ペンギンと暮らす

原生林

2018.08.27 Mon

行ってきたのは、ビャビャビャビャビャの森ではなくて、正確には、ビャウォビエジャの森。
でもこれが、難しくてなかなか覚えられない。

森は、とても美しかった。
私たちは、朝8時スタートの、全部で4時間のコースにしたのだけど、空気までもが緑色に染まって見えるようで、呼吸するたびに幸福感に包まれた。

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静けさと、生き物の気配、光、水の雫、土のかおり。
やっぱり、森って最高だ。
少し前に、ドイツでベストセラーになった、『樹木たちの知られざる生活ーー森林管理人が聴いた森の声』という本を読んだのだけど、その本には、いかに木々同士が助け合って、子育てをしたりしているかが書かれていた。
木々も、私たちが理解できないだけで、ちゃんと話したり、メッセージを送りあったりしている。
でも、そういう木としての「本能」も、人工的に人が植林したり手を加えたりしてしまうと、衰えてしまうのだとか。

そういえば、ドイツでは、街路樹とか、公園の木とか、一本一本にすべて番号がついていて、きちんと健康状態がチェックされていると聞いた。
光合成もそうだけれど、木がいかに私たちに恵みをもたらしてくれているか、本当にもっともっと感謝して、私たち人間が恩返しできることを、最大限していかなくちゃいけないな、と思った。

あと、その本ではなかったけれど、夜を人工的な明かりで明るく照らすことで、木々が寝不足になり、疲弊してしまっていると聞いたことがある。
きっと、24時間営業のコンビニのそばにある木なんかは、寝不足で、機嫌が悪くなったり、具合が悪くなったりしているのかもしれない。
木は、自分では歩けないし、叫んだり悲鳴をあげたりして訴えることができないから、人間がそのことに気づいてあげないと、だ。

ビャウォビエジャの森を歩きながら、私は何度も、地球が全部、こんなふうに原生林で覆われていた本来の姿を想像した。
本当は、全部こうだったはずなのに、今ではこういう姿を残す場所は、ほんの一部しかない。
人間が、地面から苔を引き剥がして、木を切り倒して、根っこをはいで、地球の本来の姿からどんどん遠ざけている。

私が今ベルリンにいるのは、町に緑がたくさんあるから。
緑がたくさんあるだけで、こんなにも人々の心に安らぎが生まれるのに。
そんな簡単なことすら、難しい世の中になっているのが、切ない。
この夏の、世界中の異常な暑さは、地球からの警告だと思う。
だけど、もう十分じゃない?

今回は、久しぶりの陸路の旅だった。
ワルシャワエキスプレスとは名ばかりで、めちゃくちゃのんびりなのには、笑ってしまったけど。
帰りの列車で食堂車に行き、ひとり一杯ずつシャンパンを飲んで、ポーランドのお金をすべて使い果たしたのも気分が良かった。