ペンギンと暮らす

慈雨

2019.11.08 Fri

白ワインを飲みながら、コンサートが始まるのを待った。
席は決まっていなかったので、少し早めに行って、中央の前から2番目の席に着く。
ここなら、音がまっすぐ届くし、アレキサンドラの顔も見える。
会場は決して広くなく、ステージも狭くて、グランドピアノがぽん、と真ん中に置かれている、それだけ。
でも、始まるのを待つ人たちの雰囲気が、本当に良かった。

空いていた隣の席には、7、8歳くらいの水色のレインコートを着たおさげの女の子が座った。
すぐ後ろに、赤いタイツのお母さん。
お母さんは、手に大きな花束を抱えている。
女の子は、水色のレインコートの下に、少し小さくなった半袖のかわいらしいワンピースを着て、めかしこんでいた。
きっと、わたしと同じくらい、アレキサンドラが好きなのだろう。

一瞬会場が暗くなって、アレクサンドラがステージにやって来る。
わー、生アレキサンドラだ!!!
白いスニーカーに黒いズボン、黒いTシャツ、柔らかい素材のジャケット。
わたしの普段着とほとんど変わらない、きっとリハーサルの時と同じ衣装(?)だ。
そしてほどなく、演奏が始まる。

なんという贅沢。
アレキサンドラは自分で作ったオリジナルの曲を演奏するので、間合いとか、すべてに彼女が投影されている。
音のつぶつぶつが美しすぎて、恍惚とした。
優しく降り注ぐ慈雨の中で、愛しい人と抱き合って濃厚な口づけを交わしているような、そんな気分になる。

隣に座った女の子は、メロディーに合わせて口ずさんでいた。
気持ちはわかる。わたしだって、歌いたくなる。
でも、あんまりずっと歌うので、周りの人も気になっているし、わたしも曲に集中できないから、途中で注意した。
その後も思わず歌ってはいたけれど、でも、まぁ許せる範囲だった。

それにしても、なんて清らかな時間が流れていたのだろう。
アレキサンドラの弾き方は、決して優しいだけでなく、時には激しく、鍵盤を叩くように弾いたり、立ち上がったりもする。
でもそれが、全然パフォーマンスぽくなくて、彼女の自然な動きでそうなっている感じが伝わり、すごくよかった。

茶目っ気もあって、途中、足元のワイングラスを倒して音を出してしまった人がいたのだけど、その人に、あなたこっちにいらっしゃい、と言ってみたり、でも音は出るものだから全然気にしないで、リラックして聞いて、とすぐに優しい言葉をかけていた。

照明は学芸会とさほど変わらないような稚拙なものだし、たまに暗幕に映像が流れるものの、ステージの演出もいたってシンプルで、飾り気という飾り気は全くなかった。
席も、満席ではなかった。
それでも、そんなことは御構い無しに、そこにはものすごく崇高なエネルギーがあって、それは、宇宙の一番奥深いところへとまっすぐにつながっているように感じた。

夜8時から始まったコンサートは、9時半少し前に終了。
アンコールも2曲さらっとやって終わった。
この、さくっと終わる感じも、とてもよかったな。

会場を出て空を見上げたら、半月より少しふくらんだ月が出ていた。
冬の匂いがした。
アレキサンドラはフランス語を話すから、今度コンサートに行く時は、フランス語に訳された自分の本を持っていってプレゼントしよう。