姉妹
よく考えたら、前回の日記を書いた日は、オハナがうちに来て4ヶ月の記念日だった。
でも、それをうっかり忘れてしまうくらい、もうオハナがいることが当たり前になっている。
ゆりねとの関係はどうかというと、姉妹(一応)が行動を共にするのは夕方のお散歩タイムだけで、それ以外は、オハナは1階、ゆりねは2階で、家庭内別居状態にある。
お散歩の時も、それぞれが私しか見ていなくて、あまり相手の犬のことは眼中にないのだ。
おそらく、お互いに好きでも嫌いでもない、というのが本音だろう。
どちらもおっとりマイペースな犬なので、喧嘩するようなことはまずないけど、相手が気になったりしている様子もない。
発端は、ゆりねの分離不安をなんとかしたい、ということだったが、結果的には、分離不安の犬が2匹になった、という状況だ。
それでも、もちろんオハナを迎えたことに後悔などあるはずがなく、私もゆりねもオハナも、度合いは異なれ、みんなハッピーにはなったと確信する。
オハナは最近、よく笑うようになった。
最初の頃は、表情が乏しかったし、そもそも人と目を合わせることもできなかった。
だから、ハシビロコウにも似ていた。
でも、4ヶ月という時間が経ち、だんだん私と見つめあう時間が増えて、人に対する信頼も生まれ、いい意味でグータラにもなり、家庭犬としての個性が出てきたように思う。
来たばかりの頃のオハナを知っている人は、今のオハナに会うと、皆さん、違う犬みたいだとおっしゃってくださる。
この4ヶ月、とにかくオハナを褒めて褒めて褒めまくった。
人目も憚らず、オハちゃんかわいいねぇ、最高のワンコだねぇ、お利口だねぇ、べっぴんさんだねぇ。
もう、ありとあらゆる褒め言葉を並べ、誉め殺しである。
もちろん、ゆりねにもそうしているし、庭に咲く花々にも、私は褒め言葉を網羅する。
植物たちだって、褒められたら嬉しい決まっている。
やっぱり庭に植えられて咲く花たちは、誰にも見られないでひっそりと咲いて枯れるより、愛でられた方が幸せなのではないだろうか。
気高く咲く野生の花とは、また少し立ち位置が異なるように感じるのだ。
今、ノラコヤにはたくさんの夏の花が咲いている。

友人の家から、飼い猫のカロが外に出てしまって、半月が経つ。
カロも、姉妹で飼われていた。
一年ちょっと前、子猫の頃に、保護猫として友人宅にやってきた。
先住のネロと、最初はなかなかいい距離感が保てず、友人は本当に心を砕いていた。
でも少しずつ距離が縮まって、姉妹仲良くベッドで寝るようになった。
オハナがほんの15分かそこら、鹿を追いかけて森の中で行方不明になった時ですら、私は生きた心地がしなかった。
だから2週間も愛猫がいなくなって、ひたすら帰りを待つ友人の心境を思うと切なくて仕方ない。
どれだけ自分を責めたか容易に想像がつくし、今夜こそはと期待し、そして落胆して、一日一日を過ごしているのだろう。
カロは、子猫の時に保護されたので、外の世界を知らないのだ。
どうか、無事でいてほしい。
私も、カロがちゃんと家に戻ってきてくれることを、必死に祈っている。

