山椒を求めて

日本に戻ったら、どうしても作りたいと思っていたのが、山椒鍋だ。
この時期にしか味わえない、山椒の芽をたっぷり入れて作る鍋。
ここ数日、肌寒い日が続いているので、明日の晩のお客様に、山椒鍋をお出ししようとひらめいた。

問題は、肝心の山椒の芽が手に入るかだ。
少し前から、近所の無人販売機には実山椒が売られている。
ということは山椒の木があることは間違いない。
それで今朝、お弁当を買いに行ったペンギンに、もし無人販売機に山椒の芽があったら買ってきてほしいとお願いしたら、そこの農家のお母さんがわざわざ庭の山椒の木から芽をつんでくれたという。
でも、鍋にするなら、まだ量が足りない。
それで今度は午後、わたしがもう少し分けてください、とお願いしに行ってみる。

そこは、江戸時代から続く植木屋さんで、広大な敷地には鶏がたくさん放し飼いにされている。
畑もあって、野菜も育てている。
以前は、豚も育てていた。
だいたいうちで使っているのはここの有精卵で、すごくおいしい。
近所にこういう場所があると、とても助かるのだ。

さて、昼過ぎに行ってみると、家で留守番をしていたのはお嬢さんだった。
山椒の新芽をいただいた経緯を説明すると、じゃあ、見に行ってみましょう、ということに。
庭の木の方はさっきお母さんが大方つんでしまったらしく、もうほとんどない。
しかも、山椒の新芽は無人販売機に置いておいてもあまり買う人がいないから、最近はどんどんニワトリの餌にしていたらしい。
ニワトリたち、山椒の芽を喜んで食べるという。

長靴に履き替えたお嬢さんに案内され、敷地の奥の奥へと入っていく。
もう、木がいっぱいでジャングルみたいだ。
姿の美しいニワトリたちが、自由に歩いている。
そこに一本、立派な山椒の木があった。

お嬢さんは、「もうだいぶ葉っぱが硬くなっちゃってるなぁ」と言いつつも、出たばかりの新芽だけを選んで、袋に詰めてくれる。
わたしも一緒になって、柔らかくておいしそうな葉っぱだけを選んで、つみ取った。
「何に使うんですか?」と聞かれたので、山椒鍋の説明をしたら、へぇ、舌がしびれそう、と一言。
お母さん同様、お嬢さんも、百円で山椒の新芽を分けてくれた。
とりあえずは、要の山椒の芽が手に入ったことに、ホッと胸をなでおろす。

それから、自転車をこぎこぎ、お買い物へ。
蓮根、筍、うど、鶏ひき肉、鶏もも肉、ゆば、豆腐、生麩が山椒鍋の材料となる。
まずは、産地直送の八百屋さんに行って、それからお肉屋さんに寄り、最後に買えなかったものだけスーパーで買う計画だ。

そういえば、今年はまだ筍を食べていなかった。
もう旬を過ぎてしまって手に入らないかなぁと半分諦めていたのだけど、八百屋さんで無事に埼玉産を買うことができ、嬉しくなる。
蕨や蕗もあったので、反射的にカゴの中へ。
蓮根以外の野菜は、その他のものも含めて、一軒目の八百屋さんで揃った。
それからお肉屋さんに行って、ここでもつい他のものも買いつつ、順調に買い物が進む。
最後は、湯葉と生麩などを買うため、スーパーへ。

ところが、お金を払おうとしてお財布を開けたら、お金がない。
ん? 確かに家を出る時、お財布に一万円札を一枚、補充したはずだったのに。
その一万円札が、いつの間にか消えている。
Suicaの残高でも足りず、クレジットカードも持っていないし、さぁ困った。
とりあえず、お金を払えないので別のカウンターに移動し、どうしたものかと考える。
幸い、お財布に銀行のカードが入っていたので、お金を下ろしてくることに。
自転車をこいでATMに行き、一万円をおろした。

でも、どうも腑に落ちない。
一万円、確かに入れたはずだもの。
千円ならあきらめがつくけれど、一万円だ。
それで、ダメ元でお肉屋さんに戻って聞いてみることにした。

「あのぉ、さっきお店で買い物したんですけど、お金が落ちてませんでしたか?」
お肉屋さんの入り口を開け、控えめに聞いてみる。
どうせないだろう、と思ったし。
ところが、
「一万円、ですよね?」
と若旦那がにんまり。
「持ち主が現れなかったら、僕がもらおうと思ってたのになぁ」

あー、よかった。
だって、一万円ですよ、一万円。
わたしの後に続いて買い物をしたお客さんが拾ってくれて、お店の方に渡してくれたらしい。
何事も、あきらめてはいけませんね。
無事、山椒鍋の材料をゲットし、帰りはるんるんで帰ってきた。
めでたし、めでたし。