まさか

あれよあれよという間に、今年も年の瀬を迎えている。
世の中的にも個人的にも、予想だにしなかったようなびっくりすることが起きた年だった。
こんなにのんびりと日本で暮れを過ごすのは数年ぶりだ。
自分で作った「おせちカレンダー」をチェックしながら、ぼちぼち、お正月の用意を始めている。

干し椎茸は戻したし、数の子も塩抜きを始めている。
黒豆にも、熱々の煮汁をかけた。
今年はコロナが心配で、わが家の買い出し担当が築地に行けないので、かまぼこなどは注文して送ってもらうよう手筈を整えている。

お正月飾りは、毎年暮れにだけ近所の街角に建つ、小さな小さな売店で買ってきた。
欧米はクリスマスのリースが素敵だけれど、日本のお正月飾りも、本当に本当に美しいと思う。
家の玄関にはシンプルな輪飾りを、台所には荒神さまを飾った。
これで、気分が一気にめでたくなる。

昨日は、仮免の検定だった。
自分の口から、「かりめん」なんて単語が飛び出すこと自体、驚きだ。
そして、わたしも含め、大方(ほぼ全員)の予想を見事に裏切り、実技、一回で合格になった。というか、なってしまった。
わたしは、5、6回仮免を受けて、完璧になってから第二段階に進むつもりだったけど。

昨日の仮免ではS字カーブで縁石に乗り上げちゃったけど、バックしてやり直し、なんとか、合格点ギリギリで滑り込みセーフ。
その後、筆記の試験を受けて、結果は今日の夕方わかる。
筆記もパスしていたら、来年はいよいよ路上デビューだ。
信じられないなぁ。
自分がハンドルを握って路上を車で走るなんて、わたしの人生にとってみたら、宇宙旅行に飛び出すような大激震だ。

途中から、女の先生に指導を変えてもらったのが良かったのだと思う。
教える先生との相性というのも、多分にあるはず。
途中から教えてくれている女の先生は、いくらわたしがハンドル操作をミスしてとんでもないことをやらかしても、キャハハハハハ、と笑い飛ばしてくれるので、安心なのだ。
そして、何が悪かったのかを、きちんと冷静に教えてくれる。
腹を立てずに冷静に相手に伝えるというのは、とても大事なことだ。

車を運転していて、よく言われること。
一点に目線を集中せず、全体を俯瞰で見るように。
今走っている所ではなく、次にどういう道を走るのかを、常に常に把握する。
車は、自分の見ている所に進んで行く。
だから、壁を見てしまえば、壁にぶつかる。

つまり、「今」ではなく、この先の「未来」を把握し、見えない場合は予測し、想像し、自分が行きたい方向に目を向ける。
そうすれば、車は勝手についてくる。
教習所で車の運転を習いながら、まさに人生と同じだなぁ、と痛感する場面が多々あった。

人生には、「上り坂」と「下り坂」と「まさか」の三つがあるなんて、言い得て妙だけど、「まさか」は急なカーブみたいなものだろうか。
わたしも、一体この先どこに連れて行かれるのだろう、と自分の人生をまるで他人事のように感じる時がある。
でも、本当に、何が起こるか分からないのが人生だ。
まさか、またペンギンとゆりねと家族そろってお正月を迎えるとは!

自分の人生に起きていることがあまりに面白いというか奇想天外すぎて、こんなストーリー、どこの作家も絶対に書かないと思う。
事実は小説より奇なり、ということを、わたし自身が身をもって経験させてもらった一年だった。
来年は、どんな年になることやら。

どうぞ、良いお年をお迎えくださいませ!