ペンギンと暮らす

30年前の今日

2019.11.09 Sat

昨日、外に出たら、なんだか町全体が浮き足立っていた。
人も多くて、あれ? もしかして祝日かな、と思うほど。
それで、「今日は祝日ですか?」と町行く人に聞いてしまった。
祝日ではなかったのだけど、明らかに、なんか、空気が違ってた。

30年前の今日、ベルリンの壁が開かれた。
日本では、「崩壊」という表現を使うことが多いけれど、こっちだと、open 的なニュアンスの言葉で表現する。
そう、重たくてずっと動かなかった巨大なドアを、みんなで押し開いたイメージだ。

30年前のことは、覚えている。
わたしは、高校生だった。
自宅のこたつに入って、ニュースを見ていた。
画面の中で、壁にのぼった人たちが、壁を壊したりしていた。
世界情勢のことなんか全然わかっていなかったけど、それでも、すごいことが起きているんだ、という空気だけははっきりと感じた。
あれから30年。
わたしは今、ベルリンにいる。

わたしがアパートを借りて暮らしているのは、旧東側の地区だ。
でも、少し歩くともう西側で、そこには壁が残されている。
初めて見たときは、結構低いんだな、という印象だった。
梯子とかを使ってよじのぼったら、簡単に超えられそうに思えたくらい。
でも実際は、両サイドから壁を挟む感じで緩衝地帯が設けられていたし、そこには鉄条網や凶暴な犬や、銃を持った監視員がいて、壁を超えて東から西へ逃亡するのは、容易ではなかった。
それでも、多くの人が壁を越えようとして、命を落とした。

もし、自分が壁で隔てられた東側のベルリンにいたら、どうしていたのだろう。
やっぱりわたしも、命がけで壁を超えようとしたのだろうか。
それとも、現状を受け入れて淡々と慎ましやかに暮らしていたのだろうか。

壁があって、不自由の味が骨身にしみている人たちだから、必死で、自由を守ろうとする。
自由は、決してあたりまえに与えられるものではなく、自分の手のひらにあるかを常に監視し、自由を奪おうとする者に対しては常に臨戦態勢でいどまなければ、ぼんやりしていると、あっという間にこの手から奪われてしまう。
一度失った自由を、再びこの手に取り戻すのは、至難のわざだ。
だからこそ、大切なものは、自分の手でぎゅっと握りしめていなくちゃいけない。

ベルリンに身を置いて感じるのは、そういうことだ。
ベルリンにいると、自由と義務のバランスが、とてもいいなぁ、と思う。
それは、多くの人が、30年前の出来事を、記憶にとどめているからだろう。

卵の中の雛が外に出ようとするとき、雛は内側からくちばしで殻を叩き、親鳥もまた、外側から殻を叩く。
これを、「啐啄」というけれど、30年前の今日起きたことも、啐啄だったんだろう。
東の人たちと西の人たちが、力を合わせて壁を破った。

30年前のわたしに、「あなたは30年後、ベルリンに住んでいるのよ」と教えたら、絶対に信じないだろうなぁ。
でも、そんなことが実際に起きちゃうんだから、人生ってほんと、面白いなぁ。