友情

とても好きな女性がいた。
彼女は食べ物屋さんのマダムだった。
お店のこと、料理のこと、いつもいつも真剣に向き合い、考えていた。
彼女の生きる姿勢がとても好きで、ユーモアと真面目さのバランスが羨ましくて、なんとなく少しだけ距離を置いて、彼女に好意を抱いていた。
こんなふうに生きたいな、と思う理想的な素敵な女性だった。

何度か、手紙のやりとりをしたことがある。
彼女が書いてくれた手紙がベルリンの郵便受けに入っているのを見つけた時、私はものすごく嬉しかった。
すぐに返事を書くことができなくて、気持ちが膨らむのを待ってからお返事を書いた。
私は、少しずつ距離を縮め、ゆっくりと友情を育むつもりでいた。
きっと、ものすごくいい関係が築けるだろう、という確信があった。
向こうも、そう思っていたと思う。

でも、もう彼女の体はこの世界にない。
そのことを、先日、人づてに聞いた。
私より、まだ若い人だった。

お店は、もうすぐクローズするという。
彼女のいた面影みたいなものに触れたくて、先日、お店を訪ねた。
一見、何も変わっていないように見えたけど、彼女が立っていないその店は、やっぱりどこか芯がないというか、おぼつかないというか、以前のお店とは違う気がした。

いつか、親友になれると思っていたのに。
自分の考えの甘さに、彼女からピシャリとほっぺたを叩かれた気分だ。
ゆっくり友情を育もうなんてカッコつけないで、すぐに気持ちを伝えておけばよかった。

先日、彼女がいたのと同じ町で、大学の同級生と再会した。
学生時代はそんなに親しくしていた感じではなかったけど、でも顔と名前はちゃんと覚えていた。
数年前、サイン会をした時にわざわざ会いに来てくれたのだ。

紅茶を飲みながら、いろんな話をした。
その後、傘をさしながら少し近所を散歩した。
背中を押してくれたのは、もうこの世界にいない彼女だった。
もたもたしていたら、せっかくの縁も水の泡になってしまうでしょ、と。
食べ物屋さんのマダムと大学の同級生は全然関係がないけれど、私の中ではとても深く結びついている。

私が家を留守にしている間に、いただいた薔薇の花が見事なまでに散っていた。
この姿を見て、また彼女のことを思った。
人生って、自分たちが思っているより、もっともっとあっという間なのかもしれない。
彼女といろんなことを話して、笑ったり、泣いたり、怒ったり、したかったという後悔は、この先もきっと消えないだろう。
だからこれからは、好きな人がいたら、自分から積極的に会いに行こうと思う。

今夜は、皆既月食とのこと。
あと一時間くらいで、それが始まる。
見えるかな? 見たいな!!!
どうか雲がなくなってまんまるお月様に会えますように。