「苺のおいしい食し方」

新聞に、北インドからヒマラヤが見えたという記事が載っていました。
都市封鎖によって大気汚染が改善され、数十年ぶりに遠く離れたヒマラヤが見えるようになったというのです。
昨日、ゆりねと散歩をしていたら、富士山がばっちり見えました。
もう、そこまで見せちゃっていいの? ってくらい惜しげもなく披露していて、この時期にそんな姿を見られたことは記憶になかったので、びっくりしました。
やっぱり、人間の経済活動が下火になったことで、ふだんより空気がきれいになって、富士山が見えたのだと思います。
いつもだったら、年の暮れとお正月にしか味わえないような感動でした。
富士山って、見る人を、有無をいわさず荘厳な気持ちにさせてくれるような圧倒的な力があるような気がします。
昨日、あんなにきれいに富士山が見えたのは、一昨日、雨がたくさん降ったせいもあるのかもしれません。

胸がずーっと圧迫されているような感覚を払拭したくて、今、暮らしの中に気功を取り入れています。
多分、わたしにはとても合っているアプローチ方法だと感じています。
本当は今日からでも教室に通いたいのに、あいにく、気功教室も今はオンライン講座のみ。
もしやこの新型コロナウィルスは、世界に5Gを広めるための戦略なんじゃないかと疑いたくなってしまうほど、みなさんが、インターネットの恩恵を受けているんじゃないかしら?
仕方がないので、教室が再開するまでは、気功の本を読んで勉強中です。

その過程で、『からだは星からできている』という本に出会いました。
宇宙創生理論、「ゆらぎ」研究の第一人者、佐治晴夫さんが書かれた本です。
結局、自分という存在は、宇宙全体のひとかけらで、そこにはすべての知恵も含まれており、今は人の形をしているけれど、命が尽きれば、また宇宙全体に吸収される、だから、わたしたちの体も、宇宙の星と同じ要素で成り立っている、というようなことなんじゃないかと理解しました。
要所要所に、金子みすゞさんの詩が出てきたりするのも、置いてけぼりにされなくて、とても読みやすかったです。
宇宙には、芸術も宗教も科学も、すべてが含まれているんですね。

そうそう、ずっと書こうと思って書きそびれていたのが、苺のこと。
自宅待機の要請期間だったこともあり、九州から苺を取り寄せたのですが、その苺が、本当に本当においしくて、感動しました。
そんなに大粒ではなく、でも大事に育てられたんだね、というのが一粒一粒から伝わってきて、香りもすばらしく、まさに春の味。
ずーっと寄り添って香りを吸い込んでいたくなるほどの幸福感を味わうことができました。

苺を、わたしは生クリームといっしょにいただきます。
カロリーが、とか、そういうことは一切気にせず、その時はいかに苺をおいしく成仏させるか、だけを優先させます。
生クリームを泡立てて、苺にたっぷりとのせ、上から蜂蜜を垂らして食べる、これがわたしにとっては最高に幸せな苺の食し方です。
生クリームの白と、苺の赤の組み合わせも、見ているだけで元気になりますよ。

気持ちがふさぎがちになる毎日なので、今は、食べることに重きを置いて暮らしています。

それと、この春はコゴミのおいしい食し方も見つけました。
コゴミは、わたし的にはなんとなく宇宙人を思わせるような山菜なのですが、(先っぽがくるくる回っていて、不思議な姿形をしているのです)今まではお浸しにするくらしか思いつかないでいました。
それはそれでおいしいのですが、この春初めて、軽く茹でたコゴミを昆布じめにしてみたのです。
そうしたら、昆布の塩気がちょうどよくコゴミに移って、ちょっと気になっていたコゴミ特有の土臭さみたいなものがなくなりました。
今度は、他の山菜でも試してみようと思っています。

焦るとろくなことが起きないので、とにかく今日という一日を、無事に、笑顔で過ごせることを目標にすることを心がけています。

宇宙が、平和でありますように!!!
今は、このことを祈るばかりです。