ムッティ

夕方、お風呂から戻ると、薪ストーブに火を入れる。
当初は、朝から入れていたのだが、朝から点けると、じーっと炎に見入ってしまい、それだけで時間が流れてしまうので、朝は軽く床暖房をつけて、薪ストーブの炎を見るのは日が暮れてからのお楽しみになった。
今は、夕方の5時にはもう暗くなるので、そこからは夜時間。
ちびりちびりと赤ワインをやりながら、薪ストーブとおしゃべりする。

薪ストーブは、寒くて早く火を点けたい時に限って、駄々をこねる。
なかなか思い通りに火が育たず、最悪の場合、一度火が盛り上がっても、鎮火してしまう。
そうなると、もう一回やり直しだ。
着火剤とかが、無駄になってしまう。

なんだかかんだと手を焼き、こまめに面倒を見ていると、薪ストーブはご機嫌になって、気前よく炎を上げる。
特に、昼間のうちに中の灰をきれいにし、焚き火をするごとく諸々を仕込んでおくと、自分に向けられた愛情を感じるのか、気持ちよく炎が誕生する。
まるで人格や感情を持っているようで、こうなったら薪ストーブに何か名前をつけてあげたい、と思うようになった。

それで思いついたのが、「ムッティ」。
ドイツ語の、お母さんという意味だ。
親しみを込めて、メルケルさんも国民からそう呼ばれていた。
ムッティは、暖かさと光、両方を惜しみなく与えてくれる。

ムッティに点火する時は、着火剤として、松ぼっくりや新聞紙などを使う。
私には、俄然松ぼっくりが貴重品になった。
ゆりねを連れて散歩をする湖の湖畔や、日帰り温泉の駐車場など、松ぼっくりを見つけたら、反射的に拾ってしまう。
某大学の研究所の敷地内で、ものすごく大きい松ぼっくりも発見した。
パイナップルみたいな細長い感じで、これがものすごくよく燃える。
胡桃の殻も油分が多くて燃えるので、いい着火剤になる。
木が火になり、火が土になり、土が金になり、金が水になり、水が木になる。
薪ストーブを使うようになってから、五行説をなるほどと肌で理解できるようになった。

ムッティがいてくれるおかげで、寒さはそれほど気にならない。
おそらく、体がどんどん寒さに強くなっているというのもあるだろう。
山小屋には断熱材もしっかり入っているし、今のところまだ、防寒着も、レベル2くらいで済んでいる。
ダウンや毛糸の帽子、手袋も、ほとんど必要ない。

夕飯は、ムッティの前に陣取って、中の様子を見ながら食べることが多くなった。
ムッティにはオーブンもついているので、そこで野菜にじんわり熱を加えたり、パンを温めたり、りんごを焼いたりすることもできる。
ムッティの熱と赤ワインで体がほかほかしてきたら、外に出て星を見る。

夏の間はそれほどありがたみを感じていなかったモミなど常緑の針葉樹が、冬になったらものすごく逞しい存在に見えてきた。
すっかり葉っぱを落とした落葉樹の森で、針葉樹だけは、寒さに耐え、堂々と緑色の葉っぱを広げている。
その姿に、希望を感じる。

これからしばらく、またムッティに会えなくなるのが、寂しい。