センザンコウ

一昨日だったかな、新聞に、フランス政府から日本政府に、オリンピックを2024年の共同開催にしてはどうかという打診があったらしい、ということが書かれていた。
つまり、東京での開催を更に3年延長して、パリと東京2都市でのオリンピックにするということ。
それが事実だとしたら、どうしてもっとそのことを国民レベルで議論せず、さっさと闇に葬ってしまったのだろう。

3年後だったら、コロナの終息が見えている可能性が高いし、第一、パリと東京で一つのオリンピックをするというのは、新しい試みとして、これからのオリンピックの姿を模索するきっかけになるかもしれない。
実現する、しないは別にして、そういう打診があるということを、公にしてほしかったと残念になる。
いまだに、本当にこの状況でオリンピックをやるのだろうかと首を傾げてしまうけれど、開幕まであと8日らしい。
まじっすか、って感じ。

今読んでいる本に、立て続けに「センザンコウ」のことが出てきた。
センザンコウ、わたしも本を読むまで知らなかったけれど、この生き物は世界でもっとも違法取引をされているという。
センザンコウは、センザンコウ目(有鱗目、鱗甲目)センザンコウ科(1目1科)の哺乳類で、東南アジアに4種、アフリカにも4種が生息している。

特にアジアの4種は、人間が生薬や媚薬、食料として乱獲したため、個体数が激減しているそうだ。
中でもミミセンザンコウとマレーセンザンコウは、絶滅の危機にある。
アジアのセンザンコウが個体数を減らしたため、アフリカのセンザンコウもまた、個体数を著しく減らしている。
一体、人間の欲望はどこまで続くのだろう。
日本でも、センザンコウの製品が売られているという。

すぐにインターネットで調べたら、センザンコウは本当に美しい動物だった。
体が立派な鱗で覆われている。
人間の手では決して作れない、神様からの贈り物なのに。

そういえば、この間、鎌倉でアイヌの布の展示会に行ったら、とても素晴らしいアイヌの言葉と出会った。

「天の国から役目なしに降ろされたものはひとつもない」

本当にそうだと思う。
だからこそ、命をいただくことに対して感謝の気持ちを忘れてはいけないと思うし、人間の快楽やお金儲けのため、いたずらに他の生き物の命を奪うことは、あってはならないことだと思うのだ。
そして、人間がセンザンコウを捕まえるため自然の奥地まで侵入することで、未知のウイルスが人間に感染し、蔓延する。
コロナにしろ気候変動にしろ、自分たちの欲望が、結局は自分たちを苦しめている。

2010年のバンクーバー冬季オリンピックで、期間中100頭のハスキー犬が観光用の犬ぞりを引くために集められたが、その犬たちは、オリンピックが終わると、全頭が不要になったとして殺されてしまったそうだ。

さて、ほぼ一週間後に迫った東京でのオリンピック開催。
ほぼ無観客でということは、新しい競技場に作った観客席、無駄になってしまうんですね。
オリンピックを誘致する、しない、の舵取りも、元をたどれば、私たちが選挙で選んだ政治家が決めたこと。ということで、一票の重みを、大事なしないと!
外国から来る方々への「お・も・て・な・し」もほぼできないし、日本勢が活躍して金メダルラッシュになっても、なんだかそれって本当に公平な試合なのだろうか、と疑問に感じてしまうだろうし、そんな様子を世界はどういう目で見るか。

昨日くらいから、蝉の声を聞くようになった。
夕方の銭湯時間が、わたしにとっては唯一の楽しみ。
この夏も、せっせと自転車を漕いで、銭湯に通おう。