ペンギンと暮らす

自分の色

2018.12.11 Tue

冷蔵庫からっぽ計画は、ほぼ達成できた。
すかすかになった冷蔵庫を、きれいに磨く。
台所周りの床も、重曹で雑巾掛け。
窓も磨いたし、布団も洗ったし、まぁなんとか、気持ちよく年を越せる状態になった。

私はこれから韓国へ。
日韓交流イベントに呼ばれ、初の韓国だ。
近いのに、ほんと、時間がかかってしまったなぁ。
韓国では、私の本がほぼすべて翻訳されている。
だからいつか、訪れたいと思っていた。

ちょっと前になるけれど、京都に行ったのは、『七緒』の取材だった。
着物をきて、新年を迎えるためのお正月用品をそろえましょ、という企画。
その筆頭が襦袢で、今回は自分で生地から選び、更にそれを自分好みの色に染めてもらった。
いわば、染めのお誂え。

うんと若い頃に母が作ってくれた襦袢は、濃いピンクで、生地も厚ぼったく、申し訳ないがなかなか出番がなかった。
着物は結構汗をかくし、襦袢は特にその影響を受ける。
だから、私はいつも、気軽にお洗濯ができる「嘘つき襦袢」(というジャンルがあるのです)で誤魔化してきた。
襦袢は見えないし、そこにはあまり神経を使ってこなかった。

ところがどっこい、京都生まれの友人曰く、「いいおべべ、作ってもらわはったなぁ」と着物の生地を見るふりをして、さっと中の襦袢を品定めする、というのである。
おそるべし、京都人。
だけど、確かにそれもわかる。
見えないところにこそ、その人の本質みたいなのが現れるのかもしれない。
たかが襦袢、されど襦袢なのである。
それに、襦袢の全体像は確かに外から見えない、けれど、ちょっとは見える。
そして、その「ちょっと」が実はとーっても大事だったりする。
私も四捨五入すると50になるしなぁ、お誂えの襦袢くらい、あってもいい歳かもしれない。
どんな生地でどんな色に染めたかは、ぜひ雑誌をご覧になってくださいね!

今回他に取材させていただいたのは、昆布屋さん、コーヒー屋さん、お花屋さん、お香屋さん。
どのお店も、好きなところばかりだった。
でも今回の旅で、京都の、ぞっとするような底の知れない恐ろしさを感じたのも事実だった。
あまりにも歴史があり、奥が深すぎて、簡単には立ち入れないなぁ、という感じ。
京都の人が気高くなるのは、もっともだと思う。
だって、時間の感覚が全然違うのだもの。

襦袢と一緒に、白生地から帯揚げも好みの色に染めていただいた。
完成した帯揚げが、こちら。

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帯揚げもまた、襦袢と同じで、全体像は見えないけれど、選び方ひとつでがらりと印象が変わる大事な要素だ。
帯揚げがきれいにおさまるかどうかで、野暮ったくも、粋にもなる。
帯揚げが全く見えなくてもおかしいし、見えすぎてもおかしくて、帯揚げって本当に悩ましい。
でもこの帯揚げが、将来、私の勝負帯揚げになってくれるんじゃないかと期待している。
どの着物と帯に合わせようかと、想像するだけで楽しくなる。

着物周りにお誂えが増えていくのは、とても幸せ。
次に日本に戻る時は、色を染めた生地から襦袢を仕立ててもらおう。

さてと、そろそろ出発の時間だ。

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