ペンギンと暮らす

冬の始まり

2019.01.17 Thu

(2018年12月22日の日記)

今日は、冬至。
一年で、もっとも昼の時間が短くなる。
しかも今日は雨なので、午後三時くらいにはもう、夜の気配が忍び寄ってきた。
でも、逆に言うと、明日からはまた少しずつ昼が長くなっていくということ。
底辺に爪先がついたみたいで、ホッとする。

ドイツ語で、冬至はWinteranfang、冬の始まりという意味だ。
確かに寒さは、これからが本番かもしれない。
なんとなく、去年よりも寒いように感じるのは気のせいだろうか。
油断していると泥沼に引きずり込まれそうになるので、常に心がけながらこの冬を乗り切ろう。

幼い頃は、冬至の日になると、祖母が必ず小豆かぼちゃを作ってくれた。
甘い小豆とかぼちゃが合わさって、まるでお菓子のような味だったけど、れっきとしたご飯のおかずだった。
大きな鍋でたっぷり作ってくれたのに、ほんの数日でなくなってしまう。
私にとっての、冬の味だ。

最近わかったのだが、祖母の実家は、禅寺だったという。
それで、近所のお寺で精進料理を出す時は、よく味つけのアドバイスに駆り出されていたそうだ。
私は子どもの頃から、お寺で出される精進料理が大好きだった。
報恩講の時は、いつも祖母にくっついてお寺にご飯を食べに行くのを楽しみにしていた。
お出汁がじんわり染み込んだがんもどきとか、端正な形に切りそろえられたこんにゃくとか、いまだに好きでたまらない。
幼少の頃から精進料理が好きだったのは、きっと祖母が毎日おいしい料理を作ってくれたからに違いない。

料理を食べる楽しさや作る喜びを教えてくれたのは祖母だったけど、祖母以外にも、もうひとりいる。
おばさんだ。
祖母の娘で、母の妹。
訳あってもう二十年以上会っていないけれど、私はこのおばさんがとても好きだった。
おばさんの家には、私と同い歳のひとり息子がいて、私はよく、長い休みになると、いとこの所に遊びに行った。
いとこの家は仙台にあったので、山形から仙台まで、よく仙山線に乗って行ったっけ。
初めてひとりで行ったのは、確か小学生の1年か2年の時だった。
いとこの家は、自分の生まれ育った家とは、価値観も、明るさも、何もかも違った。
家族でキャンプに行ったり、焼肉を食べたり、釣りをしたり、そういうことが普通だった。

特に衝撃的だったのは、おばさんが作ってくれる料理だ。
お正月に遊びに行った時、子どもにも、一品一品きれいな器によそって出してくれたのだ。
そんなふうに料理を丁寧に出されたことがなかった私は、泣きそうになるくらい感動した。

今でも、はっきりと覚えているのだが、その時、食器を下げる手伝いをしていて、私が誤って器を壊してしまったのだ。
けれど、おばさんは全然怒らなかった。
世の中にそういう優しさが存在することを教えてくれたのは、おばさんだった。
今から思うと、いとこの家で過ごす時間は、私にとっての陽だまりのようなものだった。
おばさんには、どんなに感謝しても足りない。

昨日は、ついに里芋を買った。
以前から気になってはいたものの、だいぶ前にゴボウで失敗したことがあるので、ちょっと遠巻きに見ていた。
でも、ペンギンが、このところずっと里芋、里芋とうるさく言うで、物は試しで買ってみたのだ。
わが家では、皮ごと丸のままオーブンで焼いて、オリーブオイルと塩で食べる。

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100%、紛れもなく里芋だった。
ホクホクしていて、栗みたいな食感だ。
日本で食べる里芋よりも、おいしいくらい。
里芋が手に入るなら、ベルリンにいても芋煮汁が作れるということだ。
こんなに美味しいのなら、もっと早くから食べていればよかった。

そして、生で食べるには酸っぱすぎる林檎は、ケーキにした。

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この季節になると、必ず作りたくなる林檎のケーキ。
クルミとレーズンをたっぷり入れて、ディンケル(古代小麦)で焼いてみた。
クリスマスを目前に控えて、そろそろお店も休みになるから、せっせと買い物を済ませて、籠城する準備をしなくちゃいけない。

昨日あたりから、どこに行っても、Frohe Weihnachten! という挨拶をされるようになった。
一年で、人々がもっとも大切にしているクリスマス。
ということで、みなさまよいクリスマスを!!!