人間ぬか漬け

ようやく里の暮らしに慣れてきた。
耳をすませば、ちゃんと鳥の声が聞こえてくる。
猫の額ほどのちっちゃなちっちゃな植木鉢に種を植え、成長を見守り、花を咲かせる都会人の姿は、健気で愛おしいと感じる。
都市というのは、本当に人間が生活しやすいように作られている。

森時間との時差ぼけを解消してくれたのは、酵素風呂だった。
いつも自転車で前を通っていて、前を通るたびに、今度行ってみようと思いながら何年も時が過ぎていた。
でも先週、行かねば、というか、今私が行くべきはここなのだ、という強い確信があって扉を開けた。

100%米糠だけを使った、糠の発酵熱だけによる民間療法。
人生で2度目だった。
おそらく、深刻な病を得た人が、わらをもすがる思いで、ここにたどり着くのだろう。
糠のベッドに裸で横になり、上からたっぷり糠をかけてもらう。
体の芯から温まり、15分もそうしていると、じんわり、汗をかく。

体に溜まっていた疲労の成分が、まるで毛穴の汚れを剥がれ落とすみたいに、ごっそりと抜けた。
恐るべし、人間ぬか漬け。
最高に気持ちよかった。

帰り際、店主の女性に、大変なお仕事ですね、と声をかけると、
「でも糠のおかげで私も病気を治してもらったから」
と明るい声が返ってきた。
きっと、天職なんだろうな。
太陽みたいな女性だった。

森にいる間は、一回だけスウェーデン式のマッサージを受けた。
東京にいる時は、2週間に1回くらいの割合で、なんらかの体のメンテナンスをしてもらっている。
だから、定期的に体のケアができない状態というのが、少々不安だった。
でも、結果的には大丈夫だった。

昨日、久しぶりにいつもみてもらっているカイロの先生のところに行ったら、体がとてもいい状態だという。
普段はカチカチになっている肩も凝っていないし、内臓も特に弱っているところはないとのこと。
暮らし的には森の方がずっとハードなのだけど、都会特有のストレスがない分、体への負担は軽いのかもしれない。
体は正直に反応する。

山小屋は、私がいなくなって寂しがっていないだろうか。
なんとなく、寡黙だけれど手のかかる大きなペットを、森に残してきているような気分だ。
もう、最低気温は0度近い。
晩秋から初冬へと、季節は確実に進んでいる。

来週には森に帰るので、葉っぱを落とすのを、もう少しだけ我慢してほしい。