ご機嫌
久しぶりに外のお店で食事をすることになった。
もう長いこと、自分で作った料理を家で食べている。
コロナが広がる前はもっと頻繁に外で食事をしていたけれど。
今では外食自体が、非日常の扱いだ。
ちょっと美味しいものを食べたいな、というときに、真っ先に思い浮かぶ店がある。
旬のお野菜を丁寧に料理して、美しい器でもてなしてくれる女性店主の店だ。
店内には、彼女のいける楚々とした花が飾ってあって、美しい。
私は彼女の作る料理がとても好きだし、誰かと美味しい時間を共有したい時は、まずこの店に電話をする。
人気店なので、なかなか予約は取れないのだけれど。
先日は、ラッキーなことに席を確保することができた。
通常、夕方5時からのオープンなので、ちょっと早めに着いても大丈夫だろう、と勝手に判断したのは私だけど、20分前くらいに着いたら、店にはまだ鍵がかかっていた。
これは後から気づいたのだが、どうやら、今はコロナの影響で、客数を絞り、予約は私たち2人だけだったのだ。
だから店主は、予約時間の6時に合わせて店を開けようとしていたらしい。
「席に座っていただくことはできますが、本当に何も、飲み物もお手拭きもお出しすることができませんが、それでもいいですか?」
仕込み真っ最中の店主が、早口で告げる。
全然構わないので、それで中に入れてもらったのだが、その声のトゲトゲしいことといったら、もう。
6時近くになり、ようやく食事がスタートしたものの、どうも店主のご機嫌がよろしくない。
言葉尻は丁寧なのだが、明らかに目が三角に釣り上がっている。
通常営業の時は、ホールを担当するスタッフもいたので、今は時短営業に合わせて、ご自身だけで中も外も切り盛りされているようなのだ。
けれど、こちらとしては、店主の機嫌を損ねるのではないかと、飲み物の注文をするのでも、いちいち気を遣ってしまう。
実は、こういう場面に遭遇するのは初めてではなく、結構な確率で、店主はいつもトゲトゲしている。
いや、本人にその意識はないのだろう。
すごく真面目に、ご自分の理想とする料理を、理想とするタイミングで出したい、それだけなのだと思う。
ただ、完璧を目指すあまり、そうならない状況になったとき、パニックになってしまうのだ。
気持ちはわかるけどさぁ。
でも、そこにほんの一握りの余裕があるだけで、客側の居心地としては、だいぶ違ってくると思うのだ。
途中、予約の電話がかかってきた。
なんとなく耳に入ってくる会話を聞いていると、どうやら電話をかけてきた人は、6時半から食事をしたいらしい。
けれど、食事を8時に終わらせるには、かなりのテンポで料理を食べなくてはいけなくなる。
店主は、そのことを気にしている様子だったのだが、
「長年連れ添ったご夫婦ですと、その時間でも終わるんですけどね。会話が弾みませんから」
めちゃくちゃ面白いことを、さらりとおっしゃった。
私はおかしくておかしくて、吹き出しそうになるのを必死で我慢。
店主はきっとこの時も、自分が面白いことを言っているなんて、微塵も思っていないのだろうなぁ。
8時になる10分前くらいで、このままでは8時までにデザートまでいけません、とやんわり忠告される。
そっか、8時で店を閉めるというのは、やっぱり大変なことなんだなぁ、と実感した。
ラーメン屋さんとかだかったら、客もささっと食べて終わるけれど、コースで出すような店は、食事時間を2時間とっても、かなり厳しい。
5時から食事を始めればゆっくり楽しめるけれど、みんながみんな、5時に店に入れるわけではない。
確かに、ちょっと背中を押されながら食べているような感覚は否めなかった。
やっぱり、せっかくのおいしいお食事は、ゆっくりと味わいながらいただきたい。
8時に慌てて店を出て、なんとなく開放的な気分になる。
機嫌よくしているっていうのは、自分にとっても相手にとっても大事だな、と思った。
今日は、春爛漫。
さっきゆりねと公園までお散歩に行ったら、川沿いの桜が咲き始めていた。
長い棒に傘の取っ手をくっつけた手製の道具を手にしたおじいさんがふたりやって来て、なんだろうと観察していたら、公園の夏みかんをもいで持参のビニール袋に詰めている。
ジャムにでもするのだろうか。