ペンギンと暮らす

8月15日

2017.08.17 Thu

今借りている部屋の前の公園は、昔、葡萄畑だったらしく、その地区全体が緩やかな丘のような地形になっている。
丘の中腹には古い教会があって、その周りをぐるっと一周するのがゆりねの散歩コースだ。
夕方出かけて、散歩の最後に、教会の前にあるカフェで一杯のビールを飲んで帰るのが定番になってきた。
教会の見える外の席で、心地よい風に吹かれながらビールを飲んでいると、しみじみと幸せな気持ちになる。

昨日は、8月15日だった。
日本人にとっては特別な日も、ベルリンにいると普通の日にすぎないというのが、わかってはいるけれど、ちょっと不思議。
でも、ドイツと日本の大きな違いは、戦争に対する向き合い方だ。
ベルリンにいると、戦争の加害者としての事実も被害者としての事実も、両方残されているから、忘れる暇がないというか、忘れる隙がないというか。
これだけ頻繁にそれらの痕跡が目に入ると、忘れたくても忘れられない。
戦争があって、たくさんの人を傷つけ、たくさんの人が犠牲になったという事実は、日常生活の中に溶け込んでいる。

私がよくゆりねを連れて行っているグリューネバルトの駅は、かつて、そこから多くのユダヤ人たちが特別列車に乗せられて、収容所へと送られた場所。
今でも、その当時使われていた17番線のホームが残されていて、そこには、いつ、何人のユダヤ人がどこへ送られたかを記録したおびただしい数の金属板がある。

つまずきの石もそうで、ナチス政権下で虐殺された人たちの名前と誕生日、命日、そして亡くなった場所が、一人ずつ10センチ四方の真鍮のプレートに刻印され、その人がかつて住んでいた家の前の舗道に埋めてある。
昨日、散歩の時に意識して数を数えたら、その短い間にも6つのつまずきの石があった。
外出して、つまずきの石に出会わない日はない。
その度に、戦争のことが脳裏をよぎる。

もう、日本人の5人のうち4人は、戦争を知らない世代なのだと新聞で読んだ。
だから昨日は意識して、自分の祖父母が72年前の今日をどんな気持ちで迎えたのかを想像した。
日本から持ってきた乾物のぜんまいを煮て、小豆を炊いた。
72年前は、これがきっとご馳走だったのだろうと思いながら、ペンギンと食べた。

去年までは見えなかった景色が、今年は見える。
ドイツで生きることの大変さも、この数ヶ月で大いに味わった。
簡単に言うとそれは、権利と義務ということかもしれない。
同じ敗戦国でありながらも、この72年間をどんな態度で過ごしてきたか、これからますます差がひらくような気がする。
もう二度と、悲惨な戦争が起きないことを祈るばかりだ。

8月も半ばを過ぎると、ベルリンはそろそろ秋の気配。
中庭の大木が、少しずつ黄色味を帯びている。

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