スノードロップ

数日間山小屋を留守にして森に戻ったら、去年の秋に植えたスノードロップが地面から顔を出している。
私、まだ眠いんですよ、とでも呟くように、俯いて。
ぽん、ぽん、ぽん、と並んで咲く姿が愛らしかった。

ついに春が来たのだ。
朝の最低気温も、0度くらいまでしか下がらなくなった。

コブシの蕾も、明らかに大きくなっていた。
里では、コブシが満開だった。
立派な幹に、大きな白い花をわんさかつけて咲き誇っていた。
もちろん、それも美しいのだけど、私の森で蕾を膨らませているコブシとは、意味が違うのだ。

森のコブシは、小さな種がどこかの鳥に運ばれて、ここにやって来た。
ちょうど石と石の隙間、谷になっている場所に糞が落とされたのだろう。
だから、芽を出しても、動物に食べられずに済んだのかもしれない。

そして、自然の力だけで成長し、枝葉を広げた。
人が植えた街路樹とは、そのタフさにおいて、全然違うのだ。

森のコブシは幹も頼りなく、斜めに傾いているけれど、でもそれでも大地に根づいて、今まさに今年の花を咲かせようと踏ん張っている。
その姿に、私は得体のしれない勇気をもらっている。
自然の摂理だけで今ここにある奇跡を思うと、胸がいっぱいになってしまう。

山小屋を離れる前ずっと雨続きで、なかなか庭仕事ができなかった。
鹿などの鳥獣対策に乾燥させたヒトデがいいというので取り寄せたてはみたものの、撒けないまま東京へ。
帰ってから、さっそく、ヒトデを地面に撒いた。

まずは、スノードロップをガードすべく、その周辺へ。
袋に入れて木に吊るしておくのもいいというので、鹿が好んで食べる木にも吊るしてみる。
効果が出ることを祈るばかりだ。

乾燥ヒトデは、よく言えば「磯の香り」がするという前情報があったので、臭いに怯え、こわごわ袋を開けたのだけど、それほどでもなくてホッとした。
もっと強烈な臭いがするのかと、覚悟をしていたのだ。
でも、大丈夫。ほんのり磯の香り、という程度だった。

先日は、森の庭を駆け抜ける二匹のタヌキを発見してしまったゆりねが、やっぱり鹿に対する時と同様、別犬のようにギャン吠えをした。
どうか、ヒトデによって、野生動物との境界線が成立しますように。
春は春で、またやることが山のようにある。

明日は、ご近所さんと、ホダ木に椎茸の菌を打ち込む作業をする。
人生初の、原木椎茸栽培だ。
ホームセンターになめこの菌も売っていたので、なめこにも挑戦する。
椎茸より、なめこの方が難しいらしい。
ただし、結果が出るのは、早くて2年後。基本的には3年後。
それまで、辛抱強く、キノコの出現を待つしかない。

ゆりねは、ゆきちゃんにすっかり慣れてしまった。
スイッチを入れてゆきちゃんを動かすと、すぐに耳を掴んでぶん投げたり、尻尾を噛んで後ろ向きに引っ張ったりする。完全に強者と弱者のプロレスだ。
おっかなびっくり近づいたのは、最初の数回だけで、それからは好き放題やっている。
ゆきちゃんは、すぐに倒されてしまうから、私が起こしてあげないといつまでも動けない。

生身のウサギじゃなくて、本当によかった。
なんだかゆきちゃんが気の毒になる。