大根一本

ノラコヤで迎える、初めてのお正月。
今日はせっせと大掃除。というほどのことでもないけど。
海と空の家を掃除し、三角小屋に藁を敷いた。
最近、夜の気温がぐんと冷えるので(マイナス5度とか)。
これで少しは、あったかい、かな?
朝見にいくと、完全に水が凍っている。

今日は、ウーちゃん、と呼んだら、3回中2回、メェと返事があった。
もしかすると、海は自分の名前を覚え始めているのかも。
クーの方は、完全無反応だが。

それにしても、海も空もよく食べる。
友人に写真を送ったら、太ったダックスフントみたいだ!と返ってきた。
失礼しちゃうわね、と思いつつ、言い得て妙かもしれない。
海は、どこからどう見ても身ごもっているようにしか見えない。

午後からは、ベランダの掃除。
ベランダには、竹がたくさんあって、それを一本一本拭いた。
取り付ける際、大工さんが、それぞれの太さに合わせて、丁寧に穴を開けてくれたのだ。
その大変さに思いを馳せながら、心を込めて拭いていく。

日本には竹がたくさんあるのだから、もっといろんな場面で使ったらいいのに、と思うけど、確かに扱うのにはコツがいる。
梅雨の前後はカビも出るし、節もあるし、太さもまちまちだし、使うには根気のいる素材かもしれない。
一体、何本あるのだろう、と思って数えてみたら、長いのと短いの、両方合わせて173本もあった。

竹の後は、板敷きの床も水拭きする。
やる前はなかなか億劫に感じるけど、集中してやれば小一時間でできるのだ。
竹も床も綺麗にしたら、ものすごく気持ちいい。
最後にテーブルを拭いて、鏡餅を飾る。
向こうには、雪をかぶった優美な富士山。

今日は、少し早めに温泉へ。
もしもやっていたら入ろうと思って、気持ちゆっくり車を走らせたら、やっていた。
最近見つけた、コーヒースタンド。
でも、開いているのがすごい雨の日だったりして、なかなか入れなかった。

そこは、地元の人しかまず通らないだろう、という時速30キロ制限の道沿いにある。
ここでやって果たして商売が成り立つのだろうか、という場所だ。
レトロなスーパーの敷地の駐車場で、目の前にあるのは、昭和の頃から一切変わっていなさそうなガソリンスタンド。
もう、完全に時が止まっている。

深煎りのコーヒーを頼んだら、豆から挽くので少々時間がかかります、とのこと。
すぐ近くにあるバス停のベンチに座って、気長に待った。
バスは、1日3本のみ。

コーヒーは、まぁ、普通に、おいしかった。
聞けば、朝7時半から9時半までのモーニングコーヒーは、毎朝やっているという。
で、午後は、そこともう一箇所で、一週間毎に交代で店を出しているのだとか。
それで、神出鬼没だったのだ。

今年も、特におせちの準備などするつもりはなく、出羽屋さんから届くお重を待っている。
ただ、野菜不足を補うために、なますくらい作ろうかと。
近くの産直に行ったら大根が売り切れていたので、近所の若い農家さんに、大根を一本、譲っていただいた。
本当に、すぐそこの畑で育った大根である。
一本二百円で、配達までしていただいて、申し訳ない。
お米もそうだけど、野菜も、それを育てる手間と時間を考えたら、なんだか安すぎるような気がする。
足元の大根と人参でなますが作れるなんて、すごく嬉しい。

暮れに何日も前からおせちの準備をしていたかつての私は、もういない。
それはそれで楽しかったしやり甲斐もあったけど、今は、他にすることもしたいことも山ほどある。
植物と動物のお世話でいっぱいいっぱいで、人間の食べ物は二の次なのだ。
自分が作る伊達巻を食べたいという気持ちはあるけど、今は無理。
人は、変わるのだ。
いつかまた、何日も前からおせちを作る自分が復活するかもしれないけど。

私は、明日が仕事納め。
短編小説を一本書いて、今年の締めとする。

どうぞ、良いお年を!
2026年が、愛と平和に満たされますように。