叱咤激励?

昨日は母の日だった。
もう直接プレゼントを渡す相手はいないけれど、近所の無人販売所から芍薬を買ってきて、それを母のために部屋に飾った。

母のかわりというと変だけど、去年の暮れ、母の妹であるおばに二十数年ぶりに再会し、そこからまたぼちぼち交流が始まっている。
おばは料理が上手で、よく実家にご飯のおかずやおやつを届けてくれた。
今から思うと、わたしに料理を作る楽しさや食べる喜びを教えてくれたのは、このおばさんだったように思う。

おばにはわたしと同い歳の一人息子がいて、春休みや冬休みになると、わたしはそのいとこの家に割と長いホームステイをさせてもらった。
そこでわたしは、ふつうの家の家族の風景や愛情を見たり感じたりした。
おば一家が存在しなかったら、わたしの心はもっと違うふうになっていたと思う。

先日おばの家に苺を送ったら、何か山形から送ってほしいものはないかと聞かれ、正直に山菜と答えたら、先週、どっさり山菜が届いた。
おばは去年倒れて、体の自由がきかなくなり、その上新型コロナの影響で一歩も外に出られない生活だという。
それで気晴らしになればと思って、今度は『旅ごはん』を送ったら、今日、おばから電話があった。

おばの体のリハビリに来てくれている方の奥さんがわたしの本を読んでくださっているそうで、おばはその偶然が本当に本当にうれしかったらしく、その方との出会いも含めていろんなエピソードを交え、興奮ぎみに話してくれた。
「へー」とか、「そうなんだー」とか、「良かったねー」とか「ご縁だねぇ」なんて時々適当に相槌を打ちながら、わたしは涙が流れて止まらなくなった。
なんで母には、こんなふうに優しい気持ちで話を聞いてあげられなかったんだろう、という後悔がぐんぐん湧き上がってしまったのだ。
わたしがもっと寛大な心で母を受け入れていれば、お互い、あんなに苦しむことはなかっただろうなぁ、と思った。
おばの話はこんなに優しく聞いてあげられるのに、いざ自分の親となると、それがなかなかできなかった。
ということは、人間関係においても、心地よい距離というか間(ま)が大事なんだなぁ、と痛感する。
本当は、実の親子でも、上手に距離を保てれば理想的なのだろうけど。
わたしには、それがなかなかできなかった。
だけど、おばとわたしが親しくすることを一番に喜んでいるのは、母かもしれない。

今日は、郵便受けを開けたら、お習字の先生から分厚い封筒が届いていた。
てっきり、新聞の切り抜きでも入っているのかと思って封を開けたら、便箋の束だった。
先生にも、おばと同じタイミングで『旅ごはん』を送ったのだが、手紙は、その感想だった。
便箋の7枚目の終わりに、「今日はここまで、また続きは明日書く。」と書いてあって、14枚目の手紙の最後は、
「切手代が足りるか心配」で結ばれている。
大丈夫、封筒には84円切手が3枚も貼られているから、切手代は十分すぎるくらい足りていますよ。
それにしても、さすがだなぁ。確か去年、八十歳になられたのだっけ?
そのまんま、便箋から先生のお声が聞こえてくるようなお手紙だった。
暇で毎日昼からお酒を飲んでいるそうだから、近々、おつまみセットでもお送りしよう。

そういえば昨日の夜、横断歩道を渡ろうとして、わたしは思いっきり転んだ。
どうして転んだのか、自分でも全くわからない。
わたしは、ただふつうに歩いていただけなのだ。
「痛い!」という自分の声が聞こえた時は、すでに大の字に手足を広げで地面にはりついていた。
そばを歩いていた人が、吹き飛んだ傘を拾ってくれた。
わたしはすぐに立ち上がって、そのまま青信号を渡ったけど、自分に起きたことが信じられなくて、笑いそうになった。
あんな派手な転び方をしたのに、ケガらしいケガは、どこにもなかった。
自分でどうして転んだのかがわからないのだ。
まるで、透明な足にさっとひっかけられて転ばされたような。
柔道の技をかけられて、吹き飛ばされたような。

でも、今日になってふと思った。
昨日は母の日だったから、あれはもしかすると、母からわたしへの、ちょっと手荒なギフトかもしれないと。
ぼんやりしていないで、さっさと前に進みなさいという、叱咤激励。
母ならやりかねない。
わたしは、見事にすっ転んで、ちょっと気分がすっきりした。