種を蒔く

ここは基本的に原生林なので、畑もガーデニングもあんまり似合わないし、人が人工的に手を加えられるような生易しい土地ではない。
そのまんまが一番美しいのは、十分心得ている。
その上、鹿がいる。

散歩に出ると、毎回どこかで鹿に出くわすし、特に鹿たちは、なぜか私の庭に集まってくる。
だから、何かを植えても、すぐ鹿に見つかって、食べられてしまうのだ。

それでも、種を蒔いた。
身近に土のある生活は、子どもの頃以来になる。
裏庭に自生しているミツバやネギをつんでくるのは、私にできる数少ないお手伝いのひとつだった。
すぐそばに、そういう野菜がちょこっとあるだけで、すごく助かる。

今回植えたのは、チャイブ、ソバ、カズサヨモギ、ヤマミツバ、ツワブキ、モミジガサ、そしてカワラナデシコ。
少しでも芽を出してくれたら、すごく嬉しい。

ところで、森暮らしはとても快適で、心身ともに健やかでいられる気がするけれど、ちょっとだけ残念に感じているのは、『ちむどんどん』が見られなくなってしまったことだ。
山小屋にはテレビがないので。
スタートしてから、毎日ほぼ欠かさずに見ていて、平日は毎朝7時25分に目覚まし音が鳴るように設定し、見逃さないようにしてきた。
でも、先週の半ば以来、見ていない。
暢子の恋愛がどうなってしまったのか、気になっている。

それと、ゆりねにとっては、犬に会わないのが、ちょっとしたストレスかもしれない。
東京で散歩に出れば、大抵、同じように散歩している犬と遭遇し、お互いに匂いを嗅ぎ合って挨拶を交わすことができた。
でも、森ではまだ犬に会っていない。
会うのは鹿ばかりで、鹿の気配があると、ゆりねはどうも緊張している様子だ。
だから、犬と遊ばせるためにはドッグランに連れていかないといけない。

東京では、正直、人の多さにうんざりしていた。
人がたくさんいる渋谷や新宿は遠回りしてでも避けて目的地まで行っていたし、満員電車には、なるべく乗りたくなかった。
でも、森では仲間を見つけたような気分になって、人と会うとホッとする。
人のありがたみを感じられるようになったことは、喜ばしいことのひとつだ。