アンズの笑顔
朝から強い風が吹いている。
そのたびに、葉っぱがはらはらと地面に落ちる。
森は一面、色とりどりの落ち葉のじゅうたんだ。
朝と夕方でも森の色が違って見えるほど、刻一刻と冬に向けて進んでいる。
今週末は、いよいよ最低気温が氷点下の予報だ。
ガザのことが気になって、普段あまり見ない夕刊をチェックしたら、犬のアンズの記事が載っていた。
元の飼い主が、保健所に、もういらないからと持ち込んだトイプードルだ。
そこにたまたま居合わせたのが、茨城県警で警察犬の指導をしていた鈴木さん。
飼育放棄された子犬は、カゴの中で震えていたという。
飼育書の通りにやっても排泄がうまくできないし、吠えてうるさいから、もういらないというのだ。
その様子を見かねた鈴木さんが、自分に譲ってください、とその場で申し出て家に連れて帰った。
その犬は、鈴木さんの奥さんにより、アンズと名付けらた。
鈴木さんは自宅で訓練中の3頭のシェパードを飼っており、そこにアンズも仲間入りした。
そして、先輩のシェパードを真似るうち、アンズも警察犬としての素質を開花させた。
アンズは、とてもとても優秀な犬だった。
写真のアンズは、とても幸せそうに笑っている。
白いので、ゆりねにちょっと似ている。
嬉しい時、ゆりねもよくこういう表情をする。
もしその時、そこに鈴木さんが居合わせなかったら、殺されていたかもしれないのだ。
それもきっと、アンズの魂が鈴木さんを引き寄せたんじゃないかと思う。
アンズは今、茨城県警の警察犬として、行方不明になったお年寄りを探し出すなど、大活躍している。
アンズの涙が、アンズの笑顔に変わって、本当に良かった。
アンズが鈴木さんと出会えて、本当に本当に良かった。
動物に対してもそうだけれど、虐待とか、戦争とか、相手の尊厳を傷つけたり奪ったりすることは、本当にしてはいけないことだと思う。
だから、アンズのようなニュースは、心から嬉しい。
何より、アンズが生きる希望を持てたことが、素晴らしいと思う。
アンズと言えば、この間友人に、インドで一番おいしかったものを聞かれ、ちょっと考えた末に私はアンズと答えた。
この辺りでも、初夏のほんの一時期、生のアンズが出回る。
でも、本当に一瞬で、あ、と思った頃にはなくなっている。
私が行ってきた北インドのヒマラヤは、アンズの一大産地らしく、どこに行っても生のアンズがあった。
近郊の村へ出かけた時は、休ませてもらったエコビレッジのお庭にアンズの木があって、おやつがわりに直接木からもいだのを食べていた。
その生のアンズで作ったアンズのジュースが、私にとってはインドで一番おいしいものだった。
現地の人たちは、そのアンズの真ん中に入っている種を丸のまま、ローストにして食べる。
それを買って日本に持って帰り、数日前、グラノーラを作る際、中に入れてみた。
味は、アーモンドに似ている。
カリカリして、とても美味。
グラノーラ自体とても香ばしく、小腹がすいた時につまむのにちょうどいい。
そんなアンズ繋がりで、私はグラノーラを口にすると、反射的に犬のアンズのことを思い出し、あぁ、良かった良かった、アンズが笑顔になれて本当に良かったと毎回思ってしまう。
アンズが、幸せな生涯を送れますようにと、グラノーラを食みながら祈らずにはいられない。
それにしても、もし私が地球だったら、もう我慢の限界だ。
地球は地球のものでしかないのに、土地を巡って争ったり、殺し合ったり、人間は、ろくなことをしていない。
こんなにも美しい星に住まわせてらっていることを忘れて、やりたい放題やっている。
悲しみは、やがて憎しみに変わる。
地球が本気で怒ったら、人間なんて、ひとたまりもないのに。
今の人間は、まるで地球を自分の所有物みたいに扱っている。
最近私は、ニュースを見るのがとても怖い。
先日ワークショップで作った巣箱を、森のコブシの木にかけた。
春一番に、誰よりも早く白い花を咲かせるコブシだ。
鳥たちに、気に入って貰えると良いのだけど。
夜になって、冷たい雨が降ってきた。