ペンギンと暮らす

こんな時だからこそ、

2019.07.07 Sun

ホテルに着くと、黒山の人だかりができていた。
というか、ホテルに着く前の道から、何やら異様な雰囲気が立ち込めている。
タクシーは遅々として進まず、道を埋め尽くすマスコミ関係者らしき人々。
ホテルに入るにも、わざわざスーツケースを開けられて、荷物のチェックが行われる。
なんなんだ、このホテルは? と思っていたら、どこからか、トランプという声が聞こえてきた。
どうやら、ソウルを訪問中のアメリカ大統領が滞在中らしいのだ。
黒い服を着た人たちのものものしい空気に、納得した。

わたしがチェックインする時間とトランプ氏がチェックアウトする時間がちょうど重なってしまい、ホテル側も混乱しており、お願いしていたアーリーチェックインもできなかった。
かと言って、外に出るドアもすべて閉鎖されてしまったので、外出もできない。
仕方がないので、しばらく苺ジュースを飲みながら、トランプ氏の退場を見送ることにする。
後で知ったのだけど、あの後、彼は北朝鮮の金正恩氏と会うために、板門店に向かったのだろう。
いきなり政治の嵐の中へ、背中を押されたような気分だった。

今回ソウルへ行ったのは、日本代表として韓国の文化を体験するプログラムに参加し、理解を深めるため。
CICI(韓国イメージ・コミュニケーション院、Corea Image Communication Institue)による招待で、中国代表の映画監督や、韓国代表のミュージシャン、ロシア代表の映像作家、ドイツ代表のカメラマン、イギリス代表のジャーナリスト、韓国代表のユーチューバー、カナダ代表の映画監督、アメリカ代表のジャーナリストたちと一緒に、丸一日かけて韓国の伝統と今の姿を体験し、その体験した内容を翌日のディスカッションで発表するというもの。

午前中のディスカッションを終えると、午後は韓国日報、朝鮮日報、中央日報などの主要メディアによるインタビューがみっしりあり、夜は世界中の大使や関係者を招いての華やかな晩餐会という盛りだくさんな内容だった。
始まったら、あれよあれよと言う間に一気に時間が過ぎていく。
折しも、ディスカッションとインタビューが行われた日は、日本が韓国に対して半導体の部品の輸出規制をすると発表した日。
政治的に見れば、日韓関係に決定的なヒビが入った日として記憶されるのかもしれない。
けれど、インタビュー自体は本当に楽しく、韓国の読者の方にも、わたしの本の内容がとても誠実に届いているのを肌で感じた。

わたしが韓国を訪れるのは、今回で2度目になる。
前回は、昨年の12月で、その時は韓国の外交部に招待していただき、ブックコンサートに参加した。
ただ、前回はほとんど自由時間もなく、韓国の文化に触れることはなかなか難しかった。
だから、わたしはまた韓国に行きたいなぁ、と思っていた。
でもまさか、半年後すぐに実現するとは思っていなかったけれど。

これまで、わたしにとって韓国は、多くの日本人や韓国人同様、「近くて遠い国」だった。
でも今回、この体験プログラムに参加することで、日本人と韓国人では、共感できる多くの点があることを発見した。
韓国人の中にある、自然との向き合い方にはとてもとても共鳴できたし、そのことを西洋の人が理解するにはとても高いハードルがある、ということも実感した。
韓国人と日本人には、似ているところがたくさんあって、精神的な深い部分で共有できる部分がたくさんある。
ただ、韓国人と日本人とでは表面的な性格が違うから、時として反発し合うのだと思った。
でも今、地球規模で解決しなければならない問題がたくさんある時に、この似た者同士の隣人同士が喧嘩している場合ではないのになぁ、というのが、今回ふしぶしで感じたことだ。
わたしたち東洋の人間が共に手を取り合い、これまでの自然と対峙する西洋の価値観に対して、こんなふうに自然と融合するやり方もあるんだということを、大きなメッセージとして発していくことこそ、これからわたし達が実現していくべきことのように思う。

4日目は、韓国のコピーライターで作家でもある同世代の女性、キム・ハナさんとの対談だった。
キム・ハナさんは、女性ふたりと猫4匹との暮らしを本にするなど、とても新しい、肩肘張らない生き方を発信している。
わたしは、キム・ハナさんとお話するのが、とても楽しみだった。
実際お会いすると、期待していたものをはるかに超えて素晴らしく、通訳者を介して外国語で話をしているとは思えないほど、とても深い内容のお話ができた。
そして、今回、韓国の読者の方と直接お目にかかれるたということが、最大のギフトだ。
まさか、あんなに多くの方が来てくださるとは思っていなかったし、韓国語に訳されたわたしの小説が、日本の読者に対するのと同じように、同じ温もりで伝わっているということに、しみじみと感動した。
これもすべて、熱心に訳してくださった翻訳者の方々のおかげである。

対談の後は、大使公邸での夕食会も開いてくださり、その席には、韓国語に訳されたわたしの作品の多くを手がけてくださった翻訳家のクォン・ナムヒさんや、韓国を代表する若手作家、チョン・セランさんも来てくださり、日本語と韓国語を交えながら、本当に和気あいあいと食事を楽しむことができた。
政治的には、日韓関係が最悪な状態だというのに、文化の面では、わたし達は真からお互いを尊敬しある関係を築いてきたのだと実感した。
そのことは本当に素晴らしいと思うし、今まで多くの方がコツコツと築き上げてきた友情関係を、政治という斧でめった斬りにするようなことは、絶対にあってはならない。
こんな時だからこそ、文化面でのつながりを強固なものにしていく必要があると思う。

最終日、一日だけフリータイムがあったので、わたしは韓国の器を探しに、あちこち探索。
韓国の、白磁の器が好きなので。
そして、最高の出会いがあった。
骨董街で見つけた李朝時代の器。
韓国での思い出を閉じ込めた、一生の宝物ができた。