生命力

里の梅が満開だ。
ノラコヤの周辺でも一斉に花が咲いて、急に景色が賑やかになった。
のどかで、桃源郷にいるみたい。
もともとあった大きな椿の木にも、濃いピンク色の花が咲いているし、今回新たに植えてもらった山桜も、少しずつ咲き始めた。
ようやく、春が来たぁ。

3泊4日の能登の旅は、とにかく素晴らしい時間だった。
泣くまい、と思っていたのに、鳥居醤油店の正子さんにお会いした瞬間、もう涙をこぼしていた。
昭和の頃に建てられたお店の方は、ダメージが激しく、これから数年かけて再建していく計画だという。
建物はもう本当に痛々しい姿のまま残されている部分もあったものの、ご本人がご無事で、しかも醤油作りを続けており、ちょうど仕込みの作業に立ち会えたことは、この上ない喜びとなった。

能登の人たちの、優しさと強さ。
自分のできることをして誰かを支えながら、お互いに助け合って生きる姿は、人としての本来のあるべき様を見せていただいているようだった。

皆さん、口々に同じことをおっしゃっていた。
「本当に辛くて苦しいことがいっぱいあったけど、こんなに感謝の気持ちに満たされたことはない。
大変な時に助けてもらって、心からありがたいと思っている」と。
皆さんが、ありがとうという感謝の言葉を心の底から口にされる。

能登の人たちって、本気ですごいと思うのだ。
底力があるというか、生粋の明るさがあるというか。
前々からそれは感じていたけれど、地震、豪雨を経た今、その輝きがますます磨き上げられているように感じた。

印象に残ったのは、能登が全部ダメになったわけではない、というあるシェフの言葉だった。
再開し、元気にやっている人たちもたくさんいる。
だから、ぜひ能登に来てほしい、と。

鳥居さんのところも、ずっと閉じていたホームページを今月から再開したという。
これで、ネットでのお醤油の注文ができるようになった!
鳥居醤油店のお醤油、機械に頼らず、本当に昔ながらの丁寧な作り方で、時間をかけ、能登の大豆と塩と麦を使って作っているので、ぜひ、多くの方に、能登の味が凝縮された貴重な雫を味わっていただけたらと思う。

なんといっても、私のおすすめは、そのお醤油と昆布、椎茸で作った「だしつゆ」だ。
私は「能登だし」と呼んでいる。
正子さんが、忙しい友人に、こういうのを作ってほしい、と頼まれて生まれた商品だというのを今回お邪魔して初めて知り、まさに! と深く納得した。
だって、これがあれば、一発で味が決まり、どんなに料理が不得手でもお料理上手になれるもの。
台所に一本これがあるだけで、ものすごく安心できる。

「鳥居醤油店」
https://www.toriishouyu.jp/

私はさっそく、以前から使っていた一升瓶サイズを注文した。
嬉しいな、また頼もしい味方がそばにいてくれる。

能登にも、ちょうど春が来ていた。
おそらく、一年前の春は、もうそれどころではなかっただろう。
その後に、豪雨で更なる災害もあったし。
だからきっと、この春は、能登で生きる人たちにとって、格別な思いがあるのではないだろうかと想像する。

壊れた家々、土砂で埋まったままの地面、地形の変わった海。
でも、それでも春になれば花が咲いて、海藻が芽吹く。
能登にいる間、私が常に感じていたのは生命力そのものだった。

植物は、その隣や足元でどんなに大変なことが起きていようと、春になれば再び目覚め、環境が整えば花を咲かせたり、葉っぱを芽吹かせたりする。
思い煩って咲くのをやめたり、絶望したり、悲嘆に暮れたりなんかしない。
ただ、その場所で、あるがままに淡々と生きている。
その姿に、人間がどれだけ励まされ、勇気づけられるか。
生きているってすごいことなんだな、と小さく健気な植物たちを見て、何度も思った。
たとえ、どんなに悲惨な状況の場所でも、土と水と光があれば、美しい花を咲かせるのだ。

国内旅行の計画を立てている方には、ぜひ能登も選択肢に入れてほしい。
そして、能登のおいしいものをたくさん食べて、相変わらず美しい海を見て、お土産をたくさん買って、すてきな時間を過ごしてほしい。
それが、誰もが気負わずにできる一番の支援なのだと強く感じた。

雑誌の取材で鳥居醤油店の取材をさせていただいたのは、15、6年前になる。
その時に、店の前で撮った写真がこれ。
どうか、鳥居醤油店だけでなく、一本杉商店街の街並みが、再建されますよう。
ただ壊して一から新しい家や街並みを作るのではなく、残ったもの、まだ使えるものはまた大事に再利用され、人々の想いの詰まった懐かしい記憶が、引き続き未来へと受け継がれますよう、祈るような気持ちでいる。