「海と、菜の花」

箱根でのんのんと一泊だけの湯治をした帰り、小田原にある江之浦測候所に寄ることにしました。

海から山の方へ向かうくねくねとした道を走っていると、一軒のパン屋さんを発見。日本家屋がそのままパン屋さんになっていて、何人かのお客さんが縁側でパンをかじっている姿が見えました。

せっかくなので、寄り道をすることに。

おずおずとガラスの引き戸を開けると、そこには焼き立てのパンがずらりと並んでいました。どうやら、人気店のようで、お客さんがひっきりなしに訪れます。

レーズンパン、オレンジとチョコのパン、ベーコンエピ、チーズパン。

お土産もかねて少し多めに買い、最後に追加でクリームパンを。クリームパンは木曜日だけのパンで、ちょうどあったのです。

お会計をしてもらい、やっぱり我慢できずに、ちょこっと味見。

こんなに素朴で、まっとうなクリームパンを子どもの頃から食べていたら、人生も違っただろうなぁ、と思いました。とにかく、クリームがおいしいのです。余計なものが、なーんにも入っていない感じがしました。

のんのんと分け合いながら、クリームパンをむしゃむしゃ食べて、ほんのりと幸せな気持ちになりました。

店の入り口には、柑橘類が無造作に置かれています。

片瀬レモン、はるか、ネーブル、湘南ゴールド。どれも、近くの畑で農薬を使わずに栽培されたとのこと。

湘南ゴールドの試食があったので、ひとつ、いただきました。幼い子どもが黄色いクレヨンで力いっぱいぬったような、ものすごく元気な色をした湘南ゴールド。実は小さいのですが、皮をむいて房ごと口に入れると、ただ甘いだけでもなく、かと言ってただ酸っぱいだけもない、なんともいえない自然の味が広がります。

これも、お土産にいただくことにしました。

缶にお金を入れていると、割烹着を来たおばあさんがやってきて、小さいけど、甘くておいしいでしょ、と声をかけてくれました。目の前のミカンを作って育てたお母さんです。

みかんのお母さんは、ポケットに入っていた試食用の湘南ゴールドを、更にわたしの袋に入れてくれました。

こういう、ちょっとしたやりとりで、人は救われたり、気持ちが明るくなったりするんだなぁ、と実感しました。

そして、江之浦測候所。

構想に杉本博司さんが深く関わっていることなど、わたしはなんの予備知識もないまま行ったのですが、もうその場所のあまりの美しさに、仰天してしまいました。

日本に古くから伝わる建築様式を、それぞれの時代の特徴をふまえながら再現されているのですが、その中に杉本博司さんの現代アートがさりげなく寄り添っていたり、とにかく、人が作ったものと、自然が産み出したものとの融合が見事で、どこから見える景色もただただ美しく、ため息ばかりがこぼれました。

しかも、折しもちょうど菜の花が満開で、海の青と、菜の花の黄色と、柑橘類のオレンジと、山の緑は、この時期にしか味わえない季節の醍醐味。

あー、ここに来て良かったぁ、と心の底から思いました。

実は、ぜんぜん元気ではなかったのです。先月は、本当に苦しくて苦しくて、このまま自分がどうにかなってしまうのでは、と思うほどでした。

環境が変わったこと、目に見える風景、聞こえる音、空気の質感、すべての変化に心も体もついていけなくなり、ただただ喪失感と孤独感にさいなまれて、右を見ても左を見ても、前を向いても後ろを振り返っても、上も下も不安だらけで、不安はやがて、得体のしれない恐怖へと膨張して、わたしはその場所から一歩も動くことができなくなっていました。

あんなに怖い時間を過ごしたのは、人生で初めてだったかもしれません。

これはまるで、大人のお化け屋敷だな、と思いました。自分の中に、これでもか、というくらい負の感情があったことに、自分でも驚きました。

ゆりねとこんなに長く離れることもなかったので、それも大きく作用したのだと思います。

そして、多くの、本当に多くのことに気づかされました。

わたしの器が小さいばかりにそれまで気づいていなかった愛情、優しさ、自分自身の至らなさ。

家族の有り難み。

わたしにとって、やっぱりペンギンもゆりねも、大事な大事な家族なのだということに、気づきました。

家族としてのつながりは、そう簡単に絶てれるものでもなく、この先もゆるゆると続いていくのだと思います。

多くの人の目にはものすごく奇異に映るかもしれませんが、わたしはこれからも、自分にとっても相手にとっても心地よいと思える、新たな家族の形を模索していきたいな、と思っています。

わたしは、柑橘畑を取り囲むみかん道や、竹林、榊の森をゆっくりと地面と会話するように歩きました。

そして最後、杉の木に抱きつきました。

なんとなく、おいで、と言われたような気がしたので。

太くて立派な幹でもなく、特別に神聖な感じがする木でもなく、本当にふつうの杉の木でしたが、両手を巻きつけて抱きしめた瞬間、じゅわっ、と両目に涙があふれてこぼれました。

ずっとずっと苦しかったけれど、こんなふうに涙が出るのは初めてで、自分でも驚きました。

ありがとう、と声に出してお礼を言い、体をそーっと離しました。

自分の人生がどこに向かおうとしているのかさっぱりわからないのですが、行きつ、戻りつを繰り返しながら、進むべき方向へ、時には自分だけの力ではなく、むしろ、風とか光とか雨とか、自然の営みにおんぶされたり抱っこされたりしながら、日々ちょっとずつ進んでいくのかもしれません。

今回、コロナウィルスの影響で、14、15と瀬戸内に行く予定がなくなってしまったのですが、江之浦測候所で見た景色は、まさに雫がレモン島で人生の最後の時間に見たものだと感じました。

柑橘類って、本当に心を元気にしてくれるんですね!

そうそう、お茶室に、こんな掛け軸がかかっていました。

わたしも、これからの人生は、これでいこうかな。