実生

雨が続いている。
草木たちは喜んでいるけれど、私はお庭に出られなくてつまらない。

朝、2階の窓から雨に濡れそぼる森を見ていたら、一匹、ミズナラの大木の下に鹿を見つけた。
春から鹿対策に精を出しているけれど、そのエリアはまだ手つかずの状態なので、鹿がいるのは致し方ない。
鹿は、必死に何かを舐めている。

最近は、鹿を見つけても追い払わないようにしている。
去年は、すぐに外に飛び出して、追っ払っていた。
でも今年からは、鹿の行動をつぶさに観察するようになった。
どこに抜け道があるか、どんな植物を食べているか。
そして、心静かに、森の木々たちを食べ尽くさないでほしいと伝えるようにしているのだ。

鹿は確かに森にとっては厄介者であるものの、私は、敷地に一歩も近づくな、とか、絶対に植物を食べるな、と思っているのではない。
少しくらい食べられるのは、仕方がない。
ただ、今私がいるところに鹿が増えているのは、人災という面が大きいので、鹿たちとうまく棲み分けができたらいいと思っている。
だから、鹿が嫌がる臭いの乾燥ヒトデや薬草を植えて、できればここには入ってこないでちょうだいね、というメッセージを発している。

というわけで、鹿がどんな行動を取るのか気になって、窓からじっと動きを見ていた。
一体、何を舐めているのか?
白い棒状のものが見えるけど、あれは木の枝だろうか?
そんな疑問を抱いていたら、鹿のおなかの下に、もう一匹子鹿ちゃんがいた。
子鹿ちゃんはお母さん鹿のおなかの下に潜り込んで、熱心にお乳を飲んでいたのだ。
母鹿は、そんな子鹿の体を舐めていたのである。

まぁ、かわいらしい。
鹿対策をしている身だけど、やっぱり子鹿は超かわいかった。
そして、矛盾しているけれど、束の間の雨宿りに自分の森が選ばれたことに、ほのかな喜びを感じた。

しばらくして、鹿の親子は下の方へ行った。
子鹿ちゃんは、生まれてどのくらい経つのかわからないけれど、まだ歩き方もおぼつかなくて、お母さんの後を必死に追いかけていく。
なんだか朝からほのぼのとしか気持ちになった。
そして、どうかあの子鹿ちゃんが、この森で、健やかな生涯を送れますように、と純粋な気持ちでそう思った。
私も別に、鹿たちの不幸を望んでいるわけではない。
程よい距離を保ちつつ、お互いに気持ちよく暮らせたら、それが一番だ。

森暮らしを始めてから、「実生」という言葉を頻繁に聞くようになった。
実生(みしょう)とは、草木が種から芽を出して育つことで、森には実生がたくさんある。
それらを移植するなどして、お庭を作っていく。
実生もまた、子鹿ちゃん同様に超かわいい。
そうやって、命を繋いでいくのだ。
すべの実生が大きく育つわけではなく、また次の世代に命を残せるのは、ほんの一握り。
実を落とした場所とか、日当たりとか、たくさんの条件が重なり合って、森に樹木が育っていく。

子鹿も実生も、本当に美しいと思った。