではないかと。

さすが、大先輩だ。
猫が、主人のところにとった獲物を持っていくように、何者かの野生動物が、鹿脚を私のところに献上してくれたという解釈である。

あー、なるほど。

更に、ヨーロッパのご婦人は、自分が車で轢き殺してしまったキジを、なんのためらいもなく運び、台所へ持って行って料理するでしょう、と続く。
それくらいの覚悟がなければ、森では生きていけませんよ、とのことだった。

たかだか鹿の脚が一本木の枝にささっていたくらいでジタバタ騒いだ自分が、恥ずかしくなる。
次回、同じ光景に出くわしたら、「やった〜、今夜はジビエにしよう! 鹿の腱でシチュウでも作ろう!」と喜べるくらいタフになれるよう、日々、メンタル面を鍛えなくちゃ、だ。
がんばれ、私!

先日、2年前に書いた日記のゲラを読み返した。
来年文庫になる分のゲラなので、どうしても仕事として読まなくてはいけなかったのだけど、読むのに勇気がいるというか、なかなか読む気になれなくて、珍しくギリギリまで保留にして、ようやく重い腰を上げて読んだ感じだった。

個人的にも世の中的にも気流が乱れて、当たり前の日常を失って相当混乱していたと思うし、そんな自分を振り返るのが、しんどかった。
でも、読んでみたら、そんな中でも必死に踏ん張っている自分に再会できて、逆に勇気をもらったというか、励まされたような気分になった。

自分の周りで台風が起きている時は、目の中心まで行ってしまえばいい、そうすれば意外と風の影響を受けず静かに過ごせる、と思ってはいたけれど、当時の自分を振り返ると、まさにそんな感じだったのかもしれない。

車の免許を取るため初めて教習所内でハンドルを握った時は、本当に時速10キロのスピードでも恐怖を感じている自分がいた。
あの時は、免許なんか取って車を運転するのは絶対に無理!と思っていた。
そのことを車の運転をする友人に話すと、みんなが口を揃えて、慣れるから大丈夫!と言ってくれたが、当時はそんな言葉を信じる気になどなれなかった。

でも、あれから2年経って、確かにその通りだ、と納得している。
もし、かつての自分と同じように時速10キロでもビビっている人がいたら、私も、そんなの慣れるから大丈夫だよ〜、と励ますに違いない。

歳を重ねるにつれ、年々、一年があっという間に過ぎる印象だけど、でもこの2年で、随分と心境も環境も変わっている。
ゲラを読み終わると、頭の中には、中島みゆきさんの『時代』という曲が流れていた。

もう、森はすっかり雪に覆われている、らしい。
早く雪景色が見たくてうずうずする。