タコの見る夢

今朝の新聞に、アニマルウェルフェアの記事が出ていた。
近頃よく耳にするようになったアニマルウェルフェアとは、動物の福祉のこと。
人間の都合による効率ばかりを優先した結果、動物たちに苦痛を与えている現状を、少しでも改善しようという動きが、アニマルウェルフェアだ。

例えば、養鶏場の「バタリーケージ」。
何段にも積み重ねた身動きも取れないケージに鶏をぎゅうぎゅう詰めにして、卵を産ませ続ける。

例えば、養豚場の「妊娠ストール」。
種付け前後から出産まで、およそ114日間ほどを、母ブタは自分の体と同じくらいしかない狭いスペースで、体の向きも変えられない状態で過ごすことを強いられる。

ドイツでは、年間4500万羽もの、生後すぐに殺されていたオスのヒナに対して、「殺処分禁止」の法律ができたとのこと。
オスのヒナは、卵も産まないし食肉にもならないため、不要なものとして殺されていたという。
その結果として、卵の値段が少し上がったそうだ。
鶏の福祉のためを思って少々の値上がりは我慢するか、それとも鶏の幸福を犠牲にしてでも安い卵が食べたいか。

私自身は、以前から、日本のスーパーで売られている卵の値段が、安すぎると感じていた。
でも安い卵は、バタリーケージに入れられて、「効率良く」産まされている結果だ。

最近、頻繁にお菓子を作るので、そのたびに卵を買いに行く。
私が買っているのは、近所の農家さんが飼育している平飼いの鶏の卵で、鶏たちは、雨の日は小屋の中で身を寄せ合ってじっとしているし、晴れている時は元気よく庭を歩いている。
冴えないお天気が続けば、なんだか卵も元気がなくなる。
それが自然なのだということに、最近気づいた。
鶏の顔を知っているから、卵にも愛着があるし、絶対に無駄にしてはいけない、と思う。
10個で500円の有精卵は、妥当じゃないかな?
その値段で、人も鶏もお互いウィンウィンの関係で平和になれるのならば、決して高いとは思わない。

ドイツに続いて、フランスでもペットショップが法律で禁止になったというし、もうそろそろ、人間だけが幸せになるのではなく、生き物全てが共に幸せになる道を模索していく段階に入ったのだと思う。
それが、結果的には自分たちの幸せにも繋がる気がする。

そんな流れで、今日は、Netflixでドキュメンタリー『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』を見た。
舞台は、南アフリカの、海の中に広がる原生林。
そこへ、人生に疲れた映像作家が、ウェットスーツも着ず、酸素ボンベも付けずにカメラだけ持って素潜りで海に入っていく。

彼はある日、一匹のメスのタコと出会い、その後は毎日、彼女に会いに行くようになる。
最初は警戒していた彼女(タコ)も、一ヶ月もすると、警戒心を解き、彼に好奇心を示し出す。
そして、彼らは握手を交わすのだ。
彼が差し出した手に、彼女はゆっくりと吸盤をくっつけ、一本の足を絡めた。
こうして、人とタコとの交流が始まった。

映像と音楽が、本当に見事なほど美しかった。
そして、何よりも美しかったのは、タコだ。
タコは、体の形や色を瞬時に変える。
二足歩行のようなことをしてみたかと思えば、岩の一部に擬態したり、ロングスカートを靡かせるみたいにして水中を優雅に舞ったり、かと思えば瞬足で泳いだり。
まさに、変幻自在な身のこなし方が宇宙的だった。

ひとりの人間と一匹のタコは、恋に落ちたように水の中で逢瀬を重ねる。
彼女が完全に彼を受け入れると、手乗りインコみたいに彼の手にしがみついて離れなくなる。
タコと人間が息を合わせて水の中を一緒に泳ぐシーンは、ふたつの命がダンスしながらお互いに相手の命を祝福するようだった。

驚いたことに、タコは、犬や猫と同じくらいの知能があるそうだ。
足には2000もの吸盤があるそうで、タコにとって吸盤は、私たちにとっての脳と同じような機能を果たしているという。
うちのゆりねも、よく夢を見ていて、夢の中で尻尾をバンバン振ったり、何を食べているのか口の中をモゴモゴさせたり、グフ、グフ、と吠えたりもする。
だから、タコが夢を見たって、不思議じゃないのかもしれない。
タコは、どんな夢を見るのか、想像すると楽しくなる。

ある日、彼女は一本の足をサメに食いちぎられ、衰弱する。
けれど、驚いたことに、彼女の失くした足のところから、また小さな小さな足が生えてくるのだ。
そして、時間をかけて、その足は元の大きさにまで成長する。
驚異的な、自然治癒力だ。
タコは、美しく、神秘的で、エレガントで、とても知的な生き物だった。

しかし、彼女は再度サメに狙われ、絶体絶命のピンチを迎える。
今度こそ命を落とすかとハラハラさせられるのだが、それを彼女は、素晴らしい方法で切り抜ける。
これからこのドキュメンタリーをご覧になる方もいらっしゃると思うのでどんな方法かは明かしませんが、それはもう奇想天外とも言える発想の転換で、タコの知性に脱帽した。
本当にタコは賢い。

知らなかったのだが、タコの命は一年で尽きるそうだ。
彼女も、卵が孵化すると、命を終えた。
最後は、無抵抗でサメの糧となった。
本当に本当に素晴らしい世界を見せてもらった。

人間と動物との、ひとつの理想的な関係性を見た気がする。
お互いに理解し、絆を深め、けれど相手の領域には立ち入らない。
彼と彼女は、間違いなく、種を超えて、言葉ではない意識そのもので交流していたのだと思う。
こちら側がものすごく純粋な気持ちで心を開けば、自然は時にこんなに素敵なギフトをくれるのかもしれない。

水族館で行われている、イルカのショーがある。
若い頃は、人間の合図に従ってジャンプしたりするイルカを、かわいいと思えた。
でも、今は思えない。
イルカの自由を、人間のエゴで奪ってはいけないと思う。
だから今は、もうイルカのショーを見ることはできない。
心が苦しくなる。

そんなこともあって、今日の食事は、ノーミート、ノーフィッシュ、ノーエッグにした。
タンパク質は、昨日いただいたお揚げと厚揚げを一緒に炊いて、大豆でいただいた。
あ、でもお出汁に鰹節が使われていることに、今気づいたけど。

私だって、全ての食事をビーガン食にはできないし、小さなことを、ちょっとずつちょっとずつ実行していくことしかできない。
でも、多くの人が意識を変えて、ちょっとずつ変化させれば、全体で見たら大きな一歩に繋がる気がする。

彼に抱きつく彼女の姿は、私に甘えてくるゆりねと同じだった。
人間は、そういう命をいただいているということを、肝に銘じたいと思った。