巣立ち

どうやら、ノラコヤの窓辺に作られた巣で、雛がかえったらしい。
抜き足差し足で2階に上がり、耳を澄ますと、か弱き鳴き声のようなものがかすかに聞こえてくる。
あまりはっきりとは見えないものの、巣の中で動く何かも確認できた。
庭の木々を飛び回る、親鳥らしき姿もある。(でもまだ、なんの鳥かはわからず。)
卵に気づいてからの時間が長かったので、途中で親鳥が抱卵をやめてしまったかとハラハラしながら様子を窺っていたのだ。
でも、おそらくその不安は杞憂だったかもしれない。
どうか、あと少し親鳥の下で成長し、ノラコヤから無事に巣立ってほしい。

小鳥たちより一足先に日本という巣を飛び出したのは、ララちゃんだ。
数日前の早朝、空港から電話があった。
あと一時間後に飛行機が飛び立つという。
1回目の大学受験では夢破れたものの、自力で難関を突破して別の国際色豊かな大学に合格し、これから一年間、オスロの大学に留学するという。

思えば中学生くらいの頃から、北欧に興味があると言っていて、その気持ちを貫いて留学先もノルウェーを選んだ。
大学での勉強が本当に忙しそうで、本人にはなかなか会えないのだけど、こうして区切り区切りで、私に声を届けてくれる。

「行ってらっしゃい」と言ったら、思わず涙がこぼれそうになった。
オスロで、たくさんの経験を積んでほしい。
そしてその経験を、これからのララちゃんの人生の糧にしてほしい。

今の時代、海外へ、しかもヨーロッパへ留学するというのは、恵まれている証拠だと思う。
行きたくても行けない子も多いだろう。
だからこそ、せっかくのチャンスを無駄にせず、多くの宝物を手にしてほしいのだ。

生まれる前から知っている子が、二十歳になり、日本の外へ羽ばたいていく。
親という立場とは異なるものの、ちょっとだけ、親みたいな心境も味わわせていただいて、感無量だった。
どうか、ララちゃんの留学生活が、実り多きものとなりますよう。

実りといえば、ノラコヤは今、今年最初の実りの時期を迎えている。
トマトの苗は、去年大変だったので、控えめに2本だけ植えたのだが、そのトマトが色付いてきた。
原種のトマトで、実は小さいものの、味は濃厚で、ゆりねのカリカリにトッピングするのにもちょうどいい大きさだ。
ブルーベリーも実をつけているし、嬉しいのは、去年は知らんぷりを決め込んでいたブラックベリーが、今年は実を光らせている。
赤から黒になった実をその場で口に含むと、思いの外ちゃんと甘い。
目下、ベリー摘みがノラコヤでのお楽しみである。

一昨日は、東京への弾丸日帰り出張だった。
恐れていた酷暑もそれほどでもなく、天変地異も起きず、2匹の犬を山小屋で留守番させたまま予定通り夕方には帰宅できたので良かったのだが、出発前、私は蜂に刺されてしまった。
人生で2度目だ。
仕事が終わり、帰路に着く頃から次第にズキズキし始め、その日の夜は痛みと腫れでしっちゃかめっちゃかになる。

刺されたのは、踵の近く。
土踏まずが、肉球のように膨らんでしまい、歩くたびに、イテテテテテ。
もう、知っている単語が「イテテ」しかないんじゃないかってくらい、イテテ、イテテ、イテテテテを連発する。
昨日は、痛みと腫れと頭痛もあって、意識が朦朧とし、動けなかった。
そして今日、ようやく病院に行ってお薬をもらってきた。
行く途中に見えた山並みがあまりに美しくて、感動する。

刺された瞬間の痛さで、咄嗟に「ハチ」と思ったけど、姿を見たわけでもないし、もしかすると、吸血アブとか、ブヨとかの可能性もある。
まぁ、用心するに越したことはないから、今後はもっと念入りに虫対策をしないと、だ。
一匹の小さな虫がこんなにも人にダメージを与えるとは、人間って本当に本来は弱っちぃ生き物なんだと思う。
脳だけでっかくなって偉そうにしているけど、体だけで他の生き物と勝負したら、かなりひ弱な存在だ。

熊本では、また、大きな地震が起きた。
亡くなった方も被害に遭われた方も、たくさんいらっしゃる。
この暑さでの避難所生活は、さぞご苦労が多いことだろう。
安全な場所に身を置けること、夜、安心できる場所でぐっすり眠れること、当たり前に水が飲めること、お風呂に入ってその日の疲れを癒せること、おいしい食事でお腹が満たせること、ふだん当たり前のようにやっている日常を一瞬にして奪われてしまう苦痛が、いかにしんどいか。

戦争という言葉が日常会話で頻繁に繰り返されるほど窮地に立たされたこの世界で、どうやって生きていけばいいのか途方に暮れそうになるけど、それでも健気に生きていくしかないのだなぁ。