濃厚接触

最初ニュースで耳にした時は、なんのことじゃらほい、という感じだったけど、この数ヶ月ですっかり日常会話に溶け込んでいる、濃厚接触。
最初は、キスとかセックスとか、そういうセクシャルなことを指しているのかと想像したけど、注意深く聞いていると、どうもそういうことでもないらしいことがわかってきた。
でも、わたしはいまだに、はっきりとは「濃厚接触」がわかっていないかも。

今朝、ベランダからランドセルを背負った小学生が見えた。
当たり前の光景のはずなのに、とても久しぶり。
キャバクラのお客さんがフェイスシールドをしてお酒を飲む姿や、学校の子どもたちが皆フェイスシールドをして授業を受けている姿、飲食店でビニールの幕ごしに食事をしている若い男女やらを見て、笑っちゃいけないんだろうけど、なんだかなぁ。いたたまれない気持ちになってしまう。

「新しい生活様式」なるものまで発表されて、そうか、食事をする時は対面ではなくて横並びなのかぁ、とか、なるべくおしゃべりをせずに黙々と食べるのかぁ、といちいち驚くことばかり。
もちろん、ウィルスを広げないためにはそれが大事なのはわかるけれど、それじゃあ、感染はしないけれど、人として大事なことが失われて、別の面で疲弊するのではないか、と思ってしまう。

そもそも、人と人とのつながりとして大事なのは、濃厚接触なわけだし。

この先は、お茶会の濃茶とかも、なくなるのかな?
オンラインのお茶会なんて、全然楽しくなさそうだけど。
ひとつのお茶碗をみんなで回し飲みする濃茶席なんて、今の世の中じゃ、NG中のNGになってしまう。
だけど、ものすごーく長い歴史のある茶道が、そう簡単に方向転換できるのだろうか?
様々な場面をオンラインに切り替えていくってことは、長い目で見たら、人間の、生き物としての五感が鈍くなって、本能が退化していきそうな気がする。

わたしたち大人はまだいいにしても、多感な子どもたちは、ついこの間まで手をつなぎましょうとか言われていたのに、今は人と人との距離をとりなさい、人に近づいてはいけません、と教えられる。
人との距離を狭めることに臆病になって、誰かに近づいたり触れたりすることに抵抗を感じるようになったりしないのだろうか?
この先、恋愛の形すら変容していきそうで、ちょっと怖い。

日常を取り戻しつつあるけれど、その日常は、もはや以前の日常とは質が違うのだな、と思うと切なくなる。
わたしの場合は、もともとがステイホームで、基本的には家にいる暮らしだけど、それでも、やっぱり何かが違うのだ。
自粛期間中は、なんだかすごく息苦しかった。

今日、スーパーに行ったら新生姜があったので、ガリを作った。
梅干しにする梅も届いて、今は追熟させている。
6月は、保存食作り月間。
せっかく日本にいるのだから、今しかできないことを、思いっきり楽しまなくちゃ!