小さな奇跡

待ちに待って、ようやく髪の毛を切りに行ってきた。
わたしの場合、ショートカットなので、理想を言えば、一月に一回は、切りたいところ。
でも今回は、コロナのせいで切りに行くタイミングを逸してしまい、伸び放題になっていた。
それだけで、気分が憂鬱になってしまう。

バスも電車もうまく乗り継ぎ、スイスイと目的地へ。
電車、いつもこのくらいガラガラだったらいいのになぁ、なんてことを思う。
早く着いてしまい、お店の予約まで、30分ほど時間があった。
いつもだったら年上の友人の家に顔を出してお茶でも飲んでから行くのだけど、それも自粛した。
好きなお店もほとんど閉まっているし、ブラブラするにも、行き場がない。
どうしようかなぁ、と思って路地を歩いていたら、小さな古本屋さんが開いていた。
入り口にあるカフェにはよく入るのだけど、その奥に本屋さんがあることは知らなかった。
外の通路に本を並べて売る、青空本屋さんだ。
女性店主が、机に座って店番をしている。

店には、音楽が流れていた。
そうそうそうそう、今聴きたいのは、まさにこの声ですよね!
と、わたしは、そのバンドの曲を選んだ女性店主と、がっちり握手を交わしたいような気持ちになる。

その声を聞いて、一発で誰ってわかるというのは、やっぱりすごいことなんだなぁ。
流れていたのはスピッツで、声の主人は草野マサムネさんだ。
あー、なんでもっと早くそのことに気づかなかったかな。
ものすっごく喉が乾いている時にごくごくと冷たい水を飲むみたいに、心がその声を欲していた。

本を眺めるふりをして、スピッツの曲を聞いた。
スピッツは一曲だけで、あとは違う人の声に変わったら嫌だな、と思っていたけど、次も、その次も、聞こえてくるのは草野マサムネさんの声だった。
なんて幸せなんだろう。
駅に早く着いて、正解だった。

そして、何曲目かで、あの曲が流れた。
この曲、知っているぞ。
そしてサビのところで、ちょっとした奇跡が起きた。

君と出会った奇跡が
この胸にあふれてる
きっと今は 自由に 空を飛べるはず

って、何人かのお客さんが、一列になって歌いながら店に入ってきたのだ。
みんなマスク越しに、小さく歌っていた。
もちろん女性店主もわたしも思わず口ずさんでしまい、そこに居合わせた全員が、「だよねぇ」って気持ちで声を合わせた。
歌わずにはいられなくて、そんなささやかなことに喜びを見出せた自分が、愛おしくなる。

声ってすごいなー。音楽ってすごいなー。
魔法みたいに、一瞬で人のこころを束ねてしまうのだもの。

その後、わたしは久しぶりに髪の毛を短くしてもらい、気分爽快。
いっそのこと、人生二度目の坊主にしてしまおうかとも思ったけど、あれはあれで結構たいへんだったりもするので、いつも通りの短めどんぐりカットでお願いした。
それにしても、白髪がめっちゃ増えたなぁ!

今日は、かえしがなくなったので蕎麦用のかえしを作り、それから近所の無人販売機で実山椒が売られていたので、その処理にいそしむ。
山椒の実って、ふだんそんなに使うわけじゃないけど、ないと困るもののひとつだ。
特に最近は、出汁を引いた後の昆布で佃煮を炊くことが多いので、これには、どうしても山椒の風味が欲しくなる。
入れるのと入れないのとでは、味の奥行きが全然違ってくるから不思議。

実に残っている茎の部分を外す作業は、細かいので、老眼鏡をかけないとできない。
でも、こういうチマチマした作業、嫌いじゃないというか、結構好きだ。
それを湯がいて、水にさらして、冷凍しておけば、一年間、実山椒に困らなくて済む。

ちなみに山椒は、ミカン科の植物です。
だから、柑橘類と同じ爽やかな香りがする。
よーく見れば、確かに山椒は、小さな小さなレモンみたいな形をしている。
作業しながら、ついつい指先の香りをかいで、いい気分に浸っていた。