ペンギンと暮らす

クリスマスツリー

2019.12.12 Thu

昨日の夜、リガからベルリンに戻った。
ラトビアにはもう何度も足を運んでいるけれど、冬に訪れたのは初めてだ。
ベルリンもそうだけれど、やっぱり、冬を知ってこそ、夏の輝きをより強く感じることができる。
寒かったけど、夏には味わえない、冬だけの美しさを堪能した。

リガは、クリスマスツリー発祥の地と言われている。
他にも、隣国エストニアの首都タリンも名乗り出ているので、諸説あるらしいけど、わたしが聞いたのはこんなお話。

ある時、薪にしようと森からもみの木の枝を切ってきた人がいた。
その人は、家の前にその枝を置いておいたそうだ。
そこへ、男の子が通りかかった。
心の優しい男の子は、燃やされる枝がかわいそうになり、自分が持っていたおもちゃを、その枝に飾ったという。
それを見て、枝の主は薪にして燃やすことを踏みとどまった。
それから人々は、もみの木に飾りをするようになった。

真偽のほどはわからないものの、ラトビア人だったら、そういうこともありえただろうなぁと思う。
こうして、クリスマスの前になると、人々は森へでかけ、一家に一本だけ、クリスマスツリーにする枝を切って家に飾るようになった。
その、一家に一本ルールは今も健在で、ラトビア人はクリスマスが近づくと、森へ出かけ、もみの木を切って家に持ち帰ってくる。
こんなふうに、ラトビアに残る風習や物の考え方や食べ物を土台にして書いたのが、『ミ・ト・ン』だ。

今回は、リーディングフェスティバルに呼ばれ、『ミ・ト・ン』の朗読をしてくるお仕事だった。
ラトビアの方たちにどう受け取られるのか、最初は本当に緊張した。
でも、朗読の間中、クワクレの生演奏があったので、途中からはリラックスして朗読できた。
そのあと、日本語で読んだ内容を、ラトビア人の通訳の方がラトビア語に訳してみなさんに伝えてくださった。
後ろのスクリーンには平澤まりこさんの挿画が写されて、読みながら、これまでの取材で出会った人々の優しさや温かさを思い出し、胸が熱くなった。

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クワクレは特別な楽器で、男の人が亡くなると、その人が大切にしていた木から作られるという。
そよ風に甘さや優しさ、誠実さを足したような、本当に美しい音色で、わたしは大好きな音だ。
そんな音色に包まれて、ラトビアで物語を朗読できたことが、本当に本当に幸せだった。

ラトビアには、今も自然信仰が残る。
日本における八百万の神さまみたいに、ラトビアにも、自然の中に様々な神さまがいて、人々の暮らしに根付いている。
今でこそそれは珍しい物の考え方として扱われるけれど、一神教の神さまが入る前は、世界中が自然信仰だったんじゃないかとわたしは思っている。
そしてさらに言えば、一神教の神さまたちもまた、もっと大きな「神」のつかいみたいなもので、そのレベルまでいけば、一神教も自然信仰も同じなんだろうな、と思う。

リガの町にはいたるところでクリスマスマーケットが開かれ、あちこちにクリスマスツリーが飾られていた。
そのどれもが素朴で、美しく、クリスマスを楽しみにする気持ちが、ひしひしと伝わってきた。
子どもの頃は、クリスマスが一年で一番ゆううつな日だったけれど、今は、一番といってもいいくらい、楽しみな日になった。

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クルディーガで田舎のクリスマスを取材したその帰りに、中村哲さんの訃報を知った。
不条理だと思った。
あんなにすばらしいことをされていた人が、そういう亡くなり方をするということに、憤りを感じる。
ご冥福を、お祈りします。