野性

海と空がノラコヤに来て、一週間が経つ。
もっとメェたちのお世話に追われ、てんやわんやするかと思っていた。
ところがメェたち、予想より全然手がかからない。

私が柵の中に乾草(牧草)を入れているから、という理由も大きいとは思う。
もしこれを、雑草や野菜くずだけで賄おうとしたら、かなりの労力が必要になる。
それこそ、メェたちのために山に入って、枝葉を刈ったりしなくちゃいけない。
でも私は最初から頑張らないと決めているので、乾草や配合飼料など、お金で買えるものは買っている。
私にとって、動物でも人でもそうだけど、相手を空腹にされるというのは最大の恐怖だ。
だから、海と空にお腹を空かさせてまで、周りの草だけで飼いたい、とは思わない。

普段は大抵くっついてマッタリしている海と空だが、食事時だけは殺伐とする。
基本的にとても温和な性格の空が、餌を前にすると強気になる。
横から海が食べようものなら、すぐに頭突きをして追いかけ回す。
いくら去勢しているとはいえ、やっぱり真っ向からぶつかったら、体格的に空が勝つ。

海にも同じように食べさせたいので、餌を入れたふたつのバケツを用意するのだが、あれは一体どういう思考回路なのか、お互い、相手の方のバケツに横から首を突っ込もうとする。
隣のバケツはおいしく見える、ということだろうか。

海はさすがメスで、頭がいい。
それは、一週間前に車で連れてくる頃から感じていた。
IQが高く、空ほど単純ではない。
ヤギとしての気品があり、佇まいがとても美しい。

海も空も、本当にかわいい子たちだ。
私の方が、なんだかんだと理由を見つけて、二匹にちょっかいを出してしまう。

ヤギの魅力は、その野性性というか、人との適度な距離感かもしれない。
犬ほどベタベタしてこない。
時々甘えて、時々そっけない。
その塩梅が、私にはとても程よく感じるのだ。

一日一回は、海と空を一本のリードで両端に繋ぎ、ハミハミタイムと称して外に連れ出す。
それは大抵夕方で、私の大好きな時間だ。
彼らは、あまり遠くに行きたがらない。
せいぜい、山羊小屋の周辺に生えている草をハミハミする。
しかも、ものすごくおいしそうに食べる。
しゃくしゃくと、メェたちが咀嚼している音を聞いているだけで、なんとも幸せな気持ちになる。

すごいと思うのは、ちゃんと毒のある草を見分けること。
水仙やヒヤシンスなど、私が植えた口にしてはいけない草には近づかない。
野性がしっかり残っているので、自分が食べられる草とそうじゃないものを選り分ける能力があるのだ。

でも、人が刈ってあげたものは、毒の草でも安心して食べてしまうという。
だから、私は極力、海と空には自分で地面から生えている草を選んで食べられるよう、外に連れ出している。
そういう面では、彼らの野性というか本能を大いに信頼している。
まだ生まれて間もなかったり、野性を失ってしまったヤギもいるらしいが、どうやら今のところは、海にも空にもそれが備わっているようで安心した。

雨が降ると、メェたちは一気に元気がなくなる。
体が濡れることと湿気をヤギはもっとも嫌うそうで、連日、天気予報を見ては一喜一憂している。
幸い、今日は一日青空だというので、海も空もご機嫌だ。
でも明日からは雨予報なので、今日のうちに、新鮮な草をたっぷり食べさせてあげようと思う。

除草に関していえば、やはりヤギはとても優秀だ。
人間が邪魔だと思う草を、せっせせっせとおいしそうに食べ、それを消化し、糞は肥料として利用できる。
かつて、日本ではヤギが身近な存在だった。
人にも動物にも植物にも危険な除草剤を散布するより、ヤギに草を食べてもらった方がよっぽど平和だと思うけどなぁ。
出産したメスを飼えば、お乳ももらえるし。
それに、何よりヤギはそれほど手がかからない。

昨日、野原の菜の花を摘んでメェたちに与えていたら、赤ちゃんと一緒にご近所さんがいらして、私が食べる分の菜の花をくださった。
白菜の菜の花だという。
彼らは、有機農法で野菜を育てている。

甘くて、素晴らしくおいしい菜の花だった。