ワルイヌ選手権
この一週間、わが家はプロレスのリングと化していた。
ありとあらゆる悪さを仕掛けてくる黒豆に、一日中振り回されていた。
とにかく、ゆりねが思いもつかないような悪戯を、かたっぱしから実行するのだ。
味見のために木のスプーンを差し出したら、スプーンごと食べようとするし。
水飲み用のお碗は、カーリングみたいに遊びの道具にしてしまうし。
トイレットペーパーは、本来の目的から遠く離れて、破壊の対象になってしまうし。
軽く追い払おうとして足で払うと、逆に靴下を脱がされてしまうし。
届かない所に置いておいたはずの雑巾も、ジャンプして簡単に持っていかれてしまうし。
ドアの隙間を見つけようものなら、瞬時に滑り込んで空き缶とかをくわえて持ってくるし。
もちろん、自分の排泄物は、有効な武器として効果的に使ってくる。
何がすごいって、運動能力が抜群で、おそらく、ゆりねの運動神経を1とすると、黒豆は10くらいある。
ジャンプ力も驚異的で、足も速い。
口の中には熊さながらの鋭い歯が並び、本人は甘噛みのつもりでも、かなり痛い。
散歩はどうかというと、これがまたすごくて、車やバイク、歩行者が来ると、いきなり向かっていく。
車なんか、危なくて仕方がない。
だから常に緊張感を強いられる。
これが、もし犬ではなくて、自分の子どもだったらと想像すると、血の気が引く思いだった。
暴力がいけない、とか、犬も子どもも褒めて伸ばす、とかわかっちゃいるけど、黒豆が悪さをすればどうしたって本気で怒ってしまう自分がいるし、自分の心の狭さをまざまざと思い知らされた。
相手が自分の子どもだったら、虐待してしまうんじゃないかと恐ろしくなった。
ゆりねが温和な性格で助かったけれど、それは単に運が良かっただけで、黒豆みたいな犬が来ることだってあり得るのだ。
それを、辛抱強く教育して、よい関係を築いていくのは、並大抵ではない。
黒豆は、人間の目で見れば確かにワルイヌ中のワルイヌだ。
コロもなかなかのヤンチャだったけど、それとはスケールが違う。
黒豆がワルイヌ選手権に出たら、優勝できるくらいだ。
でも、犬として見た場合は、根性があるし、身体能力も優れているし、頭もいいし、とても優秀なんじゃないかと思った。
だから、すごくいいドッグトレーナーさんに入門して訓練したら、もしかすると、大化けするかもしれない逸材だ。
わからないけど、空港とかで働けるような可能性を秘めているのかもしれない。
がんばれ、黒豆! 案外、歴史に名を残すのは、黒豆みたいな桁外れの犬なのかも。
黒豆が将来、紳士的な犬になることを期待している。
今回は散々暴君ぶりを発揮した黒豆だったけど、当然ながら可愛いいところもあって、朝起きると、全身で戯れてきたりする。
それでまんまと、母性本能をくすぐられてしまった。
手はかかるけど、本当に可愛くて、憎めない犬なのだ。
だけど、言うことをきかないからという理由で、簡単に手放し、保健所に連れていく飼い主がいるのも事実だ。
殺処分寸前のところを救って、教育をし直し、また新たな飼い主を見つけるボランティアをしている方達は、日々、こういう涙ぐましい努力をされていると思うと、改めて、尊敬と感謝の気持ちがわいた。
黒豆、たくさんの気づきをありがとう。
およそ一週間、わが家にホームステイしていた黒豆だったけど、犬にありがちなホームシック的なものは、一切見られなかった。
元気いっぱいで助かった。
そして、一週間ぶりにお父さんとお母さんが迎えに来たというのに、普通ならバーっと飛びつくものを、黒豆はゆりねを抱えて腰を振るのに夢中で、感動的な再会の場面も、残念ながら見られなかった。
高校生男子さながら、性欲100%の黒豆は、アッパレとしか言いようがない。
ゆりねの存在が気になりだすと、ゴハンも食べなくなってしまうのだから。
黒豆がリングから退場し、わが家は静かな朝を迎えている。
ゆりねは久しぶりに、自分のベッドでの〜びのび!