遺言書

朝起きて新聞を読み、今日は土曜日なので仕事はせず、そのままおせちの準備に取りかかった。
自分の中では全く年末の感覚がないのだが、世間的に今日は大晦日。
2022年のカレンダーも、今日で仕事納め。

今年は、五色なますは省略し、黒豆と伊達巻、ごまめくらいをちょこちょこと準備する。
おせちは、泣きべそをかいてまでやりたくないので、自分が楽しく作れる範囲内で。
大晦日が土曜日で、元日が日曜日だから、ちょうどよく週末と重なった。
というわけで、2日からは通常モードに入る予定だ。
だからあんまり、お正月気分を盛り上げたくない。
ささっと通り雨みたいに過ぎ去ってほしい。

お昼に年越しそばを食べ(ゆりねにも数本お そばをあげた)、あとはせっせとお掃除に励む。
大掃除は必要ないけど、ふだんあまり気が回らない額縁の裏側とかスピーカーの上などを念入りに清める。
ゆりねのお年玉用に、ビスケットも焼いた。
シーツと枕カバーをきれいなのに取り替え、洗濯物を干し、台所の床を水拭きして、とやることは尽きない。
家仕事がひと段落したら、今年最後のゆりねと散歩。
やっぱり、ゆりねの大好きな川沿いの公園へ連れて行かれた。
桜の枝先に、小さな蕾が膨らんでいる。

今年を振り返ると、自分としてはなかなかチャレンジングな一年だった。
2年越しで計画を進めてきた山小屋が完成して、人生初の森暮らしを始めた。
一生付き合えたらいいな、と思える女友達にも3人出会えたし、こちらに関しては実り多き年だった。
寄付も、まぁまぁまとまった額ができたので、自分としては満足している。
あとはこの先も、それを継続していけるように、自分に何ができるのかを模索しなくてはいけない。

とは言え、地球規模で見れば、とても21世紀とは思えないような現実が、あちこちで起きている。
空からミサイルが飛んできたり、侵略してきた国の兵士が女性をレイプしたり略奪したり。
髪の毛を布で覆っていなかっただけで咎められ、命を落とし、そのことに反対するデモに参加しただけで、死刑になる。
女性だからというだけで、学校に行けない。

時代は全然進歩なんかしていなくて、むしろ後退しているように感じてしまう。
一体、2年後、3年後のこの星はどうなってしまっているのだろう。

ここ数年の習慣として、毎年大晦日に遺言書をまとめている。
もし明日人生が終わっても、悔いが残らないように。
自分の持ち物を整理し、有効に使ってほしいから。
私が読者の方から頂いたものは、また社会に還元して、少しでも気持ちの良い世の中になってほしいと思う。

遺言書をまとめるたびに、向田邦子さんのエピソードを思い出す。
残されていた遺言書の内容が、実際の所有よりも多く書かれていたというのだ。
見栄ではなくて、きっと丼勘定だったのだろう。
豪傑な向田さんらしくて、笑ってしまう。

先日、『大人のおしゃれ手帖』という雑誌のインタビューで、来年の目標を質問された。
毎年、大それた目標を掲げることはせず、ただ淡々と流れに身を任せている、ということをお話しした上で、私が挙げたのは、
「庭仕事に励む」「社会貢献を実現する」「気内臓を学ぶ」
の3つ。
来年だけの目標というより、どれも50代全体を通して長い時間をかけて挑む目標だ。

来年の誕生日を迎えたら、私もいよいよ50歳だ。
50代を快走できるように、今のうちから助走をして体を慣らしておき、ゲートがあいた瞬間、気持ちよく飛び出せるようにしたい。
ぶっ飛ばすぞ〜 と、鼻息を荒くする自分がいる。

何人かの人生の大先輩が、50代がいちばん充実していたと証言するので、私も今から楽しみなのだ。
何が起きても、たとえそれが負の感情だとしても、とことんまで人生を味わい尽くそうという覚悟で臨みたい。

さっき、夕方5時を知らせる鐘が鳴った。
今年最後のお風呂に行きたかったんだけどなぁ。
もう外は真っ暗だ。
それに、まずは遺言書を書かないと年が越せない。

片付いた家で、ろうそくを灯し、ひとり静かに年を越すのも、悪くない。

今年一年、本当にありがとうございました。
また来年、どうぞよろしくお願いします。
良いお年を!!!!